第三十二話 赤の招待状Ⅱ

「まあいくら喋っても良いってわかったところで、続きの話をしようかにゃー。えーと、魔族についてのおさらいからだね。まず前提として魔族は人間の男性に酷似した容姿をしている存在であり、人類と見分ける方法は頭に角があるかどうかだよ」


 角無しが人間で角有が魔族。それが一般的な知識だ。どうやらそれは変わらないらしい。


「魔族は殺しても死体が残らないけど、時々魔力の結晶を残す事もあるんだよね。あっ、ちなちな、この結晶って高く売れるんだけどもねー、もしハルハルたちがゲットしたら売らずにいてくれると嬉しいかなー」

「なんで?」

「んー、その方が将来的にハルハルたちが得するよーっていうアドバイスかな。買い戻すのって難しいし、買うのも大変だからにゃー」


 実物を見た事はないけど、魔族の結晶には利用価値があるって事なのかな。それも詳細を教えてくれないって事は、今はまだ知るべきじゃないって事だよね。

 もしも手に入ったら素直にアドバイス通りにしておこうか。


「わかった。ありがとね」

「おー、素直なハルハルはレアだにゃー」

「そう? 割と素直な性格していると思うけど」

「「「それはない」」」

「えっ、水花まで言う?」

「うん」


 一切の迷いがない肯定入りました。……はいっと。


「それで、これはハルハルたちにとっては初情報だと思うんだけど、魔族って絶対に男しかいないんだよね」

「……えっ? 絶対に?」

「そそっ! 絶対だーよ」


 今までも発見された魔族はその全てが男性型だった。だけど、だからと言って女性型の魔族がいないと断言する事は出来ないはずだ。

 魔族たちが隠れ住む集落のようなものがあり、女性型の魔族はそこから出る事がないため目撃例がないとか、他にも色々と噂になっている。


 だけど黒曜は断言した。女性型の魔族は存在しないのだと言い切った。

 魔族について一般的には知られていない何かをロロコたちは知っているって事だ。


「ワシから捕捉してやろう」

「と、いうと?」

「魔族という種族は女性を殺すという強い意志があるのじゃ。そしてその理由は春護、オヌシと同じじゃ」


 俺と同じ? 俺が魔族に向けている感情は復讐心だ。魔族は女性に対して復讐しようとしているって事なのか?


 あの日、夏実が襲われたのもそれが理由なのか? 女の子だからという理由で? そんな理不尽な理由で?


「魔族は女性に対して強い恨みがあるのじゃよ。その理由までは言えぬがの」


 知らないじゃなくて言えぬか。ロロコたちはそこまで知っているって事なんだね。

 その情報を公開しない理由は? 本当にロロコたちは何を企んでいるんだ?


「故に魔族は男しかおらんのじゃ。アヤツらにとって女は殺すべき裏切り者じゃからな」

「……わかった。とにかく女性型の魔族はいないって事だよね」

「そういう事じゃ。しかし……黒曜よ。何故その話を持ち出したのじゃ?」

「……えーと、なんとなく察したんじゃないかなーと」

「——それは事実か?」


 隣に座るロロコの雰囲気が変わった。

 普段からある不思議な存在感のようなものが突然鋭くなったような感覚だった。

 彼女は一切動いていないというのに、まるで喉元に刃を添えられているかのような、そんな危機感と確かな恐怖が生まれていた。


「調査中に突然襲われたんだよねー。防御は間に合ったんだけど、あまりにも攻撃が鋭かったから、魔族キタッて思ったんだけど、見たら可愛い顔したおんにゃの子だったんだー。それでつい気が抜けちゃったというか、なんだーって思った次の瞬間には腕を斬り落とされてた」

「「——っ!」」


 本人は何でもないかのように平然と言葉にしているけれど、腕を斬り落とされたと聞いた瞬間、俺と水花の身体が跳ねていた。


「やば、この子強いっとか思った時には手遅れだった。足も斬られるは、蹴りで骨砕けるは、一番キツかったのは肺を焼かれた時だね。片手で顔を掴まれたかと思えば炎が溢れて呼吸出来なくなるし、倒れて、ああ、終わっちゃうなーって思ってたら……急に動きが止まったんだよね」


 一度話を区切った黒曜は、困惑を感じさせる声で続けた。


「……その子ね、こう呟いたんだ。『この服装……まさか、あの二人の』って」

「「……えっ?」」

「目を丸くしたかと思えば急に後退りして、そしてそのまま……そう、逃げ出したんだよね。あーしにトドメを刺す事なく。まー、そのおかげでこうしてあーしの世界は終わらずに済んだんだけどねー」


