第十七話 穏やかな日常

 唐突に始まったピザパーティーだけど、ここにいる全員を幸せに導いていた。


「水花、初めてのピザはどうだった?」

「美味しかったです!」


 おお、勢いが凄い。どうやら心の底から楽しんだみたいだ。

 ピザは一枚が八切れにカットされていたため、四種類の味をみんな楽しめたからね。ただまあ、途中で常がお腹いっぱいになっちゃって、残しちゃったのを当然のように小泉が——ではなく、水花が食べた。

 小泉は自分の分でお腹いっぱいになってたからね。

 水花はやっぱりピザが好物なんだろう。


「ねえ、お風呂はどうする?」

「……ハッ? それは一体どういう意味ですか? まさか一緒に暮らすのだから親睦を深めるためにも一緒に入ろうだなんてふざけ極まった妄言を口にするわけではありませんよね?」

「ないよ」


 魔力は出てないけど殺気を突然飛ばしてくる小泉。なんだろう、このやり取りがもはや懐かしいね。


「えっ! 一緒に入らないのっ!?」

「「「——っ!?」」」


 驚愕するしかない言葉を口にした常に、俺たちは釘付けになった。だって……仕方ないよね!?


「ととととととととととと」

「小泉落ち着け!」


 やばいやばい。常のあり得ない発言に小泉が壊れちゃった!

 白目を剥いている彼女の肩を掴み、思いっきり揺さ振るけれど……ダメだ。ついつい視線が下の方に向かってしまいそうになる。

 くっ、顔も知らぬ後輩よ。お前のせいだからな! どれほど深いのか気になったとか、そういうのはないからな!


「え、えっ!? いずみんどうしちゃったのっ!?」

「お前のせいだよ!」

「ええっ!? あたし何か変な事言っちゃったっ!?」

「だってお前さっき——」

「ただ水花ちゃんとのお風呂が楽しみだったのにって思っただけなのに!」

「——ん?」


 常の問題発言を聞いてからまるで石像になってしまったかのように固まっている水花と同じように、ピタリと動きを止める小泉。


 ねえ、常はなんて言った?

 水花とお風呂? 確かに誰ととは言っていなかったよね? でも話の流れからして……いや、どうなんだろう。 


 そもそも問題発言ではなかった? 問題は俺たちの頭か?


「二人で入れるくらいお風呂場が広いのは確認済みだったのにー。でもルールなら仕方ないかー」

「いいえ、常ちゃま大丈夫ですよ。水花さんの合意さえあれば問題ありません」

「本当っ!? やったーっ! ねえねえ水花ちゃんっこれから一緒に入ろうよ!」

「えっ、その、うん、良いです」


 少し躊躇したみたいだけど、受け入れたみたいだ。まあ……常なら平気でしょ。ロロコや小泉と違ってね。

 ついついそんな事を思ってしまっていると、無意識に小泉へと視線を向けていたらしい。不機嫌そうな表情を浮かべている彼女と目が合った。


「どうかしました志季さん。まさかとは思いますけど、それなら俺は小泉とお風呂だな……だなんて考えていないですよね?」


 割と本気の殺気が籠った眼差しが突き刺さるけど……小泉だから別に怖くないかな。慣れって怖いよね。

 そんな彼女に俺は笑顔で言い返した。


「考えるわけないじゃん」

「……それはそれでなんだか複雑ですね」


 カウンター成功。やったね。

 ただこのままにしておくと後が怖いからフォローというか、手助けしてあげようか。


「片付けはやっておくから三人で入ってきなよ。あっ、でも常が見た感じどうだった? 三人は無理そう?」

「三人でも大丈夫だと思う! 流石に四人は無理だと思うけど」

「うん、仮に平気そうでも入らないからね」


 水花と小泉が二人でお風呂ってなると少しだけ不安になるけど、最推しである常も一緒なら妙な事はしないでしょ。


 それから常はちょくちょく俺を巻き込むような発言やめてね。それから小泉も常と一緒にお風呂入れるように手助けしたんだから、睨むのはやめてね。


「やったーっ、三人でお風呂入ろー、いずみんも良いよね?」

「当然です」

「アタシも良いです」

「でも春護君本当に良いの? 片付けお願いしちゃっても」

「うん、いいよ。あっ、でも湯船が空か」

「大丈夫ですよ。元々夕食の後にお風呂に入るつもりでしたので、用意は出来ています」

「それなら良かった」


 深くは聞くつもりはないけど、なんで用意してたの? もしかして俺がお風呂の話をしなくても、自分から誘おうとしていたとかかな。


「それじゃあ各自服を持って脱衣所に集合ね!」

「あっ、アタシ服ないです」

「そういえばそっか……あれ? でも部屋に届けたとか言ってた気がするけど? 水花の部屋にあるんじゃない?」

「見てくるっ」


 少しだけ早足で自分の部屋へと向かった水花。それは別に普通の事なんだけど、二人の反応は何?


