第三十三話 戦闘開始
魔族の娘?
しかも、父親はフィドゴレムラン?
つまり、家族の仇だ。
イズキは敵だ。それはわかっていた。だけど、それは予想外だった。
「ねえ、どういう事?」
「そのままの意味よ。アタシは魔族=フィドゴレムランの娘なのよ。まあ、アイツを父親だとは思いたくないけどね」
魔族の娘ってどういう事だ? ロロコたちの情報で魔族は男しかいないって断言された。それが間違いだったって事か?
誰でも勘違いはありえる事だとは思うけど、あいつらに限ってそんな事ありえるのか? それとも……騙されたのか? いや、そんな嘘に意味なんてない。つまりこれはロロコたちにとっても想定外の状況なのか?
「イズキは本当に魔族なの? アタシたちの事……騙したの?」
「別に騙していたつもりはないわ。聞かれなかったから答えなかっただけ……まあ、聞かれたらその時は戦う事になっていたでしょうね」
悪びれる事なくそんな事を言うイズキ。だけどそれは嘘だ。
「それならどうして半月前に手を出さなかったんだ?」
「それはこっちのセリフだわ。あの時には既に気が付いていたんでしょう?」
「……うん。イズキがトドメを刺さずに見逃した子から話を聞いた後だったからね」
黒曜の話をするとイズキは意外そうに驚いていた。
「えっ、あの子もう目覚めたの!? 半年は目覚めないくらいの傷だと思っていたのだけど……」
「ねえイズキ、そんな傷を容赦なく与えたのに、どうしてトドメを刺さなかったの?」
「……オマエ、やっぱり意地悪だわ。どうせそれも知ってるんでしょう? あの子、最後まで意識があるように見えたもの」
「うん……二人って俺たちの事?」
「ええ、そうよ。初めて水花と会った時に着ていたのと似た服装。察しの良さが自分の首を絞める事になるだなんて思っていなかったわ」
「……そっか」
黒曜を殺せば俺たちが悲しむ事になる。だからトドメを刺す事なく、見逃したんだ。
半月前に話していた仕事の話。それも十中八九、黒曜を襲った件についてだ。
「これが最後の質問なんだけど……どうして黒曜を襲ったんだ?」
「……その質問には答えられないわ。オマエたちの事は大切に思っているけど、だからといって種族を裏切る事は出来ないもの」
「そっか……わかった。それじゃあ、やろっか」
「ええ、そうね」
俺たちはお互いに鞘から剣を抜いた。
イズキが握るのは彼女の髪と同じ色をした紅蓮の刃をした諸刃の直剣。俺が握るのは三日前にクリスさんから受け取った漆黒のロングソードだ。
「あら、新しい剣ね」
「うん、今日のために打ってもらったんだ」
「そうなの? 随分と気合いが入ってるじゃない」
「そりゃそうだよ。なんせこれが最後のデートだからね」
「ふふっ、随分と荒々しいデートね。普通は愛情を交わすものだけど、これはこれでアタシたちらしいわね」
「うん。そうだね」
イズキの事は友達だと今も思っている。だけど、同時に倒すべき敵だとも思っている。
だけどこれから俺たちが交わすのは友情でも愛情でもない、もっと熱くドロリとした激情だ。
「ま、待ってよ二人とも! ねえイズキ、本当に戦わないとダメなの!? 本当にそれしか道はないの!?」
「水花! いつまでそんな事を言ってるのよ! アタシは魔族の娘なのよ! それも、春護の家族を殺した魔族から生まれた娘! それにアタシが斬って燃やしたあの子はオマエの関係だったんでしょう? 生きてるから良いだなんて、そんな事を言うつもりじゃないわよね!?」
「でも……でもイズキ……アタシはイズキの事……」
まだ迷い続けている水花の事を厳しく叱るイズキ。
彼女が言っている事はどれも事実だけど、黒曜がロロコによって治療された事は知る由もないからね。だからイズキが思っているほどその事に復讐心は燃え上がっていない。
イズキの父親が妹の仇である魔族本人だとしても関係ないと俺は思っている。だってそうだろ? イズキはイズキなんだから。
今すぐにでも泣き出しそうな瞳をしている水花を見て、イズキは困ったように笑った。
「全く、純粋過ぎるのも大変ね。春護も苦労してるんじゃない?」
「んー、まあそれが水花の良いところだと思ってるよ」
「あら、良い答えじゃない。ふふっ、それならそんな純粋さを利用してあげるわ」
優しく微笑んだ彼女は穏やかな顔で水花に語り掛けた。
「ねえ水花。半月前、春護に伝言を頼んだんだけど、聞いたかしら?」
「……うん、聞いたよ」
イズキの伝言か。うん、俺も覚えているよ。『アタシをこの苦しみから解放して』そう言ってたよね。
