第14話 究極のイケメン衆



「 ティアが……魔女? 」

「 ええ。そうですわ 」

 と名乗るのが恥ずかしい。


 やっぱりあの時に、もっと可愛い二つ名にして貰えば良かった。



 魔女アリスティアには、二つ名であると言う名が付けられていた。


 魔女は、2文字の名前で呼ばれなければならないとリタが言うので。


「 今日からお前さんをと呼ぶ 」

「 えっ!? ? 」

 そう言えばリタからはずっとお前さんと呼ばれていた。


 名前で呼んで欲しいとは思っていたが、まさかの

 男みたいな名前の上に、可愛くもない怪しげな名前で気に食わなかったが。


 外で呼ばれる事もないからと思って、アリスティアはリタの好きにさせたのだった。



「 本当にティアが魔女なら、魔女になった原因を教えてくれないか? 」

 アリスティアは困惑した。


 まさかレイモンドが現れるとは思ってなかったから、魔女になった経緯のは考えてはいなかった。



『 自分と結婚式をする筈だった日の大聖堂で、貴方と誓いのキスを交わした聖女タナカハナコが、不細工な顔で勝ち誇ったような顔をしたから 』


 だとは当然ながら言えない。

 いや、言える訳がない。


 今から半年後に起こる事が原因だとは。



 レイモンドを見れば、アリスティアの答えを待っていて。

 その澄んだ瑠璃色の綺麗な瞳をアリスティアに向けている。


 嘘を吐く事がこんなにも難しいとは思わなかった。


「 あ……朝日を見に行った…時に、突然……そうですわ!あの記者会見の日の朝に、朝日を浴びていたら突然魔女になりましたのよ。魔女は人間の女が突然変異でなるものですから 」


 そうだ!

 これだわ!

 あの時、お父様やお母様に吐いたが役に立ったわ。



「 だったら真っ先に僕に言うべきだった。何故言わなかった? 」

「 言った所でもう答えは決まっておりますわ! 魔女は皇太子妃にはなれません……でしょ? 」

「 だからって突然いなくなる事はないだろ? 」

「 お手紙は残しましたが? 」

「 あんな手紙だけで納得出来る訳がない! 」


 長い付き合いの中で、こんな風に言い争いをする事は初めての事。

 5歳の年の差がある二人は、口喧嘩一つした事がなかったのだから。


 レイモンドはアリスティアに寛容で、アリスティアはレイモンドに従順だった。



「 兎に角、魔女のわたくしは、レイ……モンドには相応しくありません! 」

「 アリスティア! お兄様とは呼ばないでくれ! 」

「 わたくし達は兄妹のように育ったのですから、婚約を解消するのでしたら、レイはお兄様ですわ! 」

「 婚約は解消しない! 」

「 いいえ! 絶対に解消して貰いますわ! 」



 婚約解消はしなければならないのよ。

 これは半年後の貴方からのメッセージ。


 それに……

 大聖堂で貴族達から受けた屈辱は忘れられない。

 絶対に。


『 あら?招待されたのね? 』

『 皇太子殿下と聖女様の熱愛振りは耳に入っていないのかしら? 』

『 婚約破棄をされなかったのはやはりグレーゼ公爵だからよね 』


 こんな事は2度と言わせない為にも。



 あの時。

 参列していたのはグレーゼ一族だけではなく、遠い領地から遥々やって来ていたハロルドお兄様や義姉様だけでなく、義姉様の家族も参列していた。


 わたくしの為に皆が片身の狭い思いをした。


 それは……

 レイがわたくしを正妃にと望み、をしてくれなかったから。


 この誇り高き名門貴族であるグレーゼの名に、傷を付けられたのだ。



『 自分の結婚式がすげ替えられるなんて、わたくしなら惨めでこの場に来れないわ 』

『 悪役令嬢ですもの。神経が図太いのよ 』

『 でも、流石に聖女様には手を出せなかったみたいですわね 』


 公爵令嬢として生きて来たわたくしのプライドもズタズタにされた。


 爵位の低い貴族達から侮辱されたのである。

 本来ならば処罰する所だ。



 それからも婚約を解消するや否の堂々巡りの話を繰り返した。

 

 やがてレイモンドが諦めたように言った。


「 兎に角、一度公爵邸に帰ろう 」

「 わたくしは……帰りませんわ。まだ魔女としての修業の身ですから 」

 毎日の殆どは婆さん達の料理や洗濯をしているだけなのだが。



「 ハロルドやオスカーも心配している……えっ!? 」

 その時、レイモンドが驚いた顔をした。


 その見開いた目はアリスティアの後ろを凝視している。


「 何故ここに来た? 」

「 !? 」

 リタの声がしてアリスティアも後ろを向いた。


 魔女リタに驚いているのね。

 ……と思いながら。


 しかし。

 そこにいたのは3人の凄いイケメン達だった。

 各々が手に野菜を持っていて。



「 ひぃっ……!? 」

 誰!?この男達?


