第六話 魔装と魔操
中央魔操学院では普通科の一般学校と同じように国語や数学、歴史などの一般学問を生徒たちに教えているけれど、重要視されているのは魔操学院だからこその選択科目だ。
特別選択科目は二つあって、一つは俺が所属している
もう一つは小泉が所属している
「魔力を使わない専門学校なら学部ごとにクラス分けをする事が多いらしいけど、ここじゃ関係なく五組に振り分けられてる。去年は小泉と同じクラスだったしね」
「小泉……さっきのパツキンですか?」
「パツキンって……まあ、その通り。魔力放出で察したかもだけど、あいつは魔操科の中でもトップクラスの実力者だよ。今の水花じゃ勝てないだろうね」
「……むう」
表情を一切変える事なく、声だけ不満そう。これはどっちだろう? 本心? それとも演出?
どちらかといえば、いや確信したこれは本心だね。俺に勝てないって断言されて拗ねてるねんだ。
「拗ねるな。そもそも水花と小泉じゃ土俵が違うだろ?」
「……アタシが魔装人形だからですか?」
「そうだよ」
一切の躊躇なく出て来た言葉に隣を歩いていた水花が足を止めた。数歩先で俺も同じように立ち止まって彼女に振り向いた。
「どうかした?」
「……いえ、なんでもないです」
なんでもない? とてもそんな風には見えなかった。表情は変わらないけど、瞳が揺れている……そんな気がした。
そんな水花に歩み寄り、俺は微笑みながら声を掛ける。
「水花は魔装人形だよ。だから水花が戦う時には俺も一緒にいる」
「えっ?」
「俺は魔装騎士で水花は魔装人形。水花一人じゃ勝てなくても、俺たちは二人で一つだ。力を合わせれば勝てない相手なんていないよ」
「そう、ですね」
俺みたいな
もっと根本的に違うんだ。
魔力を原動力にして発動される魔法には、術式という中継地点がある。
魔力がそのまま魔法として発動するんじゃなくて、用意した術式に魔力を注ぎ込み、満たした上で起動する事によって魔法はようやく発動する。
魔力は食材。術式は調理工程。魔法は完成した料理みたいなもんだ。
この調理工程の部分が魔装と魔操の大きな違いなんだ。
魔装騎士が魔法を使う際に頼っている魔装人形は、その名前の通り魔装が組み込まれている。
魔装とは物質に直接術式を刻む事により、魔力の入力と起動の二つだけで魔法を発動出来るようにと開発された武器だ。
魔装を使えるようになるには自身の魔力の自覚、活性、放出、操作、起動の五段階が必要になるけれど、もっとも難しい部分である操作の精度が必要最低限で良いため、魔力の自覚さえ出来るようになれば魔装使いには簡単になる事が出来る。だけど実際のところ魔装使いはそこまで多くない。
理由は魔装、一般的には魔装具と呼ばれるそれが消耗品だからだ。
使えば使うだけ魔力を流した術式の刻印から傷付き、いずれは全体が壊れてしまう。
そして術式の刻印は専門の技師が必要になるため、量産する事が出来ない。
量産する事が出来ないため、魔装具は高価なんだ。
高いのに消耗品。そんなものを武器にして戦うなんて経済的に辛い。
だけど魔装具の利便性は高い。そのため対策として作り出されたのが魔装人形だ。
多くの魔装具は使用者たちの需要に応えるため小型化しているものが多いけれど、それこそ消耗を早める要因の一つになっているんだ。
術式の刻印を職人の技術によりこと細かく刻み込む事によって小型化を可能にしているけれど、その反面小さな範囲に掛かる負荷が強くなってしまうため、消耗速度が加速してしまうんだ。
小泉の手首にあったのは魔装具の中でも小型化を極め、その結果使用限界回数が一度というとんでもない事になっている。
小型化する事で使用回数が減るのなら、大型化し、刻印の面積を広げる事によって負荷を小さくすれば良いって事だ。
しかしただ大型化してしまえば取り回しが悪くなり、武器としては中途半端な性能にしかならない。ならばいっその事、魔装具そのものが動くようになれば良いって事で開発されたのが人型の自力機動魔装具、魔装人形だ。
