第十八話 美少女は二度変身する

「お騒がせしてしまい、誠に申し訳ございませんでしたーっ!」


 リビングで綺麗な土下座を披露しているのは、欲のせいで限界突破し幸せ気絶してしまった小泉だ。


「もうっ、本当に心配したんだよー?」

「長風呂は危ない。アタシ覚えたです」

「まあ、何があったのかは聞かないけど……とりあえず小泉は反省した方が良いと思う。風呂場で気絶するなんて本当に危ないぞ」


 今回は大丈夫だったけど、場合によっては倒れた時に頭をぶつけて大怪我に繋がってしまう、だなんて事も十分ありえるからね。


「そ、そうだよね! 今回はあたしが受け止めれたから良かったけど……ねえ水花ちゃん。これからもお風呂は三人で入る事にしない? もしも一人でって思ったらいずみんの事心配だし」

「うんっ、良いと思う!」

「……」


 目の前で気絶されたわけだし、二人とも小泉の事が心配になるのは当然なのかもしれないけど、良く見てごらん。あいつ、とても気まずそうな顔してるぞ。


 二人の純粋な優しさに、邪念まみれの己が随分と卑しく感じたんだろうね。


 ふと小泉と目が合った。明らかに狼狽している彼女に、俺は何も言わずにただ微笑んだ。


「——ししし、志季さん? わわ、わたしはその、えーと、あのー」


 うわー、取り繕うの下手過ぎるでしょ。思わず水花たちも目を向けていた。


 まあ、小泉からすれば地獄だよね。余計な事を言って場が拗れる前に助けてあげようかな。


「小泉に怪我がなくて良かった。これからお風呂時間は程々にね?」

「——っ、ありがとうございます」


 あの様子なら微妙なニュアンスの違いに気が付いてくれたみたいだね。

 お風呂に入り過ぎないようにという意味合いではなく、お風呂に入っている時間の中でって意味だ。


 本人を除いてただ一人、俺だけが小泉の真実を知っているわけだし、二人がこの違いに気がつく事はないだろう。

 お礼だって心配してくれてって意味に変換されているはずだ。

 本当は黙ってくれていて、そして何より自分にとって都合の良い話の流れを止めないでくれて、ありがとうって意味なんだ。


 ちなみに俺が小泉に優しくしている理由には一つだけ裏がある。

 これは俺からのささやかなお礼なんだ。良いものを見せてくれてありがとうという。


 どういう事かというと、彼女たち三人はお風呂上りだ。となれば当然着替えている。水花は元々私服だけど、部屋着へと着替えた三人娘の格好は、特に小泉の姿は凄かった。


 黄金に光り輝く髪は解かれていて、それだけでも普段との違いに少しだけドキッと男心がくすぐられてしまうのだが、彼女が着ているのは黒のキャミソールワンピースだ。肩の部分がほぼ紐でしかなく、上半身の上部が広く露出しているワンピースだった。


 さっきまでタンクトップを着ていた水花よりも露出面積は広い、となれば当然の如く胸元の防御力はゼロだ。

 ただ立っているだけでも深い谷が主張しているというのに、さっきまで小泉はどんな姿勢をしていたのか。……そう、土下座だ。となれば当然……凄かった。


 次に常の部屋着だけど、グレーのショートパンツと丈が短くておへそが出ている白いキャミソールの上から、うっすらと透けている丈が太ももまである茶色の上着を着ていた。

 学校で会う時は当然いつも制服姿だから常の部屋着は新鮮だね。

 明るい今の彼女の雰囲気に良く似合っていた。


 最後に水花の部屋着なんだけど……これはわざとだよね。

 白のスカートに桃色のワイシャツ。色の組み合わせは違うけど、制服コーデだよね。


「水花さん。もしも欲しいというなら正式な制服も用意出来ますよ? 魔装科の中には自身の魔装人形に制服を着せる生徒もいますし、申請も代わりに済ませておきますが」

「欲しいっ!」

「わかりました。サイズなどは……問題ないですね」

「えっ、それってどういう——」

「良かったな水花。小泉もありがと」


 水花がキョトンとした声を出した瞬間にすかさずフォロー。本当に勘弁してくれ小泉。……よく半年間も俺無しでバレなかったな。それとも今は水花もいるから制御が出来ていないだけなのか?


