第十四話 魂無き家族

 俺が今の身体になった原因である傷。それは半年前に起きた事件の結果だった。

 マーレと共に戦い、敗北した。だけどその場にいたのは俺だけじゃなかった。

 そこには夏実もいたんだ。


 俺とマーレ、夏実とあいつの魔装人形。四対一っていう有利な状況のはずだったんだ。

 ……だけど負けた。

 俺は瀕死の重傷を負い、夏実は……死んだ。


 姉さんが死に、残された唯一の家族である夏実の事は絶対に、この命に変えても護り切ってみせるって、そう誓ったんだ。

 だけど生き残ったのは俺だけだった。


「夏実を殺したのは魔族だ。魔族の事を知ってるよね?」

「勿論です。魔族はわたしたち騎士が戦うべき敵である魔獣の上位種なのですから」


 騎士団は同じ人間と戦うために組織されたわけじゃない。街を囲うように築かれた壁の外側に住まう危険生物、魔獣勢力に対抗するための戦力なんだ。


 油断すれば人間なんて簡単に殺されてしまうくらい危険な生物。

 猪や熊みたいに、普通の野生動物でも戦う術を持たない一般人からすれば十分危険生物だろうけど、魔獣はそれらを遥かに超える力を持っているだけじゃなく、異質な特徴があった。


