第二十一話 クラスメイト

 水花には俺たちから連絡があるまで家から出るな。誰が来ても部屋にあげるな。お腹が空いたら冷蔵庫にある鍋を火にかけて温めて食べなさい。火を付けている間は目を離さない。強火は危ないからダメ。火傷しないように気を付ける事。

 というか寝てろ。合流するくらいの時間に起きたなら鍋は食べずに外で一緒に何か食べよう。


 などなど徹夜娘に注意事項を伝えたところ。


『わかったパパ』

『パパやめてね』


 こんなに大きな子供の面倒を見られる年齢ではないですよ。こちとら。


 そんな事もあり、俺は半年ぶりに教室への入った。

 まあ、一年生の頃とは場所が違うからこの教室は初めてだけどね。

 俺の席は窓際の一番後ろで、前の席は常らしい。……作為的な何かを感じ取ったのは俺だけかな? 多分気のせいだよね。


「ねえ常。なんか見られてない?」

「見られてるねー」


 運が良い事にどうやら今年は常と同じクラスになったようだ。去年は残念な事に違うクラスだったからね。前までは教室の前で別れてたけど、これからは一緒だ。

 教室に入った途端、あまりにも多くの視線が集まった。これって下手をすれば教室内全ての視線が集まっているような気が……。


「でもアタシはこうなると思ってたよー?」

「なんで?」

「……ねえ、忘れたの? アタシたちからすれば春護君は死んじゃってたんだよ?」

「やべ」


 それは非難の籠った眼差しだった。

 だけどそんな目を見せたのは短く、すぐに嬉しそうな笑みを浮かべてくれた。


「でももう良いんだー。だってこうして帰って来てくれたもんね」

「……うん。ありがとう」


 薄らと常の目尻に涙が溜まっているのが見えた。

 もしも逆の立場だったらって思うと……本当にごめん。


「そういえば常。ずっと気になってたんだけど、俺の事ってみんなにはどう伝わってたんだ?」

「えーと、それはね——」


 俺を救ってくれたロロコは学院に対して強い影響力を持つ一族の支配者だ。だから自然と俺の事はロロコから学院に伝わっていると長らく思い込んでいたんだけど、常たちの反応からしてそれはない。


 情報共有が明らかにされていない。だからどんな扱いになっているのか気になったんだけど、教室の空気が一瞬で変わったのを感じ取った。


「志季一族は謎の襲撃によって全滅した。それが俺たちの認識だな」

「——っ!?」


 聞き覚えのある男の声に振り返ると、そこには自身に満ちた表情を浮かべる金髪オールバックの細マッチョイケメンという、男からすれば嫉妬のあまり一度殺すだけでは足りないほどに憎たらしいけど、強過ぎるから何も出来ない嫉妬の怪物を量産する存在、白夜の姿があった。


「やば、忘れてた。地古君ってクラスメイトなんだよね。しかも、席はアタシの隣」

「……つまり俺の斜め前じゃん」


 別に白夜の事が嫌いってわけじゃないけど、昨日の一件もあるし……なんだかなー、気まずいなー。


「なんだ大空の知り合いだったのか?」

「うん、幼馴染だよ」


 ……うん?

 なんだろうこの感覚。ただ常と白夜が普通に話しているだけなのに、こう妙な感覚があるのはなんだ?


「でも珍しいね。地古君が朝から登校してるなんてさー」

「テメェの幼馴染に興味があってな」

「なっ! やっぱり地古君ってそっちの——」

「ざけんな! んなわけねえだろ! それにやっぱりとはどういう事だクソメスっ!」

「だってそうじゃん! 地古君ってカッコ良いのにそういう噂全然聞かないし、女の子に興味がないんじゃないかって巷では噂なんだよっ!」


 目の前で行われているこれは何? 夫婦漫才か何かなのか?

 ……えっ? ちょっと待って。本当に待って。常の印象が変わった理由って、まさかとは思うけど白夜の影響なのか?


「ふざけた事を言ってんじゃねえぞ! ならこの場でその噂とやらを根絶やしにしてやる!」

「ちょっと地古君!? 流石にそれはダメ過ぎるよ!?」


 噂を知る人間が全員消えれば噂は消える。だからといって騎士が大量殺人を実行しようとするか普通!?

