031 模擬戦と呪術
昨夜のオウカさんとの打ち合わせは夜遅くまで続いた。俺たちのせいで、いつまでも食堂を開けてもらう訳にはいかず、途中から宿屋の玄関口の広間を使わせてもらった。打ち合わせ中、差し入れに飲み物を持ってきてくれたジュラには感謝だ。
夜更けまで打ち合わせを行ったせいで、朝が遅くなった。食堂に向かうと、ジュラもジェネもおらず、二人に似た中年の女性が注文を受けていた。多分、二人の母親だろう。朝の食堂は定食しか扱っておらず、2人前を注文した。
パンとスープ、茹でた卵と野菜、果物を盛った大皿が大きなお盆にのって運ばれてきた。夕食と同じくどれも美味しかった。
食事を終えて部屋に戻る。今日もオウカさんと討伐に向けて確認することがあるため、警備隊の駐屯所に行く予定だ。とりあえず、外に出るため服を着替える。昨日、着ていたガウンと腰紐は洗濯に出してたので、背嚢から別の服を選ぶ。
少し丈が長い上着を羽織り、ゆったりとしたズボンを穿いた。どちらもボタンがなく、各部に着いた紐を結び固定した。最後にオウカさんから貰った帯刀用のベルトを巻いて、背後に付いているホルダーに短刀を差した。
オウカさんから上位の魔族から下賜されたものは常に身に着けておくのが、礼儀だと聞いた。特に公の場では必ず身に着けないといけないらしい。俺は下賜されてないし、公の場になんか行くこともないが、せっかくの助言を無視するのは良くないので、短刀を身に着けることにした。
外出する前に受付に向かい、延泊したい旨を伝えると既にオウカさんが手続きを済ませて支払いも終わっていた。ジュラとジュネに挨拶して、今日の予定を簡単に伝えると、俺は宿を出た。
中央の広場に出ると、ちらほらと屋台が並んでいた。昼も近いので、食事を求めて何人かの魔人が屋台の前に並んでいた。何を売っているのか興味はあるが、オウカさんを待たせるわけにはいかない。後ろ髪を引かれる思いで広場を後にした。
警備隊の駐屯所は、村の正門近くにあった。大通りから少し入った場所で、隣には見張り台が建てられていた。扉を叩くとオウカさんが出迎えてくれた。他の隊員は巡回に出ているとのこと。
「おはよう、サイガ。昨日はお疲れ様。ちゃんと眠れた?」
「ああ、よく眠れたよ。そういえば、宿の手続きは助かった。代金まで払ってもらて悪かったな」
「気にしないで。それより今日のことなんだけど、大丈夫?」
「問題なし。なんなら今から始めるか、オウカさん?」
オウカさんは一瞬、驚いた表情をしたが、すぐに微笑み、挑戦的な視線を向けてきた。……昨夜、打ち合わせの最後にオウカさんが、俺の実力を確認しておきたいと言ってきた。ならば、直接、戦ってみるのがいいだろうと提案して、模擬戦をすることになった。俺たちは、無言で頷くと駐屯所の裏にある訓練場に向かった。
◆
目の前に立つサイガを観察する。胸の前で腕を組み悠然と佇んでいる姿は、強者の雰囲気が漂っている。私より若いだろうサイガから熟達した修行者を連想させる。
あの若さでどれだけの修練を積めば、あれだけの濃密な闘気を纏うことができるのだろうか……。
私は右足を踏み出し腰を落とす。腰にある刀の柄を右手で握り戦う姿勢をとる。サイガはいまだに悠然と立ったままだ。その余裕のある態度に少し怒りを覚えながらも、冷静に間合いを詰める。じりじりと右足を前へ進め、遅れて左足がついてくる。あと少しで間合いに入る……寸前に一気に踏み込む。真横一閃、サイガの胴を切り裂く……切り裂いたはずだった。
サイガの足元を見ると、私が踏み込んだ歩幅分、後ろに下がっていた。私が踏み込む瞬間に距離を見極め、後方に跳んだのだ。壮絶な技量を見せつけられ、実力の違いを突きつけられた。
このままでは勝負にならない。実力は確認できたが、一矢報いたい……私は呪術を発動した。
「呪術:七填抜刀 (シチテンバットウ)」
私は呪術を発動すると同時に刀を鞘に戻した。
◆
オウカさんが呪術を発動した。刀を鞘に戻すと同時に纏う雰囲気ががらりと変わる。俺は空恐ろしさを感じ、とっさに後ろに跳ぶと、着地と同時にオウカさんが動いた。
さっきと同じように柄に手を置き距離を詰めてくるオウカさん……だが、速さは比べものにならない。俺は更に距離を取ろうと後方に跳躍するが、オウカさんの方が更に速い。呪術を発動前と明らかに動きが違う。別人と言って良いほどだ。
目の前に迫るオウカさん。既に刀が届く間合いだ。俺はいつ刀を抜くかに意識を集中させる……。
ドスッ!
「うっ!」
ゲホ、ゲホッ
予想外の激痛に咳き込む……刀は鞘に収まったままだ。だが、オウカさんの右足が俺の鳩尾に深々と突き刺さっていた。
刀からの斬撃に注意を向けさせておいて、意識の外からの横蹴り……。見事にオウカさんの術中にはまってしまった。
俺は痛みを無視して思いっきり横に跳んだ。体を投げ出すような姿勢となり地面に転がる。追撃を恐れて急いで立ち上がる。構えを取りながら、オウカさんの方を向くと既に次の動作に入っていた。
居合の構えはそのままに、左右に動きながら突っ込んでくる。尋常じゃない速さの踏み込みは左右に瞬間移動しているかと錯覚させられる。左右にぶれながら迫ってくるオウカさんが、急に目の前から消えた。
やばい、視界から外れた! 右か左か…確率は半分…俺は覚悟を決める。
とっさに素早く右足を引き横を向くと、攻撃に移るために動きを止めたオウカさんを視界に捉えた。
抜刀と蹴りの二択……普通なら抜刀だ。一撃で致命傷を与えることができる。だが、もし、蹴りだったら……迷いが更に判断を鈍らせる。
オウカさんにも俺の迷いが分かったようだ。大きく踏み込んだ右足を更に曲げて姿勢を低くする。左回し蹴りにも抜刀にも変化できる態勢だ。俺は覚悟決め、オウカさんの攻撃を待ち構える。
オウカさんは既に攻撃の動作に入っているが、判断ができない。抜刀か蹴りか……もう、決断しないと間に合わない……なら、両方だ!
ガキンッ!!!
訓練場に響く鉄と鉄がぶつかったような衝突音。
胸元で交差した腕に物凄い衝撃が走る。衝撃を吸収しきれずに少し後ろによろめく。
頭を下げて体を縮めた構えを解き、オウカさんを見ると、驚き、信じられないものを見るような表情をしていた。
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