第17話 悪役令嬢のいない舞踏会



「 次に街に来た時にはちゃんと帰って来ますわ 」

「 ティア……どうしても魔女の森に行かなきゃ駄目なの? 」

「 お母様……わたくしは魔女ですから 」

 魔女の修行をしなければならないのよと、アリスティアはキャサリンを抱き締めた。



 荷馬車は昨日に護衛達が公爵邸に運んでくれていて、乗っていた野菜達はシェフに買って貰った。


 その新鮮さと、冬なのにも関わらず立派な大きさの野菜達に感激したシェフは、アリスティアと専属契約を結んだ。


「 有り難うございまーす 」

 きっとリタ様も喜ぶわ。

 実り過ぎた野菜達をもて余していたのだから。


 アリスティアの元気な可愛らしい声に、厨房の皆は久し振りに癒された。

 勿論、他の使用人達も。


 魔女になったと言われても。

 お嬢様はお嬢様なのだと。



 朝方まだ暗い内にアリスティアは公爵邸を出発した。


 魔女の森に戻る為に。

 シェフに作って貰った料理を婆さん達のお土産にして。

 昨日は何を食べたのかとずっと心配だったのである。      


「 では、お父様、お母様、行って参りまーす! 」

 アリスティアは、見送りに出て来ていた使用人達にも元気よく手を振った。


 侍女のデイジーは一緒に行くと言っていたが。

 魔女の修行中だからそれは出来ないと言って。



 平民のワンピース姿で荷馬車に乗り、手綱を握ったアリスティアを見て、キャサリンがヨヨヨと泣き崩れた。


 何だかやけに逞しくなった自分の娘の姿に。

 これがアリスティアなのかと。



 ハロルドは苦笑いをしながらアリスティアを見送った。


 昨夜。

 アリスティアの事をカルロスとオスカーに任せたのは、アリスティアから事情を聞くのが怖かったからで。


 情けない事に、ハロルドは魔女になったアリスティアを受け入れられないでいた。



 周りからは優れた人物だと称賛され、それに相応しくあろうと自分を律して来た人生だった。

 自分の信念を決して曲げず、何時も先頭に立って皆を引っ張って来た。


 ただ。

 愛娘のアリスティアの事に関しては、正しい判断が出来なくなるのではないかと言う懸念があった。



 あの時。

 クリスタ皇太子妃の申し出を受けた時。

 自分のが出てしまった事をハロルドはずっと後悔していた。


 そのが、アリスティアを人々からやっかまれる対象にしてしまったのだから。



 悪役令嬢と称されても。

 魔女になっても。

 それを受け入れて前を向いて進む我が娘。

 愛しくて愛しくてたまらない。


 アリスティアと一緒に魔女の森に行くと言うカルロスの背中に向かって。


 ハロルドは「 頼むぞ 」と小さく呟いた。


 

 馬に跨がったカルロスはアリスティアの護衛を務めた。


 アリスティアと一緒なら魔女の森に入れると思って。

 アリスティアもやってみなければ分からないと言うので。


 しかしだ。

 アリスティアは馬車ごと魔女の森に消えたが、アリスティアの後ろを付いて行ったカルロスは、橋の上に戻って来ていた。


「 ティアと一緒でも駄目だったか 」

 殿下は何故一人で入れたのだろうか?


