第五話 心を宿した人形
人形技師ロロコ。
容姿は幼いもののいくつもの修羅場を経験した英雄であり、残してきた功績は数多い。
その中の一つが新型魔装人形の発明だ。
今までの魔装人形は
双石は特殊な性質を有しており、二つに割ったとしても目に見えない繋がりがあるという珍しい性質を有していたんだ。
この性質を活かす事によって加工した二つを繋ぎ合わせる事によって、指輪を通して魔核へと意志を伝え、人形を制御する事を可能にしていた。
双石から作られた指輪はシンプルに
更にその性質を応用する事によって、普段は魔装人形を指輪の内部に格納出来るという機能だってある。
それが今までの魔装人形だった。
しかし、ロロコは今までの常識を破壊した。
全てを自ら判断する完全自律機能。魔力すら魔核に込める必要なく、自己補完するという訳のわからない超技術。
双石指輪を使わないため意志が直接伝わる事はないけれど、その代わりに言葉を話す事による意思疎通能力の向上と、経験を記憶する事によって成長し続けてくれる。
その上でマスターとして認定された者の命令は絶対だ。
勿論それらによるマイナスだってあるらしい。だけどそんな事は俺にとってどうでも良かった。
そんなものが気にならないくらい。俺にとってはプラスだったんだ。
「水花。これからは俺と暮らす事になるわけだけど、ロロコと会えなくなるわけじゃないからな?」
ロロコから引き取った水花と共に山道を降りていると、彼女から僅かに寂しそうな空気を感じた。
「相談してくれれば一人でも遊びに行って良いって言う事もあるだろうし、まあしばらくの間は親睦を深めるためにも一緒に居て欲しいけどさ」
「……本当にいいんですか?」
「うん。水花にとってロロコは家族みたいなものなんだから、いいに決まってるじゃん」
「……アタシは魔装人形ですよ?」
魔装人形は道具だ。人形であって人間じゃない。だから魔装人形のために自由にさせるだなんて本来ならありえない。
だけど、その意志そのものが証明なんだ。
「でも水花には明確な意志があるだろ?」
「それは……」
水花は今までの魔装人形とは違う。言葉を話し、自ら思考する。そこには確かに個が存在しているんだ。
「水花は今迷ってるでしょ? 疑問がある。罪悪感もあるのかな。そんなお前の事をただの道具だと割り切るなんて、俺には出来ないよ」
マスター権限によって命令を強制する事は出来ると思う。だけど出来ればそれもしたくないと思ってる。
水花には、水花として生きて欲しいんだ。
「難しいかもしれないけど、ロロコだってそうだったんじゃないか? あいつはお前の事を人形扱いしなかっただろ?」
「……そうですね。とてもお世話になりました。マスター春護様のお許しがもらえるなら、いつかお礼をしたいです」
「その時は二人でだな。尊敬はしてないし、人として色々とダメだけど……それでもやっぱり俺にとっては恩人だからな」
それでも後で文句は言うつもりだけどね。たっぷりと、そりゃあネチネチと。
おっと、その時の事を考えると怒りが込み上げてくるからもうやめよう。
「今日会った俺に言われても困るだろうけど、俺は水花と家族になりたいんだ。戦うための道具としてじゃない。共に戦う相棒であり、お互いを支える関係……なんて言ったら重いか」
「確かに初日でそれは重いです。でも、納得しました」
相変わらず表情は変わらないけど、少しだけ声が明るくなったかな?
少しくらいは心を開いてくれたって事だよね。その事に嬉しく思っていると水花はそれを口にした。
「アタシの前世、マーレは大切にされていたみたいですね」
「……うん、そうだね」
水花はゼロから作られた魔装人形じゃない。
元々は俺の相棒だった魔装人形マーレだ。
バラバラに破壊されたマーレを一流の人形技師であるロロコが修復し、最新の技術を組み込まれたのが水花だ。
マーレだった頃には意志が、己がなかったけど水花は違う。生まれ変わった事によって意志が生まれ、己が確立し、心を得たんだ。
水花という意識は水花から始まっている。だからマーレの事を前世だって表現したんだろうね。
「そういえばマスター春護様」
「その前に良いかな水花。ずっと思ってたんだけど、マスターって付けなくて良いからね? 様もいらないし、普通に春護って呼んでよ」
「丁度良かった。無関係じゃないですから」
ん? どういう事だ?
