呪術と魔法は脳筋に ～魔族から人間に戻りたいのに、なかなか戻れません～

032 自前と魔草

私は、的を絞らせないよう左右に動きながら、サイガとの距離を詰める。『呪術：七填抜刀 （シチテンバットウ）』で強化された肉体から繰り出される神速の踏み込みにサイガは視界に捉えることができないようだ。

とはいえ、私も体力、魔素ともに限界に近づいている。次の一撃で仕留める。

サイガの正面で大きく左に踏み込み視界から消える。驚いた表情の横顔が、私を捉えきれていないことを証明する。鞘から刀を抜き放つため、右足を前に出し少し腰を落とそうとした……そのとき、サイガがこちらを向いた。

！！！！

（なぜ、反応ができるの？　私の動きを捉えきれなかったはず。まさかと思うが、一か八かの賭けに出た？　いや、そうとしか考えられない。だとしたら、何という胆力だろうか。その若さでどれだけの修羅場をくぐり抜けてきたのか……）

一瞬、抜刀せずに蹴りを放つか逡巡する。私の『呪術：七填抜刀（シチテンバットウ）』は右手に柄、左手に鞘を握っている（居合の構えをとっている）間は、身体能力が飛躍的に上昇するが、抜刀すると同時に術は解除されて、身体能力は元に戻ってしまう。

抜刀して避けられれば、私に勝機は無くなってしまう。それだけの実力差がサイガとの間にはあった。だが、既に体力も魔素も尽きかけていて、呪術を維持することは難しい。

……………………

………………

…………

ええい、ままよ！

私は、覚悟を決めて渾身の居合斬りを繰り出す。

ガキンッ！！！

金属同士がぶつかり合うような衝突音が訓練場に響いた。

斬撃の衝撃でサイガは、少し後ろに飛ばされたようだ。交差した両腕を前面に出し、頭を下げて亀のように縮こまっている。両腕を見ると、手甲ような黒い外殻がそれぞれ小盾のように変形していた。

◆

俺は交差した両腕を戻し構えを解く。オウカさんを見ると、信じられないものを見るような表情をしている。

なんとか、攻撃を防ぐことができたが物凄い衝撃で腕にはまだ、痺れが残っている。俺は痺れを取るため、両腕を軽く振ろうと腕に視線を落とす。……なるほど、オウカさんの表情の原因はこれか。

両腕にある外殻が見事に変形していた。右腕は横長な丸盾のように変形して、もう左腕は縦長な菱盾のようになっていた。両方とも黒い光沢を放っていて、とても硬そうだ。兜主（かぶとぬし）さんのことを思い出す。

化物を見るようなオウカさんの視線が痛い。……『ソギャン、ニゲンデモヨカタイ』。つい、別世界の言葉が出てしまった。たしか兜主さんの森でも同じようなことがあったような……。まぁ、いいか。どうせ、いい思い出ではないだろうし。

「え〜と、オウカさん。実力は分かってもらえたかな？」

「………えぇ、十分、分かったわ。それにしても凄いわね。それ、自前？」

オウカさんが、両腕にある外殻を指差して聞いてきた。自前といえば自前だが、最近までは無かったし、こんなことが出来るなんて知らなかった。なんと言えばいいか、困ってしまう。

「あぁ、自前だよ。ただ、最近まで無かったけどな」

「そう。色々と突っ込みたいけど………。ちなみにそれって呪術なの？」

「………いや、違うと思う。俺は呪術を使えない」

オウカさんは、興味深げに両腕の外殻を見ながら話を続ける

「呪術が無くて、それほどの強さを身に付けるなんて……。血筋が良いのかしら？」

「良くわからんが、親はいないぞ。天涯孤独というヤツだ。なので血筋と言われても分からない」

「……。そう、深く詮索するつもりは無いわ、私には関係ないもの。実力は十分よ、明日の魔獣討伐はよろしく頼むわ」

オウカさんも色々と聞きたいと思うが、こちらの事情を察してくれたようで助かった。オウカさんが話を切り替え、魔獣討伐に向けて最終確認に入ろうとしたが、俺はそれを止めて気になったことを聞いた。

「オウカさん、俺からも聞きたいことがある。もし、アンタの斬撃に耐えられなかったら、俺の腕はどうなっていた？」

俺は少し圧を込めてオウカさんに聞いた。

◆

「もし、アンタの斬撃に耐えられなかったら、俺の腕はどうなっていた？」

殺気を纏ったサイガから問われた言葉に、思わず息を飲む。あまりの実力差につい呪術を発動してしまった。最初は峰打ちか寸止めで決着をつけるつもりだったが、サイガの予想外の強さに、とっさの判断を間違ってしまった。こちらの失態だ。

「………ごめんなさい。もし、そうなったら、あなたの両腕は切り落とされてたでしょうね」

「そうか。………で、それで終わりって訳じゃないんだろ？」

「！！！　驚いたわ、サイガ。あなた、どこまで知ってるの？！」

本当に底知れない……。他の領地から来たのは間違いない。だから、あの事を知るはずはない、知る術もないはずだ。

私は、オテギネ様も認める功績と実力を持つ若き魔人に、空恐ろしいものを感じた。

◆

オウカさんが何か化け物でも見るような目で見てる……。本当に止めてほしい、俺はただ、【知識の神の加護】から聞いていただけなんだ。いや、正確にはメイさんからだけど。

魔草：死免蘇花 （シメンソカ）……死を免じて、肉体を蘇させる花。

外傷や病気の治療、欠損した部位の修復、枯渇した魔素・体力の回復などなど脅威的な治癒・回復能力を持った万能薬。ただ、名前のような蘇生させる効果はないらしい。魔蟲・兜主さんが治めていた森にのみ自生する魔草。花の色によって効果は変わる。

『白→黄→橙→赤→紫→黒』と色が濃くなるほど効果は強くなり、黒色の『死免蘇花（シメンソカ）』は見つかっていない。存在することは鑑定能力を持った呪術で確認されているとのことだ。更に『死免蘇花』の成分に治癒する効能はなく、この魔草が持つ『呪術：死免蘇花』を発動することで治癒を施す。

………オウカさんと戦っている最中、「怪我したら明日の魔獣の討伐って無理なんじゃね？」と思っていたら【知識の神の加護】が教えてくれた。正直、戦いに集中できないほど、長々と説明されて辛かった。結局、半分も理解できていないけど。ただ、何となく怪我の心配がないということだけは分かった。

とりあえず、若干引いてるオウカさんになぜ知っているか説明しようかな。