089 魔皇の誕生

俺は会場の片隅で決闘場が解体されていく様子を眺めている。ゾウの魔獣が次々と石畳を運んでいき、小さな瓦礫は巨大なアリの魔蟲たちが担いで大きな台車に乗せている。興味深く魔族独特の解体工事現場を見学していると、あっという間に魔王の称号贈呈を行う会場が完成した。


解体作業を見ながら、リンに魔王の称号を貰った時のことを聞いたが、魔神の代理人から王領を治めるための支度金と褒美、それに魔名まな真名なまが書かれた書簡を頂いただけらしい。


――――――――


リンから魔王になった時の話を聞いていると、試験官に呼ばれ完成した会場に向かう。会場の両端に整列する試験官や関係者に挟まれるように俺が立っていると、カイが現れ一礼をする。


「これより魔王の称号を贈呈するための式を始めたいと思います」


カイが宣言すると、両端の試験官たちも一同に頭を下げる。リンから聞いていたのとは違い、何となく厳かな雰囲気があり緊張する。


「今から魔神トガシゼン様から魔王の称号が授与されます。一同拝礼」


カイの言葉を受けて、会場にいる全ての魔族が地面に膝をつき頭を下げ、魔蟲や魔獣、魔鳥は平伏の姿勢を取っている。俺も皆に習おうと膝をつこうとするとカイから手を上げ止められる。


「それでは我があるじからのお言葉を伝えます。呪術:遺思相伝 (イッシソウデン)」


呪術が発動すると周りに緊張が走り、カイから物凄い圧力を感じる。俺は思わず身構えそうになるのをぐっと堪えると、会場全体に緊張感が広がっていき、ゆっくりとカイが口を開いた。


「『魔人サイガ、お前を新たな魔王と認めよう。よくぞ、最後まで勝ち残った』」


俺は思わずカイを凝視する。明らかにカイとは異なる声が重なり聞こえてくる。


「『ククク、そんなに驚くな。コイツの呪術を乗っ取り話しているだけだ』」


今までのカイとは異なり不遜な態度で傲岸に話しかける。声の圧力に押し潰されそうになり思わず全身に力が入る。


「『何を緊張している、少し話がしたいだけだ』」

「話しかけても良いのか?」

「『あぁ、問題ない。無礼講だ』」


俺が緊張を解き話しかけようとすると、試験官の1人がカイトガシゼンが座るための椅子を準備するが、俺の分は無いらしい。まぁ、無礼講とはいえ魔神と魔王で同じ対応するのは良くないか。


どこにあったのか準備された豪奢な椅子にカイトガシゼンは座ると肘掛けに頬杖をつき俺を見る。やはり魔神ともなるとそこにいるだけで存在感が半端ない。俺が尻込みしているとカイトガシゼンが口を開く。


「『魔人サイガ、貴様は魔王となり何を為す?』」


いきなりの質問に戸惑う。正直に言えば、リンの呪術を完成させて元に戻す事と俺が人間に戻る事だ。どちらも大事だが、俺が元人間ということは隠しておきたい。差し障りのない嘘で誤魔化すこともできるが、無礼講とはいえ嘘をつくのは失礼だと思う……。


「俺の知り合いを生き返らせたい。その為にある呪術を完成させる必要がある。その方法を探すために魔王になった。目的はあと1つあるが今話すことはできない」

「『正直だな、サイガ。気に入ったぞ、お前にこうの称号をくれてやる』」


カイトガシゼンが何かとんでもない事を、さらっと言ったような気がした。魔皇とは何だ……魔王とは違うのだろうが、今まで一度も聞いたことがない言葉だ。


「『まぁ、驚くのは無理もない。300年前、俺が前の魔神から貰って以降、誰にも授けたことがない称号だからな。簡単に言うと魔神に次ぐ身分を持った称号だ。今までやる機会がなかったが、魔王を2人も倒したお前なら資格も強さも十分だろう……』」


状況が掴めず訳が分からない表情をしている俺にカイトガシゼンが面倒くさそうに説明をした。魔皇になることで一体何が変わるのか分からない。リンを元に戻すことや俺が人間に戻ることに何か影響があるのだろうか……。


「魔皇になることで俺の目的は達成されるのか?」

「『なるほどな、お前にとっては栄誉や名誉などどうでもいいのか。目的を達成するためか……。うむ、少なくとも1つはすぐに達成するだろう。それに、もう1つの目的にも大きく近づくことができるかもな。もう、これ以上は説明するのは面倒だ。続きはコイツに聞け』」


カイトガシゼンは親指で自分を指すと、そのまま気配が消え式場を包んでいた緊張感も嘘のように消えて静まり返る。カイは椅子から立ち上がると地面に膝を付き臣下の礼をとる。


「魔皇サイガ様、我が主トガシゼン様より、これから為すべきことについて説明するように仰せつかっております。大変申し訳ありませんが、場所を変えて説明させて頂けないでしょうか?」

「……問題ないが、その、大丈夫なのか? 今まで乗っ取られていたんじゃないか?」

「問題ございません、我が主の無茶はいつものことですので」


カイは苦笑いを浮かべ、運営本部があるテントまで案内するため立ち上がった。


――――――――


俺はテントに案内され奥にある会議室らしき部屋に入ると、中央に置いてある大きなテーブルにカイと向き合うように座るが、カイは椅子に座らず、いきなり地面に膝をつき説明しようとしたので、椅子に座り以前のように接するようにお願いした。


「――――――というのが、我が主から説明するように言われた内容となります」


カイの話を纏めると、俺は魔王であるシノジとカミニシを倒したことにより魔王より上位の魔族となり、それなりの地位が必要になるらしい。あの2人が魔王だったことに驚くと、本当は魔王の参加は駄目なのだが、魔神トガシゼンが特例中の特例で認めたらしい。ただ、その理由はカイにも分からないとのことだ。


肝心の俺の目的であるリンを元に戻す事について尋ねてみると、カイが呼び鈴を鳴らす。試験官は部屋に入ってきてテーブルの上に大きな箱を置いた。


「リン様が復活する方法はこちらに入っています。そして、これがサイガ様への褒美となります」


カイが恭しく何重にも呪術で施錠された箱を開けると、奥に黒く輝く死免蘇花が大切に保管されていた。

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