012 サイド:勇者アルス
小高い丘の上から仲間と一緒に目的地を見下ろす。ようやく僕たちの旅も1つの区切りを迎える………。これまで苦楽をともにした仲間たちも、一様に感慨深い表情をしている。いや、一人だけ、そうじゃないヤツがいた。
「おい、サイガ、1人で勝手に行くんじゃない! もう今日は野営地に戻る予定だよ」
「ん? さっさと魔王なんて倒して、次に行こうぜ、次に。魔王って8人もいるんだろ? 『タイムイズマネー』だ」
勝手に先に進んでいたアイツは僕の声で足を止めて、こちらを振り向く。無造作に切り添えた黒髪が精悍な顔に妙に似合っている中年の男……サイガは面倒臭そうに抗議する。
「何を言っているんだ? みんな疲れているんだ。君みたいに体力があり余っているわけじゃない。今日は偵察だけだと言ったよね」
アイツは渋々と頷き、疲れている仲間たちの荷物を代わりに担ぐため、休憩している皆の元に向かった。本当に人間離れした体力だと呆れてしまう。
アイツは、たまによく分からない言葉を使う癖がある。それは付与された【知識の神の加護】が関係している。
たまに転生者という別世界の記憶を持って生まれてくる人がいる。現代に至るまで転生者は別世界の様々な知識、文化を伝えて世の中を豊かにしていった。
特に漫画・小説の与えた影響は大きい。それまでの物語は歴史や宗教を元にしたものしかなく教養を身に着ける為に読むものだった。だが、ある転生者が書いた書物は愛や恋、戦いに冒険……現実離れした世界で繰り広げられる壮大で浪漫溢れる物語だった。
この書物は平民の間でも爆発的に売れて、国民の識字率を大幅に上げてくれた。その後、国の推奨もあり、様々な転生者が別世界の漫画や小説を書物にまとめている。そして、それらの書物にはそれまでの書物になかった挿絵が入っていた。ちなみにこの世界では挿絵が多いのが漫画で、少ないのが小説という扱いになる。
ある国では漫画や小説の為の専門学校や研究機関を設けて若き才能を発見・支援して普及・発展に努めている。
特に少女漫画「七(シチ)」は僕にとって聖典だ。同じ名前を持つ二人の少女「七(シチ)」が恋を通じて成長する物語。吟遊詩人を目指す「七(シチ)」と王都に憧れる「七(シチ)」が出会うシーンは……。
コホン、話が逸れてしまった。アイツに加護を与えた知識の神にとって、この世界に存在しない知識をもった転生者は未知の情報を得られる格好の的だったようだ。知識の神は、アイツに加護を付与するまでの2000年の間に様々な転生者に付与して知識を蓄積していった。
『バトル系』や『スポ根系』の漫画に夢中になったアイツは、別世界の言葉を気に入り、【知識の神の加護】を使って色々な言葉を教えてもらっているようだ。そういえば、僕の顔を見て『イケメン』とか言ってたな。
「…………」
「アルス、なに、ぼうとしているんだ? 早く野営地まで戻ろうぜ」
「あぁ、悪い。って、そんなに急かすんじゃない! みんな疲れていると言ったよね」
サイガは仲間から預かった荷物を集めて持ってくると僕に声をかけた。
「ん? だからだろ? 早く野営地に戻って、明日に備えて休もう。ここにいたら魔族の奴らに見つかっちまう。みんなの荷物は俺が運んでもいい」
「まったく、しょうがないね。確かに魔王の本拠地も確認できたし、今日は早く休もう、みんな、戻るよ!」
僕が声をかけると仲間たちは立ち上がり移動のための準備を始めた。アイツも、みんなから預かった荷物を手際よく積み重ねて、特注の背負子に自分の倍はある荷物を括りつけている。
僕は準備が終わり誰かを手伝おうと見渡すと、誰よりも荷造りに時間がかかるはずのアイツが、既に荷造りを終えて仲間の準備を手伝っていた。まったく、頭が上がらない。本当はアイツが討伐隊の隊長をやればと思ってしまう。
結成当初の討伐隊は中隊規模の100人程度で構成されていた。僕たち勇者や聖女などで構成された最高戦力の7人の特別小隊を中心に前衛小隊、遊撃小隊、治療分隊、補給分隊があった。アイツは前衛小隊30人の隊長をしていた。
シュバルツ帝国の士官学校で歴代最高の成績を修めた僕は魔王討伐隊隊長に任命された。帝国は魔族領にも隣接しており魔族との戦争では常に最前線となっているため各国連合の討伐隊にも強い発言力を持つ。僕が隊長に任命されたのは、そういった背景がある。決して実力だけで選ばれたわけではない。
一方、アイツは士官学校に通っていない。幼少から武術を極めるために修行を積み重ね、冒険者として生計を立てていたらしい。冒険者での実績が噂となり総帥自らがスカウトして討伐隊に入隊させられたらしい。入隊理由を聞いたら『あのオッサン(総帥)に騙された』とのことだ。
100人以上いた討伐隊も今は8人だけとなった。正確には別働隊として補給部隊と偵察部隊はいるが、戦闘を担当するのは特別部隊の8人だけだ。強力な魔族との戦いで多くの仲間を失った。
各国から隊員の補充の申請もあったが、仲間と話し合って断った。機動力を重視した少数精鋭の方が魔王討伐の可能性は高いと判断した……というのは建前で、正直、これ以上多くの犠牲が出ることを避けたかったというのが本音だ。
結局、前衛小隊と遊撃小隊、治療分隊は解隊して、補給分隊は縮小して部隊とした。特別小隊も実情にあった部隊に変えてもらった。
アイツが仲間の荷造りを手伝っている姿を眺めながら、昔のことを思い出していると、仲間の手伝いが終わったアイツが近づいてきた。
「また、ぼうとして。どうしたんだ、アルス?」
「いや、何でもないんだ。少し感傷的になっているのかな? 次はいよいよ魔王討伐だからね」
「あいつらのこと考えていたのか? 嘆くのではなく背負っていくんじゃなかったか?」
「あぁ、その気持ちは変わっていないよ。感傷的になったのは別の理由さ」
「…………。まぁ、負けそうになったら逃げればいいさ。そして、何度でも戦え。俺だけは最後まで付き合ってやるよ」
アイツは僕の顔をまっすぐ見て、拳を突き出した。僕は笑って拳を合わせた。
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