006 魔物と魔族化

満身創痍ではないが、心身ともに疲労した体に鞭打ちながら、ようやくリンゴの林に着くことができた。ゴブリン相手に死闘を演じてしまった……この事実に頭の中はいっぱいだ。俺の記憶ではゴブリンは魔物の中では最弱の部類。人間でも成人した男性なら一対一で苦戦することはない……そういう魔物だ。


改めて、戦いを振り返る。本当に紙一重の内容だった。正拳突きを放つと同時に俺の体は真横に向いた……首がなく頭と胴体が直接つながっている寸胴の体形に助けられた。俺の正拳突きは腰を回し正対から拳を放つが、寸胴のくびれもない体には腰がなく、勢いを出すため体全体を半回転した。結果、体は横向きとなりゴブリンの剣を避けることができた。計算ではなく偶然だ、運が良かっただけだ……俺はゴブリン程度なのか?


《いいえ、身体能力はゴブリンより上です》


いきなり、【知識の神の加護】の言葉が頭に響いた。


「ゴブリンに勝ったから上は上だろうが、辛勝だった。あまり変わらない」

《いいえ、戦った相手はゴブリンではありません》

「ゴブリンではないとはどういう意味だ?」


【知識の神の加護】の言葉に動揺する。俺の記憶が間違っているのか。それとも、ただ、あの魔物の呼び名が違うだけなのか。【知識の神の加護】の次の言葉を待つ。


《ゴブリンではありません。魔物ではなく魔族です》

「魔族? どういうことだ、アイツは魔物じゃないのか?」

《魔物ではありません。魔族です》


どういうことだ、あのゴブリンが魔物ではなく魔族だと……分からない。記憶では確かにゴブリンは魔物のはずだ。決して魔族ではない。俺の記憶が間違っているのか。考えがまとまらない……とにかく確認が先だ。


「魔物と魔族の違いを教えてくれ」

《魔物とは、この世界に広く生息する特殊な器官を持つ様々な生物の総称です。肉体も強靭で生命力も強く凶暴な種族が多いです。魔法、呪術は使えません。その代わりに炎や冷気を吐き出す能力や強力な再生能力、言葉がなくても全個体で意志疎通できる能力など多種多様な器官を持つ生物です。この世界に広く生息している魔物はスライム、ゴブリン、コボルトです。

魔族とは、魔素を取り込み身体能力や機能が強化された生物です。魔族領に多く生活・生息しています。部族は魔人、魔獣、魔鳥、魔蟲、魔魚。これらには亜族や上位族がいます。

また、人族以外の種族は魔素を体内に吸収します。吸収し続けると魔族になることがあります》


魔物に関しては、俺の記憶と違いはないようだが、魔族に関しては知らないこともあった。『人族以外は魔族になる』とは、どういうことだ?


「『魔素を吸収して魔族となる』とはどういう意味だ? この情報は誰のもの(経験)だ?」

《生物学者ウィン・チルズの情報です。ウィン・チルズは魔素を多く含んだ食物を生物に与える実験を行いました。そして、一定量の魔素を吸収すると魔族になることを発見しました。それを『魔族化』と名付けました》

「………、ということは、アイツは、ゴブリンではなく魔素を吸収し魔族化した元魔物ということか?」

《その通りです。実験で魔族化したゴブリンと容姿が酷似しています。また、魔族化したゴブリンは魔物のゴブリンを大幅に上回る身体能力や知能を持っています》


なるほど、そういうことか。意外と役に立つな【知恵の神の加護】。こちらが意図的に質問しなくとも回答するとか、よく分からない仕様だな。まぁ、いいけど。


あと生物学者のチルズさんにも感謝だな。そんな実験は知らなかったけど。「魔族化」かぁ、俺も魔族化したということか、でも人族は魔素を吸収できないから魔族にはなれないとも言ってたし……。


《…………》


うん、やっぱり、そこは答えてくれないんだね。まぁ、いいや、世の中には分からないこともあるし、教えてもらっても理解できない可能性だってある。いや、むしろ、そちらの可能性の方が大きかったかも。俺って肉体派だし。とりあえず、俺は弱くはないということは分かった。


「ちなみに魔族化したゴブリンって結構いるのか?」

《加護を付与された人間たちで、魔族化したゴブリンと遭遇した経験を持つ人間は生物学者ウィン・チルズとサイガ・シモンだけです》


多いのか、少ないのかは分からないのか……いや、情報がないのか。過去に加護を付与された人間で遭遇したことがあるのは2人だけということは、少ないと考えていいのか? それに結構な数がいるならゴブリンの特性的には集団で行動しているはずだ。とりあえず、次に遭遇した時も慎重に行動することにして、当初の目的である魔蟲を採取することにした。


―――――――――


リンゴの林には大小さまざまなリンゴの木が生えていた。登りやすそうな木を見つけて、いくつかリンゴをもぎ取った。


魔蟲がいるリンゴは3個ほどあったが、昨日食べたリンゴほどの大きさはなかった。今思えば、異常な大きさだったな。あれ、ほんとにリンゴだったのか?


とりあえず、魔蟲がいるリンゴを食べてみた。昨日ほどの旨味は感じられないが、普通に美味しかった。魔蟲も意外と美味しかった。鉄のような苦みもなかったので魔蟲も別の種類だったのかも。


3個と3匹すべて食べたが、呪術の発動もなく体調にも変化はなかった。魔素が足りないのだろうか? そもそも魔素って食べることで吸収されるものなのだろうか? 食べたことで魔素を消化・吸収して呪術が発動したと、俺なりに推測しただけだし、少し不安になってきた。


考えても仕方がない、とりあえず今日はひたすらリンゴと魔蟲を食べ続ける、お腹一杯になるで!


再びリンゴを採ろうと、林の中を散策しはじめた。リンゴ林は結構広く、多くの木が生っていた。散策を続けていると昨日食べた巨大なリンゴの実を見つけた。既に他の魔物に食べられたと思っていたが、昨日と変わらない状態のようだ。


まだ、半分以上残っている巨大なリンゴを観察すると、魔蟲らしき生き物も果実の中にいるようだ。


これは食べろということか……少し迷う。一度経験したので大丈夫だと思うが、魔蟲の味を思い出すと、躊躇してしまう。


結局は普通のリンゴの中にいた魔蟲では呪術は発動しなかったため、食べるという選択しかない。


俺は覚悟を決めて巨大リンゴ(と魔蟲)にかじりついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る