「アタシはこれからマスター春護様と共に暮らすんですよね?」
「ああ、そうだぞ。当たり前だろ?」
俺は魔装騎士見習いで、水花は俺が所有している魔装人形って扱いになる。となれば一緒に暮らすのは当然の事だ。
「その、こうして一緒に歩いている時点で知っていると思ったんですけど、知っていますよね?」
「何の事?」
「アタシは指輪を使わない魔装人形です。それはつまり、格納出来ないって事ですよ?」
「そうだね?」
双石指輪によって深い繋がりがある本来の魔装人形は、その身体を圧縮して指輪内部に格納する事が出来るけど、ロロコによって生み出された新型魔装人形はそれが出来ない。
その事は知っているけど、どうしたんだ?
水花の意図がわからず疑問符を浮かべていると、彼女は続けた。
「マスター春護様? これからアタシたちは一緒に暮らすんですよね?」
「えっ、そうだよ?」
そのやり取りついさっきしたよね?
どうしてもう一度……それが重要って事か?
「マスター春護様……アタシは魔装人形です。その事はアタシたちにとって分かりきった事ですけど、他の人たちからすればどうですか?」
「他の人?」
「マスター春護様は男子寮に住んでいますよね?」
「そうだけど……あっ」
漸く水花の言いたい事がわかった。
俺が住んでいるのは水花が言ったように男子寮だ。
その手続きはロロコがしたからあいつから聞いたのか? いや、俺について説明はしてないみたいだったし違うか。まあそれはいい。
重要なのは男子寮だって事だ。
今までの魔装人形は魔装人形の意志一つで対となる指輪に格納する事が出来る。だけど水花はロロコによって修復、改造された魔装人形だ。
ロロコが生み出した意志を持つ新しい魔装人形は、口コミでいつの間にかロリ天モデルと呼ばれるようになっているけど、重要なのは意志を持っている事と、格納出来ないって事だ。
「確かに……まずいか」
魔装人形の容姿は元々人間と変わらない。一つあるとすれば全てが女性の姿であり、容姿が整っているって事くらいだ。
つまり、一目見ただけじゃ可愛い女の子がいるって認識になる。
年上好きには刺さらないと思うけど、水花は可愛いからね。
……やば、面倒な事になるかも。
「男子寮に女子が入るのは校則違反です。もしかするとアタシの事をダシにしてマスター春護様の事を避難する人もいるかもしれません。それを防ぐためにもアタシは春護の事をマスター春護様と呼ぼうと思います」
そっか。そういう事か。
漸く水花が言おうとしている事がわかった。
「俺の事をマスターって呼ぶ事で、魔装人形だってアピールするって事か」
俺の答えに水花は頷いた。
「アタシが魔装人形だとわかればある程度は効果があると思います。でも……」
「……ああ、言わなくていいよ」
水花が言いたい事はわかる。
言葉を話し心を持っているという革新的な新型の魔装人形。その事について色々と言ってくる奴はいるだろう。
それだけじゃなくて勝手な勘違いを、悪意的な印象操作がある事だって十分考えられる。
だけど俺にとってそんなものはどうでも良い事なんだ。
「水花はいつも通りにしてて良いよ。それと俺の事は春護って呼んでよ」
「……でも」
「不安か? それならマスター命令って事で。アピールのためだとしてもわざわざマスターって付けられるのは距離があるみたいで嫌だからさ」
「……わかった、春護」
「うん、ありがと」
何度だって言う。水花は魔装人形だ。だけど心がある彼女の事を道具扱いする気なんて俺にはない。
出来るだけ普通に、一人の人間として接するつもりだ。
山道を下り終え、向かうのは男子寮……ではなく教室だ。
朝のホームルームには間に合いそうにないけど焦るつもりはない。どうせ約七ヶ月間も登校してなかったからな。
今更遅刻したところで気分的には何も変わらない。
「そういえば言ってなかったけど、登校するのって半年ぶりくらいなんだ」
「……えっ? 春護って不良だったんですか?」
「違うって。大怪我して五ヶ月間くらいはその治療とリハビリをしてたんだ。ロロコにはその時お世話になったんだ」
「えっ、もう大丈夫なんですか?」
「ああ、リハビリも終わったし、昨日までみっちり修行するくらいには元気だよ」
リハビリは大変だった。身体が治るまで時間が掛かったし、その間に筋肉がだいぶ衰えちゃって戻すのに苦労したんだ。
その間はロロコの世話になったというか、少女隊の世話になった。
黒曜とはその時に知り合ったんだ。
リハビリのサポートもしてもらったし、修行相手にもなってもらった事だってある。
だから少女隊の面々とは面識があるし、それなりに仲も良いと思ってる。
