第三十五話 在るべき姿

 魔族だけが行使する事の出来る上位魔法である[魔道術]を発動させた魔族の娘。

 全身から凄まじい量の赤暗い魔力を放ち、その姿を覆い隠してしまった少女、イズキ。


 魔力の奔流が収まり、再びその姿を世界へと披露した時、少女の姿には変化が起きていた。


「イズキ……その姿って……」

「これは本来のアタシよ。今までは擬態のために自身の力を封印していたのよ」


 少年の疑問に紅蓮の少女は答えた。

 彼女の身に起きた変化は劇的なものではない。人型から外れる事はない程度の変化。しかし、もしも初対面時にその姿だったのならば、今の関係が築かれる事はなかったのだろうと、少年は寂しそうに笑った。


 イズキらしさでもある赤い髪は、まるで本当に燃えているかのように揺らぎを生じさせ、纏うロングコートからもまた同じく歪みが立ち上る。


 そして両袖を延長するように新たに発生した炎の帯は、まるで羽を思わせるような形をとっていた。


「アタシの力の根源は炎を司る不死鳥の力。この炎を纏っている間、超速再生の効果があるわ。さっきはこの力を一瞬だけ纏う事で防御を削られるのと同時に再生してたってわけ」

「つまり自己再生する鎧って事か」

「そうとも言えるわね。理解が早くて助かるわ」


 どんなに頑丈な鎧も攻撃を受け止めれば損傷し、削れ、いずれは破壊される。

 一ヶ月前の模擬戦で春護がイズキに直撃させた[花鳥風月・風]は、その一撃で彼女の纏う鎧を破壊するだけの攻撃力を有していた。

 しかし損傷を超える速度で再生した事により、残ったのは無傷という結果だった。

 そしてそれは今回も同じ事だった。


「さて、ここからが本番よ? 変わったのは見た目だけじゃないもの」


 今までイズキは赤いロングコートの下に潜入道具として女子制服を着ていた。

 先ほどまでも今まで通り学校指定のワイシャツとスカートを身に付けていたが、彼女が力を解放するのと同時にそれらは燃え尽きていた。


 だからといって裸になったわけでもない。ロングコートの前を閉じていない事に変化はないが、その代わりにイズキ自身の魔力で出来た赤い服を着ていた。

 胸元は開かれ、腹部には謎の穴が空いている露出度が高めのコルセットドレス。

 今までの制服コーデからドレス姿に変わった事もあり、その笑みはより深い妖艶な色気を醸し出していた。


「二人とも構えなさい。さあ、第二幕を踊りましょう?」


 イズキの言葉に答える事なく春護が剣を構えると、それと同時に水花はその場から姿を消した。


「ふふっ、オマエが派手に戦って相手の注意を引き、生まれた隙に水花がさっきの技を叩き込む。魔装騎士としての在り方としてはどうなのかしらね。本来なら水花がサポートでしょう?」

「うん、サポートしてくれてるよ。ここからイズキは俺一人に集中するわけにはいかないからね」

「……そう、それもそうね」


 二人は同時に笑みを浮かべると、共に剣から己の力を噴き出した。


 再び空中でぶつかり合う暴風と爆炎。しかしその均衡が崩れるまで時間は掛からなかった。


(基礎能力が上がってるのか!)


 これまでのイズキは自身の力を封印した状態で戦っていた。真の力を引き出した事によって彼女の剣から溢れる炎の量は遥かに増えており、その結果として今までほぼ同速だった高速移動に差が生まれていた。


(少しずつ速度が上がってる。これ以上は流石に不味いっ!)


 空中ですれ違い様に斬り付けあったり、正面からぶつかり合ってはお互い後方に弾け飛ばされ合う。その度にすぐ体勢を整え、再び空を飛ぶ。


 お互いの速力に差が生まれた事により、春護は徐々に、しかし確かに追い詰められていた。


「遅れたわね!」

「しまっ」


 お互いの位置が弾け合い、次の行動のために必要な一手、体勢を調えるよりも先に、目の前にイズキの姿があった。


 咄嗟に剣で防御しようとした時、地上から声が聞こえた。


「【風】」


 春護への攻撃を中断し、地上からの援護射撃を爆炎によって弾き飛ばすイズキ。

 両手を合わせて放つ水花にとって原型の[風]を放った彼女と目が合うと、イズキはやはりと小さく笑っていた。


 水花は春護が徐々に追い詰められている事に気が付くと、即座に己の判断で作戦を変えていた。


 元々はイズキが予測した通り、春護が気を引く事で生じた隙を狙い、水花が高威力の一撃を叩き込む。

 仮にそれで決着が付かなかったとしても、相手に水花の存在を警戒させる事により春護との戦いにおける集中力を削る。

 そうする事によって常に相手の精神に負荷を与え続ける事で有利性を獲得する作戦だった。


 しかし、想定外の事が一つあった。

 それは二人の戦いが空中で行われてしまっている事だった。


 水花には二人と違い[鳥]以外の高速移動手段がなかった。故に、空中でぶつかり合う二人の戦闘に干渉するためには遠距離攻撃しかない。そのためには両手を空ける必要があった。

