第十五話 ただいま
そんな正直に話したら引かれても仕方がない事を考えていると、目を丸くしている二人が視線を交わらせていた。
その後まるで代表するように口を開く常。
「……えっ、二人って今日が初めてだったの?」
「はい、春護とは今朝初めて会いました。いつか迎えに来る人がいるとは聞かされていましたけど、詳細は何も教えてくれませんでしたから……だからその……」
チラリと視線を向けて来る水花。迷ってる? 何に?
……あっ、初対面時に戦った事か。
常はあからさまに友好的だし、小泉だってついさっき友人発言を聞いたばかりだからね。俺を本気で殺そうとした過去があるだなんて、知られたくないって思うのも自然かな。
俺は水花のしたいようにすれば良い、そんな意味を込めて微笑むと、彼女は躊躇いがちに話を続けた。
「えーと、その——」
不安そうな声で水花は話す。侵入者だと思って戦った事、本気で殺そうとした事。
だけどどうやらあの話はしない事にしたらしい。俺と戦いたくないという、身体に刻み込まれていた前世の想いは。
「えっ、それって春護君が悪いよね?」
「えっ」
「えっ、じゃないですよ。どんな解釈をしたとしても、悪いのは志季さんだとわたしは判決を下しますよ?」
あれ、なんか空気悪くない?
「いやいや、ただの勘違いで起きたすれ違いってだけで、悪者はいないじゃん」
「でもでも春護君は予め水花ちゃんの事知ってたんでしょ? さっきそう言ってたもんね」
——やっべ。
「何より酷いと思うのは、志季さんの行動です。完全に水花さんの心をへし折りにいっていますよね?」
「へっ!? そんなつもり全くなかったけど!?」
小泉の心ない言いがかりに慌てて水花へと目を向けると……あれ、水花さん? どうしてこっちを向いてくれないんですか?
「あーあ春護君、やってしまいましたねぇー」
ニヤニヤとした小悪魔な笑みを浮かべている常。ほう、中々良い性格になったじゃないか。なんだか懐か……やめとこ。
「志季さん? 現実逃避はやめてくれませんか? あなたの行いによって傷付いた少女が目の前にいるのですよ! それもこんなにも小さくて可愛らしい天使のような女の子がっ!」
「ご、ごめんなさい。だけど小泉、早々に仮面剥がれてるぞ」
「気のせいです!」
こいつ、本当にそれで誤魔化すつもりか?
なんというか、小泉からは奴と同じ匂いがするんだよね。何処ぞのロリ天モデル発明者とさ!
いや、今はこの厄介ガチファンよりも大切な事がある。全然こっちを向いてくれないけど、勇気を持つんだ。頑張れ俺!
「えーと、水花? 俺はそんなつもりなかったんだけど……そうなの?」
「……」
返答なし。これは中々にまずいのでは!?
もしかしてここまで友好的で居てくれたのはあくまでも俺が水花のマスターだからだったのかっ!?
いや、確かに思い返せば水花との仲を深めるようなイベントは何もなかったような気もするし、ただただ一方的に俺の重た過ぎる感情をぶつけられていただけだ。
えっ……マ?
「ちなみに志季さんの所業を纏めると次のようになります。事情を知っているのにそれを明かす事なく戦闘開始。水花さんの攻撃を捌き続けプライドをへし折ってからのグーパン。更には無理をさせ負傷させてしまう。最低のDV野郎ですね」
「……」
まずい。これはまずいぞ。反論出来ない。
初対面時に戦闘になる流れを作った理由だって、これから相棒となる魔装人形の性能チャック的なやつではなく……その、戦いたかったからだ。
水花の意志を、その魂の力をこの身で受け止めたかったからだ。でも……それを言ったら余計に拗れるよね。
「水花さん。今この場にいるのは魔装騎士見習いと魔装人形ではありません。ただの加害者と被害者です! さあ、どんな罰を求めますかっ! 生徒会副会長としての権力と魔操科の力をもって何でも実行しますよ! とりあえず捥いでおきますか!?」
「権力の悪用良くない! それから捥ぐって何をっ!?」
「そんなのチ——」
「いずみんっ! それ以上は本気で怒るよ!」
「くっ」
常のおかげてキャンセルされたけど、この女は一体何を言おうとしていやがった!? 明らかにアウトな事を口走ろうとしていなかったか!?
