111 旅のための準備

俺は逃げ出すようにリンの部屋を出ると、中庭で話をしているマヤたちの所に向かう。ジェネに揶揄われているアオを見ると笑いそうになるが、昨夜、俺がとった行動のせいだと思うと笑う訳にはいかない。


「おはよう、みんな、朝から元気だな」

「サイガさん、おはようございます! 昨日の夜は熱かったですねぇ」


俺を見るとすぐにジェネが近寄り、昨夜の事を聞いてくるが、俺は素知らぬふりで聞き返す。


「そうか? 昨夜は割と過ごしやすかったが」

「もう! サイガさん、誤魔化さないでくださいよ! ねぇ、アオちゃん?」


ジェネが頬を膨らませてアオに話を振るが、アオはまともに俺を見ることが出来ず俯いている。その様子を見ながらマヤは笑っているが、よく見るとこめかみに小さい青筋が浮かんでいるので、これ以上はこの話をするのは良くないだろう。


「すまなかったな、夜中に大声を出して。起こしてしまたったか?」

「それはそうですよ、あんな大声で叫べば、誰だって起きますよ! しかも『俺はアオが……』って、ごめんね、アオちゃん」


ジェネが昨夜の場面を再現しようとし、涙目で睨むアオに気が付き、咄嗟に口を閉じて謝罪する。俺はその様子を苦笑しながら眺めていると、マヤからの冷たい視線に気づき真顔に戻ると話を変える。


「昨日の事は本当にすまなかった、忘れてくれると有難い。それで話は変わるんだが、明日にでも村を出ようと思う。出来ればマヤとアオも一緒に来て欲しい」


俺がここに来た目的を告げると、マヤやアオはもちろん、ジェネ、ジュラも驚く。急な話ではあるが、既にララから復旧作業を手伝うための人材と物資を送る準備はできており、明後日にはショウオン村に着くとの連絡があったため、俺たちが手伝うことはあまり無い。


例の御布礼おふれが出るまで、もう1カ月を切っている。俺は残り1カ月弱の間になるべく強くならないといけない。マヤやアオ、ついでにリンを守りながら旅をするには、まだまだ力不足だ。


俺は御布礼の事は伏せて、なるべく早くフーオンに戻り、修行をしたいことを4人に伝えると、ジェネとジュラは少し寂しそうな顔をしたが納得してくれ、マヤやアオは事前に魔皇になったことを教えていたので、すぐに了承した。


4人への説明を終えた俺はリンの部屋に戻り、明日にもフーオンに戻りたいと告げると、既にララに連絡をしており、迎えを寄越してくれるとのことだった。あまりの手際の良さに驚くと、「アンタの事だから、すぐに修行したいって言うと思っていた」と呆れながら言われた。


――――――――


翌日、ショウオン村の皆に見送られながら、フーオンに向けて出発をした。ジアリさんやセップさん、ジュラとジェネに挨拶をして村を出ると、ララ自ら迎えに来たのには驚いた。大きく豪華な馬車を引く馬たちは、行きでもお世話になった名馬たちだったので、再会を喜び首を撫でた。


馬車に乗ると早速、ララから修行について提案される。まず、フーオンに戻り次第、俺はオテギネさんの居城に向かって不帰の森での修行の許可を取り、そのまま修行してほしいとのことだ。フーオンに設置された修練場は、リンが使いたいらしい。


次にマヤとアオについては、ララも想定外だったらしくリンと一緒に修行させるのか、それとも客人として館に居てもらうのか、どうすれば良いか悩んでいると、リンが口を開いた。


「そんなの決まっているわ、修行するしかないでしょ。このままだと2人とも足手纏いよ」


リンの容赦ない一言にマヤとアオが、リンを睨むが少しも気にした様子もなく言葉を続ける。


「アンタたちは、もう魔法が使えないのよ。強化魔法も使えないから武器で戦うこともできない。少しでも強くなってもらわないと私が困るわ」


リンは2人を見つめて事実を突き付けると、2人とも何も言えなくなり俯いてしまう。馬車の中が最悪の雰囲気になり、俺が場を和ませようとした時、マヤがリンを見つめて喋り出す。


「確かにあなたの言う通りです。このままサイガに付いて行っても邪魔になるだけです。私はサイガを支えたくて一緒に旅がしたいのです。どうか、私に修行をつけて頂けませんか」

「ボクも一緒にお願い! ボクもサイガの為に強くなりたい!」


マヤが修行をつけてほしいと頭を下げると、アオも一緒に頭を下げた。そんな2人を推し量るような表情で見ていたリンは、溜息を吐くと首を横に振って俺の方を向く。


「サイガ、2人は私が預かるわ。あと1カ月も無いけど、出来る限り鍛えてみるわ。アンタもオテギネさんの所に行って、可能な限り強くなってきなさいよ」


仕方が無いといった顔をするリンに俺も頭を下げて2人の修行をお願いする。俺は馬車に乗ってからずっと意識をリンに集中して繋がっていた為、本当は2人のことを心配していると分かっていた。


『ありがとう、リン。お前が傍にいてくれて本当に良かった』


俺がリンの頭の中に感謝の言葉を送ると、リンは顔を赤くして、そっぽを向く。俺は背を向け窓の景色を見るリンに心の中で、もう一度、頭を下げた。



文官のメイからサイガが訪れたと伝えられると、すぐに謁見の間まで通すように命じた。リンの手紙を託してから5カ月ぐらいが過ぎただろうか。長命種である我からすると一瞬でしかないが、魔人にとっては短い時間ではない……あれから、どれほど強くなったのか会うのが楽しみだ。


不帰の森で出会った時の事を思い出していると、扉が開きサイガが入ってきた。我は首を擡げてサイガを出迎えると、サイガは頭を下げて挨拶をした。


「久しぶりだ、オテギネさん。何も知らない俺に色々としてくれて、本当にありがとう。今、俺が生きているのはオテギネさんのおかげだ」

<気にするな、我があるじの為にやった事だ。それにしても、サイガよ。お主、この短い期間で、とてつもなく強くなったな。今なら我とも良い勝負ができそうだ>


……サイガの体内に循環する魔素は、魔竜である我を優に超えていた。我の巨体にある魔素を遥かに凌ぐ量の魔素が、あの小さい体の中に圧縮して詰め込まれており、今も呼吸をする度に僅かだが、魔素を吸収している。


「勘弁してくれ、オテギネさん。まだまだ、俺なんてオテギネさんの足元にも及ばないよ。それより、不帰の森で暫く修行したいんだが、問題ないか?」


3週間ほど不帰の森で修行をしたいので、許可がほしいとサイガにお願いされたので、問題ないことを伝え案内するように配下に命じた。


<それでは、また3週間後に会おう。できれば、その時に少しだけ手合わせしてくれないか?>

「あぁ、もちろん、大丈夫だ。ただ、ちゃんと手加減はしてくれ、本気のオテギネさんと戦ったら死んでしまうかもしれない」


サイガは冗談っぽく言うと、我との手合わせを快諾してくれた。たった3週間だが、サイガがどれほど強くなるのか、今から楽しみで仕方ない。

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