呪術と魔法は脳筋に

017 サイド：忍者アオ（１）

偵察部隊との打ち合わせを終えて、テントに戻ろうと歩いていると、お姉ちゃんとサイガが話していた。相変わらず、お姉ちゃんはサイガに冷たい態度をとっている。というか、お姉ちゃんは家族に対しても同じなので、サイガだけに冷たいわけじゃない。

ボクとお姉ちゃんは同い年の腹違いの姉妹だ。一緒に育てられたのに性格は真逆で、似ているのは髪の色ぐらい。お姉ちゃんの瞳は王家特有の黒色で、ボクの瞳はエルフの血が少し混じってるらしく金色だ。

お姉ちゃんはサイガといる時は、いつもデレデレだ。態度に出ないからボクか、ティアしか分からないけど……。正直、ちょっといい雰囲気なのは面白くない。ボクは２人のもとに駆け寄った。

「おーい、サイガ。元気？　相変わらず良い体してるね！　うりうり」

「おっと、アオか。お前も相変わらず元気だな。偵察の方は大丈夫だったか」

「当たり前でしょ、ボクを誰だと思ってるの？　忍者だよ！　し・の・び、忍びだよ」

ボクは隣に並んでサイガの太い腕を肘で突く。……本当に良く鍛えられているなと関心する。硬いけど柔らかい、密度の高いゴムのような筋肉だ。

「アオ、サイガは疲れています。先ほどまでフォルと稽古をしていたので……」

「えー、いいなぁ。ボクも稽古をつけてほしかったなぁ、ねぇ、サイガ、今から稽古しない？」

「アオ、さっきも言いましたが、彼は疲れています。我がままはいけません」

お姉ちゃんが睨んで少し厳しい口調でボクをたしなめようとする。サイガのこととなるとお姉ちゃんは感情的になる。ほとんど表情が変わらないから、分からない人の方が多いけど。

「まぁまぁ、俺は元気だ、問題ない。稽古か……いいな、もうひと稽古やるか。

あと、マヤ、ありがとう。心配してくれて」

「……ならいいのですが、アオ、我がままを言ってサイガを困らせてはだめですよ」

「うん。大丈夫、大丈夫。じゃあ、サイガ、稽古しに行こうよ」

また、お姉ちゃんがデレデレになっている。表情も態度も変わっていないが、間違いない。姉妹だけに分かる微妙なしぐさが教えてくれる。

まぁ、ボクもサイガのことが大好きだから、お姉ちゃんの気持ちは分かるけど。でも、デレデレし過ぎだよ。

フォルと稽古した場所に戻るサイガの後をついて行く。大きな背中を眺めていると昔のことを思い出す。

―――――――――

偵察のため魔族の住処に単独で潜入したいと提案した時、みんな、ボクを止めたんだ。いつも味方になってくれるサイガも、この時はみんなと同じだった。

「なんで？　なんでダメなんだよ！　多くの仲間が犠牲になった。いや、犠牲にした。今、あの魔族を倒すチャンスなんだよ！」

「アオ、気持ちは分かるよ。僕も同じ気持ちだ。だけど、危険すぎる。偵察隊もほとんどが、戦闘不能だ」

「分かっているよ、だから、ボクが行くって言っているじゃないか！　ほかに偵察ができる隊員はいない、ボクだけだ。アルス、お願いだから行かせてよ」

ボクは必死に訴えた。たくさんの仲間が倒れていく戦場を目の当たりにして冷静ではいられなかった。

「アオ、そんなにアルスを困らせないで、みんな辛いのよ。隊長であるアルスは特に」

「わかってるよ！　けど、今がチャンスなんだよ。仲間たちに追い詰められたアイツは今、住処に引きこもってるはずなんだ」

「アオ、コイツらも偵察に出たがっている。だが、場所が悪すぎる。ヤツの住処に着く前に魔族か魔物に襲われる危険が高い。それはお前も同じだろ？」

今度はティアとフォルがボクを止めようとする。そんなの分かっている。危険だからこそボクなんだ、忍者であるボクがいかなきゃいけないんだ！　言い争うボクたち……年長者の２人はことの成り行きを静かに見守っている。

「アオ、偵察は必要だ。俺もそう思う」

「でしょ、でしょ！　さすがはサイガ。わかってくれるよね」

「けど、今なのか？　１人で大丈夫なのか？　本当にヤツは追い詰められてるのか？　少し休んで落ち着いてほしい」

「っつ…………。わかったよ！　少し冷静になるよ……テントに戻るね！」

「アオ、みんな、あなたを心配しています。無理に１人だけで行う必要はないのです」

最後はサイガとお姉ちゃんにも諭された。ボクの味方は誰もいない……そう思った。みんなが心配している事が分からないくらいに、この時のボクは冷静ではなかった。

みんなが寝静まるのを待つ。多くの犠牲者を出した前衛小隊と遊撃小隊の人達が交代で見張ってくれている。サイガも隊長として指揮を執っていた。多くの部下を失ったのに、なんであんな冷静でいられるのだろう……サイガも意外と冷たいな。

見張りの人達が交代する時間、その時を狙ってボクは野営地を抜けだした。もちろん、アイツの住処に行くためだ。

魔族や魔物に遭遇しないように慎重に進む。時間はかかったけど、アイツの住処と思わしき古びた建物が見えてきた。開けた土地に崖を背に立つ建物……身を隠す場所がないことに思わず舌打ちをしたくなる。

建物の周辺に見張りはいないようだ。あの戦いで大半の魔族は討伐したはずだ。確認のために精霊魔法を発動する。精霊魔法とはいうけど、ボクの特殊な体質と加護を組み合わせた自然魔法、精霊とは比喩でしかない。

特殊な体質のおかげでボクの周りには常に濃密な魔素が漂っている。濃密な魔素を更に集め集合体を作る。【人形の神の加護】で集合体を操り、かなり離れた場所に移動させる。十分な距離を確認すると自然魔法を発動する。

「狐火（ファイア）」

集合体が一気に炎の塊と化す。炎は燃え続け、フラフラと辺りを浮遊する。魔素がなくなるまで炎が消えることはない。

物陰に隠れて様子を伺うが、建物から誰も出てくる気配はない。狐火にその場でゆっくり旋回するよう命令する。もし洋館に敵が潜んでても、しばらくは狐火に注意が向くだろう。

ボクは狐火が消える前に建物に忍び込むことにした。