第二十九話 半月ぶりⅡ
六月最初の日曜日。
太陽が世界を照らし始めた時間に、俺と水花は川辺で待っていた。
今日で会うのは最後になるであろう友人の事を。
「イズキ、来るかな?」
「来るよ。あいつは必ず来る」
「……うん。ねえ春護、春護は本気?」
「水花の言いたい事もわかるよ。でも、それはお互い様だから。だから水花も覚悟して」
「——春護の言う通りだわ」
ずっと待っていた声に振り向くと、そこには燃えるような紅蓮の髪に、宝石のような妖しく輝く真紅の瞳。そして真っ赤に染まったロングコートを着ているイズキの姿があった。
「イズキ……」
「良かったわ。どうやら春護は迷いを断ち切ってるみたいね。だけど残念、水花はまだ揺れてるみたいじゃない」
「イズキ、アタシは……」
「まったく、誰の心配をしているのかしら? 安心しなさい、オマエたちじゃアタシを殺すなんて事、絶対に出来ないから」
挑発じゃない。イズキは本気でそう思っているようだった。
それだけ自身の強さに自信があるんだ。
「凄い自信だね」
「いいえ違うわ。運命よ。アタシたちに春護たちが届く事はないの。それが自然の摂理だわ」
「……そっか。それじゃあ、反逆しないとね。運命とやらに」
「ええ、楽しみにしているわ。だけどその前に少し話さないかしら? 春護とは半年前に話したけど、水花とは初めて会った日以来だもの」
「またそのノリするの? 半月前にもやったよね」
さっきまで纏っていた捕食者のような空気を散らし、笑顔で歩み寄るイズキ。
一ヶ月前とは逆だね。あの時は俺から歩み寄ったから。
あの時はイズキが受け入れてくれた。それなら今度は俺の番だ。
丁度良い事に三人でも座れるベンチが端に設置されていた。だけど半月前にもあったっけ? ……まさかとは思うけど、イズキが置いたものだったりするのかな。
まあ、どうでもいいか。
「あら偶然ね。良い感じのベンチがあるじゃない。戦う前に思い出を作りましょう?」
「……そうだね」
イズキの口調がなんというかとてもわざとらしい。これはやってるな。あのベンチを用意したのはこいつだ。……暇なのかな? まあ立ったままより良いけどね。
俺が真ん中に座り、両側に水花とイズキがそれぞれ座った。偶然この光景を見掛けた人からすれば、両手に花のモテ男だと思うだろうね。
まあ、そんな偶然はありえないけど。
「それで思い出作りってどうするの? キスとか?」
「あら、それは確かに嬉しいわね。半月前にフラれたばかりなのにキスして貰えるだなんてラッキーなのかしら?」
「ラッキーなのか? そんな男やめとけ碌な奴じゃないだろ」
「自分で言っておきながら酷いじゃない」
フった後にキスしてくる男なんて絶対に悪い男だ。フったなら手を出さない! 手を出すならちゃんと付き合って爆発しろ!
「……えっ? ど、どういう事?」
「あら、やっぱり話してなかったのね。半月前に告白したのよ、春護の事が大好きだって」
「え、ええ、ええっ!?」
若干色っぽい表情と共にそんな事を言うイズキに、水花は身体が跳ねるほどに驚いていた。まあ、ですよね。
「ははは、春護本当なの!?」
「うん、まあ、そもそも好きって言われただけで、付き合ってとかそういう事は言われてないけどね」
「そういえばそうだったわね。あら? それならフラれた事にもなってないんじゃないかしら?」
「そうだね。俺は返事してないし、イズキが一人で勝手に納得しちゃってたから」
「もしかしてチャンスがあったりするのかしら?」
「どうだろ、試してみたら?」
「だ、ダメだよ!」
俺たちの会話に思わず立ち上がる水花。うん、純粋で良い子だなー。
思わずイズキと顔を見合わせ笑みをこぼすと、何かを勘違いしたのか水花が叫んだ。
「ダメダメダメ! ダメったらダメ! 春護ズレて! アタシが真ん中座る!」
「あらあら、随分と可愛い感じに成長したじゃない。安心しなさい、オマエの相棒を奪うつもりなんてないわ」
俺の身体を押し込んでさっきまで自分が座っていた場所まで移動させると、宣言通り真ん中に座った水花。
そんな彼女の頬を微笑しながら優しく撫でるイズキ。ス水花の表情筋は相変わらず仕事をしていないけど、赤く変化していた。
「あら良い色になったわね。ふふっ、本当に可愛いわ」
「いいい、イズキ!?」
「そこまでだぞイズキ。うちの水花をあまり揶揄うな」
「あら、春護にはそれを言う権利なんてないじゃない。何度もオマエがアタシにやっていた事よ?」
「水花はオマエと違ってまだ純粋なんだよ。そういう揶揄いはよくない」
