第16話 進撃のグレーゼ三兄妹




「 魔物から世界を救う為に、異世界から聖女が現れる? 」

「 時戻りの剣でレイがティアの心臓を貫いた? 」


 ハロルドとオスカーはずっと固まったままに、アリスティアが身振り手振りで話す姿を見ていた。

 それだけアリスティアから聞かされた話は衝撃的だった。


 到底信じられるものではなかったが、こんなにも残酷でリアルな話を、アリスティアの夢だとか妄想だとかで片付ける訳にはいかなかった。


 何よりも……

 魔女リタから教えられたと言うの詳細を、アリスティアが知っていた事が真実に値する事だった。



 時戻りの剣の事はカルロスもオスカーも初めて聞いた話だ。 

 きっと皇帝陛下と皇太子しか知らない事なのだろう。


 そんな特別な剣が使われたと言う事は、余程の事があったと推測され。

 その余程の事を、自分達の可愛い妹が引き起こした事にショックを受けた。



 今から半年後に起こる事があまりにも悲惨過ぎて。

 アリスティアの置かれた境遇があまりにも哀れで。


 そして……

 グレーゼ家の立場も。


 レイモンドとの婚約を解消したいと言うアリスティアの想いを、改めて理解する事が出来た。



「 ティア。お前がそんな目に遭っていたなんて 」

「 早く俺達に言えば良かったのに 」

「 ご免なさい。信じて貰えないと思っていたの 」

 アリスティアは二人が信じてくれた事に安堵した。


 カルロスとオスカーは、今から半年後に起こる未来に絶句するしかなかった。


 異世界から聖女が現れる未来にも。

 魔物が現れる未来にも。


 そして……

 レイモンドの手に掛かって、アリスティアが心臓を貫かれる未来にも。


 アリスティアはあの3ヶ月間にあった事をもう一度話した事で、改めて自分の犯した罪を認識し、身体が震えるのを感じていた。



「 先ずは一旦整理をしよう 」

「 そうだな。もう頭の中は爆発しそうだ 」

 カルロスがアリスティアにメモ帳を持って来るように言い、三兄妹は頭を寄せ合ってこれからの事を話し合った。


 何事にも慎重なカルロスは、テーブルの上に置いたノートにペンをカリカリと走らせる。

 これから起きる事を箇条書きにした。



 もう二度と使う事が出来ない

 多分皇宮の何処かにある筈のこの魔剣はもう無い筈だ。


 未来のレイモンドが下した辛い選択を無駄には出来ない。

 魔女のリタが聞く天からのお告げまでは、後3ヶ月。


 進むべき道は決して誤ってはならない道なのだから。



 明け方近くまでああだこうだと話し合って。

 出した三兄妹の結論は……


 やはり、レイモンドとアリスティアのだった。




 ***




 アリスティアが出した結論は、レイモンドとの婚約を解消して未来に起こる出来事から自分がいなくなる事だった。


 レイモンドがタナカハナコに一目惚れをする未来を知ってしまっても尚、彼女への嫉妬心を抑える事は出来ないのだから、これはもう自分が消えるしかないのだと。



 しかしだ。

 二人の兄の出した結論は違った。

 レイモンドとアリスティアの婚約を解消する事は同じでも。


「 父上には再び宰相になって貰う 」

 そうなるには、アリスティアをレイモンドの婚約者でなくなる必要があった。



 ハロルド・グレーゼ。

 カルロス、オスカー、アリスティアの父親である彼は、若くして公爵家の当主になり、エルドア帝国の宰相になった男である。


 彼の政治手腕は長けたものだった。

 誰もが彼を信頼し、彼に従えば間違いないとさえ言われていた程に。


 しかし。

 当時のクリスタ皇太子妃に目をつけられ、アリスティアがレイモンド第2皇子の婚約者となった時に、彼は宰相を辞任した。


 将来外戚となる自分が政治の中枢にいてはならないとして。

 彼は政権から姿を消す事を選んだ。



 その後、再び宰相の座につくようにと、何度も皇帝陛下や他の大臣達に懇願されたが。


 実直な彼は頑としてそれを拒み続けた。


 それでも彼がいないと政治が成り立たないとして、議会の議員となり現在も議員として政治力を発揮している。


 新しく宰相になったニコラス・ネイサン公爵としては目の上のたん瘤に違いない。



 そう。

 時が戻される前に、大聖堂でアリスティアが最後の魔力を振り絞りが、ニコラス・ネイサン公爵なのである。


「 ネイサン宰相が聖女の後見人……きっと奴が色々と企てたのだろうな 」

「 聖女を手にした事で力を得た 」

「 それで父上を……我がグレーゼ公爵家を無下にし続けたんだ 」

「 何をやっても無能な男のくせに 」


