第二十三話 卒業生
常に連れて来られたのは裏通りに店を構えているちょっと、いやだいぶ目立たない鍛冶屋だった。
そもそも予め鍛冶屋だって聞かされていなかったら、普通の武器屋って印象しかなかった。
「お姉様来たよ!」
「……ん、いらっしゃ常……と、誰?」
店に入ってすぐの場所には受付のようなテーブルが設置されているんだけど、やる気のない様子でぐったりと座ったまま身体を乗せている女性の姿が一つ。
常が声を掛けると突っ伏したままの状態で頭だけをこちらに向けた女性。
日焼けした事なんてありませんと言わんばかりの白い肌に、純白の長い髪を一本三つ編みにしていた。
こんな表現は失礼だと思うけど、一切の覇気を感じさせない死んだ目をしていた。
「紹介するね! 春護君と水花ちゃん! 二人ともあたしの友達だよ!」
「……ふーん。じゃあ春護は出禁で」
「「なんでっ!?」」
いきなりの出禁宣告に思わず常と声が重なった。
「……クリス、男嫌い」
「えっ、そうだったの!?」
「……ん」
話の流れからしてクリスっていうのはこの人の名前かな?
男嫌いだから男は即出禁と……癖強いね。
「えーと、春護君ど、どうしようか?」
「まあ、仕方がないのかな」
「……待って、今回は常の顔を立ててあげる」
この建物は横に長い構造になっていて、入ってすぐにクリスさんが座っていた受付があり、右に進むといろんな種類の刀剣が並べられているエリアがあった。
その先には扉が見えるけど、もしかするとその奥が鍛冶場なのかな。
そんな事を思いながらも帰ろうとしたところでそう声を掛けられた。
ゆっくりと立ち上がったクリスさんだけど……デカい。身長はそこらへんの男性よりも高い、俺よりも大きい。
だけど身長はあるけど横に広いわけではなく、全体的にはスラっとしている。確かこういう人の事をロロコ曰くモデル体型って呼ぶんだっけか。
ただデカいという表現は高身長という事だけを指すのではなく、もう一つのとある部分の事もだ。
……わからないけど、Kとかあるんじゃないか?
つなぎ服を着ているようなんだけど、何故か上半身部分は着る事なく腰で結んでおり、上半身を隠しているのはグルグルと胸部に巻いているサラシだけという不思議な格好をしているクリスさん。
うん。存在感が凄まじい。色んな意味で。
「……何欲しい?」
「えーと、俺は訓練用に安価なロンソを十本ほど欲しいです。それから水花には色々な剣を試させてもらいたいんですけど、平気ですか?」
「……男のくせに丁寧。ん、好印象」
「へ? あ、ありがとうございます?」
相手は大人の女性だ。そもそも俺からすれば初対面だし、友人から紹介された相手でもあるしね。丁寧に話すのは当然の事だと思うんだけど、どうやら良かったみたい。
「……少年はそこの樽にあるので良いかな。少女はそこにあるの好き見て振って」
「「ありがとうございます!」」
水花と一緒に頭を下げた後、俺たちは店の奥へと進んだ。
様々な形状の剣が並べられた空間。値札も一緒に置かれているけど……あれ、安くないか?
他所と比べたら半額以下の値段設定じゃないかな。
「ふふーん、安くて驚いてるんでしょー?」
「だって半額以下じゃない?」
「安心してね。品質はしっかりしてるよ。むしろ他所より上だってあたしは自信を持って言えるよんっ!」
常は魔装科だからね。普段からここの剣を使っているだろうし信頼出来る言葉だ。
だけど、それなら尚更この値段設定は可笑しいと思うんだけど……。
「クリスさんって鍛冶屋として凄腕なんだよー」
「……そんな事ない」
「またまたー、照れちゃうクリスさん可愛いー」
相手は年上の女性だ。いくら仲が良かったとしても失礼だと思われる台詞を躊躇う事なく口にする常だけど、クリスさんに怒っている様子は全く見られなかった。
流石は大人の女性だ。これが余裕ってやつなんだね。
「……少年。剣の品質はそこので足りそう?」
「え? その、少し待って下さい!」
綺麗に並べられた物とは違い、樽の中に鞘に入った状態で無造作に入れられている複数の剣。その中の一振りを手に取ると、少し離れた場所って抜いた。
……え?
「足りるどころか上等過ぎるくらいだと思います」
「……そう。十本を消費するのにどれくらい掛かりそう?」
「……えっ?」
クリスさんの問い掛けに疑問符を浮かべると、彼女は僅かに首を傾げた。
「……訓練用の剣を複数。安価って台詞からしても使い潰す事が前提。品質を下げて価格も下げた剣を用意してあげる」
「えーと、今回だけ特別って話じゃ」
「……それは忘れて良い。クリスも忘れてた」
クリスさんが忘れていた? それってどういう意味なんだろう。常の事は忘れていなかったみたいだし……何を? それとも誰かを?
