第十話 運命の紅い糸
生徒会室に呼ばれたけれど約束の時間は放課後だし、観戦する気にもなれない。
ふとした時に時間が空いた時、どうするのが一番良いのかな。
出来るなら明るい気分になれるような何かがあると助かるんだけど……おっ?
そんな事を考えているとちょうど良い赤色を見つけた。
「こんなところで何してるんだ?」
「あら? 春護と水花じゃない。全く同じ台詞を返すわよ?」
何をしているのか知らないけど、実技テストの最中のため誰もいない教室が並んでいる廊下を歩いているイズキの姿を見つけた。
俺と彼女はお互いに軽く手を上げて挨拶し、水花は丁寧に頭を下げていた。
「実技が終われば自由時間だからね」
「何言ってんのよ。人の戦いを見る事も重要な訓練の一つなのよ? 見取り稽古っていう歴史ある修行方法の一つなのよ」
呆れ顔を見せたかと思えば、ドヤ顔で知識を披露するイズキ。
「そういうならお前も実践しなよ」
「それはそうなんだけど気まずいじゃない」
見取り稽古が重要だって言うなら、ここにいるこいつはなんなんだ?
思わずジト目を向けるとイズキは頬を指先で掻きながらそんな事を言った。
「気まずいって何が?」
「だってそうじゃない。重要だからこそ一方的な学習はズルいと思わない? アタシは実技に参加しないのに、そんな奴が観戦するなんて、人の技術を盗み見てるみたいで嫌だわ」
「……驚いた。イズキって真面目だったんだな」
「あら? それはどういう意味かしら?」
満面の笑顔を向けてくれるイズキだけど、おでこに怒筋を確認。対象、苛立っているようですねー。
「あれ、そもそもイズキって参加しないのか?」
「当たり前じゃない。アタシは今日転校してきたのよ? 枠が用意されてるはずがないわ」
「それもそっか」
今のところ生徒の中じゃイズキと一番話してるから忘れてたけど、転校初日って言ってたもんね。
「あまりにも馴染んでるから忘れてた」
「あら、それはちょっと嬉しいじゃない」
「会ったその日にここまで揶揄う事に迷いが出ないって凄い才能だと思うよ。俺、イズキのそういうところ昔から尊敬してるんだ」
「……それ、褒めてないわよね? そもそも昔からって何よ、矛盾しかしてないじゃない!」
感情の振れ幅がもはや相変わらずだと感じるほどに激しい。照れ顔を見せたかと思えば、両目をくの字にして怒るイズキ。
まあ、俺が揶揄ってるせいなんだけど。
「話は変わるけど、イズキは今暇してるって事だよね?」
「へ? まあ、そういう事になるわね。ふふっ、もしかするとデートのお誘いかしら?」
口元に指を当て妖艶な笑みを浮かべたイズキに俺は頷いた。
「うん、そうかな」
「……えーと、その……そそそ、そういうのはまだ早いと思うわ! まだ知り合ったばかりだし、アタシにも色々と予定があるわけだしっ」
「あれれ、言ってる事が変わっちゃってるよ?」
「そ、それはその……ち、違うのよ!? 別にオマエの事が嫌いだからとかじゃなくて、ともかく展開が急過ぎるわよ! そういうのはもっとこう、そうっ最低でも一ヶ月間くらいは友人として親睦を深めて、それからだと思うわ!」
彼女の燃えるような髪色ほどじゃないけど、顔を真っ赤にして早口になるイズキ。
うん、わざとなんだけど勘違いしてくれているみたいだね。……ちょっと純粋過ぎて心配だけど。
だったら諭す? いえいえ、もっと行こう。
「イズキって素直で可愛いよね。だからこんなにも意地悪したくなるのかな」
「かわっ、や、やめな……うん? 意地悪?」
「うん、デートはデートでも騎士としてのデートがしたいなって」
「……」
暫く固まった後、頬を膨らませ腕組みをするイズキ。ありゃ、拗ねちゃった。
感情の変化を隠す事なく、そのまま身体で表すイズキ。素直というか本当に純粋だよね。北方出身って事は大変な思いもしてきたと思うんだけど、あまりにも純粋だ。
まるで背伸びをしている少し生意気な子供の相手をしている気分だ。
まあイズキは子供というには……Cだけど。
「アタシは消耗してないけど、オマエは違うでしょう? 大丈夫なのかしら?」
文句よりも先にまさか心配されるとは、優し過ぎじゃないか?
まあ、だからといって揶揄うのをやめるつもりなんてないけどね。
「うん、ちょっと予想外の終わり方しちゃって不完全燃焼というか……溜まってるんだよね。だからよかったらイズキに受け止めて欲しいなって」
「……ねえ、それはわざとなのかしら?」
「何が?」
「……なんでもないわ」
ほんのりと頬を赤くしてそっぽを向かれたけど、どういう事?
思わず水花に視線を送ってみたところ……気のせいかな、呆れてる? いや、表情は変わってないけどそんな気がする。
えっ? 確信犯? 何の事かなー?
