第十一話 翼無き不死鳥

「ああもう! 模擬戦するんでしょ! 叩き潰してあげるわ!」

「ではアタシは審判をしますね」

「うん、よろしく。それじゃあイズキ、やろっか」


 水花は壁まで離れ、俺とイズキは部屋の左右に別れて向かい合った。


「二人とも良いですか? それでは、始め!」


 上に伸ばした腕を水花が振り下ろした瞬間、俺は術式に魔力を通した。


「【鳥】」

「——っ!?」

「【風】」


 最略詠唱で発動した魔法によってイズキとの距離を縮め、俺の間合いに入るのと同時に拳を突き出しながら最略詠唱で次の魔法を発動する。


 拳が暴風を纏い、破壊の塊となってイズキへと迫る。

 胴体に直撃すれば最略詠唱だとしても骨を砕き内臓をぐちゃぐちゃにするほどの威力がある。初手で友人相手に使うにはやり過ぎだと自覚してるけれど、イズキなら平気だって思うんだ。


 ——ほらね。


「速いわね、それにこの威力、アタシじゃなかったら死んでたわよ?」

「イズキなら大丈夫だと思ったんだよ。それにテストでも同じ手を使ったけど、今みたいに防がれちゃったよ」

「……オマエ正気?」


 これは心の底から引かれてるね。まあイズキは白夜の事を知らないわけだし、普通の生徒相手にやったって思ったらそうなるかな。

 自画自賛になるけど、騎士見習いのレベルじゃないもんね。


「正気だよ。相手は在学騎士だったからね」

「……へえ、それなら負けたのも仕方がないわね。気にする事ないわ」

「ありがと、でも試合には勝ったよ」

「そうなの? やるじゃない」


 イズキが俺の[風]を防いだ方法は奇しくも白夜と同じだった。

 赤いロングコートの内側に隠されている直剣によって受け止められたんだ。


 刀剣による防御、そこまでは同じだ。だけど二人の間には明確な差があった。

 それはイズキの身体が[風]の威力によって吹き飛ばされていないって事だ。


 ほぼ奇襲の一手をイズキは即座に見切ると剣を取り出し、完璧な形で受け流していた。

 そのまま反撃されていたら小さくない傷を負っただろうけど、彼女は反撃よりも会話を優先したんだ。


 見切りの速度と受け流しの剣術。こいつ、本当に魔操科かよ。


「とりあえずはこれで一本ってところかしらね?」

「……そうだね」


 挑発的な笑みを浮かべているイズキ。認めるしかない、今のは俺の負けだ。

 やり直すかのように俺は背を向けて距離を取った。いや、ようにじゃないか。これはやり直し、二回戦目だ。


「春護が強いのは今のである程度わかったわ。でも、いいえ、だからこそ油断大敵よ?」

「ああ、身に染みたよ。だからここからは、止まらないぞ」

「ええ、来なさい。全部受け止めてあげる。いいえ、受け流してあげるかしら?」

「水花!」

「は、はい! 勝負開始!」


 改めて水花が開始の合図をした瞬間、俺はさっきと同じように距離を詰めた。


「【鳥】【風】」

「あら、同じかしら?」

「油断はもうしてないよ」


 同じ事をしても剣で受け流される事はわかっている。ただもう通じない事を俺は知っている。だから止まらずに[風]を維持したまま左右の拳を振るい続けた。


「近接戦が得意みたいね。良い連打じゃない」

「随分と余裕そうだね!」

「そうでもないわよ。少しでも受け損なったら腕ごと千切られそうだわ」


 魔法による高速移動は使わずに、両手に暴風を纏いながら純粋な体術で攻め続けた。

 だけど最初にされたように剣による受け流しで無効化され、純粋な体術だからこそ見切ら剣を使う事なくただ回避される回数も少なくなかった。


 白夜の時とは違う。お互いの位置が入れ替わり続け、まるでダンスをしている気にもなるけどこのままじゃダメだ。

 イズキが受け流しを失敗する未来が想像出来ないくらい、彼女の技術は完成している。

 それに回避される回数が増えている気がする。いや確実に増えてる。動きに慣れられてるのか。


