第15話 兄妹の絆



「 レイ!アリスティアと会えたのか? 」

「 おい! オスカー。殿下と呼べ殿下と! 」

 皇宮に戻って来たレイモンドが、オスカーの執務室に入ると懐かしい声がした。



 その声の主はカルロス・グレーゼ。


 彼はグレーゼ公爵家の嫡男で、オスカーとアリスティアの兄。

 レイモンドやオスカーよりも2歳年上で、3人は幼馴染みでもある。


 5歳のレイモンド皇子が、生まれたばかりのアリスティアと婚約する前からの付き合いだ。



 グレーゼ公爵家の嫡男としてカルロスは厳しく育てられた。

 勿論、皇太子になる為に育てられたレイモンドの比ではないが。


 彼は石橋を叩いて渡る程に、何事にも慎重で冷静沈着な男である。


 対するオスカーは、めざとい性格で人との付き合いが巧みで、 レイモンド皇太子殿下の側近として、そつなく公務をこなしている。


 同い年のレイモンドをレイと呼んでいるのも、二人の関係は主従関係だけではなく親友でもあるからだ。



 結婚をしてグレーゼ家の領地で妻子と暮らしていたが、アリスティアの異変を聞いて遠い領地から遥々やって来たのである。


「 殿下。お久し振りでございます 」

 カルロスがレイモンドに向かって頭を下げた。


「 カルロスか!? 何時以来だ? 」

「 結婚して領地に行った時以来ですので、約3年振りでございます」

 二人は再会を喜び合いながら硬い握手をした。



 カルロスが、魔女の森にアリスティアが消えたと言う知らせを聞いた夏は、妻の出産直後事だった事もあり、秋は収穫期なので領地から離れる訳にも行かず。


 なんやかんやが重なって、皇都に来るのはこの時期になったと言う。

 領地から皇都までは、移動に半月以上掛かる事もあって。



 レイモンドは魔女の森での事をカルロスとオスカーに話をした。


 魔女の森にすんなり入れた事。

 中に入ると木々が動いて道を作ってくれた事。

 そこにいたアリスティアは元気そうだった事を楽し気に。



「 えっ!?鶏を2羽? ティアが両脇に抱えていた? 」

「 自分の事をと名乗ったのか!? 」

 オスカーは、腹を抱えて笑った。


 アリスティアと鶏、ゾイって誰だとギャハギャハと。


 笑い転げるオスカーをひと睨みしたカルロスは、クスクスと笑っているレイモンドに話を続けるようにと頭を下げた。


 勿論、自分も笑いを堪えながら。



「 では、ティアはどうあっても帰らないと? 」

「 ああ、僕との婚約を解消をすると言って聞かない 」

「 やっぱり魔女になったからだろうな 」

「 僕が見たアリスティアの瞳の色は赤くはなかったのだが 」


 魔女の証は赤い瞳だと言われている。


 そもそも彼女が本当に魔女なのかどうかがハッキリしないので、この後をどうするのかの話も出来ないでいた。



 そして続いて語ったレイモンドの話は更に二人を驚かせた。

 鶏とゾイの話以上に。


「 アリスティアは若い男達と暮らしているみたいなんだ 」

 レイモンドはそう言って目を伏せた。

 握り締めた拳を硬くして。



「 あの森には男達もいたのか!? 」

「 ティアが若い男達と一緒に暮らしている? 」

 長椅子に隣通しに座るカルロスとオスカーは、顔を見合わせた。


 魔女の森にはリタと言う魔女がいる事は二人とも知っている。

 勿論、リタの姿は見た事はないが。


 てっきり二人で暮らしているものとばかり思っていて。

 アリスティアの手紙には、をすると書いてあったのだから。



「 我がグレーゼ家の娘が……有り得ない 」

「 それは無いな。あのアリスティアだぜ? 」

 二人の兄は互いに頭を横に振った。


 レイモンドとの婚約を解消するとしても、プライドの塊であるアリスティアが、グレーゼ家の名に恥じるような事などする訳がない。



「 殿下!心配する必要はありません。ティアはそんなふしだらな事はしません 」

「 これには絶対に何か訳があるぜ。魔女リタの魔法の何かだったのかも知れない 」

 カルロスとオスカーは互いにそう言いながら、胸を張った。


 アリスティアのレイモンドへの絶対的な愛は本物だ。

 それは誰が見ても明らかで。

 勿論、レイモンド自身も感じていた事だ。



「 僕は……そうだな。絶対に何か訳がある筈だ。僕もアリスティアを信じる 」

 いくら魔女になったからって、あのアリスティアが男と暮らす訳がない。


 よくよく考えれば男は3人いた。

 新しい恋人では無い筈だ。

 オスカーの言うように魔女リタの魔法かも知れない。


 アリスが男達と一緒に暮らしている事にショックを受けたレイモンドは、失意の思いで魔女の森を後にした。


 アリスティアからの突然の婚約解消の申し出は、もしかしたら好きなひとが出来たからかもしれないと考えて。


 会見の朝、朝日を浴びに行った時にあの3人の内の誰かに出会ったのかとも。

 アリスティアに異変が起きたのは、間違いなく会見をする予定だったあの日の朝からなのだから。



「 その男達はイケメンだったか?だったらまさかの逆ハーレム状態だな 」

「 オスカー!黙れ! 」

「 逆……ハーレム…… 」

 再びショックを受けたレイモンドを見て、カルロスはオスカーの頭をはたいた。


 面白がるな!と言って。



 自分達は血の繋がった家族だから、無条件にアリスティアを信じる事が出来るが。


 婚約者として不安に思うのは当然の事。


 だけど殿下は、アリスティアを信じてくれている。

 いや、信じようとしてくれているのだ。


 それがどんなに有難い事かと、カルロスはレイモンドに向かって頭を下げた。



 その後レイモンドは、カルロスとオスカーと共に改めて魔女の森に入った。

 しかし、何度森の中に入っても橋の上に戻って来てしまうのだった。


「 本当に不思議な森だ 」

 先程は木々が道を作ってくれたと言うのに。



 レイモンドは魔女の森から出た事を後悔していた。


 あの時アリスティアを、ふん捕まえてでも連れて帰るべきだった。


 男達の存在にショックを受け、すごすごと森を離れた自分が情けない。

 カルロスもオスカーも全く疑わなかったと言うのに。



 悲し気に魔女の森を見つめるレイモンドに、カルロスは決意を硬くした。


「 グレーゼ家の嫡男の名に懸けても、絶対にアリスティアを連れ戻してみせる! 」



 アリスティアが消えてから半年。


 表向きは健康状の理由で療養しているが。

 半年も過ぎれば、世間からは皇太子妃に相応しく無いと言う声が出るのは当然の事で。


 そんな事からも、グレーゼ家としては何としてもアリスティアを連れて帰る必要があった。



 それから5日後。

 魔女の森から出て来たアリスティアは、あっさりとカルロスに捕縛された。




 ***

 



 「 何時も大変ね。ずっとここにいたら寒いでしょ?今日はもう帰りなさい 」

 魔女の森から出て来たアリスティアは、2人の公爵家の護衛に声を掛けた。


「 お……お嬢様…… 」

「 あら!? 」

 護衛達の後ろには公爵家の馬車があった。


 何時もならば、護衛達の乗って来た馬が木に括られているだけなのだが。



「 まさか……馬車の中に誰かいる? 」

 これは不味いとばかりに、アリスティアは荷馬車を走らせようとした。


 しかし。

 アリスティアが乗った荷馬車の前には、護衛達が立ち塞がった。


 勿論、小さな橋の上ではUターンなど出来ない。


「 お前達!そこを退きなさい! 」

「 お嬢様! お許し下さい 」

 護衛達はアリスティアの乗った荷馬車の前で土下座をした。



「 ティア! お兄様は欺けないぞ! 」

 そう言って、馬車から降りて来たのはカルロス。


「 カ……カルロスお兄様!? 」

 橋の上で立ち往生しているアリスティアは、カルロスに捕縛された。


 カルロスが魔女の森の前にいるなら、捕まえる事は容易い事だった。



「 こいつらを罰する必要があるな 」

「 これはわたくしが彼等に口止めしたからで、彼等に罪はありませんわ! 」

 頭を地面に擦り付けて土下座をしている護衛達に、アリスティアは立つように促した。


 公爵家の護衛達は、アリスティアが拾って来た者達だ。

 皆が皆アリスティアの子分なのである。


 アリスティアが街をうろうろ出来ていたも、彼等に口止めをしていたからで。


 アリスティアが拾って来た者達は、公爵家よりもアリスティア自身に忠誠を誓っている事をカルロスは知っていて。


 彼等が魔女の森の見張りをしていると聞いて、カルロスは大方の予想はついていた。



 魔女の森の入り口は公爵家の護衛に見張られているのに、アリスティアがあちこち出没するなんて事は、どう考えても原因はこの護衛達である事は確か。


 オスカーはこのは、魔女の力だと言っていたが。



「 ティア……久し振りだな! 」

 カルロスは荷馬車から降りたアリスティアに手を伸ばした。


 おいでと言って。


 アリスティアより7歳年上のカルロスは、殊の外アリスティアを可愛がっていて。

 何時まで経っても可愛い妹なのである。


 自分の子供を見ると、常にアリスティアの赤ちゃんの頃を思い出していた位で。



「 カルロスお兄様、お帰りなさい 」

 アリスティアは両手を広げてカルロスに抱き付いた。


 そしてカルロスは、短くなったアリスティアの頭を優しく撫でた。


「 辛かったな 」と言って。


 そう。

 魔女になんかなってしまったアリスティア自身が一番辛い筈だ。


 あんなに好きだったレイモンドとの婚約を、解消すると言わなければならないのだから。



「 兎に角、家に帰ろう。母上が心配している 」

「 ……… 」

 アリスティアの大きな瞳から、大粒の涙がポロリと零れ落ちた。

 次々に母親への慕情が溢れ出して来る。


 コクンと小さく頷いたアリスティアは、カルロスと一緒に公爵家の馬車に乗った。




 ***




 半年振りの我が家。

 アリスティアの帰宅を告げられたキャサリンは、リビングにやって来た。


「 ティア!無事なのね?」

「 お母様……ごめんなさい 」

 キャサリンに抱き締められたアリスティアは、そのまま母親の腰に手を回した。


 キャサリンは心労のあまり痩せ細っていた。

 塞ぎ混んだ彼女は社交界にも出る事も出来ないでいた。