そんな疑問にはすぐに答えが貰えた。
「……志季春護と水花。クリスにとっては後輩だもん。これくらいの手助けはする。先輩として当然」
「えっ? ……それってまさかっ!」
「春護君、後輩ってどういう事? それに水花ちゃんもって……」
「えーと、それはその……」
クリスさんは十中八九ロロコの関係者だって事だろう。直接か、少女隊の誰かから俺たちの話を聞いたんだろうね。
さて、常にはなんて説明しようか。出来るだけロロコたちとは関わって欲しくないってのが個人的な考え方だ。
ロロコたちは恩人だし、少女隊のみんなは友達だと思っているけど、彼女たちは権力者なんだ。
悪人だとは思っていない。だけど、友人を権力者と関わらせたくないって思う気持ちはおかしい事じゃない。
それに正直なところ常ってロロコの好みだと思うんだよね。無理に迫るような事はしないだろうけど、時間をかけてさりげなく攻略していく……ありえない話じゃないってのが現実だ。
説明に困っているとクリスさんが口を開いた。
「……クリスがお世話になっていた人。春護も治療受けたって聞いた。だから後輩。水花も一緒」
「へぇーっ、そうだったんだ! ねえねえ、ちなみになんだけど紹介してもらう事って出来たりするのかな。春護君を救ってくれた人なんだよね。あたしからお礼が言いたいんだ。春護君を助けてくれてありがとうって」
「常……」
友人の恩人にお礼が言いたい。その気持ちは理解出来るんだけど……嫌だなー。常の身が心配って事もあるんだけど、ロロコたちと約半年一緒に居たって知られるのも嫌だったりする。
だってロロコの趣味で少女隊の服装って大体えっちだし、そんな中で生活していたなんて知られた時には……絶対軽蔑される。別に俺は悪くないはずだけど絶対に何か言われる。少なくとも小泉ならゴミを見るような視線を送ってくる未来しか想像出来ないんですけど。
再度俺が悩んでいると、クリスさんが助け舟を出してくれた。
「……諦めた方が良い。あの人はクリスと同じレベルの引き篭もり。人と会うなんて耐えられる精神力なんてないから」
「まあ……うん、そうかもね。ちょっと変な感じもするけどお礼は俺から伝えておくよ」
「うん……わかった」
俺を助けてくれてありがとうという友人の言葉を俺が伝える。うん、変だね。
それにしてもクリスさんってば、さっきから俺にとって都合が良い事ばっかり言ってくれるよね。
配慮の出来る大人。見た目通りの精神年齢をしているロロコとは大違いだ。
「ねえねえ常。剣の使い方教えて。アタシ素人だからわからない」
「え? ふふーん、あたしに任せなさいっ!」
少し沈んだ表情をしていた常を指先でツンツンしながら声を掛けた水花。
頼りにされて嬉しいのか、常は胸を張って明るく笑っていた。
張り切っている常には見えないように、俺たちに向けて親指を立てる水花。
「……良い子だね」
「はい。自慢の相棒です」
「……そう。まだ二日目なのにね」
「そうですね。でも、時間なんて関係ないじゃないですか」
「……ん。開花の時が来るのか来ないのか、それはクリスにもわからないけど、少年はその日を願ってる?」
「クリスさん? 一体何を——」
突然不思議な事を言い始めた彼女に疑問を投げ掛けた時にそれは起きた。
「春護春護! 緊急連絡だって!」
慌てた様子でやって来た水花の手に握られているのは、貸したままになっていた俺のスマホだった。
画面に表示されているのは彼女が口にした通り緊急連絡の四文字。
寝坊した水花がスマホを取った時には常の名前が表示されていたはずだ。表示から誰から連絡が入っているのかわかるように設定しているんだけど、どうやらまずい事になっているらしい。
緊急連絡表示は問題が発生したというロロコからの通達だった。
「貸して!」
「はいっ」
水花からスマホを受け取り通話を開始した。
「俺だ」
『春護、水花を連れて今すぐワシの屋敷に来るのじゃ』
「わかった。ただ何があったのか聞いても良いか?」
『……そうじゃな。心の準備が必要じゃろう』
ざわりと、嫌な感覚が広がった。
聞いてはいけない。そんな風に思ってしまうほどの不吉を孕んだ声は、それを言葉にした。
『黒曜が何者かに敗北したのじゃ』
「——っ!?」
敗北。
その二文字が意味する事。それは即ち……。
「黒曜が……——死んだのか?」
彼女の死を意味していた。
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