第三十四話 師弟
この一ヶ月で俺が新たに手にした戦闘スタイル。それは言うならば模倣だ。
俺に剣を持つ事を勧めた帯剣している少女の戦闘スタイル。そう、一ヶ月前の俺はイズキの戦い方を真似る事にしたんだ。
実際に戦ったからそれがどれだけ強力なのか知っていた。そして風と炎という違いはあるけれど、似た性質をしている事も学んだ。
苦労は勿論した。剣に自身の魔法を纏わせるという技術。イズキは平然としていたけれど、それはあまりにも高度な技だった。
元々俺の戦闘スタイルは両拳に[風]を纏い、その力で相手を殴るっていうものだ。だから纏う対象が拳から剣に変わるだけだし、そこまで苦労しないと最初は思っていた。でも、それは大きな間違いだった。
両手に分けていた[風]の力を剣に纏った瞬間、刃が砕け散った。どうやら[風]を拳に纏っていた時には、無意識の内に手を保護するように制御していたらしい。それが剣の時には適応されないらしく、両手分じゃなくても、出力を抑えた場合でも刃は砕け散った。
剣という武器は両手で握った方が強いと個人的には思っている。勿論逆の手には盾だったり、別の何かを持つスタイルだって悪くないと思うけど、剣一本を武器にしているのならわざわざ片手を空ける必要はないと思っている。
だから剣を持ち、ただの擬態ではなくちゃんと武器として使うと決めた時から考えていたんだ。両手分の[風]を剣一つに纏う事を。
そもそも俺が[風]を両手に分けている事には理由がある。単純に片手に集中させると俺自身の腕がその力によって負傷するからだ。
詠唱の有無によって出力は変わるけれど、同時に制御力も上がるため、威力が制限される無詠唱だとしても、片手に纏わせると負傷してしまう。
人の身体は脆く柔らかい。だけど剣という鋼鉄なら耐えられると思ったんだ。それでも負荷が大きい事に変わりはない。訓練時点では剣をダメにしてしまうと思い、クリスさんに大量注文したんだ。
予定よりも品質の良い剣。それがいとも簡単に砕け散った。それだけ[風]の威力が強いって事の証明でもあるけど、予定外の事だった。
訓練を続ける事によって俺は遂に壊す事なく[風]を剣に纏わせる事が出来るようになった、けれど……出力を抑えなければいけなかった。
もっと制御出来るようにならないと全力を纏う事は出来ない。しかしその欠点はクリスさんが補ってくれたんだ。
「アハッ、まさか人間と空中戦をする事になるとは思わなかったわ!」
お互いに空中を飛び回り、激突するたびに暴風と爆炎が周囲へと飛び散っていた。
この戦いの余波は凄まじく、本来ならすぐ騒ぎになるだろうけど、そうはならない。
その理由は関係ない一般人が近付かないように少女隊が裏で動いているからだ。
この戦いは俺たちだけの戦いだ。いくら少女隊の面々が遠くから包囲していたとしても、彼女たちが動くのは俺たちが完全に死んだ後。
もしもの時には手助けしてもらえるなんて事はない。
自分からお願いした戦いだ。責任は取る。
人が空を飛び、魔族の娘と剣を合わせる。今までだったら想像すら出来なかった光景だね。
「一ヶ月でここまで出来るようになるなんて凄いじゃない春護!」
「随分と上から目線なんだね!」
「当たり前じゃない。オマエの戦い方はアタシの真似でしょう? 考え方では師匠みたいなものだわ」
「……そうだね。その通りだよ!」
俺が目指した強さ。選んだこの道の先にはイズキがいる。
この一ヶ月で俺の強さはあの時に見た彼女の強さと並ぶほどになっているはずだ。だけど、それは手加減したイズキのレベルでしかない。
今はどうにか渡り合っているいけど、相手は俺の完全上位互換だ。このままじゃ勝機はないだろうね。
「ねえイズキ。俺の成長が嬉しいのかも知れないけど、まさか忘れてないよね?」
「忘れるですって? ——っ水花!?」
「見せたね、隙」
「しまっ——」
この戦いが始まってすぐに気配を隠していた相棒の存在。お互いに派手な戦いを繰り広げていたからね、無意識のうちに水花の事を忘れてしまっていたのだろう。
その事をあえて教える事によってイズキの意識が一瞬だけ俺から外れていた。
「堕ちろ」
全力の暴風を纏わせた剣を振り下ろし、剣で防がれながらもイズキの身体を地面に落とす事が出来た。
「ちっ」
膝をついて着地したイズキを見下ろしながら、俺は剣を再び振り上げた。
「返すよ。イズキ」
「——っまさか!」
「さっきとは逆だね」
溢れんばかりの暴風を纏った剣を地上のイズキに向けて振り下ろす。
慌てた様子で爆炎を圧縮し、炎弾を放って俺の風弾を相殺しようと試みるけれど彼女はすぐに気が付いた。
俺の剣からは風弾なんて放たれていない事に。
「しま、誘われっ!?」
炎弾は強力な遠距離攻撃だけど、その威力に見合った後隙を晒す事になる。それが俺たちの狙いだったんだ。
