第18話 離れ離れのクリスマスの夜



 レイモンドはローザリア王女から逃れて庭園を歩いていた。


 用を足しに行くと言えば流石に付いて来なかった。

 ずっと王女に腕に手を回された状態では、他の者と交流する事も出来なくて。


 やんわりと腕を抜こうとすれば、更に腕を絡ませて来て、その弾みでやたらと胸を押し付けて来ると言う悪循環。



 2回目のダンスを踊りたいと懇願されても、2回以上同じ異性と踊るのは婚約者や夫婦であることを意味するのは王女とて分かっている筈。


 それだから踊る訳にはいかないと言えば、余計に腕を絡ませて来てならば皆に紹介をして下さいと言われる始末。


 全くの外交の邪魔。


 オパール王国の大臣達を見れば苦笑いをしている。

 誰も王女には物申す事は出来ないでいた。



「 流石に疲れた 」

 レイモンドは、やっと王女から解放された事に安堵の息を漏らした。


 こんな事は今までになかった事。


 今まで気にもしなかったが、女性に身体に触れられる事の気分の悪さを強く感じるようになってしまっていた。



 やはりアリスティアに守られていたのだとレイモンドは、改めてアリスティアの所為に感謝した。


 悪役令嬢だと言われても。

 それでも自分を守る為に頑張ってくれていたのだと。


 本当はの何物でもないのだが。


 レイモンドの中でのアリスティアは、敢えて悪役令嬢になる事で、自分に女性達を寄り付かせないようにしていた救世主になっていた。



 ティア。

 君がいたから頑張れたんだ。

 君がいるから嫌な公務も嫌ではなかったんだ。


 王女や令嬢達と踊っても、その後には必ずアリスティアと踊るから。

 ちょっと拗ねたような顔をしたり、怒った顔をしているアリスティアが可愛くて可愛くて。


 それがあるから皇子然としていられた。



 レイモンドは魔女の森で会ったアリスティアを、何度も何度も思い返していた。


 可愛かった。

 素っぴんの顔は何時もと違い幼く感じた。

 勿論、化粧をしている顔も美しいが。



 気が付くとガゼボに足を踏み入れていた。

 大きな屋根の下の真ん中には大きなテーブルがあり、そこには座り心地の良い椅子が二脚あった。


 ここは二人が週に一度のお茶会をしていた場所。

 誰も使用出来ないようにして、二人だけの特別な場所にしていた。


 因みに、両陛下の利用するガゼボは別の場所にある。



 公務で外出をした時には必ずやお土産を買って来て、このガゼボでアリスティアに渡した。


 旅先でわたくしの事を考えていてくれたのが嬉しいと言って、顔を綻ばせて喜ぶアリスティアを見るのが嬉しかった。


 そんな二人だけの時間を何よりも幸せに感じていた。


 そう。

 アリスティアといる事がレイモンドの幸せだったのだ。

 それは子供の頃から変わらずに。

 変わらない二人の未来がある筈だった。



 何事もなければ、きっと今頃は皇太子夫婦の部屋の改装をして、アリスティアのウェディングドレス製作に取り掛かっている所だ。


 部屋だってアリスティア同じ部屋にするつもりでいた。

 側妃など娶らないのだから一人の部屋などいらない。

 元からあった側妃の部屋は潰すつもりでいた。

 それ以外はアリスティアの希望通りにして。


 そんな未来があった筈なのだ。



 それが。

 あの記者会見の日に全てが変わってしまった。


 結婚式の日取りは頓挫したままで。

 頓挫したままに半年が過ぎたのだから、もうには結婚式は挙げられない。


 皇族の結婚式には一年もの期間を要するのが普通だ。

 遠くの国の王族を招待するからである。



 ティア。

 僕は君と婚約解消など絶対にしない。

 君が魔女でも構わない。


 あれから魔女の事を調べたが。

 魔女は人間の突然変異であり、そこに何らかな魔力を持っているだけで人間には変わらないと言う。


 魔女が妃になった例はないけれども、魔女が妃になれないとは何処にも記されてはいなかった。


 話せば父上も母上も理解してくれる。



 今宵はクリスマス・イヴ。

 二人っきりで過ごした事など無いけれども。

 ずっと一緒に楽しい時間を過ごした日。


 ティア。

 僕は君がいないと生きていけない。

 何をしていても楽しくないんだ。



 今までアリスティアがいる事が当たり前だった。

 振り返れば何時もそこにいて。

 それがレイモンドの拠り所となっていた。


 そんな当たり前だったものが無くなって。

 レイモンドはまるで自分の翼が折れたように感じていた。 



「 僕は…5歳も年下の君に依存してしまっていたのだな 」


 ティア。

 このクリスマスの夜に何を思う?