「 ティア……君は……彼等と暮らしているのか? 」

 レイモンドは片手を額に当てて、後ろにヨロヨロと下がった。


「 そうじゃ 」

「 そうじゃ 」

「 そうじゃ 」



 1人は漆黒の髪に琥珀色の瞳、髪はサラサラで耳よりもやや長い位の長さ。

 眉毛は濃く目は切れ長で口元にホクロがある。


 2人目はシルバー髪に紫の瞳で、髪は長く後ろで三つ編みにしている。

 やや垂れた目尻にホクロがある。


 3人目は薄いブロンドの髪にアイスブルーの瞳、髪はフワフワとした肩までの長さ。

 その顔立ちは少しレイモンドと少し似ている。



 対するレイモンドは、蜂蜜色の黄金の髪に瑠璃色の瞳。

 その顔の全てが整い過ぎたパーツ。

 背はこの3人よりはかなり高い。


 3人は、好みの問題も生ずるイケメン。

 しかしレイモンドは、誰もが見惚れる究極のイケメンであると言う事が、イケメン達と並ぶとより際立った。



 婆さん達はイケメンに変身したのだが。

 声だけは変えられないみたいで。

 到底イケメンの声ではない婆さん達の声に、アリスティアは吹き出しそうになっていた。


 下男に変身してる時には違和感はなかったのだが。


 しかし。

 レイモンドはそこには気付かなかったようで。

 突然現れたイケメン達にショックを受けた顔をしたままでいる。



「 ………ティア。僕は……心の整理をしたい。今日は一旦帰る事にする 」

 レイモンドはそう言い残して踵を返した。


 マントを翻しながら歩いて行くその後ろ姿が物悲しくて。



 もう。

 二度とここには来ないわよね。

 わたくしが、こんな若い男達と一緒に暮らしていると知ったのだから。



「 どうじゃ?奴と同じ位のレベルじゃろ? 」

「 これなら諦めるじゃろうて 」

「 ちょっと刺激が強過ぎたかのう 」

 イケメン3人衆がアリスティアを取り囲んだ。


「 リタ様、ロキ様、マヤ様、私の為に有り難う 」

 アリスティアは3人に腕を回してハグをした。


 レイモンドを追い返す為に、婆さん達は男に変身したのである。


 レイモンドに匹敵する程のイケメン達に。



「 それよりもその姿は誰かを参考にしたの? 」

 街へ行く時は下男に変身するのだが、顔は今と同じ。


 しかし今回は全くの別人だ。


「 ワシはタルコットの王太子じゃ 」

「 ワシはレストンの王太子じゃ 」

 タルコット帝国の魔女ロキと、レストン帝国の魔女マヤはそれぞれの国の王太子に変身したのだと言う。


 それもどちらも何百年も前もの。

 この2人がそれぞれの国の、歴代の王子の中で一番のイケメンだったのだとか。


 どうりで服装が古くさい筈だ。

 各々が民族衣裳のような服を来ている。


 タルコットの王太子の衣裳は胸で襟が重なった着物を着ており、レストンの王太子は白いサリーの様な姿。


 それはそれで時代を感じて楽しいが。



「 じゃあ、リタ様は? 」

 我が国の昔の王太子殿下ならばとワクワクする。

 何時の時代の王太子殿下なのだろうと。


「 わしは魔女を殺したあの国王の王太子時代の時じゃ 」

「 !? 」

 よりにもよって何故?


 アリスティアは青ざめた。

 殺された魔女の悲しい気持ちが流れて来るようで。


 好きな国王の手によって、時を戻される事無く殺された哀れな魔女の。



「 まあ、今の皇太子よりは遥かに劣るが、本人の前で本人に変身する訳にもいかぬからのう 」

「 ……… 」

 どうやらリタからみても、歴代のエルドア王太子の中では、レイが最高のイケメンだと言う事らしい。


 そしてその次がこの王太子だと言うならば、魔女が好きになったのも理解が出来る。


 リタの変身したこの王太子は、やはり何処と無くレイに似ていて。


 ちょっとドキドキとしてしまう。



「 それにしても、レイ……いえ、皇太子殿下はどうしてこの魔女の森に入れたのですか? 」

 アリスティアはあの時、確かにレイモンドを振り切った。


 振り返った時にはレイモンドは居なかった。



「 さあな。それは木々にしか分からんのう 」

 リタがそう言うとポンと何時もの魔女に戻った。


 この魔女の姿も変身した姿ならば、本当の彼女達の姿ってどんな姿だろうと。


「 木々は気まぐれじゃからの 」

「 たまたまじゃ 」

 ポンポンとロキとマヤも元の魔女の姿に戻った。


 どうやら大した事では無いらしい。

 よくある事なのかしら?と、アリスティアは小首を傾げた。



 3人の若い殿方と暮らしているなんて、ふしだらな女だと思った筈。

 レイモンドのあの悲しそうな顔が全てを物語っている。


 もう、婚約も解消される。

 いや、婚約破棄に違いない。


 婚約者が男達と不貞を犯したのだから、慰謝料は莫大なものになるかも知れない。


 お父様には多大な迷惑をかけるけれども。

 グレーゼ家はお金持ちだから立て替えられるわよね。



 薬を作って儲けなければ!


 アリスティアは小屋の裏にある薬草畑に向かった。


 ここには魔女の森の薬草が植えられている。

 アリスティアが薬草図鑑を片手にあちこちに赴き、薬草を摘んで来てはこの畑に植え替えたのである。


 土に薬草や野菜を植えれば、それだけで何の管理もせずに良い具合に成長するのである。


 これが妖精達の力。

 変装が出来る力も凄いが。



「 おーい、今夜のめしは何じゃ?」

 小屋の中から声がする。


 未だに声だけでは3人の区別は出来なくて。

 顔は同じような顔だが、ホクロの位置が違うので区別がついている。


 王子達に変身した時も、ホクロだけはそのままだった。

 因みにリタにはホクロはない。



「 今夜は干し肉入りのシチューよ 」

「 干し肉じゃと? 」

「 干し肉じゃと? 」

「 干し肉じゃと? 」

 小窓から顔を順に出した婆さん達の赤い目が、キラリンと輝いている。


 生の野菜しか食べなかった妖精達は、今や茹でた野菜の味と肉や魚の味まで知ってしまっていた。



 アリスティアは、レイモンドが消えた辺りを見やった後に、荷馬車に乗っていた荷物を持って小屋に入って行った。


 荷物の中身は干し肉だ。











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