029 姉妹と貨幣

受付を終えて部屋に向かうお客さまに頭を下げ見送る。頭を上げると妹のジェミが話しかけてきた。


「ねぇ、ねぇ、ジュラちゃん。さっきのお兄さん、結構、格好良かったよね」


少し興奮気味に話す妹に苦笑いをしつつ、うなずく。確かに均整のとれた身体は程よく鍛えられ、無造作に伸ばした髪は精悍な顔に合っていた。歳は私たちと同じか少し上だろうか……少し会話をして思ったが、歳の割に落ちているようだった。


「あんなに若いのに、なんか落ち着いてるよね。服も意匠は古いけど、上位の方が着るものだったし、謎多きお兄さんって感じ」


妹も同じことを思ったようだ。服も上等な生地に赤色の帯には金で刺繍が施されて、明らかに上位の魔人が着るような服だった。おさぬしが着ててもおかしくない。この領地を治めるオテギネ様の配下は魔獣や魔蟲が多く、魔人は少ない。おさに任じられた魔人はいなかったはずだ。


「他の領地から来た人かもね。初めて見る人だったし、荷物も多かったよね」


その可能性が高いと思う。修行を目的に旅をする魔人は少なくない。強くなることは出世につながる。おさの目に止まればかしらに抜擢されることもある。私たちのような非力な魔人は、強い魔族に守られなければ生きていけない。


「はい、はい、ジェミ。お客さまの詮索はここまでにして、仕事に戻るわよ」

「はーい。けど、やっぱり、格好良かったよね!」

いまだに興奮している妹にも困ったものだと思いつつ、自然と青年が向かった部屋に視線が向いた。



木札と同じ番号が書かれた部屋に着いたので、説明通り挿し口に木札を差し込むとカタンと音がして、扉は抵抗なく開いた。部屋の中にはベッドと小さなテーブルが置いてあり、テーブルの上に大きな水差しとランプがあった。


背嚢と肩掛けを置いて、ベッドに座り一息つく。【知識の神の加護】に改めて魔族の常識について確認をする。まず、貨幣について、単位はキラ。鉄貨1枚が1キラとなり、パンや牛乳といった食料を買うことができる。魔族(主に魔人)の1カ月の平均収入が400キラぐらいらしい。


貨幣の種類は鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、魔銀貨、魔金貨とあり、それぞれの価値は

鉄貨:1キラ

銅貨:10キラ

銀貨:100キラ

金貨:1000キラ

魔銀貨:10000キラ

魔金貨:100000キラ

となる。


お金が入った袋を確認すると、金貨1枚と銀貨6枚、銅貨と鉄貨は多いので枚数は数えない。ここの宿代が15キラだったので、銅貨1枚と鉄貨5枚となる。


他にもこれから向かう町や村の名前や独自の文化や風習について蓄積した情報にないか確認していった。ちなみにこの村は「ショウオン」というらしい。


【知識の神の加護】からの講習が終わり、窓を見ると日が沈み暗くなっていた。ちょうど腹も減ってきたので、食事をとるため1階へ降りることにした。


大きな食堂で多くの魔族が食事や酒を楽しんでいた。ほとんどが魔人だったが、たまに魔獣も見かけた、魔虫や魔鳥はいなかった。同じ魔族でも種族によって生活環境はかなり違うようだ。どこに座ろうか周りを見渡していると、後ろから声をかけられた。


「あの~、もしかして席を探してます? よかったら案内しましょうか?」


振り返ると魔人の少女が立っていた。短く切りそろえられた髪は水色で瞳は緑、大きな目に小さな口、若干、鼻は低いが美少女と言ってよい顔立ちだ。確か、受付をしてくれた魔人の少女の隣にいたはずだ。


「いいのか? 案内してくれるとありがたいが、受付は大丈夫か?」

「はい! 全然、大丈夫です! もう受付は終了して、こちらのお手伝いをしているので!」

「そうか、なら頼む、正直、どこに座ればいいか、迷っていた」


苦笑いをしながら、魔人の少女にお願いした。魔人の少女は、一瞬、見惚れた表情をしたが、すぐに表情を切り替えて案内してくれた。


厨房に近い小ぶりのテーブル席に案内された。小ぶりといっても大人4人が座れる大きさだ。他のテーブルと比べると小さいというだけで、十分に大きい。他の客が相席しているのに俺だけがここに座って良いのだろうか。


「大丈夫ですよ、他のお客さんは常連ばかりで、気心知れた仲です。相席の方が楽しく会話ができて都合が良いんです」


迷っているのが、表情に出ていたようだ。魔人の少女が答えてくれた。初めて訪れた村だ。知り合いがいるわけでもない。今日は1人でゆっくりと食事がしたかったので、この心遣いはありがたかった。


「いろいろと気を使わせてしまったな、ありがとう。良かったら名前を教えてくれないか? 俺はサイガだ」

「私はジェネです! お父さんとお母さん、あとお姉ちゃんと一緒にこの宿屋を営んでいます!」

「そうか、若いのにえらいな。1泊だけだが、お世話になるよ」

「えっ!? 1泊だけなんですか? もう少しいれば良いのに…」


少し寂しそうなジェネには悪いが、手紙を渡す旅で寄っただけだ。長居する理由がない。申し訳ないと思いつつ、俺は注文を伝えて食事をとることにした。

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