水花と会ったのは今日が初めてだけど、そもそもこいつは少女隊のメンバーじゃない。それに今日まで会わない方が良いってロロコと話し合ったからね。
正直、俺としては不服だったけど。
「あの、春護?」
「どうした?」
「大怪我って言ったよね?」
「うん、そうだよ。死にかけたんだ。というかロロコがいなかったら確実に死んでただろうな」
「えっ、そんな傷だったんですか!?」
目を丸くしている水花に微笑み、俺は自身の左胸に手を当てた。
「まあ、こうして生きてるから」
「そうですか……もしかしてその時にマーレも?」
「うん。そうだよ」
今から約半年前の戦い。その時にマーレは破壊され、俺たちは大怪我を負ったんだ。そのままでは死んでしまうほどの傷。
その時ロロコに拾われ、救われたんだ。
マーレの修復と俺の治療。本当に世話になったな。いつかは恩を返したいと思ってるけど、どうすれば返せるのかな。あまりにも大き過ぎる恩だ。
「……あの春護。背中は大丈夫ですか?」
「背中? うん、大丈夫だよ」
水花に攻撃された背中。服は綺麗に斬られたけど、俺の肌に傷はない。制服だってロロコの元で着替えたから問題ない。
「あれはどうやって防いだの? それにアタシの[風]だって素手で……」
「ああ、あれは[花]の応用だよ。いや、正確には[花]のなり損ないというか、なんというか……」
「えっ[花]?」
水花が発動した[花]の最略詠唱によって、ただの手刀から一般的な刀剣レベルの切れ味を得た一撃だった。
しかし実際に斬り裂いたのは服だけで、俺の肌に傷を付ける事はなかった。だけどあれは水花がミスしたわけじゃない。
服が斬れている時点で手刀は刃としての意味をちゃんと与えられていたって事になる。それでも俺の皮膚を切り裂けなかったのは俺が防御したからだ。
その手段が[花]。つまりあの時に水花が使っていたのと同じ術式を起動していたんだ。
「魔力を材料に魔法へと変える課程、その設計図が術式だよ。だけどそれはあくまでも設計図であって、それ通りに使えるかは個人の感覚次第だったりするんだよね」
「個人の……感覚?」
「そうだよ。俺が見た感じだと、水花は設計図の通りに術式を使ってる。本来というか、普通はそうするのが正しいんだけど、誰でも得意不得意があるでしょ? だから俺は自分に合わせて少しだけ術式に変化を加えてるんだ」
術式そのものを変化させるって事ではない。完成された武器に補助具を追加させる感覚かな。
まあ、今回の場合はそれ以下なんだけどね。
「本来の[花]は手刀に魔力を集中させ、硬質化させた上で研磨し刃へと変えている。だけど俺は研磨するって工程がどうも苦手で、その部分の術式を使ってないんだ」
「……え?」
足を止めて目を丸くしている水花。
本来、術式というのは魔力を通して起動するだけだ。だけど俺は己の意思で術式の一部に魔力を通す事なく、未完成な状態でそのまま起動しているんだ。
何処かの誰かさんが破壊した常識は、魔装人形の在り方だけじゃなかったんだ。
「魔力を身体の一部に集中させて硬質化させる。それが俺にとっての[花]なんだよ」
「アタシの刃は魔力の盾によって防がれたって事……です?」
「そういうになるかな」
敵を斬るための研磨された刃としてではなく、ただ魔力を硬質化させて一時的な盾としたんだ。
「それならアタシの[風]も?」
「原理は同じだよ。両手を硬質化させたんだ。……でも、結果はこの通りだけどね」
「……うっ」
ロロコの元で治療はしてもらったけれど、複数の切り傷が俺の手には残されていた。
だけど本来なら無傷で防ぐ事が出来たはずだったんだ。
無詠唱の[風]と無詠唱の[花]。
俺の[花]は無詠唱だけど、研磨する過程がない事によって硬度は通常の[花]よりも上だ。だからこそ水花の最略詠唱で発動した[花]を無傷で受け止める事が出来たんだ。
防御手段としての[花]は優秀だ。だけど水花の[風]を受け止めた時、防御を突き破って俺の手を裂いていた。
本来受けるはずのダメージと比べれば随分と軽減されていたけれど、それでも突破されるなんて本来ならありえない事だった。
「無詠唱の上で過剰出力なんて無茶、もうするなよ」
「……うん」
無詠唱の段階で一つ無茶をしている状態だ。
水花の使い方からしても、無詠唱での起動は[花]と同様にリスクがあるはずだ。その上で更に魔力を使うだなんて無茶を超えて無謀だよ。
あんなのはもう、自爆技と変わらない。己の命をかけて敵を討つ。そういうレベルの一手だった。
俺以上に水花の手には傷がある。お互いに屋敷で治療した上で、その跡を隠すために手袋をしているけど、水花は大丈夫かな?
