第三十話 目覚め
半月前、橋の上でイズキと話した日の更に前日。
俺と水花はロロコに呼び出されていた。
随分と見慣れた彼女の私室。一体何のために呼ばれたんだ?
黒曜を病室送りにした謎の敵は俺たちが倒すと生意気を言ってから半月だ。途中結果の確認とか、そういう感じの要件かな。
もしそうだとすれば、きっとロロコは驚く事になるだろう。まだ完成系ではないけど、ある程度は形になっている。
今の段階でも見せれば完成系がどんなものか伝わるはずだ。
ちなみに現地点で使い物にならなくなったロンソの本数は百を超えています。本当に、本当にクリスさんには頭が上がらないです。
ロンソの供給。いつもありがとうございます!
勿論ただこうして思うだけじゃなくて、本人にちゃんと毎回感謝の気持ちは伝えてる。
自分は先輩なんだから当然、気にしなくて良いっていつも優しく言ってくれるけど、後輩として先輩に甘えるだけじゃダメだよね。
完成系に至る。それが一番の恩返しだと思うんだ。
「今日はどうしたんだ?」
「ロロコ様、今のアタシたちが見たいの? きっと驚くよー?」
「ほう、随分と自信に満ちているようじゃな。しかしその機会は次に取っておこうかの」
どうやら予測は外れらしい。水花も俺と同じ事を考えていたみたいだね。
今日も今日とて表情筋は引きこもっているけど、水花が張り切っていたのは声色から伝わった。お披露目の機会じゃなくて落ち込んじゃったようだ。
だけど次の瞬間、そんな気持ちは吹き飛んだ。
「——黒曜が目覚めた」
「「——っ本当!?」」
思わず聞いてしまうとロロコは微笑みながら頷いた。
「まだ完治はしておらん。故に外見は痛々しいが本人は元気そうじゃったぞ。さて、行くかの」
「会えるのか!?」
「でなければこうして呼んでおらん。焦らすのは好きじゃが、時と場合には配慮するに決まっておるじゃろう。こんな容姿じゃが大人なのじゃぞ?」
見た目だけなら可愛いけど生意気な美少女、ただ口調は子供らしくない。そんな印象を受けるロロコだが、その正体は既に成人している大人だ。
旦那候補がいるらしいけど、恋愛経験は浅い印象がある。それでも大人だって事に変わりはない。
シリアスな空気を躊躇う事なく崩す事がよくあるけど、今回は空気を読んでくれたみたいだ。
「着いてくるのじゃ。治療したとはいえ無防備な状態である事に変わりはない。一度不覚を取った以上、二度目の可能性を踏まえ対策しておる」
「というと?」
「罠じゃよ」
そう言って立ち上がったロロコの後をついて行くけど、罠ですか。
病室に向かう道に罠が多数。他の誰でもないロロコの事だし、殺意高そうだね。
「ちなみにどんな罠があるの?」
「服だけを溶かす不思議な液体が降り注ぎ防御力をゼロにした直後に電撃を流して気絶させる罠じゃ」
「えっ……」
何その不思議な液って。しかもその後に気絶させるって事は、全裸で意識を失うって事?
うわー、男でも女でも同情……いや、しないか。黒曜を狙うような奴には生ぬるいくらいだね。
「とはいえ結界がある以上、外部から侵入されるという可能性はゼロに等しいがの」
仮に侵入されてもすぐに対処出来る自信しかないとロロコは続けた。
ちょっとだけ侵入者側の気持ちになって考えてみようかな。
屋敷が見えるよりも先に結界によって現在地がバレバレとなり、山の中という相手側の庭の中で少女隊に囲まれる。
木々のせいで視界が悪いのに、相手は結界情報のおかけで見失う事なんてない。
どうにか包囲網を突破して生き残ったとしても、時間が経てばロロコが到着するって展開になるのかな。
……うん、詰みだね。絶望だよ。
ロロコの案内で他にも仕掛けられた様々な罠……というかほぼ嫌がらせというか悪戯というか、そんな仕掛けを避けて進んでいた。
もうすぐで到着するらしい時にそれは見えた。
「……桃」
「——っ、春護見ちゃダメ!」
「ちょっ、水花!?」
思わず口を滑らせると、俺と同時にそれを見つけて固まっていた水花が両手を押し付けて目を覆ってきた。
先頭を歩いていたロロコは頭に手を当てて首を振っているけど、今少しだけ見えたのって……人間だったよね。
うつ伏せになって倒れている全裸の少女だった。銀髪をライトサイドアップにしている綺麗な曲線を描いた身体をしている少女。顔は見えないけど、全身が濡れているように見えた。
「ロロコ様!」
「やれやれ、安心せい水花。敵ではありゃせん。黒曜の相棒じゃ。どうやら罠にやられたようじゃの。全く、他は作動している気配はなかったというのに、最後の最後で油断するとはまだまだ未熟じゃな」
水花の腕を引き剥がすと再び俺の視界を隠そうとする彼女と取っ組み合いになった。
外見は四肢の細い華奢な女の子とはいえ、水花は魔装人形だからね。見た目よりも力が強くて大変だ。
「黒曜に相棒なんていたんだ」