 どうして? なんで? 黒曜の話を聞いていると、とある少女の姿が脳裏に浮かび始めていた。

 黒曜の腕と足は斬り落とされている。つまり謎の少女は刃物を武器にしているって事だ。そして、炎。

 どちらも、とある人物を連想させた。


「……春、護?」


 震えた声で俺の名前を呼ぶ水花。その瞳はどうしようもなく揺れていて、胸の前で合わせられた手も怯えている小動物のように震えていた。


「春護、違うよね? そんなわけないよね? ただの偶然だよね? そ、そうだよね!?」

「水花……」


 水花も俺と同じ少女の姿が浮かび上がったんだろう。

 信じられない。信じたくない。だけど俺にはそうとしか思えなかった。


「……あー、そうかもとは思ってたけど……そっかー、そうなるかにゃー」


 水花の様子から何かを察したのか、困った声を漏らす黒曜。そんな彼女の様子に水花もまた驚いていた。


「えっ……先輩、どうして?」

「んー、簡単な推理だよ。最後にあの子が呟いたセリフからそうかもしれないって思ったんだー」

「……なるほどの。オヌシ、中々話を進めないとは思っておったが、故か?」

「わーい、流石は主様。見抜かれてるぅー」

「……どういう事?」


 身体を震わせながら困惑している水花。

 黒曜を襲撃した人物が残した言葉は『この服装……まさか、あの二人の?』だ。注目するべきは服装という単語と二人という言葉。


 最近はもっぱら小泉に手配してもらった制服を着ているけれど、元々はロロコや黒曜が着ているような着物を着用していたからね。だから同じ着物で連想したんだろう。

 そして二人という人数。


「着物というこの国では珍しい服装をしておる事から、黒曜が水花と関係のある人物だと察したのじゃろう」

「で、でもアタシの事を思い出したとは限らないよ!」

「そうじゃな。しかし、あの二人と言っておったのじゃろう? ならばそこに該当するのはオヌシら以外いないのじゃ」


 該当するのが俺と水花しかいない? それはおかしい。それにそもそも前提から違っている事があるんだ。

 あの日。黒曜が襲撃された日の朝に俺は黒曜と会っているんだ。だから、それを知っているんだ。


「ねえロロコ。それは変じゃない? だって少女隊って二人一組が基本なんでしょ? 少女隊ならみんな着物だし、それにロロコも知ってるはずだけど、黒曜がやられた日の朝に会ってるんだよね」

「そうじゃったな。して、それが何じゃ?」

「あの日の黒曜は着物じゃなかったよ」

「——っそうなの!?」


 目を輝かせて喜んでいる水花。

 前提から違っているんだ。だから、犯人はあいつじゃないんだ。偶然が重なっているだけなんだ。


 そう、思いたかった。


「ごめんハルハル。あの後……その、着替えてるんだよね。お昼に汚しちゃって……ごめん」

「で、でも水花とは限らないよね!」

「春護に一つ質問じゃ。オヌシらが思っている人物は水花の着物姿を何度見ておるのじゃ?」

「えっ、一度だけど……」


 何の関係があるんだ? 困惑する俺たちにロロコは続けた。


「ならば、着物以外の服装を見せた事は?」

「……あるよ」

「ならば確定じゃな」

「ど、どうして!?」


 思わず立ち上り、ロロコの前に移動した水花。そんな彼女に向けて変わらない口調で続けた。


「黒曜と戦闘をしているからじゃ」

「……えっ? それってどういう事?」

「トドメを刺す瞬間になって黒曜がオヌシらの関係者だと気が付き、逃亡した。そこまでは理解出来ておるか?」

「う、うん……」

「もしもその者の言う二人というのが少女隊の誰かなのであれば、どうしてそれまで気が付く事が出来なかったのじゃ? 理由は一つしかない、その二人について着物というキーワードがすぐに思い浮かんでこないくらいに、印象が薄かったからじゃ」


 そこまで説明され、俺もようやくわかった。理解出来てしまった。


 少女隊は着物を着ている事が多い。それぞれで着こなし方には違いがあったとしても、着物である事に違いはない。


 もしも襲撃者の言う二人が少女隊の誰かだった場合、着物に意識が向かわないのは不自然だ。


 それを気にする事なく、気が付く事なく襲ったという事は、襲撃者にとって着物はすぐに結び付く事ではなかったんだ。


 例えるなら、一度着物を着ている姿を見た事がある。それくらいの印象。


「……黒曜。ハッキリと言ってくれ。そいつと対峙した時、わかりやすい特徴があっただろ?」


 ここまでのやり取りは現実逃避に近い。だけど、それはいつまでも続けられる事じゃない。

 もう、終わらせるべきなんだ。


「……うん、そうだね。ずっとグダグダしてる場合じゃないよね。……覚悟、出来てる?」

「うん、言って」

「じゃあ言うよ。襲撃者はね、燃えるような色の髪をしてたよ」

「——っ!?」


 ああ、もうダメだ。

 ここまで揃っちゃ偶然だなんて都合の良い言い訳なんて通用しない。


「……そっか。本当にお前なのか——イズキ」


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