第四話 再会

 突然この場に現れたのは長い銀髪をサイドテールにしている長丈の黒い着物を着ている少女だった。


「ああー、疲れた」


 見知った彼女の登場で俺は身体から力を抜くと、ため息と共にその場に座り込んだ。


 銀髪の少女の言葉があったとしても、戦闘中に相手がこんな隙を見せれば奇襲されても仕方がない。警戒はしていたけどその心配はないみたいだ。


「臨時マスター危険です。お下がり下さい」

「そこまでと言ったじゃろう。警戒は不要じゃ」


 即座に前に出ると片腕を横に広げ銀髪の少女を護ろうとする彼女に、俺はその場に座り込んだまま笑った。


 攻撃よりも防御優先か。表情に焦りは見えないけど、声には動揺が混ざっていた。


「えっ、でも……」

「ククッ、素が出ておるぞ?」

「うっ、これは仕方ないです!」

「ナハッ! まあ落ち着くのじゃ。こやつは敵じゃありゃせんからの。ワシの関係者じゃ」

「……えっ?」


 表情筋はボイコットしているみたいだけど、目は丸くなっていた。


「えーと、まあ、そういう事だよ。俺はロロコの……なんだろ」


 部下? 弟子? んー、どっちもしっくり来ないね。なんというか……恩人? そうなんだろうけど認めたくないなー。


「春護、その呼び方はやめろと言ったはずじゃが?」

「いいじゃん。その通りなんだし。それとも略さずに呼んだ方が良いか? ロ——」

「やめい! もうロロコで良い。その方がマシじゃ」


 元々は養女だったものの、今ではこの屋敷を有する一族の頂点まで上り詰めた少女、通称ロロコ。

 俺が勝手にそう呼んでいるだけだけど、その由来はロロコの性格だ。


 イズキに説明したようにロロコは大の女好きでロリコンで変態の権力者だ。

 唯一の救いはこいつが女だって事だろうね。だから女の子同士のイチャつき程度で済んでいるけど、もしもロロコが男だったら……今の関係はないだろうな。

 それにその場合はロロコって呼び方も変わるね。矛盾しちゃうし。


 ロロコは子供じゃない。既に成人している大人だけど、その見た目は少女……それもその範囲なら前半くらいに幼い容姿をしている。

 つまり合法ロリってやつだ。


 ロリコンの合法ロリからロリロリコン、それを略してロロコって事。


「臨時マスター。本当ですか?」

「事実じゃよ。確認して貰うために戦ってもらったのじゃ。春護よ、ワシの意図は伝わったじゃろう?」

「うん、口で色々説明されるよりもわかりやすかったよ」

「ふふんっ。ナイス判断なのじゃワシ!」


 そう言って一切膨らみのない胸を張るロロコ。

 ドヤ顔を決めている彼女と違って、ツインテールの少女は無表情のままだけど、困惑しているように見えた。


 まあそうだろうとは思ってたけど、何も説明してないみたいだ。じゃなきゃあんなに殺意が高いわけないし。

 だからこそ俺もロロコの意図がわかったからね。


「まずは場所を変えるのじゃ。二人とも来い」


 ニヤリと笑いながら、立てた人差し指を何度も曲げた彼女の後を、俺と少女は追い掛けた。


「悪かったな。俺は知ってたけどあえて言わなかったんだ。腕は大丈夫か?」

「問題ありません。そんな事よりも臨時マスターとはどういう関係ですか? 女性……には見えませんが」


 無表情のまま淡々とした口調で問い掛ける少女。そういえばまだだったな。


「俺は志季春護。ロロコみたいに春護って呼んで欲しいな」

「……志季? ——あっ、わかりました春護ですね。アタシは水花すいかです」

「水花か。よろしくね」

「はい、よろしくです?」


 表情を変えないまま首を傾ける水花。

 やっぱりわかってないみたいだね。まあ、その話は着いてからで良いか。ロロコに任せよう。


   ☆ ★ ☆ ★


 案内されたのは畳の部屋だった。

 本邸に来たのは初めてじゃないからほとんどが畳部屋だって事は知ってるけど、やっぱり珍しいと思う。


 上座も下座も同じく畳が敷かれている大部屋。絶対に三人で使うような空間じゃない。何十人と下座に座れる広さだ。

 上座にはロロコが座り、俺と水花は下座に座る。当然の流れだね。


「さて、春護は察しておるようじゃが、水花としては疑問しかなかろう? 許可する、なんでも質問すると良い」

「ロロコとは何の事ですか?」

「……」


 おっと、割と本気の殺意を秘められた視線が突き刺さった。謝るつもりも訂正するつもりもない。

 それにしても水花さんや。最初に聞くのはそこなのか? 俺の事はどうでも良いと?


 ……一応さっきまで殺し合いをしてた仲なんだけどなー。もっと興味持ってくれないかな?

