第十九話 二日目の朝はフラグが多い

 一ヶ月前まで住んでいた部屋と違って、今は朝日が目元に進撃する事はない。だからと言って安全ではない。むしろそれを遥かに超える脅威が迫って……いや、すぐそこにいた。


「あっ春護起きた! おはよう!」

「……おはよう水花。まさか徹夜した?」

「おっはよー春護君。そりゃそうでしょー、こんな機会早々ないんだよー?」

「……すぅー……すぅー」

「そっか、おはよう常。二人とも小泉はまだ寝てるみたいだし、声量下げてね」

「了解っ」


 慌てて自身の口を押さえながら、反対の手で敬礼をする常。


 俺は一人だけ正規のベッドで眠っていたけど、水花たちはそれぞれ枕と掛け布団を持って来て寝ていた。

 畳と違ってフローリングの床で寝るのは辛いだろうけど、掛け布団を敷布団の代わりに敷き詰めていた。

 五月とはいえ夜は流石に冷える。風邪を引くから自分の部屋に戻れ……って手段は使えなかった。


 理由は三人が着ていたモコモコアニマルパジャマ。見ただけでわかる、あったかいよね。掛け布団なくても良いくらいあったかそうだったもん。


 敷布団だけ敷いてパジャマ姿のまま川の字で横になった三人娘。きっと小泉が真ん中になるんだろうなって思ってたけど、早々にあいつは自ら端を選んでいた。


 まあ、部屋の来た時から元気なかったし、小泉にも色々とあるんだろう。


「春護春護っ、今日も夜は四人で寝よっ!」

「だめです」

「どうしてー?」


 無表情なのは変わらないけど、声のトーンが明らかに落ち込んでいる水花。

 表情筋はボイコットしているというのに、本当に感情的だよね。


 彼女の様子からしてどうやら昨日の夜は相当楽しかったらしい。まあ、俺は背を向けて早々に寝てたから知らないけど、まさか常と二人で徹夜してるとは思わなかった。


「昨日だって本当はダメだったからね?」

「……嫌です?」

「嫌じゃないけどダメ。水花だけならギリギリ許されるけど、常と小泉が一緒なのはダメ」

「なんでぇー?」


 これって気のせいか。

 一晩共に徹夜したからなのかはわからないけど、水花の話し方が若干、僅かに常っぽい気がするのは……俺だけかな。

 いや、むしろこっちが本来の水花なのか? 心がある以上、異性である俺に対して本能的な警戒心があってもおかしくない。


 それが常の明るさによって緩和された? 友達の友達なら平気っていう思考? もしもそうならこの件については深掘りするべきだね、


 だって男の本能は簡単に理性を突破するから。

 俺自身がその壁を突破した事は今ままでの人生で一度もないし、周りでそんな話を聞いた事もないけど……俺は昨日、この身で実際に体験している。


 わかりやすく男の煩悩に直撃を与えてくるのは小泉だ。三人の中でもっとも大人っぽい見た目をしているのに中身はポンコツが目立つ残念な美少女。

 水花と常がいる事によってポンコツ具合が溢れ出てるけど、もしもそれがなかったら不味かったかもしれない。


 そりゃ勿論、俺と小泉が二人でお泊まりをするって展開が今度もあるとは思えないけど、もしもそんな機会を迎えてしまったら……その時に俺の理性は崩れてしまうだろう。それに小泉が相手なら、もし俺が暴走して狼へと変貌してしまっても、その時は力尽くで止めてくれるっていう信頼もあるからね。まあ、ただその代わりに確定した死が待っているだろうけど。

 えっ……もしも小泉が抵抗しなかったら? はは、そんなあり得ない事を考えるだなんて虚しくなるだけだよ。


 それからこれはどうやら水花のファインプレーだったらしいけど、俺の部屋に三人が来た時の格好。モコモコパジャマの存在も俺を随分と助けてくれた。


 動物モチーフのパジャマは確かに可愛いけど、それは真の可愛いであってエロさはない。もしもあの時水花の荷物としてロロコから送られていたアニマルパジャマがなくて、部屋着のまま部屋に突撃されていたかと思うと……相当キツイ拷問になっていただろうね。


