第七話 残留思念

 二時間目? サボりました。今日は通常授業に出るつもりなんてありません。ええ、一切ないです。


 イズキと別れた後に訪れたのは食堂だ。

 昼休憩の時間帯は混んでるけど、流石に今は授業中だからね。人は少ない。

 少ないであっていないじゃない。だけどここにいるみんなが俺と同じようにサボりかというと、そうじゃない人も多い。


 俺たち生徒の大半は騎士見習いだけど、中には在学中に騎士となる人もいる。

 そういう人たちは成績で認められるわけじゃなくて、何かしらの明確な実績を残している。


 例えば小さくない事件に巻き込まれるなどして関わり、その解決に大きく貢献していたり、騎士にとって討伐するべき絶対的な敵である魔獣の中でも、その被害の大きさから名前を付けられた大魔獣や、別格である魔族を討伐した時だ。


 在学中の騎士は少ないとはいえ任務を与えられる事がある。この時間帯にいるのは夜勤帰りの騎士だろうね。

 疲れてるんだろう。あからさまに元気がない。ここでお腹を満たし、帰ったらゆっくり休んで欲しい。


「在学騎士に夜勤を振るとか、上官鬼だね」

「春護?」

「ごめん、独り言」


 騎士と認められた時点で授業は全て任意になる。だから上官としては問題ないと思っているんだろうけど、せめて卒業するまでは配慮して欲しいと思うのはわがままかな。


 将来俺の上官になるのはどんな人だろう。

 ……今、脳裏に銀髪のちっこいやつが見えたけど……気にしないでおこう。


「水花は何か食べる?」

「春護? アタシは魔装人形だよ?」

「あっ、忘れてた。……なんてね、ロロコから聞いてるよ。食べれるんでしょ? 味覚もあるとか」

「……うん。でも——」

「お金は気にしなくて良いよ。修行期間に荒稼ぎしたからさ」


 あまり人に言うべき事じゃないと思うけど、俺結構お金持ってます。

 身体が治ってからはロロコ経由で魔獣討伐の依頼を受けまくったからね。


 一度死に掛けた。その事実は俺の心に深い影を生み出した。

 もうあんな思いはしたくない。そのためには強くならないといけない。

 強くなるには実戦経験を積むしかない。そう考えた俺はロロコに頼み込み、騎士見習いとしてではなく偽名で登録した身分で魔獣と戦い続けた。


 一定の給料を貰い、上官から言い渡された任務を仕事とするのが騎士だ。

 対して自警団を起源とした討伐隊バオゼンは民間から魔獣討伐などの依頼を受けまとめ、登録している隊員が自らその中から選ぶ形になっている。

 達成条件を満たす事であらかじめ提示されていた報酬を受け取る事が出来るんだけど、修行のために受けまくってたら……しばらく働かなくて良いかなってくらいの貯金が出来たんだ。


 ちなみにそうだね。水花と合わせて二人分だとしても、一年くらいは平気かな?


