021 サイド:罠士エンキ&巫女スミノエ

魔族や魔物の侵入に備えるため、私は野営地周辺に罠を仕掛け始めた。次の罠を仕掛けようと顔を上げる……サイガに背負われて顔を真っ赤にしたアオを周囲が揶揄っているのが見えた。そのはるか後方で絶対零度の視線を送るマヤも見えたが、無視することにした。


「……仲が良いことだな」


2人の王女に慕われているサイガを見る。いつも飄々としているが、決して他人に関心がないわけではない。どちらかというと面倒見が良く、仲間のために献身的に働く様は好感が持てる。年齢も他の仲間達より一回り近く離れているためか落ち着いてみえる。たまによく分からない言葉を言って周りを困らせることはあるが…。


とりあえず、罠を仕掛け終わるため作業に戻る。


「相変わらず仕事熱心だな、エンキ」

「あぁ、サイガか。アオはどうした?」

「テントまで連れて行こうとしたら、マヤが来て代わってくれた。妹思いの良いヤツだ」


アオに肩を貸すマヤを見ながらサイガが呟く……コイツは本当に2人の気持ちに気付いてないのか? 少し2人の王女に同情する。


「…………。そうだな、仲の良い姉妹だ。ところで私に何か用か?」

「いや、もし良かったら手伝わせてほしいと思ってな。いいか?」

「手伝ってくれるのはありがたいが、疲れてないのか? さっきも稽古をしていなかったか?」

「あぁ、問題ない。これも稽古の一環だ」


相変わらず化け物じみた体力に舌を巻く。ハイドワーフである私も体力には自信があるが、サイガには敵わない。一族の中でも身長も高く体も大きいが、サイガも負けず劣らず良い体をしている。


サイガは罠になる資材を黙々と運んでは、私に仕掛け方を聞いてくる。コイツは意外と手先が器用で筋が良い。これなら簡単な罠なら任せても大丈夫そうだ。サイガにここの罠は任せて、他の罠を仕掛けに向かおうかと考えていると声を掛けられた。



サイガとエンキが野営地から少し外れた場所で何やら作業をしている。多分、魔族や魔物に対して何やら仕掛けを施しているのだろう。ご苦労なことね。


特に何もすることもないから、サイガたちを揶揄ってやろうと2人のところへ向かった。


「図体の大きい男が2人で何をしてるの? 見てるだけで暑苦しいわね」

「スミノエか、暇なのか? こっちは忙しい他所へ行け」


エンキは普段何もしない私にあまり良い感情を持っていない。真面目なドワーフらしいが、自由を愛するエルフの生き方に文句を言われる筋合いはない。


「ふん、相変わらず失礼なハイドワーフね。年長者への言葉を知らないの?」

「歳だけ取ったハイエルフが何を言っている。年長者らしい事をしてから言え」

「私は巫女よ。そこに居るだけで尊ばれる存在なのよ」

「分かった、分かった。巫女様、私たちは忙しい、他所で遊べ」


うぅ、なんて失礼な奴。ドワーフって、本当に神様への信仰が薄くって現実主義者ばっかりで嫌い。せっかく、揶揄って遊んであげようと思ったのに。


サイガを見れば、私たちのやり取りなんて気にする様子もなく、黙々と作業を行っている。ほんと、何を考えているか分からない子。こんなヤツのどこがいいのかしら? マヤもアオも見る目がないわね。


「サイガ、あなたは何してるの? 荷降ろしは終わったの?」

「あぁ、スミノエか。悪い、仕事に集中していて気付かなかった。荷降ろしは終わったよ。今はエンキを手伝っている」


声をかけると、罠の仕掛けを止めて顔を上げる。私の顔を見て少し驚いた表情をした。本当に私が居ることに気付いていなかったようだ。本当に失礼な奴ら。


「気付かなかったって、失礼ね! 2人とも私のこと、どう思ってるのよ」

「自分勝手で我儘なハイエルフ。歳だけ無駄に重ねているが、最年長者としての威厳はない」

「俺は何も思わないが……マヤが『吟遊詩人ではなく、あれは踊り子です』って言ってたな。あと、アオは『遊女っぽい巫女だね』とか言ってたかな」

「なによ、それ!!! どれも褒めてないじゃない。ちょっと酷くない!」

「褒めるわけがないだろ。そんな薄い服を着て、いつも、ふらふらしているようなヤツを。自業自得だ」



エンキとスミノエが言い争っているのが見えた。そして、2人から少し離れたところで何やら黙々と作業を行っているサイガがいた。……いったい何をやってるんだ。僕は軽くため息をつくと、3人がいる場所に向かった。


「そこで何をしてんだい? もうすぐ食事の時間だよ」

「ちょっと、聞いてよ、アルス。エンキたちが私の悪口を言うのよ」

「悪口ではない。事実を言ったまでだ。ちなみにサイガは何も言っていない。マヤとアオが言ったことを伝えただけだ」


スミノエさんが悪口を言われたと僕の方へ詰め寄り、エンキは冷静に否定する。そんな2人を無視して黙々と作業をするサイガに声をかける。


「まぁ、まぁ、2人とも喧嘩は止めようよ、サイガからも何か言ってよ」

「ん? これって喧嘩か? 2人とも『コミュ障』ってヤツさ。問題ないさ」

「サイガ、また、意味が分からない言葉を言って……」


言い争いを止めない2人と、それを無視して黙々と作業を続けるサイガ。8人で旅をするようになってからは、しばしば見る光景だ。


もともと、国も違えば身分も違う者同士が揉め事もなく旅を続けることはとても難しい。それでも僕たちは何とかこれまで旅を続けることができた。


魔王討伐という目的があったにせよ、皆を纏めることができたのは、僕だけの力じゃない。ティアやフォルはいつも僕のサポートをしてくれた。マヤは不器用ながら皆と親しくなろうと頑張り、天真爛漫なアオが周りの雰囲気を明るくしてくれた。いつも喧嘩ばかりしているエンキとスミノエさんも、いざという時は僕たちを支えてきた。そして、サイガはそんな彼らを見守り、僕の代わりにフォローしてくれた。


良い仲間だと思う。

一緒に旅が出来て良かったと思う。

そして、これからも一緒に旅が続けられたらと思う。


……3日後の雨の日、僕たちは魔王に戦いを挑む。厳しい戦いとなるだろうが、みんなが生き残れるように、僕は死力を尽くそう。犠牲者がでるなら、まずは僕だ。

僕は決死の覚悟を決め、遠くを見つめた。

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