「どうしたの?」

「ね、ねえ春護君? い、今の会話ってどういう事なのかな?」

「えっ、何が?」


 別に妙な内容じゃないと思うんだけど、少なくとも二人には妙な部分があったらしい。

 ……わかんない。


「服がないってどういう事? それに朝会った時と服装違うよね?」

「あー、一度水花の実家に寄ったんだよね。その時に着替えたんだよ」


 また二人して顔を合わせちゃった。何か変な事……言ってるね。これは俺が悪いか。


「ごめん間違えた。実家っていうのは俺が水花と出会った場所の事だよ」

「出会った場所ですか……ふふ、志季さんはそういう配慮は出来るのですね」

「そういうつもりじゃないけど」


 俺は水花の事をただの道具として扱うつもりなんて欠片もない。

 だから水花を受け取った場所ではなく、出会った場所なんだ。


「ねえねえ、本人がいない今だから聞ける事なんだけど、その……えーと」


 入り口の方をチラチラと気にしている常。そんなに水花には聞かれたくない話なのか?

 悪口……とかじゃないだろうけど、ここまでの反応をされると気になっちゃうじゃん。


「あの格好は春護君の趣味って事?」

「……」


 言葉を失った。そうだ。いや、そうだよね。水花が俺の魔装人形だって知っている人からすれば、そういう目で見られるよね!


「違うから!」

「志季さん、こういう時は潔く認めた方が傷は浅く済みますよ」

「だから違うって!」


 子供を諭すかのように言ってる小泉だけど、これは認めるつもりはないからな!


「最初の服は……えーと、ママの趣味だよ。今の服は本人が選んだんだ」

「……ママ?」

「それは察せ」


 ロロコの事だよ。出来れば隠しておきたいからね。言わないぞ。


「……ただ今の服装は他の奴らの趣味も混ざってるだろうけど」


 黒曜を筆頭に少女隊の面々の事だ。

 ズボンにした件については俺から蹴りという選択肢を許可してもらうために自ら選択したんだろうけど……上半身は違うと思いたい。


 少女隊の元で着せ替え人形にされていたみたいだからね。その中で自ら選んだ服だとは思うけれど、選択肢そのものに少女隊の趣味が含まれていない可能性はないと思ってる。


 だって、少女隊だよ? 黒曜みたいな奴の巣窟だぞ? 絶対頭の中は……アレじゃん。


「えーと、つまり春護君の趣味ってわけじゃないって事で良いのかな?」

「むしろ最初の服に文句を言ったら今の服になった。俺だって言うの我慢してるんだからな」

「……ふーん。そうなんだ」


 おやおや常? その反応は結構……心配になるんだけど?

 誤解、ちゃんと解けてる? 絶対に疑ってるよねっ!?