「ちょっと、アタシだってまだまだ若いのよ? 水花と同じだわ」
「えっ、何処が?」
「オマエ……絶対に後で斬るわ」
「出来るものならやってみろー」
ジト目で斬る宣言をするイズキ。そういえば初めて会った時にも似たような会話をした気がする。
あの時は折角出来た友達だから冗談だって言ってたけど、今回は本気なんだろうね。それでも言える。俺たちは友達だ。
「……そういえば前から気になっていたのよね。春護はどうして力を求めているのかしら」
躊躇い気味だったけれど、イズキはそれを口にした。
魔装科が積極的に魔操科と戦おうとする。普通はそんな事しない。その姿勢は明らかに力を求めている者のそれだ。
「よくある話だよ。大切な人を護るため」
「いいえ、それは嘘よ」
一切躊躇う事なく、確信した様子でそう言い切ったイズキに俺は目を丸くした。
「オマエの性格からしてこの子を護りたい、そういう感情も確かにあるでしょうね。だけどその熱量はそれだけじゃ説明出来ないわ。今なら理解出来るけれど、初めて会った時から春護の瞳には大きな炎が宿っていたわ。つまり過去に何かがあったはずよ」
水花の手を優しく握りながら淡々とした口調で長々と話すイズキ。
瞳の宿る大きな炎か。実際に燃えてるわけじゃないけど、強い意志や覚悟の事なのかな。炎を操るイズキだからこその表現なのかもしれない。
……それとも察しているのかな。
——復讐の炎だって。
「凄いね。多分想像通りかな」
「……そう。その瞳は今まで何度も見てきたわ。北方に居た頃は毎日が戦い。本気の殺意が充満する戦場で剣を振い続けたわ。その中で同じ瞳をしている者も少なくなかったわ。……アタシによって友達や家族を斬られ、復讐を誓った者の瞳よ」
イズキは北方区から中央区に来たと前に言っていた。敵対している国との国境に最も近い区画。
そこにいる多くの戦士は魔獣と戦うのではなく、同じ人間と戦う。……殺し合っているんだ。
イズキの言葉は本当の事なんだろう。
そんな戦場にならきっと大勢いるはずだ。復讐心に呑まれた数多の心が。
「うん、そうだよ。半年と少し前の事なんだけどね。何者かに姉が殺されたんだ」
「……そう」
「それから少しして、妹と共に襲われたんだ。魔族にさ」
「——っ、やっぱりそうだったのね」
「……うん」
ある日突然姉を失い、妹だけは護ってみせると決意したのに、簡単に、あまりにも簡単に妹は、夏実は殺された。
俺自身も重傷を負い、そしてロロコによって救われた。
「家族を殺した魔族への復讐心。それが貪欲に強さを求める理由なのね」
「……うん、そうだよ。何年掛かったとしても必ず見つけ出し、この手で殺してやる。そのためにならなんでもする」
「……そう。強い覚悟だわ。それならアタシとの戦いは必ず糧になるでしょうね」
「そうだね。まあ、負けたら意味ないけど」
イズキは立ち上がると俺たちに振り向く事なく歩き出した。
そんな彼女と言葉を交わしながらもその背を追い掛ける事はなく、水花と共に立ち上がった。
「ふふっ、確かにそうね。ちなみに春護は知ってるの? 仇である魔族の名前を」
「……うん、知ってるよ」
奴は妹を、夏実の心臓を貫いた時に名乗っていた。まるで俺に聞かせるように、嗤いながら。
「魔族=フィドゴレムラン。それが仇の名前だ」
「そう……ふふっ、さて、そろそろ水花も覚悟が出来たかしら?」
「イズキ……アタシは……」
「……そう、残念だわ。まだオマエは中途半端なのね。そんな水花に助言してあげる」
「助言……?」
「そう、助言よ。実戦の、戦場の空気を良く知る者としてオマエに教えてあげる」
言葉を一度切り、目を瞑った状態で振り返った彼女は、目を開けるのと同時に言う。
「——迷いは死の招待状よ」
イズキの全身から凄まじい量の魔力が溢れ出し俺たちへと迫った。それ自体に殺傷力はないけど、そこに込められた本物の殺気に水花の肩が跳ねた。
「二人とも知っているのよね。だけど信じられない、信じたくない。そんな気持ちが全くないわけじゃないわよね。だから口にしてあげる。アタシ自身の言葉で真実というものを教えてあげるわ」
宝石のように赤く輝く彼女の瞳。
思わず見惚れてしまう程に美しいイズキの瞳が、比喩ではなく実際に淡い光を放っていた。
「アタシの名前はイズキ。魔族=フィドゴレムランの娘よ!」
☆ ★ ☆ ★
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます