第八話 反面教師

 一族からすれば本来は部外者である養女という立場でありながら、今は事実上の当主へと成り上がった例外、ロロコ。

 そんな彼女が住んでいる屋敷へと戻って来たんだけど……。


「スイたーんっ。すりすりすりすり」

「あの、その、黒曜先輩?」


 本日の門番担当、黒曜に水花が捕獲されていた。

 黒曜に抱き締められ、頬擦りされ続けている水花。……うん、愛されてるなー。


 されている側も相手に悪意がないって事がわかってるんだろうね。強く拒否する事なく、ただただあたふたとしていた。


 二人の心温まるスキンシップを何も言わずに眺めていると、まるで思い出したかのように水花が俺へと顔を向けた。


「は、春護。助けて下さいっ」

「黒曜、やり過ぎちゃだめだよ」

「わかってるよんっ。あースイたーん」

「は、春護っ!?」

「水花は少女隊のみんなをお願い」

「春護っ!?」


 ごめんね。黒曜の気持ちもわからないわけじゃないし、これからロロコとする話は流石に聞かせたくないからさ。


「スイたーんっ。可愛いーっ!」

「うわぁー」


 ……うん。犠牲になってくれ。


   ☆ ★ ☆ ★


 ロロコと二人。

 上座にロロコ。下座に俺。

 他には誰もいない。

 少女隊は水花に夢中。

 だから遠慮はいらない。


「死ね」


 躊躇う事なく普段から持ち歩いているバタフライナイフを走りながら片手で展開すると、ロロコに向けて振り下ろした。


 そんな一撃を少女の姿をした化物は、指二本で挟み込み受け止めていた。


「……魔法を使ってないとは言え、流石にしょげるんだけど」

「ワシの術式はオートじゃからな。この身は小さいが身体能力は巨人級じゃぞ?」

「……はぁー。だからこそ遠慮しなくていいんだけど、複雑だなー」


 相手は成人しているってわかってるけど、見た目は小学生と中学生の中間みたいな容姿だからね。

 見た目で侮るのは良くないってあまりにもわかりやすい前例だよ。

 こいつは例外過ぎるけどさ。


「それでどうしたのじゃ? 怒られる未来しか見えぬが……まあ聞こうかの」

「おい、それって確信犯って事じゃないか」

「……ほ、他にはないのか?」


 ナイフをしまい大人しく下座に戻っていると、そんな事を口走るロロコ。

 こいつ……。


「じゃあ怒る話は後にして……っと、その前になんでここにいるの?」

「……何を言っているのじゃ? ワシがワシの部屋に居る事が不思議か?」

「仕事はどうした?」

「……」


 そっと視線を逸らしたロロコ。そんな予感はしてたけどやっぱりそうだ、こいつダメな大人だ!


 妙な確信があってこうして屋敷まで来たけど、思っていた通りロロコはいた。

 本来ならいるはずがないんだ。こいつは幼い見た目をしているけど、成人した大人なんだ。仕事だってしているのに、平日の正午に自宅にいるという矛盾。


 基本的に在宅と仕事をして、定期的に出社するスタイルならわかるけど、ロロコはそうじゃない。


「大人になってサボりはよくないぞ?」

「ち、違うのじゃ! それにサボりに関してはウヌも同じじゃろう!」

「それはそう。でも俺はまだ子供だ。許される」

「ダメな方向に開き直るでないわ!」


 明日からはちゃんと出席しまーす。水花にも怒られたし。

 俺の事はひとまず置いておいて、ふと思い出した事がある。


 約半年前、ロロコに救われた時。俺は初めて彼女の姿を目にした。

 目撃情報もあったし、俺が出会わなかったのはただの偶然? それとも単純にいる確率が低かったからか?


 答え合わせをしようか。

 

「ねえ、もしかしてだけどロロコってさ……代理人いる?」

「ぎくり」

「……少女隊に任せてるとか?」

「ぎくぎくり」

「……おい、もはや楽しんでるだろ」

「ククッ、バレたか」


 姿勢を崩し、肘掛けに体重を乗せてリラックスしているロロコ。

 側にある盆の上に置かれた徳利から猪口に酒を注くと、それを一気に飲み干した。


「昼間から酒とか、反面教師の才能マックスだね」

「良いではないか。必要とされているのはワシの持つ知識と技術じゃからな。要求されたレベルを超えている者を代理にしたとして、困る者はいないじゃろ?」

「あー、そういう事だったんだ。たまに少女隊の中に薄っすらと見覚えがあったけど、服装が違うと気が付くの難しいね」


 少女隊の面々は主の趣味なのか……いや、確実にこいつの趣味で着物姿をしている。それも正しく着る事はなく、着崩したり、丈が短かくされた改造済みだったりと、露出度の高い格好をしている。


 過去に屋敷外で見た少女隊の服装は普通のスーツ姿だったはずだ。

 時々すれ違ったり、遠くから見掛けるくらいだと服装一つで印象が全く変わっちゃうからね。気が付かなくても不思議じゃないって思いたい。


「それじゃあ次の質問だけど、地古白夜って知ってるかな?」

「地古家の者か。ククッ、なるほど、目を付けられたようじゃな。それもよりによって今日とは……クックククッ流石と言うべきなのじゃろうな」

「うーわ、嫌な感じ」


 ロロコは知ってるんだろうな。だからこそ俺の状況がわかっているんだろうけど……ちょっと気になる言葉がなかったか?

 今日って単語。不吉じゃない?