 このままではまずいと思い、弁解を続けようとしたところで接近する気配を感じた。

 二人も同じだったらしく、偽装される表情筋。


「春護春護っ! 服あった!」


 興奮した様子で戻ってきた水花。その手には何も握られていないけれど、どうやら俺たちの事を呼んでいるらしい。そんな手の動きをしていた。


「春護以外来て!」

「……」


 別に悲しくはないですよ? 服を見つけたから女性陣の意見が欲しい。うん、当然の流れだからね。


「春護君、どんまい」

「……」

「常ちゃま。それは追撃ですよ」

「えっ!? そんなつもりなか——」

「早く二人とも来て欲しいです!」


 二人の腕を掴んで消えて行った水花。

 ……まあ、三人が仲良くしている事は良い事だと思うよ。


「さて、片付けるか」


 とは言ってもやる事はそこまで多くない。

 ピザが入っていた箱を一部解体してから折り畳み、サイドメニューの箱も同じく。

 そもそも四人とも散らかすタイプじゃなかったからやる事がほとんどなかった。


 それならどうしてあんな事を言ったのか。理由はシンプル、一人になりたかったからだ。


「よし、終わり。あいつらは……そのまま風呂かな」


 どうやら水花に連れて行かれた二人はそのままリビングに顔を出す事なく、お風呂に向かったみたいだ。


 ……どうして確信出来るのかといえば……シャワー音が聞こえる。……結構ハッキリと聞こえるんだけど……。


 ——いやいや、気にしない気にしない。


 がっつり会話も聞こえているけど、俺はやるべき事をしないとね。


 俺が一人になった理由はそう複雑な事じゃない。ただ振り返りたかったんだ。

 今日という一日を。


 水花と再会し、戦ったんだ。あっ、その前に永遠のおもちゃ担当、イズキとの出会いがあったね。

 その後は食堂で白夜に絡まれて、そんなあいつと実技テストで戦う事になった。


 魔装騎士としての白夜を水花と共に倒し、俺は実感したんだ。この半年は無駄なんかじゃなかったんだって。俺は強くなったんだと、確かな自信になったんだ。

 だけど、そんな自信はすぐに打ち砕かれた。


 魔操騎士としての力を見せた白夜を前にして、俺たちは何も出来なかった。

 テスト自体は白夜が魔操術を使った事による反則で俺たちの勝利で終わったけれど、戦いとしては負けた。


 俺が討とうとしてる敵は魔族。その強さは複数名の魔操騎士が戦い、犠牲を出しながらもどうにか討伐できるレベルだ。

 勿論個人差はあるだろうけれど、それでも魔操騎士一人よりも強いんだ。


 白夜に勝てない俺が魔族に挑む。第三者が聞いたならばかだって、無謀だって笑うに決まっている。それでも信じたいんだ。

 俺と水花ならできるって。可能性はゼロじゃないんだって。


 あの魔族が今どこにいるのかはわからない。だから今は情報が手に入るまで少しでも強くなる事が先決だ。

 そのためにもまずは一ヶ月後にある小泉との模擬戦だね。白夜と違って正式な騎士ではなく見習いだけど、実績がないだけで実力は一年前から正式騎士レベルだ。


 それに実技テストの時に白夜が構築した巨大術式を一撃で破壊した魔法。

 後出しだったのに先に発動するほどの速度に、あの威力。込められている魔力だって凄かった。つまりそれだけの魔力を瞬時に放出し、完全に制御してるって事だ。


 ——どうすれば小泉に勝てる?


 考える。考えるんだ。この時間もまた魔族と戦う時に武器となるから。

 基本的に相手は格上。俺たちが格下の弱者だ。だから考えろ、作戦を練るんだ。勝ち筋を見つけるんだ。攻略法を導き出す。そういう思考的な訓練。


 そのために一人で深く、より深く己の思考へと、内部へと意識を沈めるんだ。

 そこに答えがあると信じて。


 そのつもり……だったんだけどなー。


「はあー」


 思わずため息が出た。多分これくらいなら聞こえないと思うけど。

 誰にって? そりゃさっきから楽しそうにお風呂場で騒いでいる三人娘にだよ!


『わあーっ、水花ちゃんって背はあたしとそんなに変わらないのに、何このサイズ! ズルだよズル!』

『きゃっ、だめですっ触らないでよー』

『ふふっ、諦めて下さい水花さん。女同士のお風呂ですよ? こういうスキンシップは当然の流れなのです!』

『ううーっ! それならアタシだって反撃するですよ!』

『えっええっ!? すすす、水花ちゃん!? お、女同士だからといってそこに手を伸ばすのはダメだよっ!?』

『隙ありです!』

『『きゃっ!?』』

『ととととと、常ちゃん様っ!? ちちち、違うのですよ! 自ら押し倒したわけではなくてこれは事故っそう事故なのです!』

『ふっふー、おっぱい星人にも仕返しですよ!』

『——っ背中に柔らかいものがっ! くっ、ここが天国だったのです、ね……』

『えっ、いずみん大丈夫っ!? どうしよ水花ちゃんっ! いずみん気絶しちゃったよ!?』

『なんでっ!? アタシはやられたように後ろから抱きつき返しただけですよ!?』


 ……あれ、なんか大変な事になってない?

 悲鳴とか倒れ込む音とか、口走り過ぎている小泉の発言から予測するに……あいつ、二人に挟まれて幸せ死したのかな。


 それから水花? 隙を作るためなんだろうけど、一体何処に手を伸ばしたのかな?

 ……ロロコに聞かなければいけない事が増えたね。

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