ある意味俺たち魔装騎士は魔装使いの発展系みたいなものだね。魔装人形という魔装具と共に戦う騎士だ。
だけど魔操騎士は根本的に違う。
魔操騎士は魔装具を使わない。小泉は魔装具も持っていたみたいだけど、実戦で彼女が使うのは宝石が埋め込まれた杖だ。
おさらいになるけど、魔法の発動に必要なのは魔力、術式、起動の三段階。魔装騎士は術式部分を魔装具によって用意するけど、魔操騎士は杖によって術式を自ら空中に構築する。
杖を媒体にして己の魔力を圧縮し放出、魔力を精密にコントロールする事によって、その場その場で必要な術式を自らの圧縮魔力によって構築し、発動に必要な魔力を満たして起動する。
正直な話、魔装騎士からすれば魔操騎士が当然のようにやっているそれは、あまりにもレベルが高過ぎる。
言ってしまえば魔装騎士は専門家が既に調理した完成品を、ただ温めて出しているに過ぎない。対して魔操騎士は、その場で求められた調理を行い、出来立て熱々をそのまま出しているんだ。
魔操学院が学部でクラスを分けないのは、正確には出来ないからだ。
学院の名前にすらなっている魔操の道を歩んでいる生徒は全体の一割にも満たない。そう、小泉たち魔操科は魔法使いの中でも数少ないエリートなんだ。
だけど悲観的になる必要なんてない。魔操騎士は魔装騎士と比べて全ての面で優れているわけじゃない。魔装騎士にしかない利点だってあるんだ。
でもまあ、それについてはまたそのうちの機会で良いかな。
俺自身も久しぶりだから少しだけ懐かしく思いながら水花に校舎を案内していると、鐘の音が聞こえた。
どうやら一時間目が終わったみたいだ。という事は生徒たちが出て来るね。
「あら、春護じゃない!」
聞き覚えのある声に身体を向けると、そこには随分と目立つ赤髪の少女、玩具の化身たるイズキの姿があった。
「今朝振りだね。どう、友達出来た?」
「春護がいるわ」
そう言ってニヤリと笑うイズキ。
揶揄ったつもりだったけど、カウンターを受けちゃったかな。こうも正面から言われると流石に照れる。
「ところでそっちの可愛い子は誰かしら? あっ、春護のこれ?」
イズキがニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべながらピンと小指を立てて来たので、俺はすかさず彼女の小指を握り締めた。
そして軽く、えいっ。
「痛っ! ななな、何するのよ!」
「ダメだよ。この国はいろんな文化が混ざってるんだから。俺は平気だけど、人によっては変な意味に捉えられちゃうよ」
「そ、そうなの? ごめんなさい、知らなかったわ」
どういう経緯があるのかは知らないけど、この国では色んな文化が混ざってる。
水花が今着ている服だってまさに混ざった文化の一つだけど、ロロコや少女隊が普段から着ている着物だって古い和の文化らしい。いつかそんな事を言われた覚えがある。
古い和って何? そう思いました。
歴史の授業でも語られるのはこの国と周辺諸国くらいで、それよりも外側や太古の時代について触れる事はない。
混ざった文化の中でわかりやすいのはイズキがやってみせたようなハンドジェスチャーかな。あっ、それから言語もそうだね。混ざり合って、作られて、狂って、今がある。
ふとした時に不思議な感覚になるけれど、普段は何も思わない。ごく普通に混ざった言葉を口にしていた。
「ね、ねえ。ちなみに聞いておくけど春護にとってはどういう意味になるのかしら?」
「私は貴方を愛していますって意味だよ。まさか出会ったその日にそんな事を言われるなんて思ってなかったよ。イズキの事は魅力的な女の子だと思うけど、ごめんね。もっとお互いの事を知ってからにしようか」
「なななっ! 知らなかったのよ! まさかそんな意味だとは思わなかったわよ!」
「うん。嘘だからね」
「春護っ!?」
ダメだ。やっぱり癖になってる。イズキの事を揶揄うのはどうしてこんなにも楽しいんだろう。
普段ならまず言わないような言葉がこんなにもすらすら出てくるなんて、イズキの才能は本当に凄いよ。
えっ、遠慮? する気にならない。選択肢そのもの強めに却下します。