 魔女の森の不思議に、カルロスはふぅぅと大きく溜め息を吐いた。




 ***




「 レイモンド様~入ってもよろしいですかぁ~ 」

 レイモンドの執務室でオスカーと二人で執務をしていると、王女の声がした。


「 また、押し掛けて来た 」

 オスカーは、その甘ったるい声に、うんざりとした顔で文机の上に置いてある書類を手に取った。



 オスカーは何時も通りに登城した。

 昨夜は一睡もしてはいないが。

 あんな話を聞かされては眠れる筈がないのだ。



「 わたくしですぅ~ローズですわ~ 」

 レイモンドはうんざりとした顔をするオスカーを見やり、苦笑いをしながらも椅子から立ち上がった。

 そして執務室のドアを開けに行った。


 相手は王女。

 敬意を持って接しなければならないのだ。



 オパール王国のローザリア第2王女が来国してから6日目。

 皇太子であるレイモンドが王女の接待をしないとならないのだが。

 流石に6日も相手をしているとうんざりする。


 ずっとアリスティアの事が気掛かりであるから、特にうんざり感マシマシで。


「 どうしました? 」

「 お仕事中でしたかしら? 」

「 いえ。中に入られますか? 」

「 ええ。入れて頂きたいわ 」

 レイモンドがエスコートの手を差し出した。


 ローザリアは頬を赤らめてレイモンドの掌に手を重ねた。



 父王がエルドア帝国との外交を進めようと、手にしていた皇太子レイモンドの姿絵をたまたま目にして、その美しくも凛々しい姿絵にローザリアは恋をした。


 そして、国王の名代としてエルドア帝国に赴く外務大臣達に、無理矢理付いて来たのである。

 弟の王太子はまだ学生なので公務をしていない事もあって。


 勿論、他国に行く事は初めてだ。

 港に迎えに来てくれたレイモンド皇太子は姿絵以上に格好良くて、ローザリアは一瞬にして恋に落ちた。


 彼の柔らかで皇子然としたスマートさにドキドキとして。

 やはり皇子様はこんなにも素敵なのだわと。



 王女が政略結婚で他国に嫁ぐ事は当然の事だったが。

 やはりエルドア帝国に来て正解だった。

 ローザリアは是非ともこの国の皇太子妃になりたいと決めたのだった。


 大切に思われていると感じる。

 もしかしたら彼も自分に恋をしたのかもと。



 婚約者がいるのは知っているが、生まれた時から決められていただけの


 聞けば、今は体調を崩して領地で療養していると言う。

 婚約解消の噂もあるとか。


 そんな婚約者は、嫉妬心深く皆から悪役令嬢と言われている程に皆から嫌われているとか。


 これはいけるんじゃない?

 ……と、侍女達と色めき立っている所である。



「 今宵のドレスの色はどんな色にしたら良いかしら? 」

 レイモンド様のエスコートですから、にしたいですわと言って。


 レイモンドが呼んだ女官が運んで来たお茶を、コクリと一口飲んだ。


 自分が連れて来た侍女達は奥のソファーに座り、彼女達にも出されたお茶を飲んでいる。

 至れり尽くせりの接待に侍女共々大変満足をしている所だ。

 流石は帝国だと言って。


 王女殿下が嫁ぐならやはりこの国が良いと、侍女達も付いてくる気満々である。



 今夜は皇宮の大広間で舞踏会が開かれる事になっていて。

 レイモンドは王族の接待として、王女のエスコートをして入場をして、その後にダンスを一緒に踊る事になっている。



「 僕には婚約者がいますから、ローザリア王女とは衣裳を揃える事は出来かねます 」

 男女のペアの衣裳は、婚約者や配偶者と揃えるのが常識だ。


「 あら? その婚約者は今宵の舞踏会には参加しないのですから、問題はないでしょ? 」

「 そう言う訳にはいきません。僕を不誠実な男にしないで貰いたいですね 」

「 まあ!?レイモンド様のそんな所も素敵ですわ 」

 ローザリアはそう言って、自分の前のソファーに座るレイモンドを熱く見つめた。



 その後もローザリアは執務室に居座り、執務をするレイモンドをうっとりと眺めていた。


 ローザリアが座るそのソファーは、アリスティアがここに来た時に座る場所だ。

 そこでレイモンドの執務が終わるのを本を読んだりして待っているのだ。


 レイモンドが顔を上げると、本に夢中になっているアリスティアがいて。

 クスクスと笑ったり、泣きそうな顔をしている姿がとても可愛らしくて。


 アリスティアとのそんな時間が、レイモンドの何よりの癒しだった。



 不細工のくせに。

 不細工に見つめられてもキモいんだよ。


 オスカーはいつまでも居座るローザリアに眉を顰めた。


 ローザリア王女は不細工だった。

 王族は比較的美形なのにもかかわらず。


 この不細工な王女よりも聖女は不細工だったのか?


 オスカーは、レイモンドの様子をこっそりと盗み見ていて。

 本当にブス専なのかと。

 アリスティアが言うには、聖女に一目惚れをしたとか。


 だったらこの不細工王女も気に入ったのか?