「妙ね、オマエの体術には違和感があるわ。本来なら蹴りも組み込んでるんじゃない?」

「イズキってバカ? 刃物相手に蹴りなんてしたら斬り落とされるでしょ?」

「そんな事しないわよ。それに正直最初の一撃を受けた時には焦ったのよ? オマエの拳をダメにしちゃったかと思ったもの。でもそうはならなかった。その[風]とやらは威力を増幅させるだけじゃなくて、拳を保護する役割もあるみたいね。でもそれを足には使えないって事かしら?」

「バレたか」


 イズキの推測は大体合ってる。ただ拳に纏った暴風が盾としての役割をしているというより、拳と刃の間に風の膜が出来ているためそもそも拳まで届いていないんだ。

 だから俺自身も相手を殴った感触がない。その前に相手が吹き飛ぶ事になるからね。


 イズキが言うように足にも纏えれば良かったんだけど、残念ながらそれは出来なかった。

 勿論試した事はあるけど拳が相手に届かないように、足で発動したらその瞬間に身体が浮いたんだ。

 地面と足の間に暴風が発生した結果だった。その後どうなったかはうん。転けました。


 どうやら人類は足が地面に付いていないと立っていられないらしい。


「やるじゃない春護。本当は見せるつもりはなかったんだけど、アタシだけ知るのは不公平よね。特別に見せてあげるわ」


 受け流す力を調節し俺の力を利用する事で距離を取ったイズキは、好戦的な笑みと共に魔法を発動した。


「【魔操術・紅蓮の魔帝フェニックスドライブ】」


 完全詠唱と共にイズキの全身から魔力が溢れ出し、手にした直剣の刃へと集まると無数の術式が同時に構築されていた。


「……は?」


 イズキは一体何をしている? あれは一体なんだ?

 イズキは魔操術使いだ。それは前に聞いたから知っているけど、彼女がしているそれは常識の外側にある技術だった。


 自身の魔力を元にその場に必要な術式を空中に構築し発動する。それが魔操使いの一般的な戦い方だ。

 イズキの何が常識外なのか、それは術式を空中にではなく、剣に纏わせる形で描いている事だ。それも複数の術式を組み合わせているように見える。


 術式とは長い時間をかけて調節、改良が施されていて一つ一つの術式が既に完成された状態だ。魔操術使いはそれらを知り、模倣する形で使用している。


 魔操術式の中には使用者の好みに応じて調節出来る部分を意図的に用意している事もあるらしいけど、術式はそれ一つで完成しているんだ。


 だけどイズキのアレはなんだ? 詳細なんて勿論わからないけど、複数の術式を同時に構築した上で、それらを繋ぐような術式らしき部分。それが一番わからない。

 術式の基本は円だ。多少歪な形になる事はあるらしいけど、イズキのそれは複数の円が繋がっていてまるで鎖のようにも見えた。


 それだけでも混乱してるのに、もう一つの常識外。

 どうして構築した術式を動かす事が出来るんだ? 剣に纏うようにして追従している術式。それもありえない事だからな?


 そんな光景を前にして思わず呆気に取られていると、彼女は再び好戦的な笑みを浮かべた。


「春護。ここからはアタシからも行くわよ?」

「——っ【花鳥風月・風】!」


 それは本能的な反射だった。

 最略詠唱から短略詠唱へと切り替え、両手に纏わせた暴風の出力を上げた。


 何が起きても反応出来るように意識を集中させているとそれは起きた。

 イズキの刃に纏わり付く様に描かれた術式が起動し、彼女らしい色を溢れさせた。


「燃え上がりなさい」


 それは紅蓮に光り輝く炎だった。

 俺が拳に風を纏っているように、イズキは刃に炎を纏わせていた。


「さあ、楽しく舞いましょう!」


 ずっと受け身だったイズキがついに自分から動き出した。

 炎を纏った剣を片手で持ち、純粋な脚力で突撃した。剣の間合いに入ると楽しそうに笑いながら斬撃を放つけど、両腕をクロスさせる事で受け止めた。


 ——剣が止まった。今ならノーリスク!


