第5話 未来からのメッセージ




「 成る程のう。それで気が付いたら湖で溺れていたのじゃな? 」

 リタに話し終えたアリスティアはコクリと頷いた。


 大きな溜め息を吐きながら、リタはカップに入った白湯を一口啜った。


「 しかしじゃ。聖女を殺ったらいかんのう 」

「 はい 」

「 聖女が魔物から世界を救うのじゃろ? 」

「 はい 」

 アリスティアはいつの間にか床に正座をしていた。


 床に直に座るのも初めてだったが、正座をするのも勿論初めての事。

 人間は真に反省するとより身体が小さくなるもので。


 生々しい映像が次々に浮かんで来る。

 人々が泣き叫びながら逃げ惑う姿が。

 瓦礫に下敷きになる姿が。


 自分の犯した罪の大きさに胸が潰されそうだった。



「 わたくしは大罪を犯してしまいました 」

 間違いなくあの大惨事は自分がやったのだ。

 どう償えば良いのかと、ガタガタと震えながら床に突っ伏した。



 先程までアリスティアが座っていた椅子には、いつの間にかリタが座って、先程アリスティアが飲んでいたコップで白湯を飲んでいる。


「 まあ、時が戻されたのだからお前さんは無罪だよ 」

「 ……そうですわよね! 」

 アリスティアは突っ伏していた身体を勢いよく起こした。


 一年前に戻ったのならば、まだ罪を犯してはいない。

 皇都の街や人々は皆無事なのである。


 まだ殺戮の余韻が残っている事から、心の中はざわざわとはしてはいるが。

 リタにこれまでの経緯を聞いて貰った事で少し落ち着いた。



「 わたくしはやはり魔女なのですか? わたくしの瞳の色は赤いですか? ここが一年前なら、今、わたくしは二人いると言う事ですか? 時戻りの剣って何なのですか? 」

 もう、聞きたい事ばかりだ。



「 まあ、待て。順を追って話してやろう 」

 わしにも分からない事はあるがと言って、リタはお皿に白湯を入れ、アリスティアに渡した。


 えっ!?

 これで飲めと?


 一つしかないコップはリタが使っているから、お皿で飲むしかないのだが。


 勿論、お皿に直接口を付けるのも初めてだ。


 アリスティアはお皿を両手で持って白湯を飲んだ。

 何もかも初めての事で面食らう。



 ふぅぅと一息吐いたアリスティアは窓から外を見やった。

 先程自分で干したドレスがネグリジェだった事に気が付いた。


 今の今まで気付かなかったが。



「 わたくしは何故ネグリジェを着ていたのですか?死んだ時はロイヤルブルーのドレスを着ていた筈ですわ 」

 あのドレスはレイモンドからのプレゼントだ。


 自分が一番幸せだった時の。


 結婚式にそのドレスを着て行ったのは、せめてもの抵抗。


 嫌がらせに、自分が着る筈だったウェディングドレスを着て行こうかとも思ったが。

 婚約破棄をしないのなら、やがて自分が着る事になるだろうと考えて、敢えて着ていかなかったのだ。


 こんな事になるのなら、ウェディングドレスの試着の時にレイに来て貰えば良かった。


 当日のお楽しみだなんて言わずに。


 レイに見て欲しかった。

 わたくしのウェディングドレス姿を。


 アリスティアは天井仰いで、零れ落ちそうになる涙をごくんと飲み込んだ。



「 一つの身体には一つの魂しか宿らないのじゃ、お前さんが転生して来た時に、今のお前さんの身体もこの湖の上に転生して来たのじゃろう 」

「 一つの身体に一つの魂? 」

「 お前さんが転生して来た時刻では、今のお前さんはまだ寝ていた筈じゃから、寝巻きを着ていたのじゃろうな 」

 リタは木の枝に干してあるネグリジェに目をやった。


 転生して来たのは夜明けと同時刻位。

 それならネグリジェ姿だったのも納得がいく。



「 では一年前のわたくしは死んだのですか? 」

 未来の自分が今の自分に憑依したのなら、今の自分は消滅した?

 身体だけを提供して?。



「 それは違うぞ。同じ魂じゃからの。一年前のお前さんの記憶に一年後のお前さんの記憶がプラスされたと言ったら分かるかのう? 」

 身体も一つなら記憶も一つなのだと。


「 成る程。それなら理解出来ますわ 」

 一年前の自分の身体への転生だから、身体への違和感はあまり無い。


 これがもし10年前に転生していたのなら違和感がありまくりだろう。

 9歳の自分の身体に19歳の記憶が宿るのだから。



「 それなら何故一年前だったのかしら?」

「 さあな……そこまでは分からん。転生させた者の希望や思惑が入るのかもな 」

「 ………レイの希望や思惑? 」

 一年前に何があったのかしら?


 いくら思い出そうとしても、頭の中が混乱し過ぎていて全然思い出せない。

 あの殺戮の映像がまだ頭の中を支配していて、今思い出すのは無理だった。



「 では、この身体は空を飛んで来たのですか? 」

 誰かに見られていたらそれこそ大騒ぎになっている筈だ。


 ネグリジェ姿の女が空を飛んでいるのだから。


「 そんな訳は無かろうよ。時空を越えるのじゃから、一瞬にしてベッドの上から湖の上に現れて、一年前のお前の魂と結びついたのじゃ 」

 勿論、これはリタの想像でしか無い。


 しかし、そう考える方が正解だと言って。



「 次は我々魔女の話をしようかの 」


 そう。

 わたくしが魔女ならば魔女が何かを聞きたい。

 リタ達のように、これから何千年も生きるのかと想像したらそれだけで怖くなる。


「 わし等魔女は、魔女と呼ばれてはいるが魔女は仮の姿じゃ。本当は妖精なんじゃ 」

「 えっ!? そのなりで? 」

「 お前、何気に失礼じゃな? 」

「 ス……スミマセン 」


 目の前にいる彼女は魔女の証の赤い瞳をしている。

 長い鼻の先は曲がっており、顔には弛みがあると言う絵本で見たごく普通の魔女の顔だ。


 それを妖精と言われても無理がある。

 妖精は背中に羽がついてる様な、可愛らしい天使みたいなイメージだ。



 リタは赤い瞳を訝し気に眇めながら、しゃがれた声で話を続けた。


 帝国にいる三人の魔女は自然を司る妖精。


 まだ帝国が小国だった頃、彼女達がそこに移り住んだ事で、作物が実り国が豊かになり国が繁栄したのだと。


 確かに。

 エルドア帝国は自然豊かな国だ。


 グレーゼ領地では有り余る程の作物が収穫されていて、グレーゼ家は近隣諸国にそれを輸出をして財を成している家なのである。



 妖精の自分達には年齢などはなく、何時から生きているのかは分からないのだとリタは言った。


「 では妖精の魔力はどのような魔力なのですか? 」

「 魔力など持ち合わせてはおらぬ 」

「 えっ!? 魔力が無い?」

「 妖精はそこに住む事で、その国の自然に力を与えるのじゃ 」


 しかし、妖精には魔力は無いががあって、魔女に変装した方が都合が良いから魔女に変装しているのだと。


「 魔女じゃと恐れられて、ここには人間は来ないからの 」

 確かに魔女の森には近付くなと言われている。



「 では、わたくしは? 」

 あの魔力は何なのかとアリスティアは青ざめた。


「 お前さんこそがじゃろうて 」

「 ………!? わたくしが本当の魔女? 」


 魔女は人間の突然変異。

 何らかの理由で、いきなりその能力が目覚めるのだと言う。


 勿論、魔女と言われる位だから女だけに現れる能力。

 因みに、男の魔法使いは物語の中だけで、実際には存在しないのだとか。



「 では、わたくしは嫉妬で魔女になったと言う事ですか? 」

 身体に異変が起きたのは、レイと聖女が庭園でキスをしていた話を聞いた時。


 それもわたくしとのデート場所のガゼボで。


 そして……

 聖女が勝ち誇ったように私に向かって笑った時。



「 そのようじゃの 」

 聖女は嫉妬する程美しい女だったのかと、リタはファッファと笑った。


「 違いますわ……聖女は……物凄くだったのよ 」


 そう。

 黒髪に黒い瞳の聖女はだった。



 自分よりも美しい女なら納得もいくのだろうが。

 不細工なタナカハナコに負けた事は、アリスティアの天をも貫く高いプライドが粉々に砕かれた。


 そして、気が付いたら聖女に魔力を放ってしまっていたのだ。

 それから先は制御不能になってしまって。



 アリスティアはタナカハナコの顔を思い出したら、身体の中で熱いエネルギーが集まって来るのを感じた。


 危ない。

 アリスティアは慌てて首を横に振った。



 この熱が魔力なのかも。


 考えれば、元々あったこの異常な嫉妬深さは、魔女になる片鱗だったのかも知れない。

 自分でも押さえられない程の、醜い嫉妬心が常にあったのだから。



「 聖女がブス?そんな理由で魔女になっただと? 」

 リタはアリスティアの話を聞いて大笑いをした。