「少女隊を含めてワシらは二人一組が基本じゃからの。ただコヤツは……まあ問題児というやつじゃ。牢屋に入れておったのじゃが、何処からか黒曜の話を聞いて脱獄したようじゃの」
「えっ、脱獄?」
水花との取っ組み合いを続けながらロロコと話しているけど、何やら不穏な単語が並んでいた。
「いつでも脱獄出来る実力はあったが、空気を読んでおったのじゃろう。それが黒曜の一件で動いた、そんなところかの。まあ放置で良きじゃな」
「えー、全裸で気絶してる身内を放置って本気?」
「本気じゃ。それから春護、いくら良い身体が無防備じゃからと言って触れるでないぞ。液の効力は消えておらんからの」
少女の全身が濡れているのは、やっぱりさっき言ってた不思議な液とやらか。服だけを溶かすとか……うん、尊厳破壊が凄い。
もしも仰向けで倒れていたって思うと、流石に同情する。うつ伏せでも光景ヤバいもんね。
「春護っ! 見ないっ!」
「クカッ、春護よ、オヌシの気持ちもわからんでもないが、視姦はマナー違反じゃぞ?」
「そこまでじっくり見てないよ! ほら、早く案内してってば!」
「クカッ、そうじゃの。ついは仕方がない事じゃ」
エッチな格好をした女の子が目の前にいたらつい見てしまう。それが男心ってやつだ。
うつ伏せだから自身の身体によって潰されて広がっている横乳とかヤバい、刺激がヤバい。
頼むから早くこの場を離脱させてくれ。俺の理性が無事なうちにさ!
☆ ★ ☆ ★
白を基調とした部屋。そこに彼女の姿があった。
「——っ!」
ベッドで大人しく眠っている黒曜。その身体は掛け布団で見えないけれど、頭は何重にも巻いた包帯によって隠されていて、唯一片目と口元だけが露出していた。
いつもは明るく、むしろ騒がしい性格をしている黒曜。そんな彼女が大人しく眠っていると……まるで——
「おややー? この気配は主様とハルスイセットですかな?」
閉じていた目が開いた途端、普段通りの口調で喋り始めた黒曜。だけど彼女の身体は全く動いていなかった。
今までの黒曜なら目を開けるのと同時に起き上がり、賑やかに揶揄って来たはずだ。そうしないって事は……動かないのか?
「その通りじゃ。それから春護、そんな顔をするでない」
「えっ?」
「酷い顔じゃぞ。確かに黒曜は指一本動かせない状態じゃが、オヌシまさか忘れておるのか?」
忘れている? 俺が何を忘れているって言うんだ?
指一本すら動かせない身体になってしまっている黒曜。その事と何か関係している記憶なのか?
「半年前のオヌシと同じじゃという事じゃ」
「……あっ」
魔族に殺されかけた俺はロロコの治療によって死の淵から蘇生してもらった。
治療を終えて目が覚めた時、黒曜と同じように俺は暫く指一本すら動かせない状態になっていた。……それと同じなのか?
「本来ならば死ぬほどの傷を治療したのじゃ、その代償は少なくない。肉体に掛かる負荷は凄まじく、本来であれば痛みによってショック死するじゃろうな」
「……痛み? そんなの」
過去の俺も現在の黒曜もそんな痛みに苦しんではいなかった。リハビリをしている頃は地獄の痛みだったけれど、その事を言っているのかな。
「痛みというのは身体の異常を知らせる自己防衛のための機能じゃ。時にはそれを迷惑に思う事もあるじゃろうが、なければ確実に困る重要な機能なのじゃ。その痛覚を一時的になくしている状態なのじゃよ」
「えっ」
たった今ないと困る機能だって言ったばかりなのに、それをなくしている状態にしてるってどういう事?
痛みを感じる事が出来ないと怪我した時に気が付く事が出来ず、最悪の場合だとそのまま出血死してしまうかもしれない。
他にも骨折している事に気が付かずに無理してしまい、もはや治療出来ないほどに身体を壊してしまうかもしれない。
言われれば少し考えただけでこれだけ思い付く事が出来た。他にも困る場合は沢山あると思う。
「無論そのままでは危険じゃ。故に無理など絶対に出来ぬようにと、身体の自由も奪っておるのじゃよ」
「それじゃ指一本動かせないのって」
「ダメージ由来のものではありゃせん。心を守るために行なっている痛覚遮断のリスクを減らすためじゃ」
そのままにしておくと治療の反動で激痛に襲われる日々になる。それもショック死してしまうほどの痛みか。
確かに耐えられたとしても精神が、心が削られちゃうだろうね。
痛覚遮断によって地獄の痛みを消し、動けなくする事で無痛状態の危険性を減らしているのか。
「ほへー、主様って色々と考えてるんだねー」
「オヌシと比べればずっとの」
「アハッ、怪我人相手に容赦なーい、ひっどーい。主様の鬼畜ー、ドゥエスー」
主従関係にある二人の会話とは思えないよね。まあ、それはある意味、俺と水花と同じなのかな。
人形や部下としてではなく、一人の人間として接しているんだ。
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