「常ちゃまの前では権力など無力です……」
「ちょちょっ! それだとあたしがやばい人みたいじゃん! それはあれだよっあれあれ! えーと、そうっ名誉毀損だよ! 風評被害だよ!」
四つん這いになりながらそんな事を言い出した小泉に、思わず立ち上がる常。
「もー、どうしていずみんは春護君が関わるとそんなすぐに……えっ、もしかして……」
「え? ち、違いますからね! 絶対にそんな事はありません! そもそもわたしは男性に興味なんてありませんから!」
「男性に興味がない? それってつまりいずみんは——」
口元に手を当てて目を丸くする常。そんな彼女に絶望したかのような表情を小泉が見せかけた時、常は続けた。
明るく楽しそうな口調で。
「初恋がまだって事っ!?」
「へ? いや、それはその、これを初恋などというありふれた表現におさめて良いのか大きな疑問ですが……その、恋はしています」
「えっ! そうなの! えー、聞いても良いのかなー、誰々ー? あたしも知ってる人ー?」
ニッコニコな笑みを浮かべて小泉に迫る常。
話題の相手が急接近した事であからさまに照れてるけど、視線で助けを求められている気がする。
まあ、小泉としては複雑な気持ちだろうからね。あいつの言っている恋の相手って十中八九、常だもん。
仕方がない。さっきは小泉に詰められたけどそれは俺が悪いし、仕返しなんて考えずにちょっと助けてあげようかな。
「常。やめなさい、友達でもそういうのはプライベートでしょ?」
「春護君……そうだね、ごめんねいずみん」
両手を合わせて謝罪する常の姿に、何処か寂しそうにしている小泉。
どうせ一般的な距離まで常が離れたから残念に思ってるとか、そんな感じだろう。
それよりも小泉? せっかく優しさで助けてやったってのに、友達って言葉に反応して一瞬だけ睨んできたよな? もっと俺に優しくしてくれても良いと思うぞ? そろそろ泣くよ?
「それでその……水花さん? あのーですね、怒ってらっしゃいますか?」
「ふふっ、怒ってないですよ。意地悪してみました」
「……」
優しい声色だけど……これはどっちだ?
魔装人形だからなのか、それとも水花の性格なのかはわからないけど、この子は本当に表情筋が仕事をしていない。
無表情のまま声は笑ってるけど……本当に笑ってますか? 怒ってる感じはしないけど、大丈夫そう?
「そんな顔しないでください。本当です」
「それなら良いけど……」
「そんなにわかり辛いですか?」
「いや、声色でわかるはわかるんだけど……ねえ?」
常に無表情だから確信が持てないってのは言わない方が良いよね? それも水花の個性だし、否定はしたくないんだ。
そもそも悪いとは思ってないよ。なんせ実際に水花と会話をするようになったのは今日なんだ。これから一緒にいれば慣れる事だもんね。
「……みんなにも言われはしたんですよ? もっと笑った方が良いって……ですが、わからないんです」
「そっかぁー。でも感情がないってわけじゃないんでしょ?」
「それは勿論! 正直春護に煽られた時は絶対に殺してやると思いました!」
「えっ……」
煽……あっ、確かにお前じゃ俺には勝てない諦めろ……みたいな事を言った覚えはあるけど……えっ、そんなに?
