呪術と魔法は脳筋に ～魔族から人間に戻りたいのに、なかなか戻れません～

036 魔獣の討伐（３）

再び俺たちは互いに距離を取って様子を覗う。一定の距離を維持してジリジリと時計回りに移動する。急にヤツが後ろに跳び互いの距離が離れる。一瞬、逃げるのかと思い、追いかけようと前傾姿勢をとるが逃げる様子はない。

ヤツは顔を歪ませて悠然と佇んでいる。どこか余裕がある態度に不安を覚える。各個撃破を恐れてオウカさんを確認すると俺の背後にいた。……彼女も何かを感じたのだろう。

＜オマエタチハツヨイ。オレハシニタクナイ＞

「自分だけ死にたくないとは、都合がいいな。お前が殺した魔族や魔物にも同じことが言えるか？」

ヤツの隣にある死体の山を指差して戯言を一蹴する。

＜オレハシニタクナイ。マダ、コロシタリナイ！　オマエタチモシネ！　『呪術：悪閃苦投 （アクセンクトウ）』＞

ヤツが呪術を発動した。どのような呪術か想像できない。……こんな離れた距離からいったい何をするのか。最大限に警戒を高めてヤツの一挙手一投足に注視する。

おもむろに死体の山に近づくとヤツは１体の死体を掴む。掴んだ死体は魔族か魔物か分からないほど腐敗している。その腐敗した死体は信じられない事にみるみると押し潰されて球体となりヤツの手の平に収まった。

異様な光景を見せられ棒立ちとなる。ヤツはニヤリと顔を歪ませると、禍々しくどす黒い肉弾を握り込み、呆然としている俺たちに投げ飛ばしてきた。

呆気にとられて対応が遅れてしまう。後ろにはオウカさんが居て避けることはできない。俺は覚悟を決めると目の前で両腕を左右に立てる。外殻を前面に押し出し頭を下げて防御の構えになった。

ガンッ！

両腕に物凄い衝撃がくる。思わずよろめきそうになるが何とか堪える。予想を超える威力に驚く。まともに受けていては俺の両腕が持たないが、何故か今は両腕の外殻が小盾のように変化して腕を守っている。……全く意味が分からない。

このまま守りに徹していてもヤツの呪術で体力を削られ自滅するだけだ。何が最善か考えるが分からない。俺は苦手な頭脳労働に悪戦苦闘していると２投目が飛んできた。さきほどより威力は弱かったが、防御を解くほどではない。

３投目、４投目と次々に撃ち出す肉弾を受け続けると腕が痺れてきた。投擲の間隔も短くなり、このままだとジリ貧だ。後ろを向く余裕はないが、気配でオウカさんが無事なのは分かる。オウカさんが呪術を使っても距離がありすぎて、ヤツに届く前に肉弾の餌食になるだろう。

被弾しないように更に体を小さくして、両脇を締めてジリジリと距離を詰める。このまま近づいてもヤツに届く前に俺たちが倒される。思わず下を向き歯を食いしばると、足元に肉弾が転がっていた。

すべて受け流したつもりが、何発か正面から受け止めていたようだ。地面に転がる肉弾をじっと見る。一か八か……これに賭けるしかないか。俺は後ろにいるだろうオウカさんに向けて大声で指示を出す。

「オウカさん、俺がヤツの隙を作る。その隙を見逃さず一気に距離を詰めてくれ。俺もそんなに余裕がない。すぐに準備してくれ！」

「分かったわ。ごめんなさい、あなたばかりに無理をさせて……」

「気にするな、前衛が体を張るのは当たり前だ！」

「………ありがとう。『呪術：七填抜刀（シチテンバットウ）』」

後ろでオウカさんが呪術を発動したのが分かり、俺も覚悟を決める。何度か肉弾を受けた後、防御を解くとヤツの驚く表情が視界に入る。オウカさんも背後から飛び出し距離を詰めるため疾走する。

もう既にヤツの両手には肉弾が握られていた。左右に握られた肉弾……どちらをどちらに当てるつもりか、ヤツはニヤリと笑うと腕を振り上げ投擲に入る。

防御を解いた俺はすぐに地面に転がる肉弾の位置を確認する。肉弾の横に右足を踏み込むと左足を振り抜く。

ドゴン！

地面に転がった肉弾をヤツに向かって蹴り飛ばす。意表を突いた攻撃にヤツが硬直するのが分かる。当たれば儲けものと思って蹴った肉弾はヤツの肩に直撃して、体勢を崩す。

ヤツが体勢を立て直そうと仰け反った体を強引に起こすが、正面には既に居合の構えを取ったオウカさんがいた。

横薙ぎ一閃……呪術で強化された肉体から放たれたオウカさんの斬撃は、ヤツの胴体を難無く切り裂く。返す刀で振り上げた斬撃で左腕も切断した。

◆

サイガの言葉を信じて背後から飛び出して一気に魔獣との距離を詰める。魔獣は左右に持った肉弾をどちらに投げ込もうか、凶悪に笑うと、私と目が合う。標的は私、まともに食らえば命はない……。だが、サイガを信じる！

私は更に加速して一直線で魔獣に迫ると投擲に入った魔獣に何かがぶつかり、あまりの衝撃に魔獣は仰け反りよろめく。その隙に私は全速力で距離を詰めて魔獣の正面に立つ。

渾身の力を込めた抜刀を魔獣の胴体に打ち込むと呪術で強化された一撃が魔獣を切り裂く。呪術は解かれたが、返す刀で両手に力を入れて魔獣の左腕を斬り飛ばす。

立て直そうした体勢が再び崩れ、魔獣は後ろに倒れた。地面に横たわる魔獣が憎々し気に睨みつける。私が油断なく構えをとると後ろからサイガも駆けつけてきた。

「あなたは無差別に襲い、無慈悲に殺し、無残に生きた。この領地、いや、この魔族領の掟を破った。生かしておくわけにはいかないわ」

＜………＞

「……さよなら。あなたの死で、殺された者たちの無念が少しでも晴れますように」

呪術：七填抜刀―閃― （シチテンバットウ―セン―）

私は素早く納刀すると同時に瞬時に抜刀して魔獣の首を刎ねた。地面に転がる魔獣の首を一瞥して刀についた血を振り払うと、ゆっくりと鞘に納めた。