 君は寂しくないのか?

 僕に会いたくないのか?


 あれ程に僕を求めていたくせに。



 レイモンドは満天の星の凍えそうな夜空を見上げた。




 ***




「 オーホホホ! 」

 アリスティアは満天の星の夜空に向かって高笑いをしていた。


 腰に手を当てて仁王立ちをして。



 魔女の森にある小屋に戻って来たら、婆さん達は想像していた通りに腹を空かせていた。

 もう、生では野菜を食べられないらしい。


「 遅い! 」

「 遅い! 」

「 遅い! 」

「 ごめんなさい。お兄様に捕まってしまって自宅に帰っていたの 」


「 心配していたのじゃ 」

「 もう戻って来ないのかと思ったぞい 」

「 無事で安心した 」

 婆さん達はそう言いながら、アリスティアが持っている箱に視線が釘付けだ。


 折れ曲がった鼻がひくひくとしている。

 箱からは凄く良い匂いがしているのだ。


「 これうちのシェフが作った料理よ 」

 アリスティアは綺麗に飾った箱から、七面鳥の丸焼きを取り出した。


 シェフが昨日に用意してくれていた料理だ。

 他にも鍋に入ったシチューや柔らかい白パンやケーキまでも持たせてくれた。



「 今日はクリスマスよ 」

「 クリスマスじゃと? 」

「 そうなの 」

「 家を飾ってご馳走を食べる日か? 」

「 あのキラキラしたやつの 」

「 まあ、そのようなものたけど 」


 アリスティアはクリスマスを説明しながら、持って来た料理を次々にテーブルの上に置いた。


 七面鳥とケーキは夜に食べるのよと言って。



 婆さん達は柔らかい白パンをお気に召した。

 何時もは日持ちのする硬いパンしか買っては来ないので。


 この白パンはシェフの焼いた物だ。

 既に2時間は経っているから焼きたてとは言わないが。

 焼きたてはもっと美味しいのだと言えば目の色を変えた。


 赤い瞳の色なのは変わらないが。


 そして自宅から持って来た飾りを部屋に飾った。

 年中暖かい魔女の森の中ではクリスマスの気分ではないのだが。

 ほんの少しだけでもクリスマス気分を味わいたくて。



「 今頃、レイはあの不細工の王女と踊っているかしら? 」

 本当は王女ともっと踊りたかったのかも。

 わたくしがあんな事を言って王女を泣かせてしまったから。


 王女はレイともっと踊りたいと言っていたのだから。

 甘えるように。


 ああ。

 気持ち悪い。

 アリスティアはケバい化粧をしたローザリア王女を思い出した。



 レイは、心の中では酷い女だと思いながらわたくしと踊っていたのかも。


 わたくしが婚約者だと言う事を王女に見せ付ける為に3回もダンスのおねだりをしたのだから。


 レイは嘸や呆れていたでしょうね。


 アリスティアの中では、レイモンドは完全にブス専になっていた。



 そう言えば。

 あの時レイとわたくしはお揃いの深い緑の衣裳だったのよね。

 王女のスパイに向かわせたデイジーの話では、王女も同じ色のドレスを着ていたとか。


 なので急遽深紅のドレスに変更した。

 レイは黒の夜会服に赤のチーフを胸に添えて。

 


 あの時の不細工王女の悔しそうな顔。

 してやったりだわ。


 わたくしを欺くのは百万年早くてよ。


「 オーホホホ! 」

 アリスティアは夜空に向かって高笑いをした。


 満天の星の下で思う存分。



 お兄様達が信じてくれて良かった。

 信じて貰えないと思っていたけど。


 カルロスお兄様がいるなら大丈夫。

 きっと上手く行くわ。

 レイは婚約は解消しないと言っていたけれども。


 だけど。

 タナカハナコが現れたら、わたくしに遠慮をしないで思う存分愛せるわ。


 隠れてガゼボで逢瀬をする事もなく。



 だけどあのガゼボは、レイとわたくしの二人だけが利用していた場所。

 そこでタナカハナコと会うなんて。

 レイも全く配慮に欠ける事をしてくれたもんだわ。


 そして……

 あそこで二人がキスをしたのだと思ったら。


 またもやアリスティアの身体の中心にエネルギーが集まって行く。



「 キャー!! 」

 駄目よ別の事を考えないと。


 レイとタナカハナコの事を考えたら魔力が溜まり、魔女になってしまう。

 もう、魔女には違いないけど。


 そして……

 魔力が溜まりに溜まった時に魔物になるのかも知れない。


 アリスティアはプルプルと身体を震わせた。



「 おーい!ゾイや~ 」

「 酒が無くなったぞ~ 」

「 シャンなんとかをおかわりするぞ~い 」

 婆さん達のご機嫌な声が聞こえた。


 婆さん達は、アリスティアの持って来たシャンパンを気に入った。


 シュワシュワが面白いと言って。


 婆さん達は本当に可愛らしい妖精さん達で、ここでの生活は思いの外楽しかった。


 本来ならば公爵令嬢が暮らす場所ではない。

 母親の事を考えたら申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 だけど自分は魔女なのだから仕方がない。

