第十三話 半人半形
「もう知ってると思うけど、俺は半年前に死に掛けたんだ。その時の傷が酷くて……うん、詳しく話すと心臓に大穴が空いたんだ」
「「「——っ!?」」」
まあ、そういう反応になるよね。
普通は心臓にそれだけの損傷を負ってしまったら、生きていられるわけがないからね。みんなの様子なら、わざわざその事を深掘りする必要もない。
「そのままじゃ確実に死ぬ。だから治療として、心臓の代わりにこれを、魔核を埋め込んだんだ」
「……え?」
それは小泉の言葉だった。
「魔核? ど、どういう事ですか? わたしは魔装科ではないので詳しくありませんが、魔核の事くらいは知っています。確か魔装人形の心臓部、それが魔核ですよね?」
「うん、そうだよ。魔装人形が自立起動するために必要となる前提的な術式が刻まれている正に核。それを使う事によって延命している状態なんだ」
細かい説明を省略するけど、魔装人形にとっての脳と心臓それが魔核だ。
魔核があるからこそ魔装人形は魔力を蓄積し、使用する事が出来るし、身体を自在に動かす事が出来ている。
つまり魔核にはそれだけのポテンシャルがあるって事だ。
大穴の空いた心臓を治療し、不足分を魔核によって補っている。それが俺の現在の姿だ。
「……春護君。説明になってないよ」
それは常の言葉だった。
声調は落ち着いてる。だけど、だからこそ、彼女の怒気を感じた。
それは……正当だ。
「だよね。知りたいのはそこじゃないよね。でも、俺からすればもう説明したのと同じだからさ」
「——春護君っ!?」
「——っ!」
真っ青な顔をして立ち上がった常の行動に目を丸くする小泉。
……うん、本当に常は凄いな。たったこれだけの情報でわかっちゃうなんてさ。
「……春護。どういう事ですか? アタシにもわかるように言って下さい」
「水花……うん、そうだね。俺は魔核を第二の心臓とする事によってこうして生きる事が出来ている。だけど魔核の役割はそれだけじゃない。最大の役割は魔装人形の脳なんだよ。だけど俺は人間だから元々脳がある」
自身の頭を突き、説明を続けた。
「魔核に脳の役割を与える必要がないんだ。そしてその分空白になった部分に別の意味を刻み込んだんだ。それが魔装の刻印だ」
「春護君っ! それがどれだけ危ないか本当にわかってるの!?」
ここまでずっと我慢していたんだろうね。俺が説明している間、ずっと常は俯いていた。
隣に座っている小泉がソワソワしてたし、あからさまな反応が漏れていたんだと思う。
そんな彼女が叫んだ。泣きながら。
「人間大の魔装をそんな小さな魔核内部に圧縮してるって事だよね!? そんなの、そんなの身体に害がないわけないよっ!」
魔装人形が生まれた歴史。
強力な術式ほど複雑化してしまうため、過去の技術者は術式を道具に刻みつける際、細かく圧縮するという手段によって小型化の方法を確立させた。
だけどそれには消耗を促進させてしまうというデメリットもあった。
高価な魔装具が使い続ける事によって壊れてしまう。いくらメンテナンスや修復を続けていたとしても、数ヶ月間の使用で壊れてしまう。
それを技術者たちは良しとした。
小型化された魔装具は取り回しに優れ、その上で性能も良い事が富裕層が気に入られる事となり、繰り返し求められるようになった。
その事実が魔装具の小型化に更なる拍車をかける事になり、一度の使用で壊れる魔装具まで登場した。
そんな流れを打ち砕いた技術こそ魔装人形だった。
小型化最大の利点は取り回しの良さだ。しかし人間大の術式を圧縮してしまえば、起動の際に流れる魔力は膨大となり、その刺激によって細かくなった刻印は耐えられずに壊れてしまう。
そう、重要なのはここなんだ。
魔装人形が使うような術式を魔核という小さなものに刻印する。それは過去に行われていた使い捨て魔装具に近い技術だ。
左胸に埋め込まれた魔核は心臓の役割をしている。つまり俺の身体に行っているのは心臓に使い捨て前提となる圧縮術式を刻んでいるようなものだ。
それがわかったからこそ、常は泣いてくれているんだ。俺が自分の命を削って戦っていると思ったから。
「常、大丈夫だよ。術式を過剰活動させたら流石にまずいけど、普通に使う分には問題ないから」
「えっ? ……そ、そんなわけないよ!」
「技術者に迷惑をかける事になるから詳しい事は言えないけど、俺の魔核に刻まれた術式に魔力を流しても、発生する負荷はほぼゼロなんだよ。痛みとかもないし、苦しいって事もない。長期的には正直わからないけど、最悪魔核を取り替えれば良いだけの話だからさ。だから常、泣かないでよ」
「……本当に?」
「うん。俺だって進んで痛い思いなんてしたくないもん」
「……そっか。うん、わかった。信じるよ春護君」
嘘だ。
魔核を取り替えれば良いだなんて事はない。
魔核は当然人体にとっては異物だ。手術を終えた後、俺は数日間激しい拒絶反応と戦う事になった。
機能停止ではなく、激痛という形で表れた拒絶反応。今回は耐える事が出来たけど、次は……無理だと思う。