「それじゃあ次は俺の番だね」

「——っ!」


 小泉サンドイッチ事件の後始末も終わり、なんだかんだ朝から三回も戦った事でそれなりにかいている汗を流すため、お風呂場に向かおうとすると、何やら小泉が身体を反応させて近寄って来た。


 ——くっ、近いな!


 お風呂上り美少女の急接近。俺なんかじゃ表現出来ないような香りが、まるで俺を包み込んでいるかのようだった。

 しかも服装が服装だから、こう……大変だ。


「な、何?」

「信じていますからね?」

「……何を?」

「残り湯を悪——」

「バカがよー」


 これは怒るというより呆れた。ただただ呆れた。そもそもどういう事だよ。残り湯をどうするって?

 ……美少女三人が浸かっていたお湯をどうするっていうんだよ。怖いよ。俺は小泉の発想が怖いよ。


 ……怖い。


   ☆ ★ ☆ ★


 まずは結論から、湯船には浸かりませんでした。その代わりにシャワーを沢山浴びたよ。

 水道代? 小泉が悪いので俺は知りません。あいつの言葉がなければ何も気にする事なんてなかったのに……あれ? もしかして今後はシャワーのみの生活になるとかある?


 よし、小泉にはささやかな仕返しをしておこうと思います。


「ねえねえ、明日の放課後は春護君の剣を買いに行こうよ。いつもあたしが利用してるお店があるんだけど一緒に行かない?」

「そうだね。擬態のためにも持っておかないとだし」

「うんっ! それじゃあ決まりだね!」


 個人的には剣を使う気はもうないんだけど、擬態は重要だもんね。仕方がない。それにちょっと閃いた事もあるし、どうせなら試してみようかな。


「ねえ常。そこって安価な量産剣もある?」

「あったと思うけどどうして?」

「試したい事があるんだ」

「ほほーう? 企んでおりますねぇ」


 楽しそうに悪い笑みを浮かべた常は、閃いたとばかりに口を開いた。


「ねえねえ! どうせなら水花ちゃんも剣買ってみない!?」

「えっ、アタシがですか?」

「そうそうっ、どうかな?」

「どうと言われても……剣なんて握った事すらないですよ?」

「そりゃ最初は誰だってそうだよ! 剣を振う魔装人形だなんて新しくて良くないかなっ!?」


 水花に剣を持たせるか。なるほど。

 今まで剣を持つのは魔装騎士であって、魔装人形は自身の身体に組み込まれた術式で戦う後方支援だった。

 常の提案は今までの常識を正面から覆すアイデアだ。


「それ、ありだね」

「春護っ!?」


 水花は目を丸くしているけど、常の提案はきっと彼女が思っているより何倍も有効だと思うんだ。


 水花なら案外俺なんかを超える剣士としての才能があるかもしれないしね。

 それに、彼女の戦い方からしても相性は良いと思うんだ。


「俺と戦った時を思い出してよ。初めて[花]を起動した時、もしもあの時[花]を使うんじゃなくて、手にした剣を振るっていたらどうなると思う?」

「——っ!」

「気付いた? 確実に俺の反応は遅れたと思うよ」


 あの時の反応が間に合ったのは、背後から水花の最略詠唱が聞こえたからだ。

 だから背中に攻撃を受ける事になると判断し、俺は[花]による防御を実行出来たんだ。


「どれくらいの有効打を受けるかはわからないけど、無傷はありえなかっただろうね」

「なるほど、それは……良いですね」

「常。本当にナイスアイデア。ありがとね」

「えへへ、褒められちゃった」


 それにしても全く思い付かなかった。水花は魔装で戦うっていう先入観が強過ぎたね。

 常だって同じ魔装科なのに、発想が柔軟で羨ましいな。


「ねえねえ、いずみんは明日どうする? 剣選びがメインになっちゃうんだけど」

