第二十六話 想い

 五月三十一日。

 イズキと約束した日は目前だ。

 その前に、いやそのためにも俺と水花はとある少女と向かい合っていた。


「さあ、この一ヶ月でどう変わったのか見せてもらいますよ。志季春護、水花」


 彼女の名前は小泉雫。

 これから戦う相手の名前だ。


「ああ、見せてやるよ。こいつが俺の——」

「俺たちの力だ」「アタシたちの力だ」


 さあ、ちゃんと認めさせてやる。

 これが新しい俺たちだ!


   ★ ★ ★ ★


 野外第二訓練場。

 上段となる観覧席は無く、平坦な空間の端を柵で囲っているだけの簡易的な訓練場。その代わり面積は広く、普段ならば多くの騎士候補生が訓練をしている姿があるのだが、今日のこの時間においてのみ、他の訓練者は一人としていなかった。


 理由は生徒会権限の使用。

 副会長、小泉雫によって一時的に封鎖されているからだ。

 彼女が周囲を気にする事なく、そして二人の相手にもまた戦いに集中してもらうために。


 志季春護&水花ペアと小泉雫の模擬戦始まった。その戦いを観戦しているのは三人。

 一人は元々この対戦を見学する事が決まっていた少女、大空常。

 もう一人はそんな少女の隣で驚愕の表情を浮かべている少年、地古白夜だ。


「おい大空。どうなっていやがる」


 開始してすぐに白夜は目を見開きながら口を開いた。その拳は強く握り締められており、目の前の光景に興奮しているようだった。


「あたしに聞かれてもわっかんないよー。でもでも二人が努力したから、そういう事なんじゃないの?」

「努力だと? ざけんな、この光景をただの二文字で表現しやがる気か?」


 誰の話をしているのか、その名前は出ていなかった。それでも常は迷う事なく、それが二人に、春護と水花に向けられている言葉だとわかっていた。

 それは自身もそうだったから。


 白夜は一ヶ月前にあの二人と戦っている。定期テストによる模擬戦という事もあり、最初から全力を、魔操騎士としての力を使う事はなかったものの、それでも食堂で感じた空気から魔装騎士としては全力で戦った。


 いや、戦おうとしていたと言うべきだった。


 相手に反撃の隙を与えない猛攻。手数が多いというのに、一撃一撃はあまりにも重く反撃の隙がない。

 自身とは相性が悪いとすぐに理解出来た。それでも、その力を受け止め続けた。


 理由は一つ。違和感だった。


(こいつの力、明らかに普通じゃねえ。これは……魔装か?)