 今まではずっと受け流されるばかりでイズキの剣はフリーだった。だから選べない択だったけれど、今は俺の腕に受け止められているから問題ない。


「せいっ」

「おっと」


 防御とほぼ同時に放った蹴りだったけど、当然のように躱された。こいつの反応速度は正直頭がおかしいと思う。


「なんで反応出来るんだよ」

「勘よ」


 平然とふざけた事を言いながら、再び剣が振るわれた。


 初撃を防いだ時に確信した。イズキの炎は俺の[風]とは違って衝撃を増幅する効果はない。純粋な攻撃性能の強化だ。


 炎の剣を防ぐのに両腕はいらない。片手で防ぐのと同時に逆の手で反撃をするけど、容易く躱される。


 イズキが炎を出す前の状況に似ているけど、俺が一方的に攻めていた展開ではなくなり、お互いに攻撃をしては防ぎ、躱し、反撃をするの繰り返し。


 両腕で交互に攻撃している俺の方が手数は上だけど、間合いは剣を使っているイズキの方が上だ。いかに距離を詰めて自身の間合いで戦うかが重要だけど、歩法技術は同等かな。詰めれば詰めただけ上手く離されている。


 このままじゃ事実上の千日手だ。だから前提にない動き、体術以外の手段を使うしかない。

 水花みたいな使い方は正直苦手だけど、やるしかない。


 ——[鳥]で間合い管理を崩す!


 無詠唱と最略詠唱を連続で使って間合いを有利にしようとした時、確かに俺は聞いた。


「ああ、もう。楽しいわねぇ」


 それは普段とは違う、少しねっとりとした口調だった。


「アハッ、春護! もっと激しくいくわよ!」


 攻防のタイミングをズラし、叫びながら剣を振り上げると両手で握り締めたイズキ。


 ——絶対ヤバイじゃん!


 丁度発動しようしていた無詠唱の[鳥]を使い、直線限定の高速移動で距離を取った直後にそれは起きた。


 振り下ろされた剣が床に触れた瞬間、彼女自身を巻き込む形で巻き起こる爆炎。その熱はここまで伝わってきた。


「おいバカ! やり過ぎだろ! 室内だぞ!?」


 室内で爆弾を使ったようなもんだ。それも自分を巻き込みながらとか、明らかに頭がおかしい。

 戦闘中の笑みを見た時から薄ら思ってたけど、今ので確信した。


 イズキは戦闘狂だ。


「フフッ、大丈夫よ春護。ちゃんと制御してるもの。アタシの炎がアタシを焼く事はないわ。それにほら、床だって抉れてないでしょう?」

「……うわ、ほんとだ」


 炎が消え去り姿を現したイズキは確かに無傷だった。それに彼女が言っているように床にも傷はない。本来なら抉れているはずだし、とんでもない制御力だ。


「それに派手だけど見た目ほどの威力はないわよ? そうね、技の特徴として炎の熱で破壊するんじゃなくて、爆風で対象を吹き飛ばす事がメインなのよ。ちなみにその衝撃はオマエが最略詠唱で発動した[風]とやらくらいかしら?」

「十分過ぎる殺意じゃん、それ」


 攻撃範囲が拳だけの[風]と違って、周囲全方向に同等の威力をぶちまけるなんて機動力がなければ詰みじゃん。

 その分わかりやすい初動と溜めがあったけど、対処出来るのって全体の何割くらいだろう。


「そうでもないわね。予備動作が長いから実用性はほとんどないし。もっと溜めて範囲を広げた方がまだ実戦的かしら」

「……もはや兵器じゃん」

「そりゃそうよ。北方においてアタシたちは兵器とされているもの。国境を守る人体兵器ね」

「——っごめん」

「あら? アタシは気にしてないわよ。だからそんな顔はやめなさい。というより、決着はまたついてないのよ? まさかとは思うけど、これだけ離れてたら多少油断していても大丈夫だって、そう勘違いしてないかしら?」

「えっ」


 炎を纏った剣の鋒を後方へと向けながら、再び好戦的な笑みを浮かべるイズキ。

 嫌な予感しかしない。


「さあ! もっと楽しみましょう!」


 後方へと構えられた剣の鋒から炎が吹き出し、まるでロケットのようにイズキは飛んだ。


「マジっ!?」


 ただ炎を纏うだけでなく、噴射する事で推進力へと変えた彼女はその勢いのまま斬撃を放った。両腕をクロスさせて防御したけれど、今度は身体を吹き飛ばされた。


 炎としてではなく、爆炎として使うと衝撃が増幅されるらしい。そりゃさっき[風]みたいなものって言ってたもんね!


「さあ、燃えていくわよ!」


 再び鋒を後方へと向け、自身を発射するイズキ。吹き飛ばされてまだ空中にいる俺に接近すると、無慈悲にも剣を振り下ろした。


 回避は不可能だけど、防御は出来る。それにさっきの一撃と違って射出の推力をそのまま衝撃に変換出来ていないから受け身も取れた。

 状況を目視で確認するよりも先に無詠唱の[鳥]でその場から離れると、さっきまで居た場所から爆発するような音が聞こえた。


 集中しろ。確かに速いし一撃は重い。だけどそのかわり一手一手に爆音が鳴り響くから位置とタイミングは把握出来る。

 移動系の術式がある以上、選択を間違えなければ詰みはない。

 

 それにしても、白夜とはまるで違う強者だな。


 あいつは優れた身体能力を使った強固な防御力と高い攻撃力を活かしたスタイル、ぶっちゃけ脳筋戦法だった。

 だから魔装騎士としての白夜とは相性が良かったけど、イズキは俺と同系統だ。


 似ているけど同じではない。俺は[鳥]で距離を詰め、その後は純粋な体術で攻め続けるのを得意としている。そして相手が逃げようとするなら再び[鳥]で追い掛ける。


 あくまでもスピードは近付くための手段であって、それ自体を戦術に組み込んでいない。

 スピードもあるテクニカルスタイルだ。


 対してイズキはそんな俺のほぼ上位互換だ。

 近接戦闘での技術も高く、スピードも戦術に組み込んでいて、さっきからずっと彼女のペースだ。


 現状俺のスピードは戦況を有利に進めるための一手としてではなく、イズキの攻撃を躱わすためだけの手段になっている。

 対してイズキは爆炎を推進力へと変えた技を、重要な攻めの一手として使い続けていた。


「さあさあ! もっと熱くなりましょう!」

「楽しそうだな! この戦闘狂がよ!」

「アハハッ、そうかもしれないわね!」


 楽しそうに笑いやがって。こっちにはそんな余裕ないぞ?

 致命傷を受ける事はない。全部防御しているし、防御不可の範囲攻撃は[鳥]による緊急回避で躱している。


 お互いに有効打はない。だけど互角とはとても思えなかった。


——これだから魔操騎士はとんでもないなっ!


 正直言って俺は楽しんでいた。

 余裕はないけど、それすらも歓喜へとなり集中力を高め続けていた。


 今の状況は開始時と真逆、いやそれ以上だね。今度は俺の方が受け身になっているけど、あの時のイズキはただ攻める気がなく様子見をしていただけだ。

 反撃が始まった途端この様だ。イズキの実力は想像を遥かに上回っている。だからこそ、嬉しかった。

 この経験は必ず糧になる。俺はまだ強くなれるんだ!


 イズキの爆炎移動は厄介だけど、それには明確な弱点があった。それは鋒を向けた方向に爆炎を放つ以上、進路が一目瞭然だって事だ。


 それに俺の[鳥]とイズキの爆炎移動は決定的に違う点がある。

 爆炎によって無理矢理自身を飛ばしている関係上、発射後に出来る選択肢の少なさだ。

 そのまま攻撃に繋げるか、それとも隙を晒して着地するかの二択しかない。


 そこが狙い目だ。


「春護! こんなものなのかしらっ!?」


 空中から地面に叩き落とされ、落下時の受け身を失敗したように見せ掛けるとイズキは感情のままに叫んだ。


 咄嗟に振り返り両腕をクロスさせると、防御の上から渾身の一撃を叩き込もうとするべく彼女は放たれた。


 ——ここだ!


 望んだ展開だと笑みを浮かべる事なく、無表情のまま無詠唱で術式を起動した。


【魔装・花鳥風月・鳥・二連】


 指定した方向へと一定距離高速で移動する魔法によってイズキの斬撃を躱した直後、同じ距離を移動する事で間合いへと帰った。


「げっ」


 まるで自身の斬撃が動く事なく無効化された、そんな勘違いを誘発したかもしれないけれど、イズキの動体視力ならそれはないか。

 どちらにせよ、チャンスだ。


「はあっ!」


 暴風を纏った拳を彼女の胴体へと遠慮なく叩き込んだ。接触と同時に圧縮された嵐が本来の激しさを解放し、凄まじい破壊の力を解き放った。


 ——……マジかよ。


 確かに当たった。いや[風]の特性から感触はないけど、確かに命中したはずだった。

 だけど、どうやら何かをされたらしい。


「あっぶなー。もう少しでひき肉にされるところだったじゃない」


 確かに吹き飛ばした。という事は命中したって事だよな? だというのに傷らしい傷もなく歩いているイズキ。何かしらの手段で防がれたって事だよな。どうやって?

 あーもう、魔操騎士の手札の多さは本当に厄介だな。


 正直言って今の一撃はイズキの事を殺すつもりだった。

 俺から提案した模擬戦。だというのに殺すつもりで技を放った。だけど、不思議と罪悪感はなかった。


 いや、理由は明らかか。お互い様だもんね。

 俺の手札に[鳥]がなかったら死んでたかもしれないし。


「あら、残念。もう切れちゃったみたいね」

「キレる? 別に怒ってないよ。むしろ感謝してるくらいだね」

「そういう意味じゃないけど、まあこれくらいにしておきましょうか」

「……そうだね」


 流石にお互いやり過ぎだ。模擬戦だったのにどちらかが死んでもおかしくない、それくらいの攻防だった。

 だけど、これだけは言える。


「次は負けない」

「何言ってるのよ。結果は引き分けじゃない」

「……どこがだよ」


 イズキがなんて言おうが、この戦いは俺の負けだ。

 模擬戦が今度こそ終わった事を察した水花が駆け足って近付いた。


「春護! 大丈夫ですか!?」

「うん、大丈夫だよ。疲れたけどね」


 肉体的だけじゃなくて、精神的にも削られたかな。少しでも気を抜けば次の瞬間には死んでいるかもしれない。そんな緊張感が続いていたからね。


「す、水花?」


 いつも通りの無表情のまま、ペタペタと俺の身体を触る水花。

 もしかしなくて傷を確認してるのか?


「あっ……」

「それは後でね」


 ピタリと動きを止めた水花の頭を撫でながらイズキへと目を向けると、彼女は複雑そうな表情をしていた。


「うーん、まあ何も言わないわ」


 それは何について? とは聞こうと思わなかった。多分、知らない方が良い事だ。

 