 彼女はレイピアを鞘に戻すと手を合わせ[風]を起動し、いつでも放てるようにしていたのだ。そして春護の隙を狙った際に生じる隙に撃ち込んだのだ。


 しかし、その選択は失敗だったのだと、イズキは即座に理解した。何故なら水花は春護を護るために、わざと視界の隅に姿を現していたからだ。

 狙撃を悟らせる事で自身の攻撃を中断させ、回避か防御を強制するために。


 本来ならば相棒である春護の反応が間に合うと信じ、不意打ちに徹するべきだった。ダメージを与える事に成功すればその隙を突いて追撃するなり、体勢を整えるなり有利な展開へと進める事が出来たであろう。


 信じるよりも確実に護る事を選んだ。それがこの結果を導いたのだ。


(人間らし過ぎるのも考えものね。水花)


 もしも水花が魂を持たない普通の魔装人形だったならば、主人である春護の意志を指輪越しに受け取り、迷う事なく狙撃していたのだろう。


 魔装人形ならば必ず身に付けている特殊な一対の指輪。

 春護と水花は二人ともそれを、双石指輪をつけていなかった。だからこそイズキは水花と初めて出会った時に揶揄ったのだ。まさか彼女が魔装人形だとは思わなかったから。


 本来の魔装騎士は自身が所有する魔装人形と言葉ではなく、双石指輪を介した意志によって命令を下すが、大抵の魔装騎士はただ思うだけではなく、言葉にする事によって自身の意志を強め、確実に命令を実行させるようにしている。


 それは一見、春護と水花、二人の関係と同じ見えるが、指輪の有無は大きな違いだ。

 おそらくはお互いが魂と心を宿しているが故の弊害。双石指輪は人間同士では使う事が出来ないのだろう。でなければお互いの意志を伝え合う事の出来るそれを、ある意味遠隔連絡手段となりうるそれを、魔装騎士以外が使っていないのはおかしいからだ。


 春護はイヅキの攻撃に反応し、防御を取ろうとしていた。その結果はもう覆らない、水花の援護射撃によって防御の必要がなくなったとしても、既に動いた後であるが故に動作は一つ増えてしまう。

 春護が攻撃体勢に入る頃にはイヅキもまた同じく体勢を整えているだろう。


 ——そう、思っていた。


 春護の顔に己の判断ミスを後悔するような、選択を間違えた者が出してしまう気配は見られなかった。


(まさかここまで予想通りっ!?)


 この展開が二人の予定通りだったとしても、仮にそうだとしてもその理由はなんだ? 自ら有利展開を捨てたにも等しい戦術にイズキの思考は困惑し、一瞬だけ空白を生み出してしまっていた。


 ——だからその動きを見た時。動揺によって一瞬だけ動きが止まっていた。


(蹴撃っ!? 今のアタシはほぼ全身が炎に包まれているのよ!?)


 それは過去の会話から無意識のうちに春護の身を案ずる思考だった。

 両手に[風]を纏う事で刃が相手でも殴る事を可能にしていた春護。しかし、そんな彼は本来足技も使うのではないか、そんな不自然さがある事に当時のイズキは気が付いていた。だけどそれは出来ないのだと、その場で春護は言っていた。

 足に[風]を纏う事は出来ない。素の状態で刃を蹴ってしまえば自身の足が斬れてしまう。その説明に嘘はない。


 しかし、全てではなかった、


 春護の蹴りが向かっているのは、唯一炎を纏ったロングコートに覆われていないイズキの胴体正面。自身の腹部に当たる軌道だと見切った彼女は、回避は間に合わなくとも身体を動かして着打点をロングコートに移す事が出来た。だというのに、それをしなかった。


(いいわ。ただの蹴撃くらい受けてあげるわよ)


 自身の想像を超えた連携を見せた二人に対する賞賛として、小さ過ぎる結果を受け入れていた。


 その思考すらも読まれていると知らずに。


「——なっ……にっ!?」


 春護の蹴りはイズキが見切った通りの軌道を描き、彼女の腹部へと命中した。そして脚力のままに体表を滑り、イズキの腹部を深く斬り裂いていた。


「ごめん」


 想定外のダメージを受けて酷く混乱し、隙だらけになっている彼女に向かって、春護は暴風を振り下ろした。


 当たったのは鎧によって防御されていない胴体正面。燃え尽きた制服の代わりに出現した服も凄まじい強度をしている可能性はあったものの、その前の斬撃が通じていた事からして、今のは確実な有効打だった。

 傷を負った身体に[風応用形・纏嵐刃]の直撃。魔族の娘であるイズキの肉体強度はわからないものの、決して小さくはないダメージだろう。


 地上に降りた春護は水花と合流すると、彼女が落ちた土煙へと意識を集中させていた。そしてその中に人影が見えた瞬間、無慈悲にもそれを口にした。


「水花、出力最大」

「【魔核・花鳥風月・風】」

「撃て」

「……バイバイ、イズキ」


 圧縮された暴風の弾丸が人影へとぶつかり、竜巻が更に大きい土埃を巻き上げていた。

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