俺はこの程度の痛みには慣れているけど、水花は目覚めてからまだ一ヶ月だ。体感からして訓練はしているはずだけど、この痛み、辛いんじゃないか?
水花と話しながら歩いていると、校舎に着くのはすぐだった。
そしてすぐに水花は動揺しているように見えた。
「……春護?」
「まあ、同級生からは注目されるよね」
ある日を境に突然現れなくなった同級生が、今更になって登校して来たんだ。この状況は当然だよね。
「……春護君?」
か弱く俺の名を呟かれたのが聞こえた。
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには少し変わったけれどよく知る友人の姿があった。
「久しぶりだね。常」
長い黒髪をポニーテールにしている小柄な少女、大空常だった、
「あの、えっと、春護君……その……」
「ずっと連絡出来なくてごめん。怪我で動けなくてさ」
「う、うん。事件の話は聞いたよ? で、でも、あたしは死んだって聞いてたから……その、本当に春護君なの?」
……えっ、死んだ? まさかロロコってば学院に連絡してなかったのか?
うーん、ありえる。人形技師としては超が何個も付くほどの天才だけど、基本的には適当という雑な人だからなー。
まあ、勝手にロロコから連絡が学院に入ってると思い込んでた俺も悪いけど……そっか。
「うん、俺だよ。眼鏡外したんだね、随分印象が変わったけど似合ってるね。それからごめん、そんな事になってるとは思わなかったんだ。心配させちゃったよね」
「えっ、あっ、うん……その……良かった。春護君が生きてて良かった」
そう言って優しく微笑む常。
眼鏡だけじゃなくて、前よりも明るくなったように感じた。今は混乱してるみたいだけど、声色が記憶よりも随分と明るい。
「それから……えーと、久し振りだね。小泉さん」
そんな常の隣に立ち、不機嫌そうな表情を向けている小泉雫。うん、やっぱり嫌われてるみたい。
長い金髪をハーフアップにしている綺麗な同級生。沢山のファンがいるアイドル的存在だ。その上で魔操騎士見習いとしての実力もある才色兼備の天才。
しかしその裏では熱狂的な常のファンというか、なんというか……過激派だ。
「お久しぶりですね志季さん。おおよそ半年ぶりですか。死んだと聞いていましたが、生きていたのですね」
「えーと、小泉さん?」
満面の笑みを浮かべながらゆっくりと近付く小泉。
なんというか……嫌な予感しかしなかった。
次の瞬間、彼女は俺の頬にビンタをしようとして——
「春護への攻撃は許しません」
——水花に受け止められていた。
水花に一度目を向けた後、嫌悪の色を強くして俺を睨み付ける小泉。
「ずっと思っていましたが彼女は誰ですか? あなたにとって何ですか? いいえ、答える必要はありません。半年間も潜伏していたあなたの事です。どうせ碌な事ではないですからね!」
そう叫ぶと今度は全身から魔力を放出する小泉。
——まさかこんな場所で魔法をっ!?
魔操科の天才。その実力は一年前の段階で既に前線で戦っている魔操騎士と遜色ないレベルだって聞いてる。
小泉の手に魔法を発動させるために必要な媒体である杖はない。杖がなければ発動出来ない、それが魔操術だ。
それならどうしてこれほどの魔力を放っている? ただの牽制、圧力? それとも意思表示か?
いいや違う。小泉の左手首にそれが見えた。
一流の魔操騎士たちが何かしらの理由で杖がない時に使用する使い捨ての魔装道具。
ブレスレット型のそれに膨大な魔力が注がれていた。
——なんて魔力量だ。本当に同い年なのか? いや、そんな事よりも何を発動するつもりだ? それで使える魔法なんてたかが知れてる。にしてはありえない魔力量だ!