 常だって常で大変だった。

 小泉みたいな色香はなくても、可愛い幼馴染と夜を共に過ごすとか、その一文だけで魅力的だ。

 その上であいつ、スキンシップが多くないか? いや、それは今までもそうだったかもしれないけど、なんでかな、半年振りだから妙に意識しちゃってるのかな。


 それに、俺のためにあんなにも泣いてくれたんだ。あの笑顔を忘れられる気はしなかった。


 そして最後に水花だけど……まじ可愛い。

 初対面の時には殺し合った美少女が笑顔……ではないけど明らかに友好的な声で側に居てくれる。

 えっ? 相手は魔装人形だぞって? そんな事は関係ない。俺は水花の事を道具として接するつもりなんてないんだから。

 ちなみに一部の過激派は自身の魔装人形をそういう用途で……という噂もあるけど、噂は噂だよね。


 男は愚か。……うん。


 何について考えていたのか若干怪しくなってきたね。えーと、そうだ。水花にちゃんと教えてやらないとダメって話だ。


「水花。よく聞いてね」

「え? う、うん……」


 俺が真剣に話し掛けると、彼女は少し緊張した声を返した。

 そんな水花に、俺はぶっちゃける。


「俺は男だ」

「へっ? そう、だね? 知ってるですよ?」


 三連疑問符。無表情のまま困惑している模様。

 これからが少し気まずくなるかもしれないけど、これは水花のためになる事だ。俺が犠牲になるしかないんだ!


「俺は水花の事を可愛い女の子だと思ってるよ」

「……ふへぇっ!?」


 突然の告白に目を丸くしている水花。そんな彼女に畳み掛けようとした時だった。


「そこまでだよっ春護君! そこから先はあたしに任せてもらえないかな!」


 勢い良くそんな提案をする常だけど……あれ、頬が薄らと赤いような、照れてる?

 もしかして俺が何を言いたいのか察しちゃったのか?

 自分から気が付いてくれるのは正直ありがたいんだけど……これはこれで羞恥心が刺激されるじゃないか。


「う、うん。お願いする」

「わ、わかった。任せてね!」

「春護? その、えーと」

「いきなりごめんね。続きは常から聞いて」

「……わかった」


 あれ、若干声色が拗ねているような……気のせいかな。


「とにかく、お泊まりはもうダメだからね」

「……わかった」


 ありゃ、今度はわかりやすく落ち込んじゃった。そんなに昨日は楽しかったかな。小泉は途中でリタイアしてるみたいだけど、常と二人で徹夜までしてるくらいだもんね。


「えーと水花? この部屋に泊まるのがダメってだけで、常とか小泉と一緒に寝るのは良いからね?」

「……春護は?」

「それはダメ」

「……なんでぇ?」

「……それは後で常から聞いてね」


 水花の見た目は俺たちと同い年くらいに見えるけど、年齢は実質ゼロ歳だからね。

 ロロコの元には女の子しかいないし、男女の違いとか、そういう教育をしているとは思えない。


 可愛くて隙だらけの女の子。……うわっ、めちゃくちゃ今後が心配なんだけど。

 具体的な話は常にお願いする事になるけど、これだけは言っておこう。


「水花。知らない男に付いて行っちゃだめだからね?」

「春護? アタシそこまでバカじゃないです」


 あっ、怒った。

 でも仕方ないじゃん。見ててそれくらい無防備なんだもん。


   ☆ ★ ☆ ★


 小泉が目覚めた時に俺が同じ部屋にいると、何かよからぬ暴走をされるかもしれない。

 俺の部屋なんだけど、寝起きで判断力が落ちている時に男が同じ部屋にいたらって考えたら、配慮するべきかなって。


 水花と常が起きている中で着替えるのも出来ないし、二人を追い出したとして着替えている途中で小泉が起きたりしたら暴走間違いなしだ。


 モコモコ三人娘と違ってこのままでも活動には問題ないし、二人を部屋に置いてキッチンに向かうとひとまず手洗いとうがいをした。

 寝ている最中に口の中って大変な事になっているらしいからね。無意識の内に飲み込んでしまうよりも先に出しちゃいましょう。


 時計に目を向ければ登校時間までまだまだ余裕がある。それなら朝食を用意しようかなって思ったけど、そうだった食材がないんだ。


 ——買って来るか。


 すぐ近所にスーパーマーケットがあったけど、こんな朝早くからやってるかな。ダメ元で行くだけ行ってみよう。


 そう思って玄関から外に出ると、まるで待っていましたと言わんばかりの笑みを浮かべている、黒曜の姿があった。

 とりあえず外に出て扉を閉めてから、彼女へと身体を向けた。


「おはおっはー、今日も元気に朝勃ちしてるかーい?」

「朝からお前と話すのは高カロリーだね」

「おっぱいモリモリって事?」


 そう言って自身の胸の下に腕を潜らせると、持ち上げるようにして見せつけてくる黒曜。


 いつも通り挑発的な彼女だけど、普段とは服装が違う。着物じゃないけど上半身はいつも通り露出度の高い肩出しスタイルのシャツを着ていて、下にはタイトスカートという組み合わせだった。


 黒曜はニヤニヤとした悪い笑みを浮かべ、俺の反応を待っていけど、残念だったな。

 昨日見た小泉の谷間の方が深かったぞ。

 だから耐性ってわけじゃないけど今までと比べれば落ち着いていられるね。


 さてと、いつもこうして揶揄われてるし、たまには仕返しをしても良いよね。

 どんなやり方か? とっても簡単な方法ですよ。


「……えーと、ハルハル?」

「どうした?」

「えーと……その、み、見過ぎじゃない?」

「せっかく見せてもらえるなら見なきゃ損じゃん」


 胸元を見せ付けて来たので、視線を逸らす事なく黒曜の胸を見つめ続けた。


 前から気が付いていたからね? いつもは俺が先にギブアップしてたけど、こいつもこいつで恥ずかしがってる事にさ。


「くっ、ハルハルのクセになんという余裕っ……まさか昨日の夜に卒業式を開催したって事なのかい!?」

「黙れ脳内ピンク処女ビッチ」


 絶望したかのような表情を浮かべる黒曜の頭に軽くチョップすると、彼女はわざとらしく頭を押さえた。


「つまりまだスイちゃんは処女って事?」

「ねえ黒曜。そろそろ本気で怒るよ?」

「アハッ、ごめんごめん。冗談じゃないけど許してってばー。ハルハルとあーしの仲じゃーん」

「どんな仲だよ、それ」

「んー、悪友?」

「遠慮しておきます」

「えー、ひどーい」


 わざとらしく片手を目元に当てて泣き真似をしている黒曜だけど、そろそろ本題に入ろうかな。


「それで? なんで黒曜がここにいるんだ?」

「ちーっと外出する用事があってねー。あっ、彼氏とデートとかじゃないかんね。安心してハルハル、あーしはフリーだよん」

「脱線やめてね」

「アハッ、はーい。そんで主人様からついでにこれを持っていけって言われたのさー」


 ずっと気になってはいたけど、黒曜の手には何かがパンパンに入っている手提げが握られていた。

 それを俺に向かって突き出したので、なんだろうと思いながらも受け取った。


 中身を確認すると肉や魚に野菜まで、それから各種調味料などが入っていた。


「ハルハルって結構自炊する派でしょ。緊急引越しの話も聞いてたし、必要だろうからって主人様からの差し入れって事だぜベイビー」

「……ありがとう。助かる」


 この言葉は嘘じゃない。決して嘘じゃないけど同時に思った事があります。


 ——えっ、こっわ。


 ロロコの立場なら情報が入ってきてもおかしくないけど、それでも……怖いよ。

 助かるけどやっぱり怖いよ。


「そんじゃーねぇー。あーしはこのままお仕事だー」

「えっ、仕事?」

「そっそっ。なーんか主人様が言うには嫌な予感がするんだってー。」

「——っ!?」


 嫌な予感なんてふとした時に誰でも感じ取る事がある不思議な感覚だ。

 過去のミスを無意識の内に覚えていて、その違和感が増大した時や、嫌な記憶に関係する何かが起きた時に生まれる感覚。


 ある意味では未来予測によって不利益が起きるだろうとわかった時に、曖昧なものとして嫌な予感を覚えるんだ。


 普段ならなんとなく気を付けようくらいにしか思わないけど、それを口にした人物が問題だ。


 大抵の事ならば一人で対応出来るだけの能力を持っているロロコ。個人では手に負えない案件だったとしても、少女隊を好きに動かす事が出来る以上、問題なんてないはずなんだ。


 そんな彼女が嫌な予感がすると口にした。俺の過剰反応なのかもしれないけど、もしかするとロロコたちですら手を焼く何かが起きつつあるのかもしれない。


 ロロコでも手を焼く相手。俺には一つしか想像出来なかった。


「ま、まっ、主人様自身が動いていない以上、あーしとしてはそこまで心配する必要なんてないと思ってるけどねーん」

「黒曜、油断はするな。気を付けてね」

「アハッ、ハルハルってば心配性だなー。でもでもその気持ちは嬉しいぜー? あーしが無事に任務を終えたその時には、主人様に内緒でえっどい事でもしよっか?」

「やめろ、二つの意味でやめろ」


 ケラケラと楽しそうに笑ってるけど、本当にふざけるなよこいつ。


 黒曜が言っているようにロロコが自ら動いていない以上、危険性はそこまで高くはないんだとは俺も思う。だってあいつは超が付くほどの過保護だからね。


 危険だと考えていたら絶対に少女隊に任せるのではなく、自身の目で確かめに行くはずだ。少なくとも黒曜一人に任せるのではなく、複数人で組ませるだろう。ここに一人でいるって事はそういう事だ。


 だけどこの世に絶対だなんてものはない。

 ロロコは凄い人だけど、神様じゃない。全てを見通す事なんて出来ないんだ。だからもしもがありえてしまう。


 そんな状況下で死亡フラグ代表セリフの亜種みたいな事を口走る黒曜は、本当に愚かだと思います。


「ま、まっ。何があってもあーしなら大丈夫だから心配しなくて平気だよーん。なんせあーしは少女隊最強だからね。それにまさか事件に巻き込まれるとか、あるわけないじゃーん」

「おい、わざとか? わざとだよね?」


 この女、どれほどの死亡フラグを自ら立てるつもりだよ! いや、逆にここまでやればフラグが折れるのかも……だめだ。もうわかんない。


「おっと、もう少しマイダーリンと空気を共有していたいけど、残念断念時間だねんっ」

「はぁー、わかったから油断だけはするなよ?」

「このあーしの辞書に油断だなんて言葉はないぜー。それじゃ、また今度ねー」

「ああ、またね」


 マンションの共用廊下を進み、階段を降りるために曲がった黒曜は最後に笑みを浮かべて手を振ると、立ち止まる事なく去って行った。


 この時はまさか本当にあんな事になるだなんて思っていなかったんだ。ただの冗談交じりで、いつもと同じ軽口だったんだ。

 まさかこれが最後に見る黒曜の笑顔だったなんて、そんな事はなかったんだ。


「さーて、朝ごはんどうしようかな」


 ……本当に、冗談で済めばどれだけ良かったんだろう。

 なんてね。


   ☆ ★ ☆ ★

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