 レイとアリスティアの結婚式を乗っ取るなんて、とんでもない事をしやがってとオスカーは歯噛みをした。



「 なあ、ティア。俺はその時何をしていた? 」

「 オスカーお兄様は何時も疲れた顔をしていましたわ 」

「 ………だろうな 」

 カルロスがカリカリとペンを走らせるのを見ながら、オスカーは皿の上から菓子をつまんで口に放り込んだ。


 オスカーはレイモンドの秘書官なので、政治には関わらないポジションなのだから仕方が無い。


 だから、父親であるハロルドを再び宰相にする必要があるのだと三人は再確認をした。



「 ところで、異世界から現れた聖女の能力とは一体何だったんだ? 」

「 ……さあ? 」

 大まかな事を話終えたアリスティアは呆けた顔をしながら、宙を見上げて頭を捻った。


「 タナカハナコが現れてからは……レイとの逢瀬の話ばかりで、わたくしは知らないわ 」

 タナカハナコの能力がどうかなど新聞には載った事は無かった。


 これもネイサンが新聞をコントロールしていたのかもと二人は言った。


 世界が魔物から滅ぼされるかも知れないと言うのに、聖女の能力よりも皇太子との恋愛云々ばかりを報じるのはどう考えても有り得ない事。



「 レイは本当に聖女に一目惚れをしたのか? 」

「 ええ……出会って直ぐにガゼボで抱き合ってキスを…… 」

 アリスティアの瞳の色が一瞬にして赤くなった。


「 うわーっ!? 」

「 ティア!?」

 先程、アリスティアの嫉妬が魔力となり、その魔力の強さで瞳の色が赤くなると言う話を聞いたばかりだ。



 アリスティアの瞳の色が赤く光り、短い髪がピンピンと逆立ち始めた。


「 アリスティア! 別の事を考えるんだ! 」

 オスカーは咄嗟にアリスティアの頬を捻りあげた。


 すると……

 アリスティアの髪は元に戻り、瞳の色も元のヘーゼルナッツ色になった。


「 痛いわ。オスカーお兄様 」

「 お前は馬鹿か!? ここで魔力をぶっぱなしてどうするんだ!? 」

 今度はアリスティアの両頬を引っ張って怒るオスカーを見ながら、カルロスは呟いた。



「 ティア、本当に魔女になったんだな 」

「 ……そうだな。確かに魔女だった 」

「 わたくしの瞳の色は赤くなってましたか? 」

「 ああ。薄い赤だったがな 」

「 そう 」

 やっぱり魔力が強くなると赤くなるのね。


 アリスティアはオスカーに捻られて真っ赤になった頬を、両手を当ててごしごしと揉み解した。

 後から両頬を捻られたのも合わさってズキズキとかなり痛い。



「 それにしても、嫉妬が魔力だなんて笑える 」

 しょーもない魔力だと言って、オスカーはゲラゲラ笑った。


「 だから困ってるのよ! 」

 タナカハナコは必ずや異世界から現れるのだから。


「 わたくしがタナカハナコを殺ってしまったから……だからレイはわたくしをここに戻したのだと思うわ 」

「 だろうね 」

「 わたくしからタナカハナコを守る為に、わたくしが修行して魔力を調節しなさいって事なのよ 」


 皇都の街を破壊して大量殺戮まで犯したのだから。



 その時。

「 なあ、もしかしてお前がの可能性は無いのか? 」

「 !? 」

「 !? 」

 アリスティアは青ざめた。

 きっとカルロスも同じ事を考えてる筈。


 あり得る。

 あれだけ盛大に街を破壊したのだ。

 は自分であってもおかしくはない。


 皇太子と聖女が手と手を取り合って、魔物になった悪役令嬢を討伐するシナリオが見えて来た。

 聖女がどんな能力を使って魔物に対峙するのかは知らないが。


 その能力を発揮する前にアリスティアが殺ってしまったのだから。



「 その時は、潔く殺られて差し上げますわ! 」

 オーホホホとアリスティアは高笑いをした。

 両手を腰にやり。

 もうやけくそだ。


 レイとタナカハナコが手に手を取って目の前に現れたら、自分がどうなるのかの想像すらしたくない。


「 ティア! 」

 またもやオスカーに頬を捻り上げられた。


 タナカハナコの不細工な勝ち誇った顔が頭に浮かんだ。

 レイモンドの腕に手を回してしなだれかかり、下品な顔をして笑ったタナカハナコを。


 アリスティアの瞳の色が赤く光った。

 それはさっきよりもより鮮明な赤。



「 ティアが魔物になったら、俺達が頬をペンチで捻り上げてやるよ 」

 そう言ってオスカーが笑った。


「 それって全然笑えない。ティアが本当に魔物だったら、聖女に討伐される事になるんだぞ! 」

 カルロスは眉を顰めながらアリスティアがいれたコーヒーをごくごくと飲んだ。


 もう冷めてしまってはいるが。