「今までは何も思わなかったわ。アタシは魔族の娘で、今まで殺して来たのは人間だもの。別の種族を殺したとしても、そこに一切の感情が芽生える事はなかったわ。だけど一ヶ月前に春護と出会って、水花とも交流して……その時にアタシは人間を知った。敵意や殺意以外の感情を向けられて、まるで世界が塗り替わるかのような感覚だったわ。それからはね、夢を見るの。今まで殺してきた人間の夢よ。友を殺されて激昂する人間。家族を殺されて泣き叫ぶ人間。己の無力を嘆く人間。そしてオマエたちもよく登場したわ。この手でオマエたちを殺す、そんな夢。本当に悪夢だわ。あんな悪夢をアタシはもう見たくないの。だからこれで終わりにするのよ。悪夢を現実にして未来へと進む。あるいは、悪夢を見る事のない永遠の眠りを。ねえ水花、お願い」
「——アタシを苦しみから解放して」
そしてイズキは魔法を発動した。
「【魔操術・紅蓮の
彼女の握る剣が業火を纏い、天すらも焦がすかのように空間が揺らんでいた。
「いくわよ人間。その力を示してみせろ!」
地面を蹴って走り出したイズキは、前に見せた技の一つを披露した。
「「【鳥】」」
一定距離を高速移動する魔法[鳥]によって俺と水花はそれぞれ反対の方向へと回避すると、そんな事は関係ないとばかりにイズキは大きく振り上げた剣を振り下ろした。
ついさっきまで三人で仲良く座っていたベンチに切先が触れた瞬間、凄まじい轟音と共に爆炎が広がり、直径三メートルはある巨大な火柱が立ち上っていた。
「前回の手加減……まさかここまでなんてね」
火力と範囲のレベルが前回とはまるで違う。
確かにこんな威力をしているなら、室内じゃ戦い辛かっただろうね。
「水花! イズキは本気だ! 俺たちで眠らせてあげよう」
「春護……うん! アタシやるよ! イズキ、手加減しないからね!」
「ふふ、うふふふふっ。ようやく覚悟を決めてくれたみたいね。嬉しいわ」
剣を一振りして火柱を斬り裂き、中から現れたイズキ。
全身丸々火柱の中にいたはずなのに、全身無傷で服まで燃えた様子はなかった。
そんな彼女の表情は今までのような優しい笑みなんかじゃなくて、今まで一度も見た事のない冷たい、そう、まるで感情なんてないかのような顔をしていた。
「さあ、行くわよ」
剣から溢れた炎を後方に放出し、その勢いを推進力に変えて俺へと高速で接近するイズキ。
速度を落とす事なく、そのまま彼女は剣を振うだろう。その威力は前に経験したそれよりも上だろうね。
「【魔核術・花鳥風月・風——】」
だから俺も纏おう。
「【——応用形・
「——っ!」
今まで俺は[風]によって発生する力を拳に纏わせて使っていた。剣を持つと決めた時、この可能性に辿り着いたんだ。
両手に分けて纏っていた力を、その全てを剣に。
「「はあっ!」」
突撃の勢いを殺す事なく、爆炎を纏った剣を振うイズキ。
そんな彼女を、俺は暴風を纏った剣で迎え撃つ。
暴風と爆炎が正面からぶつかり合い、周囲へと溢れる余波によって地面は焼け焦げ、川は激しく波打っていた。
お互いの身体が後方に弾け飛んでしまったけど、ダメージはお互いにない。まるで鏡でも見ているかのように、同じように地面を削っていた。
——よしっいける!
イズキの激しい一撃を完全に受け止める事が出来た。俺の[風・纏嵐刃]の出力はイズキの炎に負けてない!
「凄いじゃない。単純に倍の力ってわけでもないわね。楽しくなって来たわ!」
再び炎を噴出し急接近するイズキ。さっきと同じように撃退しようと構えたが、お互いの間合いに入る瞬間、彼女は剣を地面へと向け一気に上空へと飛び上がっていた。
「さあ、行くわよ! どうにかしてみなさい!」
「何を……えっ、まさか!」
遥か上空で叫びながら天高く剣を構えるイズキ。その刃が纏っている業火が、その勢いを増していた。
そして、地面にいる俺に向かって空から剣を振り下ろした。
——炎弾っ!?
炎の塊が剣から放出され俺に向かっていた。距離が離れていたから回避は容易いけど、折角ならやるか。
「【鳥】」
まずは[鳥]で横に移動して炎弾を回避。移動による硬直が消えたのと同時に暴風を纏った剣を切先を地面へと向けた。
そして、放つ。
「アハハッ、どういう感情よそれ!」
「割と複雑だったね!」
放たれた暴風の力によって俺の身体が空へと飛び、滞空していたイズキへと迫った。
楽しそうだけど同時に獰猛な笑みを浮かべている彼女に剣を振う。
上空で暴風と爆炎がぶつかり合った。
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