「それじゃあイズキ、改めて紹介するね。この娘は水花。俺の相棒だよ」
「相棒? ……それじゃあやっぱりそうなんじゃない」
口を尖らせながらジト目を向けて来るイズキ。また揶揄われたと思ってるのかな。
「恋人って意味の相棒じゃないよ。聞いた事ないかな、ロリ天モデルって」
「ロリ天モデル? ……なんだか危険な香りのする響きね。……あら? オマエ知ってたんじゃないっ小指の意味!」
困惑顔を見せたかと思えば一瞬だけ疑問符を浮べ、すぐに叫び出すイズキ。
こんな一瞬で三つの表情を作り出すだなんて、なんて優秀な表情筋だ。。
「そっか、イズキはロリ天モデルの事知らないんだ。遅れてるね」
「アタシの声聞こえてるわよね? スルーなんてさせないわよ!?」
「知ってる知ってる。イズキが知ってる事くらいならなんでも知ってるよ」
「それは言い過ぎじゃないかしら!?」
「そうかも、ごめんね」
両手を合わせて謝ると、イズキはワナワナと指を暴れさせていた。
「コイツ……コイツだけはいつか絶対にこの手で殺してやるわ。ふふ、ふふふっ」
「わー怖い。殺人予告されちゃった」
「その棒読みやめなさいよ!」
本当に良い反応をしてくれるね。それにしてもこれだけ叫んでるのに、一切呼吸が乱れてない。体力も凄い。あれれ、もしかすると騎士見習いとして優秀だったりするのか?
「はあー、オマエと話してると疲れるわ」
「疲れてるようには見えないけどね」
「そりゃ当然よ。アタシは優秀な魔操騎士ですもの」
「見習いだけどね」
「うぐっ、でも本職にも劣らない実力があると自負してるわ!」
そう言ってイズキは確かに主張している胸を張った。詳しくないけど……Cくらいかな。いや、何の事か全くわからないけど。
一応言っておくと悪いのは黒曜だ。あいつの良くない教育のせいなんだ。……割と、いやロロコの方が悪いか?
あいつ、自分が女だからといってそういう発言を頻繁にするからな。今頃少女隊の面々はセクハラ発言に耐えているだろうね。
いや、ロロコも出勤時間か……あれ? 屋敷で治療してた頃、いつでも屋敷内にいたような……なんで?
まあいいや。それよりもイズキって魔装科じゃなくて、魔操科だったんだ。剣を持ってるからこっち側だと思ったのに。でも、それを言うなら俺も逆か。魔装科なのに帯剣してないからね。
「それで? 結局その子は何なのよ」
「魔装人形だよ」
「……へ?」
問い掛けに釣られて意識を内側から外側へと移すと、なんでもない事のように答えた。
イズキが呆気に取られている間に水花へアイコンタクトをし、挨拶するように促した。
「初めまして、アタシは水花。春護所有の魔装人形です」
「なっ、ななな、どういう事よ!?」
お辞儀をした水花を指差し、目に見えて動揺しているイズキ。
そういえば転校生だっけ。ロロコが住んでいる事もあって、中央区じゃロリ天モデルは魔装騎士関係じゃなくても認知されてるけど、他の地区はそうじゃないのかな。
そもそもロリ天モデルって非売品だしね。四方区まで知られているわけがないか。
仮に噂があったとしても冗談にしか思われないだろうし。
「水花は新しい魔装人形なんだよ。自らの意志を持って言葉を話す。生きた魔装人形だ」
「生きた魔装人形……そうね、とても道具には見えないわ。アタシはイズキ、春護の友人よ。水花、アタシと友達になってくれないかしら?」
優しい笑みを浮べ手を差し出すイズキ。そんな手を水花は少しだけ悩んだ後に握り締めた。
「はい、よろしくお願いします」
そんな二人の姿に思わず微笑んでいると、見てしまった。
「ふふふっ、これで友達が二人も出来たわ。初日から友達が二人も……ふふっ、もう万年ぼっちだなんて誰にも言わせないわ」
「「……」」
無言のまま水花と目が合った。
何というか……こういうところなんだろうなー。面白いやつだし今更見捨てる気なんて全くないけど、イズキ……残念な子だなー。
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