 修行になってお金も貯まる。不謹慎だとは思うけど討伐隊は俺にとってあまりにも都合が良かった。

 しかも、そうして磨き上げた力を今日、実技テストで活かす事も出来るんだから。


「それじゃあ、食べます」

「何が良い? 色々あるよ」

「んー、悩む」


 メニュー表と睨めっこをしている水花。

 彼女の事を知らない第三者からすれば、無表情のままメニューを見つめ続ける姿はちょっと怖いかもしれない。


 だけど俺からすればただ真剣に悩んでいる女の子にしか見えなかった。

 クールビューティとは少し違うけど、それも水花の個性だ。いつかは笑顔を見たいとも思うけど、焦る必要なんてないもんね。


「俺は軽く……」

「……お腹鳴った」

「お黙りなさい」

「……はーぃ」


 しっかり朝食も食べているし、昼食には早いから軽く済ませようと言葉にしようとした途端、俺の腹が不満そうに唸っていた。


 水花は無表情のままだけど、ちょっとだけ口調が楽しそうに聞こえたのは気のせいじゃないね。


 各々が選んだメニューを注文すると数字の書かれた引換券を渡された。

 魔光掲示板にこの数字が表示されたら取りに行く形だ。


 ……少し時間が出来たな。


「不思議なんだけど、水花って俺に敵意ないよね。なんで?」


 ずっと不思議だったんだ。

 配慮に欠けるとも思ったけど、水花の態度がもし演技だった場合、早くにやめさせるべきだと思ったんだ。


 恨んでいるなら恨んでいると、俺は水花の想いを受け止めるつもりだった。


「敵意? どうしてですか?」


 無表情のまま首を傾げる水花。

 その反応に俺が言葉を失っていると、彼女は続けた。


「アタシが春護に敵意を向ける理由なんてないですよ?」

「いや、だって初対面の時に殺し合ったじゃん?」

「……一方的に負けた気がしますけど?」


 あれ、ちょっと不機嫌そう。

 それはまあ置いておいて、どちらにせよ水花からすれば俺は敵だった存在だ。

 一緒に行動する事になったからといって、ここまで敵意を感じられないのは……流石に不思議なんだよね。


 そんな事を思っていると彼女は続けた。


「それにその件は春護の事を侵入者だと思っていたからです。それが誤解だとわかり、説明を受けた以上敵意なんてあるわけないじゃないですか」

「……そういうものか?」

「そういうものです」


 そう……かな?

 勘違いとはいえ相手はその事を知った上で言わずに戦い、終わったかと思えばこいつこそマスターだと言われる。


 それって例えるなら、恩人を危険に晒さないために命をかけて戦ったのに、それは茶番で襲撃者はお前のご主人様だからこれからは従えって事になるよね。


 俺なら発狂すると思うけど?


 共感出来なくて困惑している俺に、水花は迷っているかのような声で言い始めた。


「……でも、そうですね。あの時、春護を見つけた時に思ったんです。アタシの中で何かが蠢く、そんな感覚がありました。それは……戦いたくないって気持ちです」

「戦いたくない?」

「覚えてますよね。あの時、アタシは春護の前に姿を現し、警告しました。ここから去れと」

「うん、覚えてる」


 あの時、気配も殺気も俺に悟らせる事なく、ゆっくりと水花は現れた。


 ……あれ?


「気が付きましたか? 本来なら姿を現す事なく、声を掛ける事もなく殺すべきでした。春護は制服を着ていたので、ここが侵入禁止領域だって知っていると確信していました。その上で入って来るなんてアタシたちにとって敵でしかないですから」


 確かにそうだ。もしもあの時俺を殺す事を優先していたなら、無言のまま不意打ちするべきだ。

 だけど、水花はそうしなかった。


「アタシ自身不思議だったんですよ。どうしてあんな行動をしちゃったのか。でも、確信出来ました」


 水花は無表情のまま、柔らかい口調で言う。


「この身体に残されたマーレの意志がそうさせたんですよ。春護は敵ではなく、マスターなんだって」

「——っ!?」


 前世の記憶が身体に? そんな事……ありえるのか?

 だけど、これは水花自身の言葉だ。それなら、それなら本当に?


 ——そこにいるのか?


「あっ、呼ばれましたよ春護」

「……」

「春護?」

「あっ、ごめん。行こっか」


 魔光掲示板に引換券の数字が表示され立ち上がった。


 そうだ。考えても答えは出ない。

 それに前世が誰だとしても、水花は水花なんだ。それは絶対に変わらない現実なんだから。


「「いたただきます」」


 俺が選んだのはハムカツ定食だ。

 薄いハムを溶き卵に潜らせ、パン粉をまぶしてから油で一気に揚げる。

 ハムは元々そのまま食べられるからね。衣が綺麗なきつね色になれば完成だ。


 ハム四枚分のカツに千切りキャベツとブロッコリーが添えられ、わかめと豆腐の入ったお味噌汁に大盛りごはん。

 大盛りにした覚えはないんだけど、サービスかな? ……うん、頑張ろう。


 水花のチョイスはベーコンエッグ定食だ。

 メニューとしては昼食より朝食寄りだと思うけれど、これもやっぱり安定して美味しいよね。


 ベーコンはカリッと焼かれていて、目玉焼きは見たところ半熟っぽいかな?

 ごはんの量は俺のと比べれば明らかに少ない。というか盛り方からして水花のが普通盛りじゃないかな?