 ちょっと、いや割と辛い。


「それはそやつが勝手に言い出したワシのあだ名のようなものじゃな。由来に関してはくだらん事じゃ、気にする事はない」


 脇息にもたれ掛け、色々と諦めたかのような顔をしているロロコ。まあ、説明しないよね。

 ちなみにこの呼び方を嫌がるポイントは一つだけらしい。曰く、ワシはロリコンではないとの事……本当かなー?


 少なくとも俺は見た事があるぞ。ロロコに助けられ、ここで休養していた時期の事だ。

 少女隊の中でも幼い子たちと共に、ニヤニヤとした笑みを浮かべて大浴場に向かっていた姿を何度も見たぞ!


「水花よ。他に質問はあるかの?」

「ないです」

「……本気か?」

「はい」


 ロロコの言葉に一切の迷いなく答える水花。

 ……うん。もう少しくらい俺に興味を持ってくれても良くないか?

 ほら、ロロコだって同情の眼差しを……。


「いや、悪いのロロコじゃね?」

「な、何故じゃ!?」

「水花が目覚めてからどれくらいだっけ?」

「……一ヶ月じゃ」

「だよな? その連絡貰った時にロロコがなんて言ったか覚えてるか?」

「それは……」


 そっと視線を逸らすロロコ。

 こら、ちゃんと話している人の目を見なさい。年下に説教させるんじゃありませんよ。


 見た目は年下だけど、実際は年上のお姉さんなんだからさー。


「ねえ、この一ヶ月、何してたんだ?」

「な、ナニもしてないのじゃ!」

「……」

「や、やめろーっ! そんな目でワシを見るんじゃないのじゃー!」


 何となくイントネーションがおかしかった気がするけど、どちらにしてもアウトです。

 何よりその慌てている姿が負い目の証明だからな!


「はぁー、まあいいけどさ。重要なのはこれからの話だもんね」

「そ、そうじゃな!」


 今責めても意味はないもんね。こういうのは後からねっちりと……ふふふ、忘れてやらないからか。


 今はロロコなんかよりも、状況について行けていない水花の方が重要だ。


「臨時マスター、何の話ですか?」


 俺たちの話に一人だけついて来れてないんだろうね。何処かの誰かさんが予めするはずだった説明をサボった事による被害者ってやつだ。


「水花よ。オヌシが目覚めてから三日ほど経った頃に話したはずじゃが……」


 チラリと視線を向けてくるロロコ。実は必要最低限の事はしているアピールかな?

 それは本当に最低限だと思いますけど? 評価は変わりませんよって。


「ワシはあくまでもオヌシを修理した技師に過ぎんのじゃ」

「その話は覚えてます。いずれあるべき……あっ」

「気が付いたようじゃな」


 目を丸くして俺へと視線を向ける水花。

 気のせいかな、少しだけ不服そうに見えた。無表情なんだけど、そんな気がした。不思議な事に。


 それはこれからの努力次第って事にしておいて、今は二人の話を大人しく聞いていよう。


 だってこれは水花にとって大切な話なんだから。


「水花よ。ワシはオヌシにとって臨時のマスターでしかないのじゃ。いずれ本当のマスターの元へと帰る時が来ると、そう言ったはずじゃ」

「……はい。言われました」

「それが今なのじゃ」


 ロロコから視線を受け、俺は立ち上がると水花の前で片膝をついた。


「水花。俺がお前のマスターだ。一緒に来てくれるか?」

「……春護、春護様がアタシのマスター?」

「そうだよ俺がお前の、水花のマスターだ。受け入れてくれるか?」


 無表情のまま困惑しているように見える彼女へと、俺は手を差し出した。

 本来ならありえない光景。だけど、俺は知っている。水花には水花として明確な意志がある事を。


 だからもし、もし断られたらその時は——


「水花よ。ワシは意図的に今日が分岐点だという事を明かさなかった。その理由がその感情じゃ」

「感情、ですか?」

「この一ヶ月と比べ、今までにない感覚じゃろう?」


 ニヤリと笑うロロコに、水花は目を見開くとゆっくり自身の胸元へと手を置いた。


「……確かに、そうですね」


 水花はゆっくりと目を閉じ、己の中で噛み締めるかのように頷いた。

 目を開けた彼女は立ち上がると、その場に正座し、頭を下げた。


「アタシの名前は水花。マスター春馬様にこの力を捧げます」


 忠誠を誓った彼女は頭を上げると、俺の手を握り締めた。


「よろしくです」

「うん、これからよろしくね、水花」


 こうして俺は取り戻した。一度失ってしまった相棒を。

 あの日、破壊されてしまった相棒から再生した彼女を。

 俺にとって大切な人。


「水花。いや魔装人形メイジドール・水花よ。現時点を持ってワシは臨時マスターの権限を放棄する。今後は春護の相棒として存分にその力を振うのじゃ」


 無表情な少女、水花。

 その正体は俺のような魔装騎士の相棒であり、本来ならば言葉を話さず、マスターの意志を反映して動く人形、魔装人形だ。


   ☆ ★ ☆ ★

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