目覚めてすぐに太陽を確認すると、かなり高く昇っていた。思ったより長く眠っていたことが分かった。まずは身体の状態も確認する。空腹感はないし、異常も感じられない。万全に近い状態だ。

今日は状況整理と現状把握、人間だった時の記憶がどこまで残っているのかを確認して、次にするべきことを【知識の神】に相談することにする。

「知識の神様、とりあえず、俺って誰なの？」

《ワタシは知識の神ではありません。知識の神によって創造された『知識を蓄積・管理する存在』です》

「ふーん、そうなんだ。で、俺って何物なの？」

《あなたは元人間です。何物かという問いは、曖昧かつ広義的なため回答できません》

うーん、コイツはかなり面倒くさいな、忖度や推測などは出来ないようだ。こちらも質問の内容をしっかり考えないと、欲しい情報もなかなか得られないかもしれない。まずは、元人間だった時の俺について、詳しく聞いてどれだけ記憶が残っているか確かめることにする。

「人間だった時の俺の名前は？」

《サイガ・シモンです》

「職業は？　何歳まで人間だった？」

《職業はシュバルツ帝国所属の軍人。28歳まで人間でした》

これは嬉しい誤算だ。「名前は有用な情報に含まれません。故に蓄積されていません」とか言われると思ったが、ちゃんと答えてくれた。そういえば、加護を与えた人間の経験（人生）も蓄積するといってたので、名前なども蓄積対象だったかもしれない。誰がどの経験をしたかというのも管理する上では必要ということだろう。

おっと、思考が横道にそれてしまった。人間だったときの記憶を整理しなくては……。

自分の名前「サイガ・シモン」を聞いても、全然、懐かしく感じない。しかも28歳まで軍人していたとか、本当なのだろうか。記憶にないし実感もない。かなり人格が変わったのか、記憶が大幅に欠如しているのか。判断する情報が少ない。もう少し質問をしてみる。

「えーと、俺って子供とかいたの？　恋人は？」

《子孫は残していません。恋人という定義が曖昧なため回答できません。婚姻関係の人はいませんでした》

「魔王討伐軍の軍人ってことは、戦う技術とか持っていたと思うが分かるか？」

《戦闘技術は格闘術。職種は格闘家。武術は格闘術で流派は滅真磨刀流。魔法は強化、治癒、水属性、土属性を習得》

おぉ!　格闘家だとは思っていたけど、やっぱりそうか。進化して魔物や魔族に警戒心を持つようになってから、奴らを見ると、つい殴ったり蹴ったりしたくなるんだよな。

「滅真磨刀流格闘術」って言葉もなんとなく覚えている。「メッシンマトウリュウカクトウジュツ」と口に出してみると、より鮮明に思い出してくるような……しないような……。俺はこの武術にのめり込んで修行に明け暮れたような気がする……と思う……いや、たぶん……やはり記憶は曖昧なようだ。

よし！　人間だった時の記憶について考えるのは、もう止めよう。【知識の神の加護】が人間だった28年間は蓄積・管理しているようなので、必要に応じて聞いていけばいい。

それより、気になる言葉があった。確か「魔法」と言ったはずだ。魔法とは？　俺も使っていたっていうけど、全然、記憶にないし使える気がしないんだけど！

「魔法について教えてくれ。まずは、俺が使っていた強化、治癒、水属性、土属性について頼む」

《魔法とは大気にある魔素を利用して自然現象、物理現象を起こす技術です。魔法は魔族に対抗するために人族が開発・研究、体系化した学術でもあります。

強化魔法：魔素を身体、物体に纏わせることで能力を増大させます。気功、オーラと呼ぶ場合もあります。

治癒魔法：魔素を使い自然治癒力、免疫力を高めます。

水属性魔法：魔素を水に変換します。もしくは存在する水を操作します。

土属性魔法：魔素を土に変換します。もしくは存在する土を操作します》

うーん、やはり必要最低限のことしか教えてくれないか。魔法とは誰でも使えるように体系化した技術で研究が今でも続いているって感じかな。

それぞれの魔法もだいたい思っていた通りの内容だったし、そんなに使いたいとは思わない。けど、使えるなら使いたい！

「強化魔法を使いたい。使い方を教えてくれ」

《魔族のあなたに魔法は使用できません。強化魔法の使い方は大気の魔素を……》

「はい、ちょっと待った！　魔族の俺では使えないとは、どういう意味だ？　魔族だと使えないのか」

《魔族は体外にある魔素に干渉することができません。魔法を使用するためには体外にある魔素を操作、干渉する必要があります》

なんてこった、魔族な俺はもう魔法が使えないのか、いや…使えたらいいなぁ、ぐらいの気持ちだったんで、実はそんなに落ち込んではいないが……。今の身体能力だったら、正直、強化魔法がなくてもどうにかなるんじゃないかと思う。

けど、これから先、人族に出会ったら、問答無用で魔法をぶっ放してくるかもしれない……正直、怖い。めっちゃ怖い。

魔族に対抗するために開発された魔法……なぜ、人族と魔族は戦っているのか。魔法がある人族が有利なような気もする。もしかして人族による一方的な魔族への虐殺が行われているのだろうか。魔族なのに魔法使えないって、名前負けしてない？

「人族と魔族は敵対しているのか？　敵対しているなら理由を教えてほしい、あと魔族は人族より弱いのか？」

《人族と魔族は敵対しています。人族は『魔族とは世界に害をなす悪なる存在』という教義のもとに、世界救済を目指して戦っています。魔族の人族に対する認識についての情報は蓄積されていません。『弱い』の定義が広義的なため、答えることができません》

そうなのか？　魔族や魔物を見たときに、警戒心は持ったが、戦わなければいけないような使命感、義務感のようなものはなかったが……。

魔族側がどう思っているか、知らないのは当然だろう。【知識の神の加護】は人間にしか付与されず、魔族の情報は蓄積されていない。それに本当の感情など蓄積されるはずもない。蓄積されるのは魔族に対する人族の情報だけだ。

漠然と魔族の強さ、戦力を知りたかったが、質問の仕方が良くなかったな、反省だ。もう少し詳しく詳細に質問をしていこう。

「魔族の身体能力について教えてくれ。人族と比べて高いのか？」

《魔族は魔人、魔獣、魔鳥、魔蟲、魔魚。それらの亜種を含めた総称となります。人族は人間、鬼人、獣人、エルフ、ドワーフ、ホビット。こちらも亜種を含めた総称となります。比較対象の組み合わせは無限、回答はできません》

「………。魔族の戦い方は分かるか？　魔族特有の戦闘技術があれば教えてくれ」

《魔族は戦闘するために進化した身体と能力を駆使して戦います。一部の魔族は呪術という方術を使用します。

魔族特有の戦闘技術は、呪術、身体的特徴を活用した武術があります》

うん、正直、【知識の神の加護】と話すとかなり疲れる。疲労で少し不機嫌な言い方をしてしまった。まぁ、気にしたりはしないだろうけど。

それより俺にかなりの記憶がないことが分かった。「魔族」「人族」と大くくりに考えていたが、両方とも多種多様の部族がいるようだ。たぶん、これはこの世界の常識だ。俺に決定的に常識がないことが分かった。それが分かっただけでも大きな収穫だ。これ以上話しても、俺の頭では処理できない。もうそろそろ終わりにしよう……最後の質問だ。

「呪術とはなんだ？」