ブレスレット型はあくまで緊急用だ。対象を殺すのではなく、一時的に動けなくする事を目的としている事が多い。
それでも過剰な魔力を込め、威力を底上げする事で殺傷レベルを引き上げる事は出来ると思うけど、そもそも魔装道具は使い捨てが前提なんだ。それを無理矢理出力を上げて使うだなんて、下手すれば小泉の左手首が弾けるかもしれない。
どうにか小泉の暴走を止めよう動こうとした時、彼女の叫び声が響き渡った。
「いずみんっそこまでだよっ!」
「——っ!?」
常の叫びによってピタリと動きを止めた小泉。その顔色は……悪いな。とんでもなく。
「ちちち、違うのですよ? 本当に放つつもりなんてなくて、その、あの……えーと」
「落ち着いてくれたならそれで良いよー。ごめんね春護君、いずみんには後であたしからいっーぱい言っておくから、許してくれない欲しいな。その、ダメ……かな?」
両手を合わせながら片目を閉じて傾げる常。
……何というか、あざとくなったか? 元々可愛い子だとは思ってたけど、仕草がこう……あざとい。
俺の知っている常とは印象がだいぶ違うけど……俺も人の事は言えないもんね。
前の大人しい常も良かったけど、今の常だって嫌なんかじゃない。
小泉の事もあるし、これからの関係はどうなるのかな。出来ればまた、仲良くしたいな。
「悪いのは俺だし気にしてないって。それに元々俺らってこんな感じだっただろ?」
小泉に連れられ屋上に行ったあの日から、俺たちの関係は少しだけ変わった。
常と仲の良い異性である俺。常の事が大好きな小泉。
最初の関係性は悪かったけど、それから関わるようになって犬猿の仲から喧嘩友達くらいにはなったと思うんだ。
だからこそ小泉の理性を突破しちゃったんだろうね。
あいつにとってもそれは……裏切りに映るだろうから。
「春護君、あたしはっ——」
「常ちゃま行きましょう。授業に遅れてしまいます」
「えっ、いずみん? でもあたし、ま、待ってよ!」
「聞こえません!」
常の腕を掴んで無理矢理連れて行く小泉。
どうやらホームルームどころか一時間目にすら間に合うか怪しい時間らしい。
視線が多いとは思ってたけど、そっかーホームルーム終わってたのかー。
……うん、ふと思ったけど常ちゃまって何だ?
元々小泉は常の事を常ちゃん様って呼んでたけど……まあ、天才の感覚は独特って事かな。
「春護、さっきの二人は誰ですか?」
「友達だよ、大空常と小泉雫。金髪のアレはいつもの事だから気にしなくて良いからな」
「……わかりました」
何かを言おうとして口を閉じた水花。
友達なのに殺しに来る。普通に考えたらまずあり得ない関係だもんな。
今回の小泉は正直驚いちゃったけど、今思えば殺気なんて込められてなかった。
魔力から感じたのは殺意じゃなくて、怒りと安堵だった、
俺の事を死んだと思っていたんだ。この半年間、ずっと。……ちゃんと謝らないとな。
「話は変わるけど水花。授業中は暇だろうけど、どうする?」
「勿論側にいますよ?」
「うん、やめてね?」
「冗談です。教室だけ教えて下さい。問題があった時にはすぐに駆け付けますから」
表情は相変わらずクールなままだけど、冗談とか言うんだね。表情が変わらないだけで感情は豊かなのかもしれない。
「あー、でも折角だから校舎を案内するよ」
「……授業は?」
「午後の実技だけ受ければ良いかなって。座学の方は治療中に暇過ぎてほぼ終わらせたし」
「えっ、確か二年生ですよね? まだ始まったばかりですよ?」
「構いたがりの優秀な家庭教師が多くてね。一応は三年まで終わらせてるよ」
少女隊の主な任務は屋敷の防衛とロロコの世話だ。
世話係なんて二人もいれば大抵の事には対応出来るし、防衛に関しては結界があるから反応があってから動いても十分に間に合う。
黒曜が担当していた見張りや見回りの事を考えても、何十人といる少女隊からすれば手が空いている時間の方が遥かに多いらしい。
そんな時に珍しい客の登場となれば、良い暇つぶし相手だ。だからみんなよく病室に来ては俺に勉強を教えてくれたんだ。
「ちなみに終わってるって言っても完璧って意味じゃないからな?」
「三年生の最終テストなら何点くらい取れそうです?」
「……まあ、赤点はないかな」
「ダメダメじゃん」
水花の表情は変わってないけど、視線が痛い気がする。
図星だからかな。圧を感じる。
「三年までいくと自信ないけど、二年の中盤くらいまでなら平気……だと思う」
「明日からはちゃんと授業受けて下さいね」
「……はぃ」
正論です。水花が全部正しいです。
「それじゃあ春護、案内お願いするです」
「うん、それじゃあ行こっか」
「はい」
手を繋ぐまではしない。
ただ一緒に、俺たちは歩き出した。
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