第19話 婚約解消



『 レイモンド皇太子殿下とアリスティア公爵令嬢の婚約が解消された 』


 年が明けると直ぐに、帝国中にこのビッグニュースが駆け巡った。

 やがては世界中にこのニュースが届くだろう。



 婚約解消の理由は、アリスティア公爵令嬢の体調がおもわしくない事が原因。

 結婚式の日取りを発表する日に体調を崩し、その後彼女は領地で療養生活を送っていた。


 しかし、一向に回復の兆しがないままに半年が過ぎ、グレーゼ公爵が皇帝陛下に婚約の解消を申し出た。

 皇太子妃となり国の為に貢献するのには相応しくないとして。


 記事にはこのように書かれてあった。



 国中が上を下への大騒ぎとなった。


 永らく婚約関係にあった二人が、結婚式の日が決まったとして記者会見が開かれると言う事になっていたと言うのに。


 その日が公爵令嬢の体調不良の為にドタキャンされて、領地に療養まで行く程の病気を抱えてしまった公爵令嬢。


 同情や心配の声が上がってはいたが。

 この半年の間、皇太子殿下が一度も領地にお見舞いに行ったと言う話は聞かなかった。



 そんな事から不仲説も出て来たり、会わせられない程に酷い病気だとかの噂もあった中での婚約解消の発表。


 やっぱりなと言う感想が国民にあった。


 半年もの間の空白な時間は、国民が納得するのには十分な時間だった。




 ***




「 アリスティア嬢が魔女になっただと? 」

「 娘はまだ学生です。陛下のみの胸に納めて頂きとうございます 」


 皇帝陛下には内密の話があると言って人払いをして貰い、ハロルドは二人だけで話す場所を作って貰った。



 ハロルドはアリスティアに聞いたままの話をした。

 あの記者会見の朝に、朝日を浴びに行った時にアリスティアは突然魔女になったのだと。


 婚約の解消を願い出るのが遅くなったのは、この半年の間に、アリスティアが魔女の森に修行に行っていた事から、本当に魔女なのかの確認が取れなかったからだと言う事を告げた。