 前例なんて聞いた事がない。しかし、己の知識がこの世の全てではないだなんて事は、赤子でも理解するべき世界の真理だ。

 己が知らないだけであるかもしれない技術。そうだと仮定した方が納得出来る。


 そんな状況下で彼は笑っていた。

 その先にある現実が目の前の光景だった。


「だってそうとしか言えないじゃーん。あたしは……あの二人なら不思議じゃないって思うよ」

「……テメェ、何か知ってるな?」

「ううん、知らないよ。なーんにも知らない。知らないからこそ……だからこそわかるの。春護君の想いがどれだけ深くて、どれだけ重くて、どれだけ狂っているのか」

「——っ……テメェこそ正気か?」


 常の言葉に思わず本音が溢れる白夜。


「何がー?」

「惚れた男に対する評価として、狂ってるはおかしいだろうが」


 自身の発言がおかしい事に気が付いていない。それを当然の事として受け入れている。そんな彼女に驚愕していた彼の言葉に常は顔を真っ赤に染め上げていた。


「なななっ!? だ、誰が誰の事をそのす、好きだってっ!?」

「……本気でバレていないと思っていやがったのか? 第三者からすれば露骨だぞ」


 ため息と共に呆れ顔をする白夜に、常はピタリと動きを止めた。


「そそそそ、それじゃあ春護君にも気付かれてるって事っ!?」

「今、白状したな」

「あっ……ひ、卑怯者! 謀ったでしょっ!」

「テメェの自爆だ」

「う、うぅー」


 羞恥心が限界を迎え、無意識のうちに頭を抱えて蹲った常に、白哉は再び息を吐いた。


「安心しな、奴は気付いちゃいねえさ。言っただろ、第三者からすればってよ」

「そ、そっか……良かったぁ」


 蹲ったまま顔を上げ笑みを見せた常に、白夜は躊躇う事なく問う。


「で?」

「……何が?」

「テメェから見てあいつは狂ってるんだろ? 何処を見てそう言ったんだ?」


 白夜からすれば当然の問い掛けだった。

 常が春護に対して好意を抱いている事は、それなりに彼女の事を知っている者ならば察する事が出来た。


 その上で言っていた。

 春護は狂っていると。


 好意という色眼鏡があった上で口に出たそれは、大きな意味があるはずだ。そう白夜は解釈していた。


「それは……言えないかな。この狂気は誰にも明かさない」


 そしてそれは事実だったらしい。


「ちっ、まあいい。ただ何かがある事はわかった」

「……やめてよ?」

「俺が何をしようが俺の勝手だ」


 本人に問い正す。

 それが正解に至る最短の道だ。

 実行するかは置いておいて、そんな考えが浮かんだ。

 わかりやすく焦っている常の姿に、白夜は嫌らしくニヤリと笑っていた。


「駄目だよっ!? 絶対に許さないからね!?」

「知るか」

「知ってよ! 絶対に阻止するからね! 絶対に!」

「テメェに俺を止められるのか?」

「……えっ?」


 人を揶揄うような声色から、突然変わった白夜。

 声だけではなく、表情も変わった彼に常は言葉を失っていた。


「気が付いているだろ、あの二人は一つ上のレベルへと到達した。テメェが言っている狂気とやらが関係しているのかは知らんが、あの力をもって成そうとしている事があるはずだ」

「それは……うん」

「大空、テメェはどうするつもりだ?」

「……どうするって?」


 常は質問の意味がわからなかった。

 確かに二人は、春護と水花はこの一ヶ月で別人のように進化した。

 その成果を今、この目で見ている。


 自身はただの観客でしかない。

 どうする事も出来ない事を知っていた。


 そんな少女に経験者は口を開く。


「強さを求めた理由なんて戦いにしかねえ。漠然とした意志で得られる結果じゃねえ以上、奴らは自ら戦いに満ちた世界へと進むはずだ。その時テメェはどうするって聞いてんだ」

「……あたしは……でもあたしなんかじゃ——」

「テメェの恋心とやらはその程度か?」

「えっ?」


 ヒントは与えた。それでも変わらずに迷っている、停滞している友人に白夜は続ける。


「まあ聞け、去年の話だ。とある男が俺の元に来た。そいつは心から愛した人がいると言い、見合う騎士になりたいからと強さを求めていた。テメェと同じ魔装科だってのに魔装人形を使わない変人だった」

「——っ!?」


 あいつだと思った。

 そんな変人は一人しかいないと、常は確信していた。


「そいつは俺に何度も戦いを申し込んだ。何度も何度も、どれだけぶっ倒そうと、決して諦める事なく立ち上がり続け、ついには俺に一太刀を入れやがった」

「……」

「成長速度は速いだろう、だが奴はそれで満足するような奴じゃねえ。愛のためにならどんな困難でも立ち向かえると、むしろ困難であればあるほど良いと言っていた。だから教えてやったんだ」

「……教えた?」


 嫌な予感がした。

 好戦的な笑みを浮かべている白夜は続ける。


「更なる経験を、模擬戦では味わえないリアル。死が隣り合わせの実戦ならば、成長は必ず加速するとな」

「——っ! ……そっか、そういう事だったんだ」

「あん?」


 明らかな反応を見せる常に白夜が疑問符を浮かべると、彼女は淡々とした口調で話した。


「いきなり北方に行くだなんて言うから、不思議だったんだよね」

「……どういう事だ? まさかテメェが」

「ざんーねん、ハズレー。幼馴染なんだ。あたし、春護君、あいつの三人でずっと一緒にいた。なのに突然あいつ……その時にね、色々と合って喧嘩別れみたいな感じになったんだよね。でもそっか……うん、あいつらしいよ」


 ずっと疑問だった。どうしてああなってしまったのか。

 何もわからないから。思い出すと辛いから、自然とその名前すら口にしないようになっていた。

 脈略のない言葉。その理由がここにあった。


「……悪かった」

「へ? 違う違うっ! 別に怒ってるとか恨んでるとか、そういう気持ちはこれっぽっちもないからねっ!? だから謝るなんて地古君らしくない事しないでよっ!? 怖いよ!」


