第十六話 ただの人形ではないのだから

「そろそろ帰ろっか水花」

「わかったです」


 俺が魔族に負けたせいで失われてしまった常の日常が戻った。その事に色々と思う事がそれぞれあるだろうけど……俺の中でもっとも大きい感情は罪悪感だった。


 安堵と歓喜で泣いている常。喧嘩友達みたいな関係に落ち着いている小泉だって、そっと視線を逸らし身体を震わせていた。


 それだけ二人の事を心配させていたんだ。俺は。


 ……なのに俺は……。


 居心地が悪い。罪悪感で潰れそうになる。そんな個人的な理由で帰ろうとした俺に、常が口を開いた。


「ダメだよ」

「えっなんで?」


 予定していた話し合いは終わったと思うけど、まだ続くのかな。

 それともお喋りしたいだけ? ただそうだとすると……この視線は何? なんだが責めるような目をしていないか?


「ねえ春護君は何処に帰るつもりなのかな?」

「そんなの自分の部屋に決まってるでしょ?」

「ふーん、そうなんだ。決まってるんだ」


 個人的にはロロコの屋敷に帰るって手もありだと思っている。水花も喜ぶだろうし。

 まあ、ロロコには何か言われるだろうけど、なんだかんだ言って許してくれると思うんだよね。


 だけどやっぱり初日なんだし、今日のところは水花とゆっくりと過ごしたいんだ。


「志季さん、それは不可能ですよ」

「なんで?」

「簡単な理由です。生徒会の権限を使って少し前にあなたが借りている部屋を解約し、荷物も回収していますので」

「……なんでっ!?」


 小泉の口から出て来たとんでもない言葉に理解するのが遅れちゃったけど、いや本当になんでそんな事してんだ!?


「嫌がらせにしてはやり過ぎじゃない!?」

「わたしがそんな事をするはずがないではありませんか」

「いや、してるって! たった今してるって! 俺たちは今日何処で寝たら良いんだよ!」


 常がピクッと反応したのが少し気になるけど、それよりも小泉だ。

 ロロコの屋敷に帰るって手段は変わらずに残っているけど、この理由を話したら絶対に笑われるしイジられる。それは嫌だね。


「それについては安心してくれて良いですよ。既に代わりの部屋は確保していますので。荷物もそちらに届けています」

「えっ、そうなの? ……いやいや、それならなおさらなんで?」


 勝手に部屋を解約し、他の部屋を用意して荷物も移動済み。この行動の意味が全くわからないんだけど……。


 もしかして学校からめっちゃ遠いとか? 電車通学とかバス通学とか本気で嫌なんだけど。でも嫌がらせじゃないって言ってたしそれはないか。


「……ねえ、春護君。本当にわからないの?」

「えっ、常?」


 気が付けばすぐ側までやって来ていた常。顔を伏せていて表情はわからないけど、なんだろう……怖い気がする。


「ねえねえ、春護君が住んでたのって何処だったっけ?」

「えっ男子寮だけど?」

「そうだよね。男子寮に帰ろうとしてたって事だよね?」

「……う、うん」


 なんだろう、常から凄い圧を感じる。

 俯かせていた顔を上げ、俺の目をまっすぐ見詰める彼女は続けた。


「水花ちゃんを連れて?」

「……えーと? でも水花は魔装人形だし、実技テストでお披露目もしたし……大丈夫かなーって思ったのですが……ダメそう?」

「ダメに決まってるよ! 水花ちゃんはこんなにも可愛い女の子なんだよ!?」

「その通りですよ志季さん。魔装人形だとしても心がある以上、男子寮への侵入は生徒会副会長として認めません!」


 大興奮の常と小泉。

 水花ともその件については話したけど、そっかー、ダメだったかー。


「えーと、ありがとね。水花のために大丈夫な部屋を用意してくれたって事だよね?」

「その通りです。常ちゃまに泣いて感謝する事です。全ては常ちゃまの提案ですので」

「そうなの?」

「うん、そうだよー。春護君の事だから一緒に住むだろうなーって思ったもん。でもそうなると問題になるかもしれないよねーってなったから、いずみんに相談したんだー」


 問題になる事はわかってた。わかってたけど、どうでも良かったんだ。

 頭の中は水花でいっぱいで、他人の目とか、そういうのはどうでも良かった。


 だって、もし水花に害そうとするならその時は殺せば良いだけだからね。


「——君、聞いてる?」

「あっ、ごめん。聞いてなかった」

「もうっ春護君ったら。それじゃあもう一度言うね? 春護君と水花ちゃんは、これからあたしたちと四人で暮らす事になったからねんっ」


 そう言ってウインクをする常。

 ……んっ!?