今ある魔核が壊れれば、俺は死ぬ。だけど悲観的になる必要はない。俺にとってこの魔核は大切な心臓なんだ。誰だって心臓のスペアなんてない。心臓が壊れたら死ぬ。それが人間だ。
魔核で生きているとしても俺は人間だ。
完璧な人間とは言えなくても、それでも半分は人間なんだ。……俺は人間なんだ。
「志季さん。その技術は確かなものなのですか?」
「うん、小泉が言いたい事はわかるよ。この技術は火種になりうる……いや、確実にアウトだよね」
「……その通りです」
深刻な表情を浮かべている小泉。随分と困らせているみたいだけど、俺が原因だから何も言えないね。
水花は何も言わず、常は……疑問符だらけだ。
「えっ、どういう事? 何がアウトなのっ!?」
「人間に強力な魔装を内蔵する事が出来るって事だからね。魔装人形と組む事なく、いわば魔操騎士もどきを量産出来るかもしれないって事だよ」
「……あっ」
どうやらわかってくれたみたいだね。
何より、あえて言わなかった未来を想像したのかな。顔が真っ青になっていた。
「前例があるのならば、可能なのだと明らかになってしまえば研究を……いえ、この場合では人体実験のような事が行われる可能性までありますね」
「うん。だから小泉にお願いがあるんだよね」
「言われなくてもわかっています。今回の事は会長たちに報告しません。それにしても……」
「ん?」
なんか凄く睨まれています。まあ、面倒そうな事に巻き込んじゃったわけだし、俺が全面的に悪いんだけどさ。
「はぁー、常ちゃまに感謝する事ですね」
「だね。もしも常が何も言わなかったら小泉はどうしてた?」
「わかっているのでしょう? 迷う事なく生徒会の皆を集めていました。あの時点では何かしらの不正をしていた可能性もありましたから」
「不正って酷いなー。そんなに信用出来ない?」
「……逆ですよ。志季さんならありえると思ったんです」
「何が?」
「……わたしと同じ領域に足を踏み入れる。その可能性がゼロではないと思っただけです!」
なんだか後半はヤケクソ気味に叫んでいるけど、どういう事?
俺が小泉の領域って……常大好きクラブって事?
「ああっもういいです! そんな事よりもこれからはどうするつもりなのですか!」
「うん、とりあえず偽装のために剣でも買おうかなって」
「そうだよね!? なんで春護君素手だったの!?」
「えっ、それはそのー魔装と剣の併用まだ試してなくて……偽装とか思い付かなくて……」
「ただのポンコツではありませんか」
苦笑している常と呆れ顔の小泉。これに関しては本当に何も言い返せない。
……それからこれは言わない方が良いんだろうなー。ぶっちゃけバレても良いかって思っていただなんてさ。
「それに俺よりも水花が注目されると思ってたんだよ」
「それについては運が悪かったですね。地古さんから一対一の勝負を持ち掛けられたのですよね?」
「……」
「違うのですか?」
ジーッと見つめて来るお目目が四つ。そっと視線を逸らしたけど、圧を感じる。
「いえ、その通りです。向こうが魔装人形を出す気がないと言った結果です」
「なるほど、確かに彼ならば言いそうな事かもしれせんね。詳しく知っているわけではありませんが、噂は良く聞きましたので」
「どんな噂?」
「魔装騎士なのに連携をせずに一人で戦う事を好むらしいです。騎士団も彼の扱いには困っているそうですよ」
魔装騎士団の基本は連携って聞いた事がある。それは騎士と人形の連携だけじゃなくて、騎士同士の連携もだ。
在学中ながらも騎士団入りしている白夜は、随分と好き勝手にやってるらしいね。
ただ、白夜は魔装科なのに魔操術が使えるある意味バグだもんなー。魔操騎士は単独任務が多いらしいし、その感覚なのかな?
それにしても、水花ってばさりげなくフォローしてくれたね。
実際には俺がそれならこっちもって勝手に水花を下げただけだし。いやー、助かる。
「そっかー、その結果水花ちゃんじゃなくて春護君が目立ちに目立ったって事かー」
「結局その後水花も戦ったし、最終的にはみんな小泉の魔操術が印象に残ってるんじゃない?」
「そうだね! いずみんの魔操術ってすっごく凄いもん!」
「……これからの事を考えましょう」
「あっ、いずみん照っれてるぅー」
楽しそうに笑いながら小泉の頬を突っつく常。口ではやめて下さいって言ってるけど、されるがままだし、にやけが隠し切れていないぞー。
「とりあえず志季さんは剣を買って下さい」
「はーい」
「それから春護君はこれから魔装を使うのは控える事! わかった?」
「もしかしてまだ心配してる? 本当に大丈夫だから」
嘘なのは魔核の取り替えが出来ないって事だけで、術式使用による消耗がないのは本当の事だ。だけど、魔装科としては心配だよね。
「それに俺はもっと強くならないといけないんだ。じゃないと……仇が取れない」
「「「——っ!?」」」
思わず殺気が込められてしまった言葉に身体を跳ねさせる三人。
「春護?」
「まだまだ足りない。もっと強くなるんだ。妹を、夏実を殺した魔族を討つためには」
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