019 サイド:忍者アオ(3)
建物はすっかりゴブリンたちに包囲されていた。アイツを襲った時と違い、慎重にこちらの様子を伺っている。
サイガは自信たっぷりに笑ってボクの頭に手を置いている……少しクセがある黒髪が嫌いだ。まっすぐに伸びたお姉ちゃんの髪が羨ましかった。サイガが跳ねた髪を梳いてるボクを見て『アホ毛』って言ってたっけ。
そんなどうでも良いことを考えるくらい、サイガの笑顔はボクを安心させてくれた。
「で、サイガ、妙案とはいかに?」
「さっき、屋根に飛び降り屋敷に入ろうとしたが、露台がなく困っていた」
「…………」
「そこで屋根を見渡すと煙突を見つけた。そこから俺は入ってきたのだが、そこで面白いものを見つけた……暖炉まで下りると奥の方に地下への入口を見つけたんだ」
「あっ! アイツ、そこに隠れていたのかも!?」
「??? ……まぁ、『アイツ』とやらは良いとして、軽く覗いたが誰かが潜んでいる様子もなかった」
……アイツと入れ違いでサイガは地下を覗いたということかな。とにかく地下で身を潜め、ゴブリンたちがいなくなるのを待つということか、確かに生き残る可能性は高くなった。
「幸いなことに暖炉がある部屋には小さな換気口しかなく、入口は扉だけだ。これならどんな大軍でも戦う相手は少数で済む」
……サイガは何を言っているのだろう? 地下に籠って嵐が過ぎるのを待つんじゃないの、戦う? どういう意味?
「ちょっと、待った! 戦うって、どういうこと? 地下に籠るんじゃないの?」
「ああ、そうだ、アオには地下に隠れてもらう。俺1人の方が戦いやすい」
「いや、いや、サイガも地下に籠ろうよ。わざわざ戦う必要もないでしょ、ゴブリンたちが諦めるまで隠れていようよ!」
ボクは必死に引き留めようとするが、サイガは一向に引く気がないようで、軽く首を横に振った。
「ダメだ。きっとヤツらは俺たちを殺すまで諦めない」
「『きっと』って、なんでそんなこと言い切れるの?」
「カンさ、カン」
サイガはこめかみを指で突きながら言った。カンって、確かに異様な雰囲気をもったゴブリンたちだけど……カンで命を懸けてまで危険な選択をとる必要はない。それに少数を相手に戦うっていうけど、相手は200匹以上はいるんだ。どれだけの時間戦い続けないといけないんだ……無理、絶対に無理だよ!
泣きそうな顔でサイガを見上げる。
「俺の流派には千人組手っていう修行がある。ざっくり言うと1対1の組手を千人相手に行う、そんな荒行だ。まぁ、千人も集めることなんて無理だから、五十人ぐらいを相手に何回も組手を行うのだが……」
「………………」
「俺も挑んだことがあるが……326人目でぶっ倒れた。ゴブリンたちの数も同じか、少ないくらいだろう。まぁ、良い修行ってことさ」
サイガは笑って、またボクの頭に手を置いた。泣きそうなボクを励ますように軽く頭を撫でてくれた。
「というわけだ、さっさと暖炉の部屋に行くぞ、ヤツらが来ちまう」
「だったら、ボクも戦うよ、1人より2人の方が良いに決まってる!」
「ダメだ。俺は前衛小隊の隊長だ。特別小隊のお前を守るのが俺の役目だ。命を懸けて役目を全うした部下の誇りを隊長の俺が汚すわけにはいかない」
「でも、でも………」
頭にあるサイガの手を両手で握り、縋りつくように見上げる。サイガは真剣な表情から笑顔に変え、優しく握られた手をほどく。
あぁ、ダメだ、もうボクが何を言っても、サイガは変わらない。強引にでもボクを地下に押し込めるだろう……。
「……わかったよ。……でも絶対に生きて、生きて帰ってきて!」
…………………
……………
………
もうこれ以上は語る必要はない……ボクとサイガは暖炉のある部屋へ無言で向かった。部屋に入りサイガを見ると頷いて扉の方を向いた。いつゴブリンたちがなだれ込んでも大丈夫なようにサイガは扉の方に意識を集中する。
ボクは声をかけたいのを我慢して暖炉の方へ歩く……暖炉の奥へ入る瞬間、思わず振り返る……サイガは振り返らず、大きな背中を見せ力強く親指を立てた。
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