「イズキ、身体は大丈夫なの?」

「ええ、ギリギリ防御が間に合ったわ」


 防御が間に合った、ね。戦闘中ずっと思ってたけど、イズキの魔操術は安定からは程遠い場所にあると思うんだ。


 何故なら、最初に詠唱しただけでそれから一切詠唱をしていないから。


 爆炎による範囲攻撃に高速移動、どちらも同じ炎を使った技だけど、普通ならそれらに明確な技名を付けて安定化させる。

 無詠唱で運用しているだけかもしれないけど、どちらにせよイズキの魔力制御はレベルが高過ぎる。


 最略詠唱じゃなくて短略詠唱の[風]だ。それも普段はしない圧縮した暴風の解放による強化した一撃。

 それを無詠唱で完全に防ぎ切られた。


 ……うん、やっぱり完敗だ。


「ねえ水花。今の戦いを見た感想を聞かせてもらえるかしら?」

「えっ、それは……」


 イズキの言葉に動揺し、チラチラと俺の方に視線を向ける水花。

 わかりやすく躊躇してるね。


「アタシが春護を圧倒しているように見えた。違う?」

「——っそれは……」


 彼女と言葉に水花は言葉を失い、俺は何も言わなかった。

 何も言えないからじゃない。言う必要がないからだ。一度視線を向けて来たイズキから悪意は感じず、むしろ逆だね。

 だからこのまま大人しく聞いていよう。


「自覚はしてるんだけど、アタシは魔操騎士として異色よ。剣で戦うなんて本来なら魔装騎士のやり方だもの。だからこそ実力者は初見が辛いらしいわ」

「……それはそうかも。魔操騎士って基本は後衛だもんね」


 魔操騎士は後衛からその場に合わせた術式を描き、どんな状況でも活躍する万能型だ。

 その代わり魔法の発動まで高い集中力が必要となり隙だらけになるのが弱点だ。


 通常はその隙を仲間によって補うものだけど、白夜が自らが魔装具を持つ事で対処しているように、イズキは魔操術そのものを近接用に調整していた。


 うん、二人とも一般的じゃないね。


「正直初手で終わると思ってたんだよね。魔操騎士ってそういう油断があるし」

「そんな事だと思ったわ」

「……バレてたか」


 今の発言で確信した。イズキは対人戦に慣れている。

 敵対関係にある隣国との国境を守護している北方出身らしいけど……戦場を経験済みなのかな。いや、兵器発言からして決定的だよね。


「まあ? 春護も春護で普通の魔装騎士とは違うみたいだけどね」

「——っ」


 無反応な俺と違って動揺しているように見える水花。相変わらず表情は変わらないけど、感情豊かだね。


「それはそれとして話を戻すけど、アタシと春護じゃ前提が違うのよ」

魔装騎士ドールナイト魔操騎士メイジナイトだからですか?」

「ふふっ、不正解。春護は優しいのよ」

「「えっ?」」


 ちょっと待て水花。なんでお前も驚いたのかな? なんとなく不満ですけど?


 あっ、でもそっか。水花からすればイズキを揶揄いまくってる男だもんね。……ふーん、つまりイズキのせいか。


「春護ってやってる事は殺意マシマシなのよね。でも、そこに殺気が乗っかってないのよ」

「……どういう事ですか?」

「水花も見てたでしょ? 初見殺しみたいな戦術を平然と使うくせに、対処されるのを前提にしているわ」


 試合開始と同時にやった鳥風コンボの事かな? 白夜には悪意を込めてやったけど、イズキには……うん、その通りだ。

 それにしても……。


「……」


 水花ちゃんってば気まずそうですねぇ。

 まあ、そうだろうね。初手[鳥]からのコンボは他の誰でもない、水花が俺にやった戦術だからな。


「水花?」

「なんでもないです」

「そ、そう」


 イズキは空気の読める女なんだよね。チラチラ困った視線送ってくるのやめてね。


「ともかくよ、春護には意志としての殺意が足りないのよ。本気で殺すつもりでやっていたらこうはならなかったわ」


 戦術ではなく、意志としての殺意か。

 ……だって模擬戦だよ? 無理じゃない?