そういえば俺と戦いたくないって思ったとか言ってたのに、過剰出力の[風]をぶっ放そうとしてたもんね。あの時は代理マスターであるロロコに対する忠誠心的なものがそうさせたと思ってたんだけど……そっかー。
「志季さんには後日お話がありますので、宜しいですね?」
「……はい」
小泉の目が怖いです。どんだけ水花の事気に入ってるんだよ。確かに悪いのは俺だけどさ。それはわかってるけど。……怖過ぎるよ。
「あはは……いずみん、ほどほどにね?」
「勿論です。一ヶ月で復帰出来るくらいには加減してあげるつもりです」
「それ一般的には重傷だからな!? ほどほどじゃなくてやり過ぎに分類されると思うのですが、常様はどうお考えでしょうか!?」
「わぁー、春護君が壊れちゃった」
「ねえ、それならアタシの提案を聞いてくれますか?」
笑顔で怖い事を言う小泉に震えていると、水花が小さく手をあげた。
「提案ですか?」
「あっ、提案というより、小泉さんへのお願いです」
「お願いですか……余計話が見えないのですが?」
「うん、アタシたちと模擬戦して下さい」
「「「——っ!?」」」
まさか水花からそんな事を言い出すとは思っていなかった。それにたちって事は、俺も含まれるって事だよね?
どんな意図があってそんな提案をしたんだ?
「模擬戦ですか? わたしは別に良いですが、どうしてですか?」
「アタシと春護はこれから魔族との戦いに備えてもっと強くならないとダメ。魔族の実力は魔操騎士以上って言ってましたし、小泉さんを目標にしようと思いました」
彼女から伝わるのは決意と憧れ。
魔族と戦うための決意。憧れはきっと小泉へと向いていた。
「なるほど、確かに魔族と戦おうとしているのならば、わたしくらい倒せなくてはダメですね」
「それに模擬戦なら小泉さんは容赦なく春護を攻撃出来ます」
「……水花っ!?」
今、平然と凄まじい裏切り発言をしていませんでしたかね君っ!?
「模擬戦なら不当な攻撃じゃないですから」
「……なるほど、確かにその通りですね」
手を口元に当てて考え込むような仕草をしているけど、見えてるぞ。その手の裏側で三日月みたいに鋭い笑みを浮かべているのがさ!
「ただ、模擬戦は一ヶ月後で良いですか?」
「わたしはいつでも構いませんが、どうしてですか?」
「アタシと春護の実力は小泉さんには届かないと思うです」
それは正直なところ……同意見だね。
白夜と、魔操騎士としての白夜と対峙したからこそわかる。俺たちの実力は魔族どころか、魔操騎士にも届いていない。
勿論全ての魔操騎士が魔族より下だって言うつもりはないけど、平均値ならそうだって事を過去の数値が示している。
白夜の巨大術式を前にして俺たちは何も出来なかった。そして、そんな術式を破壊した小泉。
……どっちも敗北そのものだ。
今の俺たちの実力は魔操騎士以下。水花の判断は正しいと俺も思う。
だけど水花は弱気な事を言ってるわりに声色は明るい。後ろ向きではなく、前を見ている彼女は続けた。
「でも、アタシたちは魔装科です。その力の真髄は連携なんです。春護と出会った初日の今じゃ、小泉さんの時間を無駄に消費させてしまうだけになると思う。でも一ヶ月、一ヶ月あれば変われると思うんです。だから、それまでは待って欲しいんです」
「なるほど、水花さんの想いはわかりました。先ほど志季さんが言っていた新しい可能性、その一端に一ヶ月で至る。そういう事ですよね?」
「そう」
笑みを浮かべながら話す小泉に、彼女は淡々とした口調で返した。
水花の表情筋は相変わらず仕事をしていないみたいだけど、目は心の鏡だ。
小泉と戦う時をイメージしているのか、戦闘中を思わせる冷たい瞳をしていた。
「……初日でこれですか。なるほど、これが新型の、ロリ天モデルの性能という事なのですね」
「小泉?」
俯いて何かを呟いていたみたいだけど、ほとんど聞き取れなかった。
聞き返してみたけれど、小泉を何も言わずに首を横に振った。
「わかりました。それでは一ヶ月後に水花さんたちと模擬戦を行いましょう」
「ありがとです!」
「えーと、良いのか? 生徒会って忙しいでしょ?」
水花は相変わらずの様子で喜んでいるけど、小泉は彼女みたいな小柄な女子に弱いみたいだからね。
もしかすると無理している可能性だってあるし、確認は必要だよね。
だけど、その判断は失敗だったみたいだ。
俺の言葉を聞いた途端、俺以外には見えない角度でニヤリと笑う小泉。
「ですので取引しませんか?」
「取引?」
「言葉の通りです。今回はシンプルに敗者は勝者の命令をなんでも一つ聞くというのはどうですか?」
首を傾げて疑問符を浮かべている水花に小泉が提案したけれど、その内容はどうなんだ?