 突然そっぽを向きながら謝罪の言葉を口にした白夜に、常は目を丸くしながら言った。

 ただし余計な事も口にした事で白夜は身体ごと向けて叫んだ。


「ざけんな! 怖がる理由がどこにありやがる!」

「なんでも良いでしょ! あたしがそう感じるからダメなの!」

「……こいつ、はぁー」


 相手が常ではこれ以上は無意味だろう。これまでの経験からその事を察した白夜は諦めると共に深く息を吐いた。


 急激に熱が冷めていく感覚。落ち着いた事で脳が回り、ある事が気になった。


「一つ、気になったんだが……偶然か?」

「何が?」

「志季家の長女、奴の姉が殺された事件との関連性だ」


 白夜の元に中峰輝が訪れたのは約半年前、そして春護の姉、志季冬華が何者かに殺されたのもその頃だ。


 中峰の行動は突然だったと常は言っていた。北行きを勧めたのは自身だが、そもそも彼はある日突然現れたのだ。

 初対面でいきなり戦って欲しいと願った。その最初の行動には理由があったのではないか。それが冬華の死なのではないかと白夜は予測していた。


 常も思う事があるのだろう。白夜の言葉に彼女は続きを促した。


「……どういう事?」

「友人の大切な家族が死んだ。その姿を見てあいつは、中峰輝は焦ったんじゃないのか? 次は自身が同じ痛みを得るかもしれない。恋人を護り通すための力をすぐにでも求めたんじゃねえのか?」

「……あるかも、輝君って結構思い込みが激しいというか……うーん、変人だったもん。あっ、勿論だからといって嫌いとかはないよ、それが輝君の個性だもん」


 指を口元に当てて話す常の言い方に、思わず苦い顔を見せる白夜。


「……テメェ、結構口悪いんだな」

「は、はぁーっ!? 女の子に向かってババア呼びするような人にそんな事言われたくないんですけどっ!?」

「事実だ」

「ちっがう! あたしまだまだピチピチの乙女だもん!」

「ん? なんだ、しょ——」

「——っ!?!? セクハラ死ね!」

「遅え」


 とんでもない単語を口にされそうになり思わず剣を抜いて振うものの、白夜は片手で受け止めていた。


「にょあっ!?」


 真剣を素手で挟み取られ驚いた常は慌てて剣を引こうとするが、バランスを崩して転んでしまっていた。

 