「えっ、何、どういう事!? たちって何!?」

「常ちゃまの提案ですよ。いくら水花さんが魔装人形だとしても、これほどまでに愛くるしい容姿と声、そしてクールながらも情熱的なハートを持った美少女ですからね。猿共が集団発情期になってしまう可能性が高いですから」

「言い方最悪だね」


 男に対する敵意高過ぎでしょ……まあ、小泉は美人だからね。モテるだろうし、そういう目で見られ続けてきたとしたら、そうなるのかな。

 男のそういう嫌な部分を多く見て来たのかもしれない。


「そしてそれは志季さんも同じだという事です」

「……えっ、常?」

「もうっいずみん! あたしはそんな事言ってないよ! ただ男女の二人暮らしは良くないよねって事だよ!」


 男女の二人暮らし……そっか。水花がここまで人間らしいとそういう心配もされるのか。

 俺が水花に? うん、ありえないけどね。手を出すとかありえないでしょ。どれだけ魅力的な姿をしていたとしても、水花は水花なんだから。

 

「常ちゃまは言いました。ならば見張りが必要だと」

「見張り……」

「ですが常ちゃまもまた魅力的過ぎる女性です、毒牙が迫る可能性を考えるならば、美女を護るべき騎士が必要だと判断しました」

「……ん?」

「つまりわたしの事ですね!」


 あれ? もしかして……そういう事?


「あはっ、春護君ってば面白い顔してるよー?」

「いや、だってしょうがなくない?」

「だよね! わかるよー、わかるわかる。でも、これで少しはあたしたちの気持ちわかったかな?」

「……え?」


 楽しそうに笑ってる常だけど、言ってる事怖くない?

 いや、怖くない? 不明確な恐怖心が内に広がるのを感じるけと、答えは何処にも見つからない。そもそもそんなものあるのかな。


 ただ一つわかったのは……マジ?


「つまりまとめると、今ここにいる四人で暮らすって事?」

「うんっ! 楽しみだね!」


 純粋に嬉しそうな笑みを浮かべている常に俺は何も言えなかった。


 数日間なら旅行気分で楽しみなのはわかるけど、多分しばらくは一緒にって事だよね?

 常だけなら……まあ、問題はあるけど俺がただただ我慢すれば良いだけの問題でしかないから詰みにはならないけど……小泉も参加してるのはやばくない?


 お互いに友人だとは思っているはずだけど、常が関わった場合だとあいつの暴走確率は天井突破してるし……怖いなー。闇討ちとかされないよね?

 

   ☆ ★ ☆ ★


 二人に案内されたのは男子寮でなければ女子寮でもない、学院近くにある一般マンションだった。


 リビングやキッチン、バスルームとトイレは共有だけど、寝室でもある私室はそれぞれ別れていて鍵まであるみたいだ。


「えっ、ここ家賃とか大丈夫?」


 部屋の数も多いし、だいぶ良い家だと思うんだけど、どうだ?


 今まで過ごしていた男子寮は割安だったけれど、それは学院関係者が住むのが前提だったから補助金が適用されていたからだ。ここは一般的なマンションだし当然適応外だよね。


「気にしなくて大丈夫ですよ」


 ふと出てしまった疑問に口を開いたのは小泉だった。


「このマンションは生徒会が管理しているので、わたしが関わっている以上費用は掛かりませんから」

「……えっ、マジ?」

「仕方がないではありませんか。生徒会役員だとしても、即日で部屋を用意するなんて難しいです。使える権力は使うべきです」

「それって……つまり家賃ゼロって事?」

「……そうなりますね」


 大勢に共感してもらえるかはわからないけれど、貯金はあるけど浪費は避けたい。家賃がなくなるってのはだいぶ嬉しいね。


 それにしても生徒会権限って凄いね。

 まさか生徒会が管理しているマンションがあるとまでは思わなかったよ。


「これからここが俺たちの家になるって事か。水花、なんか困る事ある?」

「ないです」

「本当か? 椅子部屋は不慣れだろ?」

「確かに畳じゃないのは違和感あるけど、不思議と平気です」

「それならよかった」


 ロロコの屋敷はほぼほぼ畳部屋だったからね。

 椅子とテーブルは不慣れだと思ったけど、そういえば生徒会室も椅子とテーブルだったもんね。あの時は自然と使ってたか。


「部屋割りはこちらで決めてしまいましたけど、問題ありませんよね?」

「うん、俺は大丈夫」


 部屋の構造として玄関から続く廊下の両側に個室へと繋がる扉が二つずつ並び、奥にはお手洗いへの扉があって反対側には洗濯機の置かれた更衣室、その先はお風呂だ。


 こちらって言い方で誤魔化してるけど、高確率で小泉の独断だよね?

 常はそういうの気にしないだろうし、俺と水花は初耳だもん。そういうのに関心があるのはこいつだけだ。


 ——うん、知ってた。


 小泉の口から部屋割りを聞いて俺は納得した。むしろ納得する必要がないくらいにわかってたよ。


 小泉と常が隣同士で、常の正面が俺の部屋だった。だから水花の部屋は俺の隣であって、小泉の正面だね。

 隣と正面が常と水花か……小泉らしいね。


 廊下を最奥まで進めばリビングダイニングへと繋がる扉があって、扉はないけど少し離れた場所にセミオープンキッチンが用意されていた。


「あっ、夕飯どうする?」


 キッチンへと意識が向いた時に思った。

 お腹空いたー、と。


 今から料理するのは個人的に問題ないけど、さっき冷蔵庫を見たところ残念な事に食材がないんだよね。

 食材がなかったら、無理だよなー。


 そんな事を思っていると、今まで忘れていたかのように小泉が口を開いた。


「それなら既に手配していますよ」

「えっ、夕飯の手配って何?」

「宅配の手配をしておきました。好みが分からなかったので、ピザを二枚とサイドを注文しておきました」


 ピザだとっ!? その二文字を聞いた途端、胃袋が喜んでいるかのように唸っていた。


「ピザ……ですか??

「水花は食べた事ないのか?」

「うん、お屋敷では魚料理が多かったです」

「へえー、ちなみに骨は綺麗に取れるのかい?」

「……春護うるさいです」


 そっぽを向かれちゃった。拗ねてるようだ。なんとなく思っただけなんだけど、どうやら図星だったらしい。


「あははっ、気にしてる水花ちゃん可愛いー、でもでも安心して良いんだよ。あたしも苦手だもんっ! 箸だけで上手に食べられる人って本当に凄いと思うよー」

「わわっ」


 常に抱き締められ頬擦りまでされている水花。

 屋敷でも黒曜に確保されていたし、女の子に気に入られる才能あるよね。常に無表情をキープしてるから怖い印象もあるけど、綺麗よりも可愛い系の顔をしてるから、どこかの誰かさんと比べれば随分と愛嬌がある。

 それに声は感情豊かだからね。冷たい印象は少し話せばすぐに消える。


 リビングで駄弁っているとチャイム音が鳴り響いた。ビザが届いたのかな?


「届いたようですね。わたしが取って来ますね」

「いずみんありがとー」

「ありがとです」


 律儀にお礼を言う常と水花。俺は言葉にはせずに立ち上がると、一人で先に玄関へと向かった小泉を追いかけた。


 ピザ二枚とサイドメニューを頼んだって言ってたし、それなりに重いと思うんだよね。支払いとかはどうなっているかわからないけど、荷物持ちくらいはしないと。


「お待たせしま——えっ、小泉先輩なんで外にいるんスかっ!?」

「……それはわたしのセリフです。どうしてあなたが宅配をしているのでしょうか? ふふふ、とても不思議ですね。生徒会はアルバイト禁止だというのに、まさか一年生の分際で革命でも起こそうとしているのでしょうか」

「ちちち、違うっス!? そんな意図はないっス! これには深い深いそりゃもう小泉先輩の谷間よりも深い事情があるっス!」

「ふふふ、この状況でそんな事が言えるだなんて、なんて逞しい後輩なのでしょうか。明日がとても楽しみになりました」

「ひ、ひえー」


 ……なんか聞こえる。俺の姿が見られると絶対に面倒な事になると思って咄嗟に隠れたけど……大正解だったよね。


 話を聞いている限り、生徒会の一年生が禁止されているバイトをしてたっぽい?

 ピザ配達のバイトをしてたら届け先で生徒会の先輩と遭遇するとか、運が悪いというか……可哀想な娘だな。でもまあ、ルールを破ってるのは後輩の方みたいだし、庇ってあげる事は出来ないけど。


「はぁー、この件については明日の朝二人で話しましょう。会長への報告はその時の結果次第という事で良いですね?」

「わかったっスぅー」


 姿は見えてないけど声だけでわかる後輩の様子。項垂れてるんだろうなー。でも、小泉ってば優しい判断だね。だって、明日の結果次第ではなかった事にしてあげるって事だからな。

 ……だけど本当に深い理由なんてあるのかな。


「やれやれ困った子です」

「お疲れ小泉。それ持つよ」

「えっ、志季さんっ? 今の見てたんですか!?」

「まあ、うん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、隠れた方が良いと思ってさ」


 元々小泉は女子寮に住んでいたはずだ。その小泉が外、つまり寮ではないマンションに住んでいて、そこには男の姿が……うん、アウト。生徒会の後輩にそんなところを目撃されたら勘違いする事待ったなしだ。


 普段は厳しい美人な先輩が実は男と暮らしている……そういう話が好きな女子からすれば極上の餌になるだろうね。顔も知らない後輩ちゃんがどんな子か知らないけど、恋バナに興味がない女子はいないって誰かが言っていたのを覚えている。


 咄嗟の判断。ナイス俺!


「……本当に良い判断でした。感謝します」


 少し疲れたような顔をしてお礼を言われたけど、俺と同じ想像でもしたのかな? しかも女子である小泉はもっと鮮明に想像出来てしまって、誤解を正そうとするもののそれが火に油を注ぐ事になってしまいあーだこーだ。

 ……うん。なんだか俺も疲れてきた。


「ほら小泉、元気出そうよ。事件は起きなかったんだからさ」

「そうですね。志季さんと恋仲だなんて噂が出てしまえばわたしは……死ぬしかありません」

「言い過ぎ。泣くよ」

「どうぞ」


 言葉のナイフが深々と急所に刺さった。……なんてね、気にしてないけど。

 だって小泉の事だから常に祝福される想像でもしたんじゃないかな。

 常は友達の幸せを素直に喜べる奴だと思うから。


 好きな人に祝福される……うわ、それは確かに死にたくなるかも。でもわざわざ俺の名前出さなくても良くない? くっ、思っていたよりもダメージが。


「わーいっ! ピッザだーっ!」

「楽しみです!」


 両手を上げて喜びを表現する常と、声色に歓喜を込めている水花。

 ふと小泉と目が合った。……うん、多分同じ事を考えたんだろうなー。


 ——あぁ、癒されるぅ。


 無邪気な美少女二人によってメンタルが回復したところで、本日の夕食をご紹介しようではないか。

 まずはメインであるピザ。二枚ともハーフ&ハーフになっていて一枚で二種類の味が楽しめるようになっていた。それが二枚だから四つの味が楽しめるね。


 一つ目は王道のマルゲリータ。

 トマトとチーズの組み合わせにはずれはない。そこにバジルが加わったらそれはもう勝ちが確定するよ。ピザの王様といえばこいつ。これ以上の言葉はいらない。だって、みんなも知ってるでしょ?


 二つ目は照り焼きチキン。

 スライスされた鶏もも肉が甘塩っぱいタレを纏う事で艶を見せ、その上にマヨネーズという反則級の調味料が合わさる事によってそれはもう、帝王だ。異論は認める。


 三つ目はペスカトーレだ。

 トマトベースに辛さを加え、刺激的に変化させながら魚介類が合わさる事によって無限の可能性を見せてくれる極上の一つ。具材はイカ、エビ、ホタテ、アサリの四種類、四天王かな?


 そして最後、四つ目はポテト&ベーコンだ。

 胃袋にダイレクトアタックを決めてくれる英雄といえば、ポテトお前しかいないよ。一口食べた時に感じる圧倒的満足感は他のやつには超えられない。しかし一人じゃ物足りない、だから英雄よ求めるんだ。ベーコンという名の名剣を。

 王様、帝王、四天王には出来ない事が出来る英雄。それがポテト&ベーコンだ。


 次はサイドメニューだけど、メインに英雄がいる以上、フライドポテトはいらない? そんなわけがない。

 ポテトの到達点は英雄だけじゃない。油というカルマを背負い、蛮族として生きるあいつもまた、俺たちには必要なんだ。

 小泉……お前はわかってくれるよな?


 サイドメニューが待機している箱を開ける。そこには黄金の衣を纏った蛮族たちが大人しくその時を待っていた。


「小泉」

「どうかしましたか?」

「ナイスチョイス」


 思わずサムズアップした俺に小泉は目を丸くして固まると、柔らかい笑みを浮かべた。


「喜んでもらえて良かったです」

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