 スープはコンソメだ。具沢山で美味しそうだね。


 まずは野菜から食べるべきらしいけど、俺の口は肉を求めている。

 練りからしをハムカツにつけ、別添えのソースに潜らせてから一口。

 サクッとした心地良い音と共に、ハムの旨味が口の中に広がった。


 ベーコンと比べると脂身が少なくて淡白な味だけど、だからこそ揚げ物にする事によってその味は格段に進化する。


 さて、次はキャベツをっと……あれ、水花が固まってる? 戸惑っているように見えた。


「どうかした?」

「春護このスープ、チキンが入ってます」

「ん? そうだね」


 複数の野菜と鶏肉が入ったスープ。気になる事は別にないと思うけど、どうしたんだ?


「ロロコの所って魚料理ばっかりだったろ? ベーコンエッグとか新鮮じゃないか?」

「そうですね。でもお魚も好きですよ? 最初は骨の処理が面倒だったけど……今もかな、それにホッケとか匂いは少し独特だけど好きです」

「わかる。初めて出された時は臭いって思ったけど、慣れるとただただ美味いよね」

「わかります。あとはカツオのお刺身も好きですね。切った玉ねぎに巻いて食べると美味しいですよね」


 水花って結構食べるの好きみたいだね。なのに最初は食べないだなんて言うって事は、遠慮するのが癖になってるのかな。

 これはあれですねぇ。ロロコと話すべき事が増えましたねぇ。


 授業をサボって早めの昼食を取っていると、食堂の入り口に強い気配を感じた。


 ——あいつ、魔力を抑えてない。自己中か?


 魔力を使う者のほとんどは他人の魔力を肌で感じ取る事が出来る。

 だから日常では魔力を抑え込むのが常識だ。


 だけどあいつはそれをしていない。

 素の状態で魔力を垂れ流しているようだ。


「春護」

「気にしなくて良いよ。関わる方が面倒」

「……わかりました」


 それにしても凄い魔力量だ。

 これはまさか意図的に魔力を多く放出しているのか? いや、そんな事をする意味なんてない。

 ただ垂れ流しにしているだけなら消費と回復が釣り合うから問題ないけど、意図的に放出していたら威圧以外の意味はない。


 強者が弱者を従える時に行う圧だ。


「おい、てめぇは騎士じゃねえな。何者だ?」


 出来るだけ気にしないようにして食事を続けていると気配が近付いて来た。そしてそんな言葉を掛けられてしまった。


 ……ええー、なんでこうなるかな。

 関わりたくなかったけど、こうなったら仕方がないよね。丁度二人とも食べ終わっているし、顔を上げた。


 体格に恵まれた金髪をオールバックにした男子生徒。

 背も高くて、顔も良い。一見は細いように見えるけど、こりゃ筋肉の塊だね。

 イケメン細マッチョの自我強系って奴? うわっ、無理、殺したい。殺さないけど。


「お前こそ誰だよ。確かにお前と比べたらチビだけど、どっからどう見ても男だろ。ナンパするならよそにしな」

「……ほう。それならそこの小娘、俺と——」

「殺すぞ?」


 抑え込んでいた魔力を解放し、殺気を込めて男に向けて叩き付けた。


 ただ垂れ流しにしているんじゃない。意図的に魔力をぶつけている。ただの魔力じゃ殺傷能力はないけど、威圧には十分だ。


 だけど、どうやらこの男が相手じゃ逆効果だったみたいだ。


「面白いじゃねえか」

「……はぁ、それで結局お前は何者?」

「てめぇと同じだ」

「なんだ、ただのサボり魔か」

「——っガハハッ! いいだろう。特別に俺から名乗ってやる」


 随分と偉そうな奴だな。双石指輪を着けてるるって事は魔装騎士みたいだけど、背負っているのは大剣。パワータイプか。

 そのサイズを自在に振うなら見栄えの良い騎士らしい騎士だね。


「俺の名は地古白夜ちこびゃくや。てめぇも名乗れ」

「俺は志季春護だ」

「——っ、志季、そうか。死んだと聞いていたがなるほどな。ククッ、そりゃ楽しみだ」

「はっ?」


 肉食獣のような獰猛な笑みと共にそう言い残し、一体何をしに来たのかわからないけどそのまま食堂から立ち去って行った。


「……あいつ、何しに来たんだ?」


 食堂に来てした事、俺にちょっかいを掛ける。以上……何故?


「春護。周りを見て下さい」

「ん?」


 水花に言われて見渡してみたけれど、特に変わった事はないと思うんだけど……おや?