 どんな美女に言い寄られても、顔色一つ変えないレイモンドだったが。

 このブスならば違った反応をするかと、ずっとレイモンドを観察しているのだ。



「 オスカー!僕の顔に何か付いてるのか? 」

「 いや、何でもない 」 

 王女を、滞在する客間に送る為に立ち上がったレイモンドを、オスカーは頭を下げて見送った。


 レイモンドにエスコートされて歩いて行く王女は、それはそれは嬉しそうな顔をして。



 ティアとの婚約を解消したら我が国だけでなく、他国までが大変な事になるに違いない。


 オスカーは肩を竦めた。




 ***




「 オパール王国のローザリア第二王女とレイモンド皇太子殿下のおなりでございます 」


 皇帝陛下と皇后陛下が入場した後に、レイモンドとローザリアが入場して来た。


 手をレイモンドの腕に回して。

 王女である自分が一番彼に相応しいと言う顔をして。



 クリスマス仕様で飾られた華やかな王広間では両陛下のファーストダンスを踊っていて。


 それが終わると、レイモンドがローザリアに腰を折って手を差し出した。


「 ローザリア王女。貴女を一人占め出来る光栄を僕に与えて頂きたい 」

「 はい。喜んで 」

 レイモンドの手に手を重ねると、ホールの中央に二人で進み出た。


 周りの令嬢達からの悔しそうな顔に笑みが零れた。



 わたくしは王女。

 貴女達の国の公爵令嬢よりも高い身分。

 レイモンド皇太子殿下に相応しいのはわたくし。


 踊り終えても、ローザリアはずっとレイモンドの腕に手を回したままで、離れようとはしなかった。



 何時もならば令嬢達がレイモンドに群がるのだが。

 流石に王女が側にいては近付く事すら出来ない。


 あの邪魔な悪役令嬢がいないと言うのにと令嬢達は、歯噛みをした。


 レイモンドはアリスティアが社交界から消えてからは、貴族が開催する夜会には来なくなっていて。

 この皇宮の舞踏会は数少ないチャンスなのである。


 自分を見初めて貰う為に少しでも側にいたい。

 正妃になれなくても側妃にはなれるのだからと。


 ましてやアリスティアは病気で療養中。

 社交界では、婚約を解消する事になるかも知れないと言う噂で持ちきりだ。


 病気で世継ぎを生む事が出来ないとなると、婚約を解消する事は有り得る事なのだから。


 正妃だって夢じゃない。



 そんな想いでこの舞踏会に臨んだと言うのに。

 王女がこれ見よがしにレイモンドから離れないのである。


 まるで。

 自分が彼の婚約者であるかのように、二人は同じ紺の衣裳を着ていた。

 デザインは全く違うのだが。


 そう。

 侍女がスパイになって、レイモンドが紺の夜会服を着ると言う事を嗅ぎ付けた。

 だからローザリアも紺のドレスを着て来たのである。



「 アリスティア様がここにいれば…… 」

 誰かが扇子の向こうから呟いた。


 レイモンドは我が国の皇太子殿下。

 他国の王女がこれ見よがしにベタベタしているのが許せない。


 その上に、何度もレイモンドをダンスに誘っては困らせているのである。

 甘えた顔をして。


 ブスのくせに。



「 そうですわ。アリスティア公爵令嬢ならば、王女に好き勝手をさせないですわね 」

「 あの嫉妬深さと気の強さは筋金入りですものね 」

 きっと王女であっても蹴散らす筈だ。



 この場にいる最高位の令嬢は侯爵令嬢達。

 彼女達はただの貴族令嬢に過ぎない。


 だが。

 公爵令嬢は違う。

 公爵家は皇族の血を引いている貴族。


 ここには公爵夫人がいるのだが。

 公爵夫人と言えども所詮は貴族の出。

 だからやはり王女には何かを言える立場ではなくて。


 勿論公爵令嬢でも、本来ならば王女に何か言える立場ではないのだが。

 あの悪役令嬢ならばやってくれると皆は期待するのであった。



 勝手なもので。

 あれだけアリスティアを煙たがっていたと言うのに。

 皆はアリスティアを恋しく思うのであった。



 転生前では……

 アリスティアは、レイモンドから離れようとしないローザリアに詰め寄った。


「 オパール王国では、婚約者のいる男を誘惑するのが外交なのかしら? 」

 アリスティアに辛辣な言葉を吐き捨てられたローザリアは、真っ赤な顔をして口をパクパクとするだけだった。


 初めて言われた辛辣な言葉。

 しかしそれは正論であり、返す言葉が見付からなかった。


 王女だからって何をしても良い訳じゃない。

 ましてやここは他国なのである。 


 真剣に外交に来ていた大臣達は、王女を下げるようにとローザリアの侍女達に目配せをした。


 皇太子殿下の婚約者からそう言われるのは当然の事。

 そもそも大切な外交の邪魔をされては困るのだ。


 そんなローザリアからレイモンドの腕を奪い返して、この後にアリスティアはレイモンドとダンスを踊った。

 3回続けて。


 婚約者なのだから当然だわと、アリスティアはローザリアに目を眇た。


 ローザリアは泣きながら、侍女達に連れられて会場を後にしたと言う訳である。



 しかし……

 アリスティアのいない舞踏会では、ローザリアがレイモンドを独占していた。


 王女を戒める者は誰もいないのだから。


 もしかしたら。

 この不細工な王女が皇太子妃になるのではと考えたら。

 皆は青ざめた。



 我が国の皇太子殿下の横に並び立つのに相応しい女性は、あの美しい悪役令嬢だけだと改めて認識した。


「 アリスティア様には早く元気になって、社交界に戻って来て頂きたいですわ 」

 ……と、言わせる程に。










 

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