「わたしは遠慮しておきます。生徒会の仕事もありますので」

「あっ、そっか。お仕事頑張ってね!」

「常ちゃまの応援があればわたしは無敵です!」


 キメ顔をする小泉に手をパチパチと楽しそうに叩いている常。

 冗談とか、そういうノリだと思っているだろうけど、ガチだぞ。存在しない尻尾がパタパタと揺れている姿が見えた気がした。


   ☆ ★ ☆ ★


 それで、えーと……これは一体どういう状況なんだ?


「春護春護。ドキドキですっ」

「えへへ、楽しいなー」

「……今日だけですからね」


 俺の部屋に三人娘の姿があった。


 どうしてこうなったのか少しだけ振り返ってみよう。そう、俺はそろそろ寝ようと思ってまだ起きているらしい三人に声を掛けてから自室へと向かったんだ。


 今日は三戦もしたから身体は十分過ぎるほどに疲れていた。ベッドで横になるとすぐにウトウトとし始めて強めの睡魔に襲われた。

 逆らう理由もないし、誘われるがまま暗闇に落ちようとしたその時だった。


「あっ、やっぱり鍵締めてないよっ」

「勝ちです!」

「……はぁー、仕方がありませんね」


 そんな会話と共に扉が開き、三つの気配が侵入した。

 思わず睡魔を振り払って起き上がると、そこにモコモコとした三つの気配。


「ぴょんぴょん!」

「にゃぁ」

「わ、わんっ」

「なっななっ! なんだよその格好!」


 気配の正体はモコモコとした動物パーカーを着ている三人娘の姿だった。


「春護君、これは寝巻きだよー。ぴょんぴょーんっ」


 三人ともフード付きのパーカーを着ているけれど、それぞれ違う動物がモチーフになっていた。その中で常が担当しているのは兎だった。

 語尾は兎だから跳ねてるイメージなのかな。


 フードには片方が曲がっている兎耳があって、お尻の部分にはポンポンみたいな尻尾もある。全体的にモコモコフワフワとしていてとても暖かそうだった。


「春護春護、にゃぁー」


 水花の担当はなんともわかりやすい語尾をしている猫だ。

 無表情なのは変わらないけれど、猫の手をしてポーズまで決めているところからしても、ノリノリなのは明白だね。


「うぅ……」


 顔を真っ赤にして蹲っている小泉。そんな彼女の担当は犬だ。

 ……うん、なんか色々と限界みたいだ。さっきのワンッで色々と使い切った感があった。


 多分この一連は常の提案だろうし……忠犬か。


「えーと、どうしたの?」

「これから四人で暮らす記念だよ! 四人で一緒に寝ようよ!」

「……小泉」


 満面の笑みでなんだか凄い事を言っている常。これは流石に俺じゃ無理だよ。そう思って小泉に振ったんだけど……。


「……すみません。わたしは惨敗兵なのです」

「水花、説明よろしく」


 ダメっぽいから即座に救援者を変更。俺は信じてるぞ。お前なら救ってくれるって。


「お泊まり楽しみ!」


 ……はい。終わりですっと。


「えーと、騒ぐなとは言わない。だけど俺はもう眠い。あとは勝手にしてくれ」


 それだけ言い残すと俺は三人に背中を向けて横になった。

 そして何があったとしてもそのまま眠る気でいたんだけど……うるさい。


「おいっ、お前らいい加減にしろ!」

「やっぱり寝たフリだったね!」

「春護っお楽しみだよ!」

「……諦めた方が良いですよ」


 こいつら……。


 そして冒頭に戻る。

 この経験で得た教訓は一つ。男だとしても鍵を掛けるのは重要だって事だ。


   ☆ ★ ☆ ★

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