 魔女の修行をしなければならないのだ。


 婆さんの世話ばかりしているが。



「 はーい。今行きまーす 」

 アリスティアはクスクスと笑いながら、婆さん達が酒盛りをしている小屋に入って行った。




 ***




 この夜、カルロスは久し振りに舞踏会にやって来ていた。

 女性の参加はパートナーが必要だが、男性はパートナーがいなくても大丈夫なので。


 久し振りに会う友達と語らっていた。

 政権の勢力図を探りながら。


「 カルロスも皇都に戻って来いよ 」

「 私はグレーゼ閣下に宰相をして貰いたい 」

「 ネイサン宰相は全く駄目駄目だね 」

 お酒が進むと皆は本音を言うようになって。


 そんな声が多数をしめていた。


 大臣達にも挨拶に行くと、彼等もまたネイサンの無能振りを嘆いた。


「 結局はグレーゼ閣下の言った通りになるんだから 」

「 宰相は時間の無駄遣いばかりしている 」

「 グレーゼ殿が宰相ならば、何事もスムーズに事が運ぶだろうね 」

 酔いが進めば進む程に、大臣達の口からはネイサンの不満が爆発した。


 これならば……

 父上さえうんと言えば、直ぐに宰相になれる筈。



 オスカーも行動を起こしていた。

 レイモンドが庭園から戻って来たのを確認すると、議員達が集まっている席に移動をした。


 レイモンドを見れば、また不細工な王女に捕まっている。

 何時もならば陛下が呼んでいると言って、助け船を出す所為をするのだが。


 もうそれはどうでも良かった。

 側近としては失格なのだが。



 オスカーはレイモンドに腹が立って仕方がなかった。

 あれだけの愛をアリスティアから貰っていながら、あっさりと聖女に乗り換えた事を。


 レイモンドもアリスティアを愛している事は知っている。

 兄妹のように育ったが。


 アリスティアを見つめる瞳には男の欲がある事も感じていて。

 それはカルロスが感じていていた事以上に、ずっと側で二人を見て来たオスカーは感じ取っていた事だった。


 レイもティアを好きなのだと。



 心変わりは仕方のない事だと。

 結婚前なら尚更で。

 誠実な殿下はきっと悩んでいた事だろうと。


 確かにそうだろう。

 優しいレイモンドは悩んだ筈だ。


 世継ぎを残さないとならない皇太子が、側妃を持つ事は仕方がない事だとはオスカーも理解している。


 だけど……

 仕方がなかった事だとは言え、もっと他に方法がなかったのかと。



 それに皇帝陛下や皇后陛下も許せなかった。


 無理矢理アリスティアを第2皇子であるレイモンドの婚約者にし、レイモンドだけではなくアリスティアまで第1皇子との争いに巻き込んだのである。



 そんなアリスティアを。

 あれ程楽しみにしていたレイモンドとの結婚式に。

 花嫁を聖女とすげ替えるなんて。

 こんな非情な事が許されるのかと。


 カルロスは何か余程の理由があったのだろうと言うが。

 余程の理由とは一体どんな理由なのかと。

 そこには怒りしかなかった。


 そして……

 自分自身に一番腹が立っていた。

 一番レイモンドの側にいたと言うのに。


 時が戻った今の自分は、決して黙って耐える事などしないと心に誓った。



 ティア。

 お兄ちゃん達が、必ずやお前から皇太子殿下の婚約者と言う枷を取り払ってやる。


 人の懐に飛び込む事に長けているオスカーは、議員達やその家族達にもグレーゼ公爵宰相説を吹き込んで来たのだった。



 それから2日後。

 オパール王国の要人達が帰国し、皇宮は何時もの平穏を取り戻した。


 それを待っていたかのように。

 ハロルド・グレーゼ公爵は、皇帝陛下にアリスティアが魔女になった事を告げた。


 そして……

 レイモンド皇太子殿下との婚約を、解消する事を正式に願い出た。












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