「ごほん、春護が良いならアタシは良いわよ。ちなみに自信はどれくらいかしら?」
わざとらしく咳払いした後、挑発的な笑みを浮かべるイズキ。この感じ、本当に自信があるんだろうね。
楽しみだ。
「んー、そうだなー。現役の
「……へえ、言うじゃない」
過去の発言から暗にお前より強いって宣言したんだけど、イズキは苛立ったり怒ったり、そういうマイナスな反応じゃなくて……喜んでいるみたいだ。
これは本当に……強そうだね。
「野外第一訓練場はテストで使ってるし、屋内訓練室なら借りれるかな」
「ふふっ、楽しみだわ。水花はどんな魔装を積んでるのかしら」
三人で訓練室に向かってるけど、少しだけ補足しておこうかな。
二年生の実技テストが行われている屋外第一訓練場は一番大きな会場だ。
暫く二年生が独占する事になるから、人気な他の屋外訓練場には参加しないのがマナーだ。
対して屋内訓練室は有料の個室だ。
部屋の広さは特大中小を網羅しているけど、今回借りたのはテニスが出来るくらいの広さをした部屋だね。
「イズキ、料金は俺が全額な」
「……春護? これはデートじゃないわよ? そもそもアタシ、その文化みたいなやつ嫌いなのよね。男尊女卑っていうの? 女性は男性の下だって決め付けて、三歩下がれとか意味がわからないわ」
「えっ、何の話?」
個人的なわがままのために訓練室を借りるんだ。俺が支払うのは当然だと思ってたんだけど、よくわからない地雷を踏んだみたいだ。
「支払いは見栄の押し付け合いよ。奢るって事は無意識的に相手を下に見ているって事なのよ。春護はアタシの事を女だからって見下してるのかしら?」
「そんな事はないけど、揶揄うのにちょうど良いオモチャだと思ってるよ」
「……叩き潰してあげるわ」
今度は笑顔じゃなかったね。普通にキレてる顔だった。
さて、どうなるかな。
ちなみに部屋の料金に関してはイズキが色々言っている間に払っておきました。
いつ気が付くかな? いつバレたとしても手遅れだけどね。出されたとしても受け取るつもりなんてないから。
「さて、早速だけど始める? それとも準備運動が必要かしら?」
「その前に一つ良いかな。本人もやる気になってるみたいだから言い辛いんだけど……」
手足を伸ばして準備運動をしている水花に目を向けるとすぐに目が合った。
無表情のままこくりと首を傾げ、疑問符を浮かべている彼女に俺は少し躊躇いながらもハッキリと伝えた。
「水花は見学な」
「えっ、どうしてですか?」
「白夜との戦いで最大出力使ったでしょ? 術式が発熱しただろうし、休みね」
「確かにそうですが、もう冷却は終わってます。それにその程度消耗でもなんでもないです!」
「ダメ、休み」
身体に直接術式を刻み込んでいる魔装人形は、魔法を使うたびに魔力を通した術式が発する熱をその身で受け止める事になる。
出力を下げている状態なら発熱量も減るけど、最大出力の[風]を撃っている以上、熱いまではいかなくても多少の発熱はしているはずだ。
水花は魔装人形だけど人格があって魂があって心があって痛覚だってあるんだ。無理はさせたくない。……少し過保護かな、自覚はしてるけどダメったらダメ。
「春護……わかりました、そんなにも春護はイズキさんと二人でやりたいみたいですね」
「……ん? す、水花?」
納得してくれたのは嬉しいけど、なんか怒ってる? それに何か変な事を言ってなかったか?
「アタシが気付いてないって思ったんですか? 気を利かせて話に参加しなかったのに気付いていないわけがないですよ!」
「ま、待った水花。何を言ってるんだ?」
気を利かせたって何の事? 参加しなかったって何? 確かに会話に入って来なかったけど、それが一体何について……えっ、どゆこと?
困惑している俺を置き去りにして、水花を勢い良く俺を指差した。
「アタシは知っていますよ! 春護はイズキさんの事が好きなんだって!」
「ほあぇっ? そ、そうなの!?」
水花はいきなり何を言い出してるんだ!?
イズキもお前はお前であからさまに照れるな! 両手で頬を覆うな!
「なんでそうなった!?」
「春護とイズキさんは今日知り合ったんですよね?」
「ああ、ロロコの所に行く時にいた不審者、それがこいつだ」
「言い方悪いわよ!」
「うるさい黙れ」
「ほらまたです!」
俺の事を指差しながら叫ぶイズキを言葉で黙らせた途端、声を上げる水花。
またって何?