二人の会話だけど俺も当事者だ。意見する権利くらいはあるよね。
この状況は……うん、小泉が相手となると危ない気がするんだ。致命的ではないけど、水花に重荷は持たせたくない。
と、考えた瞬間にそれは起きた。
「えっ、死にたいの?」
瞳から光が完全に消え、更に冷たい口調へと突然変化した水花。
殺気は出ていないけど、その姿は恐怖心を刺激するには十分過ぎた。
いやいや、待て待て。
「なんで突然キレてんの!?」
「勝者は敗者に命令をなんでも一つ出来るだなんて、やましい事をする気満々じゃないですか! 一体春護にどんな命令をするつもりなの! 小泉さんの変態!」
「なっななな、何を言っているのですか! わたしが志季さんにそんなエ、エッチな命令をするとでも思うのですか!?」
「ああっ! もうそんな発想してる時点でアウトです!」
二人とも立ち上がって言い合ってるけど、俺は静かに常と目配せを交わしてお互い黙っている事にした。
この会話。すれ違いがありそうだよね。
確かに小泉はそういう命令、たとえば抱き締めさせろとか、ナデナデさせろとか、まだ健全な範囲で言うつもりだったんだろうけど、その相手は俺じゃなくて水花なんだよなー。
小泉って美人でかっこいい印象が強いけど、実際は可愛いもの好きだ。その流れなのか常や水花みたいか小柄な女の子も好きと。
常みたいに自分から無邪気に抱き付けるような性格じゃないもんね。
「わかりました! わかりましたよ! ならばエッチな命令は禁止という条件を追加しましょう! それならば水花さんも良いですよねっ!?」
「……うん、それなら良いです」
どうやら話し合いは無事に終わったらしい。
水花も落ち着いたようで既に座っていた。
「残念ですが仕方がありません」
「……」
「水花、座りなさい」
「……はいです」
無言で立ち上がった水花。すぐに大人しく座ってくれてよかった。
小泉、お前は無防備過ぎるというか、不注意が過ぎるぞー。
「春護君と水花ちゃんVSいずみんかぁー、それってあたしも見て良いのかな?」
「勿論ですよ常ちゃま。わたしが志季さんをぐちゃぐちゃの汚物へと変える姿を見て下さいね」
「おいコラ」
「あははっ、二人は仲良しさんだねー」
「……仲良し、何ですか?」
幸せすら感じているような微笑みを浮かべ、頬杖をつきながら呟いた常に、水花は不思議そうに首を傾げた。
「うん、仲良しだよ。そうじゃなきゃあんな冗談言えないもん」
「冗談かな? 半分くらいは本気だと思うよ?」
「それこそ冗談ですね。本気の中の本気です」
「……こいつ」
「大空さん、本当に仲良しですか?」
「うん、いつもの事だよ。これがいつもの見慣れた……あたしたちの日常だったんだよ……」
常の声は徐々に小さくなっていき、震え始めていた。
「常?」
頬杖をやめ、俯いて身体を震わせる常に、俺たちは言葉を失った。
だって彼女は、泣いていたから。
「……常」
常の言う通りだ。これがいつもの、俺たちの日常だった。
俺と小泉がいつも喧嘩をしていて、時にはもう一人が加わったりもして、それを見て常が笑ってる。
最後は大抵、暴走した小泉を常が鎮めて終わる。そう、これが半年前まで続いていた日常だったんだ。
「常、ただいま」
「うん……うんっ、おかえり春護君」
涙を指で拭いながら常は笑った。
それは半年前と同じ、満面の笑みだった。
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