「 まあ、お前には魔女リタもいる事だし、何とかなるんじゃないの? 」

 頼りは同じ魔女のリタだよなと、オスカーが前のめりになってテーブルに手をついた。


「 魔女リタと言えば、お前と一緒にいたイケメンの男達って、やはりリタが出した者なのか? 」

 レイから聞いたと言って。


 オスカーは魔女リタのに期待を寄せている。

 ワクワクした顔をしてアリスティアを見つめた。


「 そうだ! その男達は一体誰なんだ? 」

 カリカリとペン走らせていたカルロスは手を止めて、アリスティアを見て眉を顰めた。



「 ……実は…… 」

 アリスティアは、魔女リタが実は妖精だと言う事の話をした。


 あのイケメン達の正体も。


「 ………… 」

「 ………… 」

 まだ、こんなにも驚く事があるのかと思う位に、アリスティアの話はずっとセンセーショナルのままで。



 三大帝国のタルコット帝国にはロキと言う魔女がいて、レストン帝国にはマヤ、そして我がエルドア帝国にはリタと言う魔女がいると言う事はカルロスもオスカーも知っている。


「 魔女リタは、変装しか出来ない妖精だと? 」

 全く使えねーと、オスカーはまたまた腹を抱えて笑った。

 婆さんだと言う事にも。


 レイは婆さんにショックを受けていたのだと言って更に笑った。



「 いや、それよりも他国の妖精達が我が国に来ても良いのか? 」

 それも半年間も自分の国から離れているなんてと、笑い転げるオスカーを横目にカルロスは心配そうな顔をした。


「 自然を司る妖精がいなくなって、タルコット帝国とレストン帝国は大丈夫なのか? 」

 これは陛下に報告しないとならないのではと。


「 明日、レイに言っておくよ 」

 イケメン達の正体がババアだと言う事もなと言って、オスカーはニヤニヤと笑った。



「 駄目! レイには何も言わないで! 」

「 !? 」

「 そうだな。殿下には言わない方が良いだろうな 」

「 どうして? レイが知っている方がやりやすいのではないのか? 」

「 優しいレイが、わたくしの心臓に剣を刺したなんて知ったら苦しむわ 」

「 ……そうか……そうだよな 」

 それにはオスカーも納得をした。


 レイモンドは優しい皇子様だ。

 自分が辛い思いをしたからか、彼はとても思いやりのある優しい男に成長していたのだ。


 未来のレイモンドは、アリスティアと聖女の間で嘸や悩んでいただろう事は推測出来る。



「 しかし、聖女が不細工だったって言うのが残念だな 」

 あの時レイがブス専なのかと聞いたのはそのせいかと、オスカーは笑った。


「 そうよ! レイがブス専だからタナカハナコに一目惚れをしただわ 」

「 お前もブスだったら良かったのに 」

「 いくらレイがブス専でも、私があの顔なら死ぬわ! 」

「 そんなにブスなのか? 」


 オスカーとアリスティアのタナカハナコのブス論議を聞きながら、カルロスは頭を傾げた。



 カルロスはレイモンドがアリスティアを一人の女性として愛している事は知っている。

 勿論、オスカーも。

 ずっと側で二人の愛の行方を見て来たのだから。


 その愛はアリスティア以上だと思っていて。

 今までどんな美女に迫られても全く眼中に無かった程に。


 結婚をしたらとんでもない甘々の寵愛振りを発揮するだろうと、嬉しい心配をしていたのだ。

 今はアリスティアが学生だから抑えているだけで。



 だけど。

 人の心は変わるもの。

 聖女に一目惚れをする事もあるだろう。

 今、どんなに愛する女性がいたとしても。


 カルロスは窓際に足を進め、アリスティアを振り返った。



「 もう一度聞く。ティアは本当に殿下との婚約を解消しても良いんだな? 」

「 ええ。それがわたくしの進む道ですわ 」


 魔女どころか……

 魔物かも知れないと言う可能性があるならば、もう完全にレイの婚約者としての未練はない。



 魔女リタが聞いた天のお告げ通りに、異世界から聖女が現れた。

 そして、レイモンドとアリスティアとの結婚式が行われる日に、レイモンドとタナカハナコの結婚式が行われた。


 それがアリスティアの見た現実。


 それを変えられない未来であるならば、グレーゼ家の名誉だけは守りたい。


 そしてあの時……

 これから先何があろうとも僕を信じて欲しいと言ったレイモンドがいた事も事実。



 何よりも、あの3ヶ月間に一体皇宮で何があったのかを知りたい。


 それを探るグレーゼ兄妹の進撃が始まった。



 その先の未来を見る為にも。









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