 こんなに笑った事は今だかつて無いと言いながら。




 ***




 リタの生きてきた永い年月には、魔女らしき女は何度か現れたらしい。

 しかし大方の魔女は、火炙りになったり首をはねられ処刑されたのだと。


「 良い魔女はいなかったのですか? 」

「 お前さんが良い魔女じゃったか? 」

「 ……… 」

「 魔女の魔力が暴走したら、お前さんのようになるのじゃ 」

 理由はどうであれ、街を破壊して大量殺戮を犯せば、捕らえられて処刑されるしかないとリタは首を横に振った。



 魔女の能力が現れた時には、大抵の者が自分の魔力のコントロールが出来ずに魔力の暴走を起こすのだと言う。


 正にアリスティアがそうだった。

 自分ではどうしようもない熱いエネルギーが、身体の中から外に飛び出して行った。


 またもやあの殺戮の映像が頭に浮かぶ。



「 では……わたくしが戻って来たのは…… 」

 手の震えが止まらない。


「 それは先程も言ったとおりじゃ。皇太子が《時戻りの剣》》で心臓を貫いたからじゃの 」

「 時戻りの剣? 」


 その剣の由来を話そうかのとリタは話を続けた。

 手元にある魔導書を、嘗めた指でペリリと捲って。



「 昔、まだエルドア帝国が王国だった頃。魔女が国王に贈った物じゃ 」

「 この魔女は魔力をコントロール出来ましたの? 」

「 中には、上手く自分の魔力をコントロール出来る魔女もいたのじゃろうな 」

「 ……… 」


 黙ってしまったアリスティアを見ながらリタは話を続けた。


「 王太子時代の若い国王と結婚をしたいからと、時戻りの剣で自分の心臓を貫いてくれと国王に言ったそうじゃ 」


 それは一度使えば消えてしまう



「 まだ王家に残っていたんじゃな 」

「 それがあると言う事は…… 」

「 魔女はで、心臓を貫かれて絶命したと書かれておる 」

「 そんな…… 」

「 国王は、時を戻したくは無かったんじゃろうな 」

 それ以外の事は魔導書には書かれていないと言って、リタは魔導書をパタンと閉じた。


 フワリと埃が舞い上がった。



「 レイがそれをわたくしに使った…… 」

 膝の上にあるアリスティアの手がガタガタと震え出した。


 わたくしは世界を救う聖女を殺し、皇都の街を破壊し大量殺戮を犯してしまった魔女で、殺されるべき存在。


 だけどレイはわたくしに生きて欲しいと願った。

 時を戻すからやり直せと。


 その理由は一つ。

 聖女を殺されたく無かったから。


 そう。

 世界を救う聖女は何よりも大切な存在だから。


 だけど……

 聖女を愛してしまったレイにとっては聖女の存在はそれだけではない筈。



「 ティア……生きて 」

 最期にアリスティアが聞いたレイモンドの声。


 レイはわたくしの心臓を貫く時に、そう言って目に涙を浮かべていた。


 泣いていたのは……

 わたくしへの想いも少しはあったから。


 ずっと兄妹のように同じ時を生きて来た存在なのだから。


 それが恋ではなかったとしても。



 床に座っていたアリスティアは、フラりと立ち上がり小屋の外に出た。


「 ここならいくら大きな声を出しても構わないから、たんとお泣き 」

 アリスティアの背後からリタの優しいしゃがれた声がした。


 アリスティアはフラフラしながら歩いて行く。

 裸足の足で。


 向かったのは明け方に転生して来た湖。


 湖は生い茂った木々の向こうにあった。

 湖畔に立つと、陽の光が湖面を照らしキラキラと輝いていて。



 綺麗。

 まるでレイの髪のよう。


 暫く湖を見つめていたアリスティアは、空を仰ぎ見ると、カーテシーをした。


 時を戻した一年後のレイモンドに向かって。


「 レイ、わたくしを殺さないでくれて有り難う。アリスティア・グレーゼは、次は間違えませんわ 」

 アリスティアの、ヘーゼルナッツ色の大きな瞳から涙がポロポロと溢れ落ちた。



 この日アリスティアは、湖の畔で声を上げて泣いた。


 







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