「いったーい」

「黒か、ババアにしては随分とエロいのはいてんだな」

「のみゃっ!? 見るな変態!」


 慌てて足を閉じるものの、既に手遅れだった。顔を真っ赤に染め上げて叫ぶ常に、白夜は冷めた表情で言う。


「テメェが勝手に転けて見せたんだろうが。見たくもねえ汚物をよ」

「おぶっ!? ぐくっ……あたし知ってるんだよ! 人の事をバカにしてるけど、地古君だって童貞じゃん! ロリコンはみんな童貞なんだよ!」

「……テメェ、口が悪いにしても終わってるな」

「終わってないもんっ!」


 立ち上がるなり剣を鞘に戻す事なく、抜き身の剣を振り回しながら叫ぶ常。そんな彼女に白夜は淡々と返してしていた。


 そんな二人の元に近付く足音が三つ。


「二人共何やってるの?」

「えっ、春護君っ!?」


 気まずそうに頬を掻きながら現れたのは春護だった。その隣にはいつも通り水花が立ち並び、その後ろには白夜を睨み付けている小泉の姿があった。


「地古白夜、常ちゃまに何をしたのですか? 返答次第では殺しますよ?」

「パンツを見せられたから文句を言っただけだ」

「「「……えっ?」」」


 目を丸くして常を見る春護たち、そんな視線を受けた彼女は口をパクパクとさせながら混乱した様子で何度も腕を振っていた。


「ちちち、違うんだよ!? 自分から捲り上げたとかじゃなくて、転んじゃっただけなの! 本当にそんな痴女みたいな事してないもん!」

「わかった、わかったから落ち着いて! 危ないからっ!」

「本当だもーんっ!」

「水花っ!」

「んっ」


 小泉から贈ってもらった女子制服を着ている水花は、春護の呼び掛けにその意味を汲み取ると、無詠唱の[鳥]で常の背後へと回っていた。


 そしてそのまま後ろから抱き締めるように拘束していた。


「へぅ、ふみゃ!? すす、水花ちゃん!?」

「落ち着いて常ー。誰も痴女だなんて思ってないよ」

「ほ、本当に?」

「うん。常が痴女だったら女の子はみんな変態って事になるよ?」

「いや、それはおかしいだろ」


 水花の言葉に思わずつっこんでしまう春護。

 なんとなく彼女が言いたかった事はわかるけれど、今の言い方だとだいぶ意味合いが変わる。


「変態は白夜だけで十分でしょ」

「ふざけるなよ春護。俺の何処か変態なんだ」

「ロリコン」

「人の性癖に文句を言ってんじゃねえぞ」

「あっ、認めた」


 否定しないという事はそういう事である。異論は認めない。白夜は変態だという情報が確定した歴史に残る瞬間だった。


「ちっ、それにしてもテメェのバトルは結局どうなったんだ?」

「えっ、見てなかったの?」


 三人の模擬戦を観戦するためにいた筈だというのに、そんな疑問を口にした白夜に驚く春護。

 そんな反応を見て白夜は親指で常を指差しながらため息を一つ。


「こいつの黒——」

「わーわーわーっ! 変態変態変態っ! このセクハラロリコンバカっ! 水花ちゃん離して! あのバカ斬れない!」

「さっきも無駄だっただろ。エロババア」

「くっ」


 素手で防がれた事を思い出し、悔しそうに唸ったすぐ後、名案を閃いたとばかりにニヤリと笑う常。


「いずみん! あのバカに破壊光線っ!」

「常ちゃまからの指示っ!? ダメだとわかっているのですが本能が逆らえそうにありません! さあ、死になさい害虫っ! 【魔操術——】」

「やめろバカ! 常もそういうのダメでしょ!」


 口では何だかんだ言いながらも、生き生きとした表情で杖を構え出した小泉の前に身体を滑り込ませる春護。


「うう、だってぇー」

「白夜は白夜なんだから。まともに相手しちゃダメだって覚えないと」

「おい」

「うるさいよ」

「そっちの件はどうでも良い。それよりも勝敗は結局どうなったんだ?」

「あー、それは——」


 白夜の問い掛けに春護が答えようとすると、そんな彼の肩に手を置く小泉。

 肩から手を離し春護の隣に並んだ彼女は、息を一度吐いた後に口を開いた。


「私の負けですよ」

「えっ、勝った気してないんだけど」

「貴方がなんと言ったとしても私の敗北です。私の魔法を攻略してみせたお二人の勝利ですよ」

「へえ、そいつは驚いた。まさかあのまま突破されたのか?」

「いいえ、水花さんとの素晴らしい連携によってです」


 彼が知っている戦い方とは大きく変化した現在の春護。たったの一ヶ月で小泉を攻略するほどの実力を身に付けた。

 その事実に白夜は、思わず笑みを浮かべていた。


 今度は自身が戦いたいという、好戦的な笑みを。


「ねえねえ、思ったんだけど、なんで三人とも無傷なの?」


 落ち着きを取り戻し水花から開放された常はそんな疑問と共に訓練場へと目を向ける。

 そこにはまるで戦争でもあったかのような傷跡が残されていた。


 三人の戦いによる余波。地面は大きく抉れた場所がいくつもあり、それらが出来る光景を見ていたからこそ、どうして無傷なのか不思議で仕方がなかった。


「私の攻撃は全て躱されてしまいましたからね」

「……うん、見てた」

「俺たちの攻撃は全部防がれたからね」

「……うん、見てた」


 途中まではちゃんと三人の戦いを見ていたからそれは知っている。知っているが、だからこそ再び訓練場へと目を向け、余波の凄まじさを改めて見た。


「三人ともやり過ぎじゃない?」

「「「……」」」


 とても模擬戦とは思えない激しい戦い。途中から常は確信していた。

 三人とも本気だ。相手を殺す気で魔法を発動させていた。


 だから止められなかった。

 それぞれの覚悟に気が付いてしまったからこそ、止められなかった。


 だけど、本音では……。


「常、大丈夫だよ。小泉は凄いやつだから、間違いが起きそうになったら対処してくれてたよ」

「そうですよ常ちゃま。私の実力は常ちゃまが一番良く知っていますよね?」

「……うん、でも。良かった。三人とも無事で良かった」


 静かに涙を流す常を見て、春護と小泉を顔を見合わせるとすぐに動いた。


「常、俺はもう負けないから。だから大丈夫、帰って来るから」

「うん……うん……」


 春護は優しく声を掛けながら少女の頭を撫で、小泉は彼女の事を静かに横から抱き締めていた。


(……あれ?)


 そんな三人の姿を見た水花は胸に違和感を覚え、不思議そうに首を傾げていた。


   ☆ ☆ ☆ ☆

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