 白夜から放たれるあまりにも大きな憤怒の激情に、せめて常だけでも守ろうと動こうとした瞬間、それは起きた。


「俺は二桁も生きたババアに興味がねえだけだっ!」


 そして、音が消えた。


 ……えっ? 今白夜はなんて言ったんだ?

 思考に全意識を割かなければ理解出来ない難題を前に、この場にいる全員が言葉を失い、動くという概念すら消え去っていた。


 ……よ、よし。まずは白夜の言葉を復唱しよう。全てはそこから始まるはずだ。

 えーと——『俺は二桁も生きたババアに興味がねえだけだっ!』——だったよね。うん。二桁って……大抵の女子がそうじゃないかなーって思うんだけど……。

 ……その、つまりだ。つまり白夜という男は。


——ただの幼女好きじゃねえか!


 しかも十歳以上はババア扱いとか、歪むにしてもやば過ぎるだろ!

 何なんだよ。この学院のイケメンにはロリコンと幼女好きしかいないのか!?


 一般男子生徒からすれば都合が良いまであるけど。美女代表の小泉がアレだからなー。


 クラスメイトたちはまだ無限思考から抜け出せていないみたいだけど、俺は似たような前例を経験していたおかげで一足先に釈放された。


 常も俺と同じように耐性があるはずだけど……ダメっぽい。ちなみにですがそれはどういうショックですか? いや、やめよう。どちらにせよ終わった話だもんね。


 話は随分と変わるけど、俺が白夜に驚いた理由はもう一つあるんだ。この先入観があったからこそ驚いたんだけどね。


「今日は魔力抑えてるんだね」

「何言っていやがる。俺の事を猛獣か何かと勘違いしてねえか?」

「えっ、違うの?」

「テメェ……」


 不服そうにしているけど忘れてないからな? 食堂での立ち振る舞いもそうだったし、実技テストではあんな大型魔操術を使おうとしやがってよー。


「ちょちょちょちょっと待って地古君! 今のってどういう事っ!?」

「あ? テメェみてえなババアには興味がねえって話だ」

「は、はあっ!?」


 白夜のあまりにも酷い発言に怒気を込めて叫ぶ常。そんな彼女の反応を一切気にする事なく、彼は俺へと目を向けた。


「どうせ食堂の一件だろ。だか俺に言わせりゃありゃテメェの問題だ」

「……は? なんでだよ」

「あの場に居たのはカスかゴミだ。その中で唯一平然としていたテメェに興味が湧くのは当然の事だ」

「いや、それってお前が魔力を抑えてなかったからだろ」


 前提として白夜がマナーを守って魔力を抑えていたら、俺たちだけが平然としているだなんて状況にはならなかった。

 それを棚上げするなんて、やっぱり自己中心的だね。


「気が付いてねえみたいだな。在学中でありながら騎士の立場を獲得した奴なんざ、本来数年に一人いるかどうかだ。それが何人もいるなんて、妙だとは思わねえのか?」

「……それって」

「カハッ、テメェの想像通りだろうな」


 在学騎士になるための条件は学院内部での成績とは関係なく、強大な何かを倒したなどの実績だ。

 具体的にいうなら、大魔獣や魔族を討ったという経歴だ。


「俺と同格が多忙とはいえ、魔力圧を受けただけであんな様になると本気で思っていやがるのか?」

「……そうだね」


 俺にとって在学騎士の前例は白夜だ。そんな彼と実際に戦ったからこそわかる。あの場に白夜と同等の力を持った奴なんて一人もいなかった。


 在学騎士と一括りにしているけど、その実力が同列とは思えない。だからその中でも実力が低い人たちが食堂に……いや、ありえない。在学騎士に選ばれるほどの実績を残した存在がその程度であるはずがない。

 となれば答えは一つしかない。その実績そのものが偽物なんだ。


「理解したか? サボり魔のカスか詐欺師のゴミしかいねえ。それが今までだったんだ」

「……もしかして白夜が食堂に来た理由って、そういう奴らに対する圧力だったりする?」

「さあな」


 もしかすると白夜って俺が思っていたよりも善人だったりするのか? 戦闘狂な一面もあるけど、それについてはイズキも大して変わらないような気もするし。


 あれ? 俺の知ってる強者ってみんな戦闘狂じゃないか? 強くなるには俺も戦いを楽しまないとダメなのかな。

 ……あっ、小泉という救いがいた。危ない危ない。……あれ、でも、結構あいつもあいつで凶暴な一面があるんだよね。……うん。もう考えるのはやめよう。


「話を戻すが、テメェはこの半年間何処に潜伏していやがったんだ?」

「潜伏って言い方なんか嫌だな。ただ助けられて治療してただけだよ」

「なるほどな。なら今のテメェがあるのはその恩人の影響か」

「……何が言いたい?」

「安心しろ、詮索する気はねえ。そんな事を考える奴なんざ、まともであるはずがねえしな」

「……ふーん、確かにまともじゃないかもしれないけど、ふざけるなよ?」


 抑えている魔力を解放し、白夜ただ一人に向けて叩き付けた。

 純粋な魔力故に殺傷力はないけれど、魔力を感じ取る事が出来る魔法使いにとっては不快な圧力になる。


 それだけでも圧になるけれど、そこに俺は明確な敵意を、殺気を込めた。


「何も知らないクズがあの人を悪く言うな。ぶち殺すぞ」

「……へえ、良い感じだ。そのテメェが相手なら昨日以上に楽しめそうだな」

「ちょっと二人とも! そこまでだよっ!」


 俺たちの間に身体を入れ込みながら叫ぶ常。そのせいで一瞬だけ殺気の込められた魔力圧をその身で受ける事になったが、彼女が怯む事はなかった。


「落ち着いて春護君。ほら、地古君もごめんなさいして!」

「断る。テメェの指図に従う気はねえ」

「指図とかじゃなくて常識の話! 人の恩人を悪く言うなんて最低だよ!」

「そもそも俺は罵倒したつもりなんてねえ。頭のネジなんざ、一二本外れているくらいが丁度良いと思うがな」

「それは地古君の価値観でしょ! 春護君が嫌な思いしている以上、それはもうダメなんだよ!」

「……ちっ、面倒な年増め」

「おいこら今なんて言った? 十六歳相手に言って良い言葉じゃないからね!?」

「黙れババア」

「お前ーっ!」


 両目をくの字にして叫ぶ常。

 二人のやり取りを見てたら怒りなんてどっかに吹き飛んだ。


 それにしても、常ってばよくもまあそんな平然と白夜に色々と言えるよね。

 相手は在学騎士。つまり俺たち見習いからすれば将来の目標であり、ある意味上司みたいな相手だ。


 騎士見習いに対して正規騎士が命令権を持っているわけじゃないけど、白夜の威圧的な態度からしてもそんな堂々と言えるなんて凄いと思う。


 クラスメイトたちだって距離を取っているように見えるというか、見事に俺たちの周囲だけ人がいなかった。


「まあまあ常。俺はもうなんとも思ってないから。それに白夜は白夜だってわかったし、苛立つのもアホらしいもん」

「おいテメェ、そりゃどういう意味だ?」

「悪意があるように見えてただ口が悪いだけのクソガキって事」

「……なるほど、大空の幼馴染ってだけはあるな」

「何それ、どういう事?」


 シンプルに言ってる意味がわからないけど。

 確かに常とは幼馴染みたいな関係だけど、それが今何かに関係してたか?


「まあ、白夜があの人と会ったら驚くと思うけどね。会わせないけど」

「興味がねえ」


 白夜はこう言っているけど、実際にあの人と、ロロコと出会ったらどんな反応を見せてくれるのかな。


 だって白夜君、ついさっき堂々と宣言してたもんね。俺は幼女好きだって。

 正確には違うセリフだけど、意味合いとしてはまさにその通りだ。


 二桁生きているどころか、成人済みなロロコだけど、その容姿は一桁年齢のようだからね。


 白夜が合法的に好みのタイプと付き合えるかもしれない、そんな唯一の存在かもしれないのにね。そっか、興味ないんだ。ふーん。


 まあ、黒曜の言葉を信じるなら、ロロコの心は俺の知らない誰かに奪われているらしいから、既に手遅れなんだけど。

 それにしても、ロロコって意外とモテるよね。俺にはその気持ちがわからないけど、刺さる人には深々と突き刺さるって事なのかな。


 そんなやり取りをしていると、チャイムが鳴り響いた。

 ショートホームルームの始まりだ。


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