 魔獣は死体が残らない。

 時々魔力を含んだ何かを残す事があるけれど、基本的には綺麗さっぱり消滅する。


 そんな魔獣のせいで街同士の行き来は危うく、街と街を繋ぐ街道などはまるで整備されていないけど、壁の中だけで見るなら技術は発展している。

 壁の内側と外側でまるで違う時代だと錯覚してしまうほどだ。


 四方にある街とは定期的に行き来をしている騎士団警護の隊商もあるけれど、生まれた地区以外を知らない人は多いというか、ほとんどだと思う。


 俺だって外にある村とかには荒稼ぎ期間に行った事があるけど、四方の街までは行った事がない。

 そう考えるとイズキはレアなケースだね。


 この世界に蔓延る魔獣。そんな奴らの上位種とされているのが魔族だ。

 魔獣が野生動物を模した黒い塊であるのに対して、魔族は俺たち人間を模した姿をしている。


 魔獣とは違って黒一色の身体ではなく、服を着ていて言葉を使うけれど、一つだけわかりやすい違いがある。

 それは角の有無だ。


 つまり角無しは人間で、角有りは魔族って事だね。

 そしてどういうわけか魔族は自身の角に誇りみたいなものがあるらしい。

 生え方は様々だけど、どいつもこいつも周囲に見せ付けるかのように角を晒している。だからすぐに魔族だってわかった。


 あの日、俺たちはそんな魔族の一人と遭遇したんだ。


「あの、ごめんね春護。魔族って何です?」


 遠慮気味に小さく手をあげている水花。

 どうやらロロコは魔族について教えなかったらしい。魔族にやられた事は知ってるはずなのにどうして? ……ただ忘れただけかな。


「人と同じ姿をしてるけど角があって……えーと」

「不思議な事に魔族は今まで男性型しか発見されていませんね」

「そうそうっ! だから何処かに女性型魔族の集落があるって噂になってるよー」

「それから水花さん、これだけは絶対に覚えておいて下さい」

「えっ、何ですか?」


 突然口調が強くなった小泉の言葉に、動揺というかビビっているように見える水花。

 わかるぞー。怖いよなあいつ。


 なんて内心ふざけていると、彼女はそれを口にした。

 認めたくない現実を。


「魔族とは絶対に戦おうと思ってはいけません」

「えっ? でも春護は——」

「志季さん」

「ごめん、無理。俺は探すよ。必ずあいつを、魔族=フィドゴレムランを討伐してみせる」

「不可能だと言っているのですっ!」


 力強くテーブルを叩くのと同時に立ち上がる小泉。

 いつもの冷静さなんて微塵もない、感情に支配された表情をしていた。


「あなたは実際に魔族と戦い、死に掛けたのですよねっ? ならばその危険性はその身に染みているはずです!」


 そうだ。俺はフィドゴレムランと戦い、負けた。少しくらいは善戦した? 違う。完敗だった。

 俺とあいつの間には大きな、あまりにも大きな壁がある。わかってる。そんな事はわかってるんだ。


「今まで確認された魔族のレベルは最低でも現役の魔操騎士以上なのですよ!?」


 記録に残っている魔族の討伐情報。それらはどれも普段は単独で動いている魔操騎士が組む事で漸く撃破となっていた。


 両陣それぞれで実力差はあるはずだ。それでも魔操騎士が単独で戦闘を行った際には、全て敗北だったとわかっている。

 勝利した前例でも被害は大きく、死者のいない戦闘は少ない。


 それほど強いんだ。魔族は……強過ぎるんだ。


「無謀な事をしようとしている自覚はある。だけど、俺と水花なら新しい前例になる事が出来る。そう信じているんだ」

「ふざけないで下さい! そんなの自殺と変わらないではありませんか! 自分の命だけでなく、水花さんまで犠牲にしようとしている。そんな事は生徒会の一員として——いえ、あなたの友人として見逃す事は出来ません!」


 叫びながら魔力を放出している小泉。その手に杖はないけれど、いや、だからこそ彼女の激情が伝わった。


 小泉ほどの実力者が感情に引き摺られて魔力を放出している。つまり制御が外れているって事だ。


 ……ありがとう。

 だけど、ごめん。


「死ぬつもりなんてないよ。水花と一家心中する気なんて欠片もない。俺は仇を討つ。この覚悟は誰にも否定させない」

「だから不可——」

「いずみん」


 感情的に叫ぶ彼女の名前を呼ぶ常。

 普段の明るい声とは違って、何処か重みを感じる声色だった。

 きっとそれは彼女にも伝わったんだろうね。ハッとしたように言葉を失っていた。


「常……」

「気にしないでね春護君。春護君は春護君がしたいようにしなきゃだめだよ」

「うん、ありがとね常。小泉もありがと」

「……ふんっ、もう良いです。好きにして下さい」


 小泉には腕を組んでそっぽを向かれちゃったけど、耳が赤くなっているのが見えた。

 さっきの友人発言が今になって効いてきたのかな?


 いつもやられてる分やり返そうかとも思ったけど……うん、見逃してあげようじゃないか。

 本当にありがと。


「ねえ、水花も協力してくれるかな? 俺一人じゃ魔族には絶対に勝てない。でも、俺たちなら出来るって、そう信じているんだ」

「春護……アタシは春護の魔装人形です。それが春護の意志ならば——」

「魔装人形としてじゃなくて、一人の心ある生命として、家族である水花に頼みたぃだ。俺と一緒に魔族と戦ってくれないか?」


 魔装人形が魔装騎士に従うのは当然の事だ。

 ロロコが生み出した新型だってそれは変わらない。だけど命令だから仕方がなく、そんな意志じゃ足りないと思うんだ。


 共に心を重ね、同じ方を向く。魔族を倒し得る唯一の方法は今までなかった魔装騎士と魔装人形の新しい在り方。その可能性をロロコは示してくれた。


 水花こそ、魔族を討つ勇者の半身となるんだ。


「春護……ふふっ、まだ出会って一日ですよ?」

「水花にとってはそうでも、俺にとってはそうじゃないから」

「……アタシの前世は本当に大切に想われていたみたいですね」

「あっ、ごめん。そういう意味じゃないよ。俺は水花が生まれる事を知ってたからさ、ずっと楽しみにしてたんだ」


 魔族に破壊されたマーレの残骸と共にロロコの部下、少女隊によって救出された。女にしか興味がないあいつがどうして俺を助けたのか、理由は一つしか思い付かない。


 目覚めた俺は彼女と取引をし、マーレを水花へと生まれ変えさせる計画に合意した。残念ながらマーレは話す事が出来ないから、俺の一存になっちゃったけど、きっと彼女なら許してくれると思うんだ。


 マーレは大切な相棒だった。だけど、彼女は魔族によって殺された。

 俺にとってマーレはただの相棒じゃない。もう一人の家族だったんだ。

 

 そうだ。あの日、俺は大切な家族を二人も失ったんだ。


 水花は知らない。俺がどれだけ今日という日を楽しいにしていたのか。

 本当は目覚めたと聞いたその日に会いに行きたかった。だけどそれはロロコに止められた。きっとそれは必要な事だったんだと思う。


 勿論その事を恨んでなんていないし、感謝しかない。

 ……あのスカート丈はどうかと思ったけどね。今はもう着替えてるし良いっか。……今はおへそが気になるけど。


 ともかくだ。俺が水花に対して抱いている感情は大きく、恥ずかしげもなく言うけれど、とても重い感情だ。

 水花が死んだら俺も後を追う。魔装人形が相手だってのに、俺は迷う事なく実行するだろう。


 俺にとって、水花はそれくらい大切な家族なんだ。

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