「地古家は歴史ある魔法使いの名家じゃよ。更に噂によると白夜の才能は百年に一人の大天才らしい」

「……ふーん」


 そっか、あの偉そうな態度には実力という理由があったんだ。


 ロロコが乗っ取ったようなものであるこの屋敷の持ち主である一族も名家の一つだ。


 魔法使いの名家は魔操学院に対して強い影響力を持っている。

 一番やばかったらしい一族はロロコによって粛清されたわけだけど、名家は一つじゃない。


 ……あれ、これってもしかして。


「ねえロロコ。嫌な予感がするんだけど?」

「今日は実技テストじゃろう? 一体誰と戦う事になるじゃろうな」

「……そういう事?」

「十中八九そうじゃな。白夜は戦闘狂と聞いた事もある。目を付けられたのならばまず学院に話を通されているじゃろう」

「……うわ。やってる事ストーカーじゃん」

「クッククッ、じゃがウヌにとっても悪い話じゃありゃせんよ。何故なら白夜は去年の段階で騎士の称号を得た在学騎士じゃからな」

「……」


 そんな気はしてた。

 最初はただの不良だと思っていたけど、あの魔力量と自信に満ちた顔。その立ち振る舞い、纏う雰囲気。感じ取るには十分過ぎた。

 ああ、こいつは強いって。


 そっか、あいつはサボってたんじゃない。あの場にいた一部と同じように、白夜もまた在学騎士だったんだ。授業参加を免除された例外の一人。


「強いの?」

「そりゃ当然。そこらの魔獣など比べるまでもない。良い経験じゃな」

「……うん、そうだね」


 在学騎士に選ばれる条件。それは確かな実績があるって事だ。

 何をきっかけにそうなったのかはわからない。だけど、もしかすると白夜は知っているのかもしれない。奴らのレベルを。


 殺すべき奴らと交戦したかもしれない相手か。それは確かに——楽しみだな。


「ククッ良い魔力じゃ。活力が満ちておる」

「あっ、ごめん」

「気にするでない。ワシからすればウヌなどまだまだ童じゃからな。……とはいえ、死ぬ気で来られたらわからんがの」


 つい魔力の抑制が外れ、垂れ流しになった魔力。実害はないけどマナー違反だからね、素直に謝って魔力を抑え込むと……なんか煽られた。


 事実だけど、ついムキになって意識的に魔力を叩き付けようとした瞬間、全身に濃密な魔力が降り注いだ。


「——っ!?」


 そこに思考が入る余地はなかった。反射的に俺は後方へと[鳥]で飛んでいた。


「良い反応速度じゃ。距離もここにいた頃より随分と伸びたようじゃな。それなら白夜が相手でも惨敗する事はあるまい」

「……ねえ、ロロコってどれくらい強いの?」

「ワシか? そうじゃなー、少なくともワシより強い友の数は両手の指じゃ足りないの」

「……そっか」


 俺はまだ子供で未熟だ。それはわかってる。わかってるけど、こんなにも遠いんだ。

 ロロコは可能性があると言っているけど、俺の認識では理解する事すら出来そうにない力の差がある。

 そんなロロコが強いという友人たちの存在。


 ——ああ、楽しみだな。


 目指す高みが遠過ぎて折れそうになる感覚もあるけれど、同時にそれは可能性だ。

 前例という可能性の存在。だったら目指すしかない。


 ロロコは俺にとって恩人であるのと同時に希望でもある。そんな事はひとまず置いておいて、話をしようじゃないか。


「で、話は変わるんだけど怒って良いかな?」

「……えっ」


 何事もなかったかのように下座に座り直すと、俺は笑顔で質問した。


「水花の格好に関してだけど」

「……」

「おい、こっち見ろよ」


 わざとかってくらい露骨に視線を逸らす確信犯。こいつ、絶対にわかってるだろ。


 暫く無言の空間が続くと、ロロコはがむしゃら気味に叫び始めた。


「良いではないか! 可愛いじゃろ!」

「それについてはノーコメント。でも丈が短か過ぎるだろ!」

「スカートは短ければ短いほど良いのじゃ!」


 目がキマっていやがる。こいつ、マジか。完全に個人的な趣味、性癖まる出しじゃねえか!


「一応聞くけどあの着物の下、穿いてるよな?」

「……ほーう? ククッ、気になるならば捲ればそこに答えがある。何、ウヌはマスターじゃ、少々軽蔑の目で見られるかもしれんが、断られる事はありゃせんよ」


 ニヤニヤと楽しそうな人間のクズ。

 俺がなんて言おうと水花が俺の魔装人形だという事実は消えない。

 水花からすれば春護は主人だという前提が崩れる事はないんだ。


 だから……もしも俺が一時の迷いでそんな命令をすれば、水花には断る選択肢がない。

 冗談としてではなく、本気で迫れば抵抗される事すらないだろう。


 ロロコ。その発言は度が過ぎてるぞ。


「表に出ろロロコ。喧嘩の時間だ」

「喧嘩じゃと? やれやれ何を勘違いしておるのじゃ。それは対等な間柄でしか成立せんある種の儀式じゃろう?」

「そろそろ友達になろうよ。その儀式だ」

「ククッ、ワシは女じゃ、殴り合いの友情はちと解釈違いじゃが……まあ、時には良かろう」


 俺たちは立ち上がり部屋から出ると縁側から素足のまま庭へと降り、向かい合った。


「……ねえ、何も持たないまま勝てるつもりか? 取りに行く時間くらい待つけど?」

「安心せい、男の調教は趣味じゃないが、童をわからせるくらいこの身があれば十分じゃ」

「……水花には何もしてないだろうな?」

「ククッ、本人に聞いてみると良い。少なくとも嫌がるような事はしていないと明言しておこうかの」


 嘘……ではなさそうだけど、水花は純粋だ。ロロコの事を信頼しているだろうし、知らないからこそって事も……そもそもあんな格好をさせられている時点でアウトでしょ。


 女同士なら何も問題ない? ただの仲良し?

 同級生とかならまだしも、こいつの思考はおっさんだからアウト! 不許可!


「お姉さんの優しさじゃ。先手はくれてやろう」

「そりゃどうも!」


 術式に魔力を注ぎ込み、起動しようとした瞬間にそれは現れた。


「ちょっとちょっとー、二人とも何してるのさー」


 軽い口調で現れたのはエプロンを外し、胸元と肩を大きく露出させている自称百人斬りの美少女こと、黒曜だった。


「止めるでない。これは必要な調教じゃ」

「えっ、浮気って事? 旦那様に報告するしかなくなくない?」

「だっ!? 何を馬鹿な事を言っておるのじゃっ! あやつはただの友人じゃ! 旦那などでは決してありゃせん!」


 黒曜の言葉に顔を真っ赤にして叫ぶロロコ。

 ……えっ、旦那? ロロコってロロコなのに結婚してたのか!?