「春護とイズキさんの関係は明らかに出会って初日の距離感じゃないです。その理由は春護の態度です!」
「はっ! 確かに春護って初めて会った時からこの態度だわ!」
「男の子が女の子を何度も揶揄うだなんて、そんな事をする理由は一つです! そう、つまり好きな子の気を引きたいからです!」
「春護、オマエ……ふふっ、アタシも罪な女ね。一目惚れさせちゃうだなんて。だけどごめんなさい。アタシには使命があるのよ、だから恋愛なんてしてる暇はないわ。……春護の事、嫌いじゃなかったわよ。さようなら」
「悪ノリするな」
途中で何かを察したみたいだったけど、絶対にその上で楽しんでる顔だろイズキのそれは。
軽く頭にチョップを落とすと、すかさず水花は「やはり」と呟いていた。
「えーと、水花? そんなんじゃないからね? 確かにイズキの事は揶揄いたくて仕方がないけど、それは気が引きたいとかそういう理由じゃなくて……えーと、なんだろ?」
「アタシに聞くんじゃないわよ」
どうした俺はこんなにもイズキの事を揶揄いたくて仕方がないんだろう。……えっ、まさか本当に無意識のうちにこいつの事を? 水花の言う通りなのか?
「……何よ」
確かにイズキは可愛い女の子だと思う。特徴的な赤髪も明るくはっきりとした性格をしている彼女に似合ってるし、きめ細かくて当面感のある肌とか触ってみたいと思う。
「だ、だから何よ!」
ロロコと違って俺はロリコンじゃないからぺったこん以外嫌だって事もないし、むしろある方が良い。イズキは……丁度良いサイズだよね。
「ずっと見詰めるのやめなさいよ!」
「あっ、ごめんつい」
照れて顔を腕で隠している姿も可愛らしい。
あれ、もしかして俺、本当にイズキの事が好きなのか?
「……春護、一応言っておくけど場の空気に流されてるわよ」
「そ、そうなのかな?」
「ちょっ、そういう反応やめなさいよ! 変な気分になるじゃない。……はあー、オマエがアタシを揶揄う理由さえハッキリすれば答えが出るわよね? 仕方がないから不本意だけど教えてあげるわ」
「えっ」
イズキは一度咳払いをし、胸に手を当てて深呼吸をすると言い放った。
「ズバリ、アタシのリアクションが激しいから見ていて楽しくなってるのよ! つまり、オマエにとってアタシは娯楽用品! おもちゃで遊んで楽しんでるだけなのよ!」
なんか凄い事言ってない?
自分で自分の事を娯楽用品呼びって……なるほど不本意ってそういう事か。
それにしてもだ。
「確かにそうかも」
「即答するんじゃないわよ! 少しくらい迷いなさいよ!」
「凄いねイズキは、モヤモヤがスッキリしたよ。ありがとう、これからも良いおもちゃでいてね」
「良い笑顔でクズ発言するんじゃないわよ!」
なるほど、こういうところか。確かに反応がここまで良いと揶揄いたくもなるよね。その後は普通にしてくれるし、後腐れない……って表現はちょっと違うか。
そう、イズキって良い女だよね。聞こえ方によっては都合の良い女だって言っているように聞こえるけど、そういう事じゃない。
イズキ自身もこのやり取りを楽しんでいるんだと思う。好きに言い合う関係って良い事だって思うんだ。お互いに遠慮がいらない仲って言うのかな。
初日で何言ってんだって感じだけど、不思議とそう思ったんだ。
「……なるほど、イズキさんは春護のおもちゃですか」
「水花!? いや、アタシが言った事なんだけど、あーもうっ! やっぱり言わなきゃ良かったわ!」
「その場合だと俺がイズキの事好きになり過ぎて揶揄う事が止まらなくなるけど?」
「へっ? って、それ結局は今と変わらないじゃない!」
「バレたか」
一瞬照れたかと思えば即座に察してツッコミ。これだ、これこそがイズキの魅力なんだね。今ならはっきりわかるよ。
「水花も気を付けなさい。隙を見せるとオマエもおもちゃにされるわよ」
「水花をおもちゃになんてするわけないでしょ? 俺のおもちゃはイズキ、お前だけだよ」
「えっ……ああ、もうっ! なんでちょっとドキッとしちゃうのよアタシは!」
今度は自分にツッコんでる。それに今のセリフでときめいちゃうのは流石にまずいと思うよ?
「将来悪い男に引っ掛からないようにね?」
「既に引っ掛かってるわよ!」
「えっ、もしかしてイズキって俺の事っ」
「違うわよ! まだそういうのは早いじゃない!」
……うーん、こっち方面で揶揄うのは良くないかな? ライン超えな気がしてきた。
まあ、どっちにせよ困る事ないから気にしなくていっか。
「……まだ早いという事は、今後はありえるって事ですか?」
「すすす、水花!? そこは深掘りするんじゃないわよ! 未来の事なんて誰にもわからないし、それに全否定するのは春護に失礼かもって思っただけなのよ! 本当よ! 本当なんだから勘違いするんじゃないわよ!」
なんだろう。否定を重ねるたびに肯定している感が……それに水花も凄いな。流石に俺もそこはスルーしてあげたのに。
やっぱりイズキの才能だね。うん。
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