 これがハロルドの知る限りの正直な話だった。

 ギデオン皇帝陛下の鋭い眼光には嘘は吐けない。


 それが君主に忠誠を誓ったハロルド・グレーゼ公爵の信条だ。

 それだからこそ両陛下や皆から信頼をされているのであった。



 真っ直ぐにギデオンを見つめるハロルドは、内心ではカルロスやオスカーからのアリスティアの話を聞かなくて良かったと思っていた。


 アリスティアから話を聞いた後に、彼等から言われた事は、婚約を解消して宰相になって欲しいと言う事だった。


 婚約を解消したならば、宰相に返り咲く事も可能だ。



 ハロルドの衝撃的な言葉に驚いたギデオンは暫く黙ったままだった。

 やがて目を瞑ったままにハロルドに聞いた。


「 この事は皇太子は知っているのか? 」

「 はい。殿下もかなり苦しんでおられました 」


 殿下にはアリスティアが魔女になったと聞いた時に、婚約の解消を申し出ていた。

 アリスティアに確認するまではと保留にされたのだと言って。



「 そうか。余も突然の事で混乱しておる。皇太子と話をした後にどうするかを決める 」

 そう言うとギデオンは立ち上がった。


「 はい。陛下と殿下が下したに従います 」

 ハロルドは頭を下げて皇帝陛下の執務室を後にした。



 自分の執務室に戻る道すがら、宰相時代は何度かこんな事があった事を思い出していた。

 あの頃はまだ皇太子である陛下と共に、このエルドア帝国の未来への熱い想いを語り合ったものである。


 宰相職を辞して18年。

 ハロルドはアリスティアとグレーゼ家とこの国の未来の為にも、宰相になろうとしていた。


 その意図は分からないが。

 それが自分の子供達の願いなのだから。




 ***




 ギデオンは自分の密偵を使ってアリスティアの動向を調べた。

 ハロルドを疑う訳ではなかったが。

 どうにも信憑性の薄い話だった。


 魔女は人間の突然変異でなるものだと言う事は勿論知っている。

 しかしだ。

 魔女の出現はここ何百年も聞いた事がない。


 今、世界に現存している魔女は我が国の魔女の森に住むリタと、タルコット帝国のロキ。

 レストン帝国のマヤだ。


 彼女達は何時からそこに住んでいるのかは分からないが、ずっと昔から魔女の森に住んでいる。

 危害を加えるかも知れないからと、政府で監視を続けているが。



 アリスティア嬢が本当に魔女になったのなら、調べる必要がある。

 文献には、魔力の暴走で処刑された魔女がいた事が記載されている。


 突然現れた魔女は魔女の森に住むリタとは違うのか?

 今、魔女の森で彼女は修行をしているのだと言うかが。

 アリスティア嬢が本当に魔女と言うのならば、最早、婚約云々の話ではない。



 密偵に調べさせた結果。

 公爵家の護衛達が半年の間、魔女の森の前にいた事が分かった。

 どうやら連れ戻そうとしていたらしいと。


「 間違いではなかったか 」

 ギデオンはそう言って眉間に指を押し当てた。


 レイモンドとアリスティアは、次の御代に相応しいと誰もが認めていた。


 そして、そんな婚約者はもう見つからないだろうとギデオンは思った。


 彼女程の令嬢を手放す訳にはいかない。

 勿論、グレーゼ公爵家の莫大な資産も。



 ギデオンはレイモンドを自分の執務室に呼び出した。


「 皇太子に聞く。アリスティア嬢は魔女になったと聞いた。まずそなたは魔女が皇太子妃に相応しいと思うか? 皇后に相応しいと思うか? 」

「 それは……相応しいかどうかは前例がないので分かりません 」

「 では、魔女が皇太子妃になり皇后になる事を、国民は受け入れてくれるか? 」

「 ……… 」

 レイモンドは黙ってしまった。


 現在、魔女の森に住む魔女リタは、人とは関わらない存在だ。


 そして昔の記述では、突然現れた魔女達は皆、魔力で人々を襲い、捕まった後は処刑されているのである。



「 でも……僕はアリスティアと婚約を解消したくはありません。僕の妃には彼女しか考えられません 」

 アリスティアを妃にする事だけを考えて来たのだ。

 それはアリスティアが生まれる前から。



「 アリスティア嬢を妃にするには他にも方法がある 」

 レイモンドはハッと顔を上げた。

 

 父上はアリスティアを側妃にしろと言っているのだ。


 レイモンドは拳を固く握り締めた。


 側妃は絶体に持たないと決めていた。

 なのに。

 アリスティアを側妃にしろと言うのか?


 皇太子妃になる為に生きていたティアを側妃にだと?