 その間、夫人達のお茶会も開く事もなかった。



「 貴女が無事ならそれで良いわ 」

 元気そうなアリスティアの姿を見ながら、キャサリンは涙を拭った。


 アリスティアの姿にショックを受けたのを隠しながら、ハグをしたアリスティアの短くなった頭を何度も何度も撫でた。


 幼い頃を思い出すわと言って。

 


 その夜。

 ハロルドとオスカーも帰宅して、グレーゼ邸には久し振りに家族全員が揃った。


 静まり返っていた屋敷に賑やかな笑いが戻って来た。

 アリスティアの侍女であるデイジーや使用人達も嬉しそうにしていた。



「 ティアを捕まえたなら知らせてくれよ。今からレイを呼びに遣いを走らせる 」

「 オスカー。ティアは僕達だけに話をしたいと言ってるんだ 」

「 ティアがレイには話したくないと言ったのか? 」

「 ああ、先ずは我々がティアの話を聞こう 」

 兎に角、話を聞かなければ前には進めないのだから。


 アリスティアが魔女になった理由。

 婚約を解消したいと頑なに言い張る理由。


 それには殿下が関係しているがある事は確かみたいだからと言って、カルロスはオスカーの肩を叩いた。



 ハロルドとキャサリンは、アリスティアの事は二人の兄達に任せる事にした。

 親には話せない事も兄妹なら話せるだろうからと。

 冷静沈着なカルロスが戻って来たのなら安心だと言って。



 グレーゼ公爵家の兄妹三人の絆は誰よりも強かった。


 第一皇子と言う政敵がいるレイモンド第二皇子の、婚約者と言う立場であるアリスティア。

 心ない事を言う輩から、常にアリスティアを守って来たのは二人の兄であるカルロスとオスカーだ。

 親では庇いきれない事もあって。


 悪役令嬢と呼ばれ、何時しか自分で闘って勝つようになっていたが。


 それも圧倒的な強さで。



 アリスティアは本当は心根の優しい人間だ。

 子犬や子猫や人間までにも、手を差し伸べる事をする程に。


 今では婆さん三人の面倒を見ている。


 そんなアリスティアだったが、彼女は悪役令嬢になるしか無かった。

 それ程までにレイモンドの周りには、よからぬ事を企む者達が多かったのである。



 カルロスとオスカーは、アリスティアの部屋を訪れた。


 侍女のデイジーは既に下がっていて、二人がソファーに座るとアリスティアがお茶をいれた。


「ティアがお茶をいれる事が出来るなんて」

「 俺達は今、珍しいものを見ている」

「 あら?魔女の森では何でも私がするのよ 」  

 料理も洗濯も今ではお手の物だと言って、エヘンと胸を張った。



「 何だか、言葉使いも変わってるぞ 」

「 ……これは街に出るから練習したのですわ 」

 平民の格好をしてるのに、貴族の言葉使いをするのは変でしょと言いながら。

 


 アリスティアは二人にお茶を出すと自分もソファーに座った。


 横にある壁には、レイモンドとの二人の記者会見での素敵な姿絵ではなく、自分の可愛らしい姿絵があるのを確認して。



 リタに話した時と同じ内容を言葉を選びながら話した。

 信じて貰えないかも知れないけれどもと何度も言って。


「 魔物から世界を救う為に、異世界から聖女が現れる? 」

「 時戻りの剣でレイがティアの心臓を貫いた? 」



 アリスティアの語る、今から半年後に起こる衝撃的な話は、カルロスとオスカーを震撼させた。









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