 そして同時にあれ? ふと思った。気が付いてしまった。

 確かにロロコは成人しているけど、その容姿はロリ……あれ、その旦那大丈夫? いやまあ、愛の形は人それぞれだよね。本人たちが納得していて、他人に迷惑を掛けてないなら問題なんてないよね。ロロコは大人なんだから。


 そもそも旦那って言葉を否定してるのか。尚更どういう事だ? まさか……えっ、恋バナって事!?


「えー、本当かなー?」

「本当じゃ! あやつは研鑽を共にしただけの、そうっ腐れ縁なのじゃ!」

「ふーん、へー、そうなんだー?」

「な、何が言いたいのじゃ黒曜!」

「顔真っ赤だよーん? それに随分とムキになってるなーって、主様にしては珍しいよねー」

「なななっ」


 お、おお。なんというか、黒曜凄いな。

 顔を真っ赤にして半泣きしているロロコ。さっきまでの威厳と強者感は綺麗さっぱり消えている。


 えー、ここまでくると、もはや可哀想になって来たんだけど……。


「主様マジ可愛いー、そんなに好きなんだー」

「違うのじゃっ!」

「えー、でも今の主様って完全に恋する乙女の顔してると思うけどなー、ね? ね?」

「違うのじゃぁ」


 今すぐにでも泣き出しそうになっているロロコ。

 ……うん、流石にそろそろかな。


「黒曜、そこまで」

「さーすがハルハル。優しいねえ」


 ニッコニコで楽しそうにしている黒曜。なんというか、色々と凄いよね。

 黒曜は少女隊の一員だ。少女隊は家とは関係がないロロコの私兵組織のようなものだからね。ロロコの独断で好きに処分出来る。そういう関係のはずなのに……信頼、だよね。これもまた一つの形か。


「主様ー、ちなみにこれ意味のある追求だからねー。これからハルハルは実テスでしょー? 体力と魔力の消費はダメじゃん?」

「うっ、それは……」

「……」


 雰囲気を変えて突然の正論パンチ。それに関しては俺も同罪かな?

 そうだよね。テスト前に体力と魔力を、それもロロコが相手となると……やべ。


「主様は大人なんだからさー、そこらへんの配慮してあげなきゃじゃないかなーって。という事で忠実な僕としてお仕置きさせて頂きましたー」


 片膝をついて大きく礼をする黒曜。

 ……うん、このタイミングのそれはもはや煽りだと思うけど、ロロコはどう受け取ったかな?


 少し戸惑いながら目を向けると、あっ怒ってる。ロロコの額に怒筋が浮かんでいた。


「ワシの間違いを正す。確かにそれは必要な事だったじゃろう。……しかし、あやつの話をする必要があるとは思えんが?」

「男を調教するって言葉はダメっしょ?」

「……良かろう。今晩ワシの寝室に来い。思い知らせてやる」

「あっ、旦那様の話をしたからそういう気分になっちゃった? あーしで良ければ喜んで捌け口にならせていただきまーす。……ふう、激しくなりそうだね」

「くっ!」


 ……終わってる。うん、俺は何も聞いてない。それで良いね。


「春護」


 聞きたい事は聞けたし、この気まずい空間から早々に立ち去ろうとした時、背中に向かって声を掛けられた。


「水花の服に関してじゃが、今までは移動範囲が屋敷内故に可愛さとエロさの両立を求めておったが、外では困る事もあるじゃろう。既にウヌの部屋にいくつか服を届けさせておる。明日からは二人で相談して決めると良い」

「……わかった。ありがとう」


 水花の服か。確かに今後必要になるよね。本来なら俺が……もう、こういう所で気遣いが出来るあたり嫌いになれないんだよね。


 なんだろうこの気持ち。複雑だなー。


   ☆ ★ ☆ ★

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