「ふふっ、春護って対人経験が少ないんじゃないかしら?」

「うん、ほぼない」

「そうだと思ったわ。人間を相手に敵だって冷酷になれないのね。北方の現状については知ってるかしら?」

「うん……やっぱりイズキは、その……」

「ええ、殺してるわ。何十何百という人間をね」


 人を殺している。

 中央区ではその経験をしているのは犯罪者だけだ。いや、違うか。正式な騎士ならそんな犯罪者を殺す、そんな事もあるかもしれない。


 人が人の命を奪う。俺みたいな凡人には遠い世界のようで、騎士という世界では決して遠くない世界。

 覚悟しなくちゃいけない未来だ。


「それなら尚更確信した。イズキ、本気じゃなかっただろ?」

「あら、失礼じゃない。本気だったわよ?」

「よく言う」

「ふふっ、バレた? でも嘘ってわけじゃないわよ? ただ環境が全力に適していなかったのよ」


 やっぱりそうだったんだ。

 勿論最初はわからなかった。だけどイズキの得意魔法が火属性だって判明した時に察したんだ。室内は……うん。お互いね、


「ただ、そんなアタシの事情以上に……春護、オマエも色々と大変そうね」


 ……これは確実にバレてるね。普通ならその発想すらないだろうけど……いや、だからこそかな。そんなイズキだからこそわかったんだ。


「お互い様じゃない?」

「——っ、バレた?」

「うん。イズキは魔操騎士版の俺でしょ?」


 魔装騎士と魔操騎士は確かに格が違う。だけど根本的な所は同じなんだ。


「これからそれについて生徒会室で説明する事になってるけど、イズキも来る?」

「遠慮しておくわ。お互いに深掘りはやめておきましょう」

「……そうだね」


 国境で戦いが激しい北方出身。どうやら色々と……いや、俺が気にする事じゃないか。

 だけど、ロロコには共有しておこうかな。


「それから春護! 隠すつもりがあるなら擬態しなさいよ! 剣なら使えるんでしょう?」

「えーと、そうなんだけど……」


 イズキが言う通り剣は使える。だけど魔法との併用には自信がないし、素手の方が安定するんだよね。

 今は基礎を——


「どうせ基礎が大切だからとか、そんな理由なんじゃない? 個人的な意見になるけど、それだけ出来れば基礎は十分だと思うわよ?」

「……そうかな」

「春護って自己肯定感低いわよね」

「一度死んでる雑魚だからね」

「ふーん、どちらにせよ強くなりたいなら貪欲である事が重要だわ。チャレンジ精神でこれからも頑張りなさい」

「うん、わかった」


 基礎は終わり、次の段階か。となると応用編って事だよね。んー、どうしよう。

 とりあえずはイズキに言われた通り剣持つかー。個人的にはバレても良いって思ってるけど、余計な混乱の種火……だもんね。


「じゃあね二人とも、楽しかったわ春護。次は水花も入れて三人でやりましょうね」

「戦闘狂がよー」

「ふふっ、否定はしないわ。好きこそ物の上手なれ、よ」

「ありがとね。少しだけ未来が見えたよ」

「ふふっ、それは楽しみだわ」


 手を振ってから先に訓練室から立ち去るイズキ。きっとこれも優しさだ。泣かないけど、そんな気分だったからね。


「春護、大丈夫ですか?」

「うーん、ちょっと辛いかな。でも、後悔はないよ」


 自分で言うのは恥ずかしいけど、俺の力はまだまだ修行不足の発展途上だ。

 剣を使わずに拳で戦うスタイルになったのはロロコの元で目覚めてからだ。


 まだまだ魔装術式を力を完璧に出せているとはとても言えないお粗末な練度。

 それでも今の俺は明らかに前の俺よりも強くなった。それが自信に繋がっていたんだけど……初日に二敗は……堪えるかな。


「さてと、そろそろ生徒会室行こっか。水花も気になるでしょ?」

「……はい」


 気まずそうに俯いた水花の頭を撫でた後、俺たちは生徒会室へ、化物の巣窟へと向かった。

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