 これってもしかしてそういう事なのかな。


「みんな怯えてる?」

「おそらくさっきの野蛮人の影響です。凄まじい魔力量でしたので」

「……あー、そっか」


 さっきの男、地古だったっけ。

 確かに垂れ流してた魔力の量はそこらへんの騎士見習いが出力を強めている時と同等……いや、それ以上だったかもしれないからね。


 そっか。みんなあの魔力圧に当てられて震えているんだ。そんな空間の中で一組だけ平然としている俺と水花。……なるほど、理解。


「春護って自覚とかないんですか?」

「えっ、なんの?」

「自身の強さについてです」

「……どう、なのかな」


 強くなるために努力は続けて来たつもりだ。

 だけど、今まで経験を積んで来たのは知性の低い魔獣ばかりだ。


 確かに個体としては強いけれど、俺は本当に強くなれたのかな。

 次は……勝てるのかな。


「……むぅ」

「ん?」


 無表情のまま頬を膨らませる水花。そんな感情表現もあるんだ。

 ……拗ねてる?


「アタシは負けました。魔装人形としてのプライドはズタズタです」

「えっ、それは……その……」

「自分で言っても信憑性ないですけど、少女隊のみんなと訓練してそれなりの実力はあるはずなんですよ? そんなアタシを一方的に倒したわけですし、もっと自信を持ってください」


 水花は目覚めて一ヶ月って言ってたっけ。

 魔装人形である水花は俺と違ってリハビリがいらない。目覚めてすぐに訓練出来るだろう。

 少女隊のレベルは高い。その強さは何度か模擬戦をしたから知ってる。


 普通に考えたらたったの一ヶ月だ。だけど相手が少女隊、それも水花の立場なら良い環境で鍛えられたはずだ。


 この違和感はなんだ?

 あの時の水花は……あっ。


「水花はもっと強いはずだよ」

「……えっ、煽りですか?」

「違うよ。俺はまだ水花の全力を知らないから」

「やっぱり煽りじゃないですか。アタシはあの時——」

「焦ってただろ?」

「——っ!」


 ピタリと動きが止まる水花。やっぱり心当たりがあるみたいだな。


「あの時の水花は迷ってたし、焦ってた。本来の実力が出せないのは当然でしょ?」

「……それは」


 迷いはさっき話してくれた事だ。俺と戦いたくないというマーレの意志。


 焦りに関しては俺の想像になるけど、多分あの出会いはロロコに仕込まれている。

 いや、多分じゃなくて絶対そうだ。そうじゃなきゃあまりにも不自然な事が多い。


 一つ目は黒曜からの連絡がなかった事。いや、多分俺が来たって事は伝えられたと思うけど、その事を水花が知らなかった事がおかしい。


 その上で別邸の中に待機していた水花。

 俺は今日が約束の日だって知っているわけだし、明らかに作為的だ。


 さらに別邸は少女隊の住居でもある。そんな場所の中庭で戦闘音が聞こえたら、普通は様子を確認するはずだ。

 水花と戦っているのが俺だったから放置した? それは十分あり得る話だけど、水花からすればわけがわからないはずだ。


 訓練ではなく突然の実戦。戦っていれば仲間たちが応援に来てくれると思っていたのにその気配はない。

 混乱は思考力を低下させ、自分がやらなければロロコに危険が迫ると焦ってしまう。


 確実に俺を殺すために暗殺技。反撃を受けて取ったのは暴走出力による自傷攻撃。


 今思えばあの時の水花は、自分が殺さなければという焦りが戦い方に表れていたんだ。


「水花の全力を俺は知らない。もしかすると水花自身も把握出来てないかもしれないね」

「それは……そうかもしれません」


 水花は生後一ヶ月みたいなもんだ。

 赤ちゃんじゃないから俺の経験、どっちにせよ生後一ヶ月の記憶なんてないけど、まだまだ水花は自分の事も把握しきれていないはずだ。


 だけどロロコは今日俺と会わせると言った。

 ここから先は俺と共にいる必要があるって判断なんだろうね。

 魔装騎士は魔装使いと魔装騎士が揃ってこそその真価を発揮するんだから。


「水花。テストまでまだ時間があるし、帰るぞ」

「わかりました。……えっ、帰る?」

「正確にはロロコのところにだ。色々と聞きたい事がある」


 あいつなら地古の事も知ってるだろうし、あの意味深な言葉。知っておいた方が良いはずだ。


 他にも言いたい事があるしな。

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