「 彼女程の令嬢は他にはいまい。彼女を手放すのは惜しいのう 」

 彼女は妃として申し分のない令嬢だと言って、ギデオンはうんうんと頷いている。


 最早、父上の頭の中では、アリスティアを正妃にしない事は決定しているのだと、レイモンドは奥歯をギリリと噛みしめた。



「 皇太子だから魔女を妃に出来ないと言われるのなら、皇位を兄上に譲りたいと思っております 」


 その瞬間、カッとギデオンが眼光が怒りで鋭くなった。


「 レイモンド!! そなたは皇位継承をそんな安易なものと考えておったのか!? 」

 父皇からこんなに怒りを露にされたのは初めてだった。


 しかしだ。

 これだけはどうしても引き下がれない。



「 アリスティアを妃に出来ないのならば、致し方ございません 」

「 レイモンド……そなたに皇位を譲った第一皇子の立場はどうなる? 」

「 それは…… 」

「 少しは頭を冷やして考えろ!」


 もう下がれとばかりにギデオンは手を軽く上げた。


 ギデオンを説得する事は出来なかった。

 もう、彼の頭の中では婚約を解消する事は決められていたのだから。



 それからもレイモンドは色々と模索したが、頼りの綱のオスカーも婚約解消を言い出す始末。

 カルロスを呼び出せば、アリスティアの意向を尊重して下さいと言って頭を下げられた。


 どんな時でも自分の最大の理解者であったグレーゼ家の面々が、挙って婚約解消を唱えているのだから、もうどうしようもない。


 秘密裏の事だから他の誰にも相談する事も出来ず。


 レイモンドは全くの八方塞がりな状態になっていた。


 そして……

 新年を迎えた日に婚約の解消が発表された。




 ***




「 やっと婚約が解消されたのね 」

 アリスティアは、街へ出て来た時に買った新聞を握り締めて公爵邸に向かった。


 もっと悲しいかと思ったがそうでもない。

 寧ろスッキリしている。


 皇太子殿下の婚約者に相応しい令嬢。

 そんな重い枷が取れたからだろうか。



 アリスティアの帰宅を告げられると、皆はドキドキと緊張しながら出迎えた。


「 ただいま~ 」

「 お嬢様。お帰りなさいませ 」

 しかし。

 思った以上にその表情は明るかった。

 鼻歌なんかも聞こえて来て。


「 ティア! お帰りなさい 」

「 お母様~ただいま戻りました 」

 ハグをする二人を見ながら使用人達は安堵した。


 最近は奥様も何だか嬉しそうにしている。


 長年に渡る皇太子殿下の婚約者と言う重い枷が取れたのは、アリスティアだけではなかった。



 この日は雪が降って来たのでアリスティアは馬車が走れなくなると大変だからと、早々に魔女の森に帰った。


 売りに来た野菜を下ろして貰うと、またもやシェフから沢山の料理を用意して貰った。


「 魔女達が美味しいって喜んでいるわ 」

「 魔女達…… 」

 厨房のスタッフ達は一瞬ビクッとしたが。

 シェフは次はもっと美味しい料理を作ると言って張り切っていた。


 シェフは自分が作った料理を、毎回美味しいと言ってくれるアリスティアが昔から大好きだった。



「 お父様や、お兄様達に宜しくね 」

 まだ昼過ぎなので皆はいなかったが。

 母親とお茶をして、アリスティアは皆に見送られて公爵邸を後にした。


 荷馬車を運転するアリスティアの姿は、まだ受け入れる事は出来なかったが。



『 魔女になったのだから皇太子妃にはなれない 』

 この見解は公爵家皆のものだった。

 なので前向きに考えようと。


 そんな楽天的な明るさがこのグレーゼ公爵家の漂う雰囲気だ。

 特に仲の良い三兄妹を中心に笑いの絶えない家族である。


 まだ幼いレイモンド皇子が、この公爵家に癒しを求めたのも、そう言う雰囲気が好きだからであった。



 お母様が、そんなにショックを受けてなかったから良かったわ。

 これでお父様が宰相になれば、少なくともこのグレーゼ家があれだけ蔑まされる事はないわね。


 レイとタナカハナコの結婚式もまた別の日になるだろうし。



 転生前は、今頃は寝室の改装をしいた。

 ウェディングドレスの製作にも取り掛かっていた。

 各国への招待状も発送して。


 結婚式が行われるあの日に向かって、着々と準備が進められていたのである。


 それを知っているだけにアリスティアは辛かった。

 邸での明るさは空元気。

 沈む心はどうしょうもない。



 そうだわ!

 学園に行こうかしら?

 一度は卒業したから忘れがちだけど、今のわたくしはまだ学生。


 卒業まではまだ3ヶ月ある。


 そんな事を考えながら荷馬車を走らせていると、雪が本格的に降り始めた。


 う~寒い。

 積もるかしら?

 早く戻って来て正解だったわ。


 魔女の森に入ると暖かい風に包まれた。


 あら?

 木々が何だか嬉しそうだわ。

 キャアキャア言ってるみたいに。


 それよりも木が小屋に集結してない?

 何故こんなに小屋の周りに集まっているの?


 荷馬車を停めて、アリスティアはシェフから貰った料理を運んだ。



「 ただいま戻りました~ 」

 アリスティアは小さなドアを開けた。


「 お帰り 」

「 !? 」

 そこにはレイモンドがいた。


 狭い小屋の中で小さな椅子に座り、手にはカップがあった。



 カップの中身は、勿論










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

未来を変える為に魔女として生きていきます 桜井 更紗 @genta331

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