「ばいばい」
「——水っ」
音もなく死角から[鳥]によって急接近した水花は、その手にした細剣をイズキへと突き刺した。そして彼女は魔法を解放させる。
回避も防御も間に合わず、刺突に特化している細剣の切先がイズキの着ている赤いロングコートに触れた瞬間、それは起きた。
爆発にも等しい嵐の乱流が。
「水花、大丈夫?」
「……うん、大丈夫だよ」
荒れ狂う暴風によって吹き飛び、土煙の中に消えたイズキ。凄まじい破壊の跡が残る地面を静かに見詰める水花の隣に俺は着地した。
クリスさんから受け取った二振りの剣。一つは俺が握っている黒刃のロングソード。今の戦闘スタイルを完成させる事が出来たのはこの剣のおかげだ。
初めから全力の[風]を纏った状態で振う事を前提として設計された黒刃は、切れ味よりも強度に重きを置いている。
最低限の切れ味があるだけで、剣というより斧のような刃だ。
しかしその代わりに全力の[風]に耐えるほどの強度がありながら、今までのロングソードと重心があまり変わらないように調節された世界で一本しかない俺だけの武器となったんだ。
もう一振りは水花のために打たれた細剣。レイピアといった方がわかりやすいかな。
斬るではなく刺す事に特化した剣であり、水花のそれは彼女用に調節されていて本来のレイピアよりも刃は短く、軽量化されている。
軽量化による攻撃速度の上昇。間合いは狭くなってしまうが、水花は[花鳥風月・鳥]の連続発動が得意だから問題にならない。
そして俺の黒刃以上に、水花のレイピアには特殊な加工が施されていた。
それは切先に開けられた小さな穴だ。
イズキを吹き飛ばしたのは[花鳥風月・風]だ。
今までの水花は合わせた手の中で圧縮し、二つの風の内一つを弾丸とし、もう一つの力で発射させていたが、彼女はこの穴に[風]を圧縮して込めたんだ。
そして刺突時にゼロ距離で爆発させる。その威力は見ての通りだ。
正直言って、殺意高過ぎだよね。気配を消して忍び寄り、ゼロ距離で暴風を爆発させる。しかも場合によっては突き刺した状態からでも発動出来る。
……つまり、体内で暴風を爆発させる事も出来るって事だ。
ただ切先の穴という目印と受け皿はあるものの[風]の維持と[鳥]の併用は凄まじい集中力が必要になる。
技術という点では水花には敵わないだろうね。
「驚いたわ。そういう形で連携してくるなんてね」
「……まあ、これで終わるわけないよね」
土煙の中からゆっくりと現れたイズキ。その姿に怪我らしい怪我を見つける事は出来なかった。
つまり、無傷だ。
「……あー、そういえば前回も謎の防御されたっけ」
「ええ、あの時と同じ方法よ」
コートについた汚れを叩きながら獰猛な笑みを浮かべているイズキ。
水花の新技[風応用形・
術式の使用者が違うため魔力の質や量によっても変化するため一様には出来ないけど、応用形はどちらも通常形の倍の出力がある。
特に水花の新技は破壊力に優れている。それでも無傷となると流石にこの先辛いか。
「別に黙ってても良いんだけど、それじゃあ心が折れて戦いにならないかもしれないわね。だから教えてあげるわ」
挑発? いや、むしろ揶揄っているんだろうね。手加減とは違うけど……勝つためにはここは仕方ないかな。
反論したい気持ちを抑え、水花と共に大人しく耳を傾けた。
「アタシは魔族の娘。それは既に明かした事だけど、オマエたちの知る魔族の特徴がアタシにはない事に気が付いてるかしら?」
「……角か?」
「正解よ。魔族にとって角は誇りだもの。だからアタシには与えてくれなかった。その代わりに与えられたのがこのコートよ」
両手を上げながらその場でクルリと回るイズキ。彼女が着ている赤のロングコートがふわりと舞った。
「そうね。なんて言えば良いかしら。このコートはアタシにとって鱗や翼膜みたいなものなの。つまり服じゃなくてアタシの一部。その強度は鋼鉄よりも遥かに上よ。天然物の鎧だと思ってくれて良いわ」
「鎧、か。なるほど、それで防いだって事か」
直撃したように見えて実際にはロングコートという鎧によって防御されていた。それがカラクリだったのか。
確かに破れたりしている姿なんて見た事がなかった。まさかそれ自体の強度が凄いなんて想定してなかった。
「ええ、それで半分正解よ」
「……どういう事?」
「あらあら、随分と欲しがりさんなのね。でも良いわ。オマエたちには全部見せてあげる。魔族の娘としての、アタシを」
獰猛さと妖艶さを兼ねた笑みを浮かべ、彼女は口を開く。
心の底から楽しそうに、明るい声で己を語る。
「【魔道術・紅蓮の
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