068 ゴブリンと再戦

俺は兜主さんに別れを告げて、2次試験の会場を目指すため湖から離れた。鬱蒼とした茂みの中を進んでいると、木陰から人影が飛び出してきた。


俺はとっさに後ろに跳んで距離を取り、構えをとって様子を覗うと、人影は近づき正体を現す……魔族化したゴブリンが俺の目の前に立っていた。額にある角に赤色の目、口から鋭い牙が生えているが、耳が長く鷲鼻の醜悪な容貌に緑色の肌はゴブリンの特徴のままだ。


以前、サルだった時に戦った魔族だ。あの時は苦戦をしたが、今では敵ではないはずだ。無用な殺生はしたくないので、出来れば逃げてもらえると有難い。試しに俺は体内の魔素を高速で循環させ身体強化を行いゴブリンを威圧する。


ゴブリンは一瞬、怖じ気づきそうになるが、ニヤリと顔を歪ませると大声で叫び出した。いきなりの奇行に驚き思わず身体強化を解いてしまう。俺は後ろに下がり、周囲を警戒しながら様子を覗っていると、多数の気配が集まってくるのが分かる。


俺は目の前のゴブリンに注意しつつ周囲を確認すると、大勢の魔族化したゴブリンに囲まれていた。俺は素早く魔素感知をして30匹近くいることを確認する。やはり、魔物だった時の特性も引き継ぎ、群れで行動していた。俺は前回が運が良かっただけだと思い知らされる。確かにこれだけ魔素が豊富な森にいればゴブリンたちも魔族化するのは容易かっただろう。


更に注意深く周囲を観察すると、他より一回り以上大きなゴブリンを見つけた。群れの最後尾に立つそいつは、角が3本も生えて持っている剣も立派だ。間違いなくこの群れの首領だろう。俺は他に魔族がいないか確認するが、見当たらない。


出来れば誰とも戦わず会場に行きたかったが、そうそう上手くはいかないらしい。俺は思わず笑ってしまいそうになるのを堪えて、荷物を下し攻撃態勢に入る。まずは仲間を呼び集めた目の前のゴブリンを倒すことにした。



サイガが魔族化したゴブリンたちと対峙している。魔族化した魔物も時間をかければ少しづつ意思が通じ合えるようになるが、下位の魔物だと難しい。あのゴブリンたちが良い例だろう。魔竜のオテギネさんは、いとも簡単に意思疎通ができていたが、上位の魔物で元々の知能も高かったので比べても意味はないのだが……。


オテギネさんの事を考えていると、サイガとゴブリンの戦いが始まっていた。サイガが目の前にいるゴブリンに近づき、正拳突きを叩き込むと、ゴブリンの頭が弾け飛んだ。あまりの速さに周りのゴブリンは何が起きたか分かっていない。


目の前のゴブリンを一撃で倒すと、そのまま群れの後ろに立つ巨大なゴブリンに向かって走り出す。首領と思われる巨大なゴブリンは、サイガを止めろと配下に指示を出すが、襲い掛かってくるゴブリンたちをサイガは全て一撃で倒して行く。


巨大なゴブリンまであと少しの所まで近づくと、残りのゴブリンたちが一斉に立ちはだかり肉の壁となる。サイガは肉の壁となったゴブリンたちの前で急停止して、両手を腰にまで引くと一気に突き出した……両手での掌底突きは、折り重なったゴブリンたちを一斉に吹き飛ばした。


後方に飛ばされたゴブリンたちの巻き添えとなり巨大なゴブリンはもんどりを打って倒れると、すかさずサイガはゴブリンに飛び乗り、右手を振り上げる。手甲剣の様に変形した外殻を巨大なゴブリンの頭に叩きこむと、柘榴のように弾け飛んだ。


相変わらず規格外の強さだと感心してしまう。たぶん、呪術無しなら魔族の中でも5本の指に入るかもしれない。少し呆れながらサイガの元に向かう。


『サイガ、お疲れ~。アンタ、凄いことになってるわよ。返り血で真っ青よ』

「はぁ、はぁ。そんなに酷いか? 確かに返り血を気にしながら戦う余裕はなかったからな。早く会場に着いて洗い流したいな」


サイガは顔に付いたゴブリンの血を拭うと、深呼吸をして戦う前に下した荷物を取りに戻った。



ゴブリンたちの戦闘後は特に誰とも出会う事なく、会場に着くことができた。会場の入口にいる受付に肩掛けに入っている紫色の「死免蘇花」を見せると、大きく目を見開き固まってしまった。俺が声をかけると、急に席を立ち会場の奥に走っていった。


しばらくすると最高試験官のカイが先程の受付と一緒に現れた。カイは紫色の「死免蘇花」を確認したいと頼んできたので、肩掛けごと渡した。


「サイガ様、大変失礼いたしました。確かに『死免蘇花』でございます。そして、おめでとうございます。2次試験合格です」


カイは笑顔で合格を告げ、握手を求めてきた。俺もカイの手を握り返して、気になることを尋ねた。


「ちなみに俺は何番目なんだ? もし良かったら教えてくれ」

「サイガ様は14番目になります」


カイは笑顔を崩さず答えると、握手した手を離し優雅に一礼して会場の奥に消えていった。ゴブリンの返り血で汚れているのに全然、嫌な顔をせず握手を求めてくるカイに少しだけ好感を覚えた。


受付から野営地の中に入る許可を貰うと、割り当てられたテントに向かう。途中で何人かの魔族とすれ違ったが、どの魔族もとんでもなく強そうだった。さすが俺よりも早く合格した魔族たちだと感心する。


テントに入り荷物を下すと試験会場の本部を探すため、すぐにテントを出る。野営地の中央に一番大きなテントがあったので、目星をつけて急いで向かう。テントに入ると試験官と思われる魔人たちが忙しなく働いていたので、適当に試験官を捕まえて、返り血で汚れた体を洗いたいことを伝えると、簡易の風呂が設置してあるとのことで場所を教えてもらった。


『よかったわね、これできれいになれるわよ』

「ああ、そうだな。それはいいが、なぜ、ついてくる?」

『だって、2次試験も頑張ったから、お礼に背中でも流してあげようかなと思って』


リンがまた、寝ぼけた事を言い出した。ため息を吐きたくなるのをグッと堪えてテントに戻るように諭す。


「リン、聞いてくれ。気持ちは有難いが、まず、お前は物を持つことができず、俺の背中を流すことはできない。それにテントに置いてある『死免蘇花』が心配だ。頼むから戻ってくれないか」

『……確かにそうね。もう少しサイガをおちょくりたかったけど、仕方ないわね。テントに戻っておくから、しっかり体を洗ってきて』


リンが納得してテントに戻っていくのを見送ると、俺はこめかみを抑えながら風呂に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る