011 強敵と死闘
湖に戻り水辺に集まる魔獣を観察することにした。さきほどの自然破壊のせいか、湖に来る魔獣、魔物は疎らだ。その中に森の主らしき魔族がいないか確認する。さすがは、この自然破壊にも臆さない魔族達だけあり何奴も強そうだ。だが、森の主かというと、違うような気がする。とりあえず、俺は1番強そうな魔族に声をかけることにした。
『Nice to meet you!』
「………………」
対岸にいた目的の魔族を見つけると、急いで湖を半周して近づく。背後から声を掛けるのもどうかと迷ったが、別世界の言葉なら問題無いかと思い、元気よく声を掛けた。人生で唯一出会った転生者から褒められた自慢の挨拶だ。確かネイティブな発音とか言って褒められた。
魔族は一瞬、硬直したように見えたが、ゆっくりとこちらを振り向いた。
……近くでみるとすごいな。俺の5倍はあるだろう巨体は黒く光沢のある外殻に覆われている。頭と思われる部分から大きな角が伸びていて黒い目がこちらを見つめている。6本の足はどれも太く、つま先から2本の鋭い爪が生えていた……そう、紛うことなきカブトムシの魔蟲だ。
「え〜と、俺の言葉は分かるか? 分かるなら手を上げて欲しい」
「…………」
手を上げる気配はない……そもそも6本もあるのにどれが手なんだ?
しばらく対峙するが、やはり言葉はなく、意思も通じる気配はない。会話は無理でも何らかの意思疎通はできるかと期待したが……。もうこれ以上、ここにいる理由もない。魔蟲とのお見合いも、お終いして別の魔族を探すことにする。
次の魔族はどれにしようかと魔蟲から意識を外した瞬間、羽を広げて上空に飛び上がった。あまりの風圧で周りの木々がざわめく。逃げるのかと思ったが、視線はこちらを向いたままだ。既にかなりの高さまで上昇していた。
高速で羽を動かして滞空していた魔蟲が、急降下して迫ってきた。俺の5倍はある巨体が上空から迫ってくる。かなりの迫力だ。
二股に分かれていたはずの角も針のように先端が尖っている。巨体に似つかわしくない猛烈な速度で、角を突き出し突っ込んでくる。一瞬、避けるかどうか迷ったが、俺は迎え撃つべく左足を大きく踏み出し腰を下ろす。右手は強く握り込み、出来上がった拳を腰の横に携えた。
ブーンと羽音が近づいてくる。上空から一直線で急降下する魔蟲……目前に迫る鋭い角。素早く右足を半歩引いて俺は半身になる。頬を掠めつつ通り過ぎる角に、腰に備えていた右拳を打ち上げる。
ガッキン!
金属同士がぶつかる大きな衝撃音が森の中に響き、俺は後方に弾き飛ばされた。
魔蟲の角を叩き折るため、俺は拳が届くギリギリの距離まで引き付けた。結果、猛然と迫る魔蟲の体当たりを避けることが出来ず、拳を打ち込むと同時に激突した。そして、思いっきり後方に飛ばされた俺は、地面を転がり巨木に叩きつけられた。
もの凄い衝撃に頭はクラクラするが、急ぎ立ち上がり構えを取り魔蟲を探す。周りを見渡すと、地面に仰向けになった魔蟲を見つけた。足をバタバタとさせて懸命に起き上がろうとしている。すぐに攻撃しようか躊躇している間に、羽を広げて起き上がった。
こちらに向ける魔蟲の目の色は怒りで赤色に変わっていた。それはそうだろう、俺が自慢の角を叩き折ってやったのだから。赤黒く光る目の間から伸びた角は綺麗に途中から無くなっていた。
怒り狂う魔蟲は器用に立ち上がり4本の足で攻撃し始めた。4本の強靭な足と鋭い爪が縦横無尽に俺を攻撃してくる。跳んだり、しゃがんだり、左右に動きながら攻撃をかわしていく。
俺は避けながら右手を確認する。若干の痺れがあり握り込むと少し痛い。出血もしているようだが、骨に異常は無い。大丈夫だと思うが、念の為、これ以上は右手を使うのはやめておく。
俺は舞踏を舞うように軽快に魔蟲の攻撃を躱していく。もはや怒りは頂点に達しているのだろうか、目は深紅に染まっている。
4本の足にある鋭い爪は、一振りで人を引き裂くほど強力で、それぞれの足は意思をもっているかのように動き回り、変幻自在に攻撃してくる。
(だが、そりゃ、悪手だ)
魔蟲の横薙ぎの一撃を大きく踏み込むことで避ける。深く前傾姿勢となった俺の顔に鋭い爪が迫ってくるが、左の掌打で軌道を逸らす。大きく曲がった膝と腰を勢いよく伸ばし立ち上がると、魔蟲は大きく振り上げた爪を降り下ろす。頭上から迫ってくる爪を反転して躱すと、魔蟲に背中を見せる無防備な恰好となる……。
ボコンッ!
まっすぐ水平に突き出した左足は、魔蟲の胴体にめり込み、大穴を開けた。後ろ突き蹴り…右足を軸に体を反転、相手に背中を見せると同時に左足を突き出した。
まっすぐ伸びた左足を見ると血に染まる足刀部が赤黒い光沢を放っていた。
もう息をしていないだろう、ピクリとも動かない魔蟲に近づく。
強敵だった……。
魔蟲の角は恐ろしく硬く鋭かった。もし頑丈な外殻で覆われた巨体を前面に押し出し戦っていたら、負けていたかもしれない。外殻がない腹を晒す愚行に出たのが、魔蟲の敗因だ。
魔族になって二度目の戦闘もやはり簡単ではなかった……緊張が解けた俺は、その場に座り込んだ。
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