第39話 兄と弟と良き魔女
皇帝陛下から緊急招集がかかり、大臣クラス達が会議室に集められた。
そして皇帝陛下から告げられた一報は、平和な日々を送っていた彼等にとっては想像すら出来ない程に衝撃的で。
ここに集められた一同を震撼させた。
『 近い未来に魔物が出現する。世界を救うのは帝国に現れる一人の聖女 』
魔女の森に住む魔女リタが、天のお告げを聞いたのだと。
そうして皆での緊急会議が始まった。
宰相ハロルド・グレーゼを中心として。
白熱した意見交換に一旦頭を冷やそうと休憩になった時に、レイモンドの侍従であるマルローがやって来て、レイモンドに耳打ちをした。
ジョセフの侍女に連れられて、離宮へ行くアリスティアを見た事を。
「 何だって!? ティアが離宮に行っただと? 」
何故兄上の所へ?
レイモンドは直ぐに離宮に向けて駆け出した。
信憑性のない魔獣や聖女の話よりも、アリスティアの事の方が重大事項なのだから。
離宮なんて僕でも行った事はない。
子供の頃から、離宮には近付くなと母上から言われていた。
何があるか分からないと。
要は、命さえ危ない場所なのだと。
正妃の産んだ第二皇子と側妃の産んだ第一皇子の皇位継承争いは、それ程までに危うい関係だったのである。
ダイニングの扉を開けたレイモンドの目に飛び込んで来たのは、向き合って座っているアリスティアを楽し気に見つめるジョセフだった。
何時も無機質な顔の彼が、アリスティアを見つめる時の瞳は限りなく甘い。
それは幼い頃から変わらない。
アリスティアは僕の婚約者。
ずっとそう思って彼から遠ざけて来たのである。
そのアリスティアがレイモンドの婚約者でなくなったのなら、ジョセフが彼女に近付く事もあり得る事で。
婚姻を申し込む恐れもあるのだ。
貴族令息ならば権力で撥ね除けられるが、第一皇子であるジョセフにだけはそれが出来ない。
既に皇帝ギデオンが、ジョセフとの婚姻を考えている事は確かだとレイモンドは思っている。
だから先日の舞踏会の場で、アリスティアを離さないと宣言をしたのだから。
「 兄上!話があります 」
アリスティアがダイニングから出て行く後ろ姿を見ていたジョセフは、何時もの無機質な表情になった。
「 これはこれは、我がハルコート宮に皇太子殿下がいらっしゃるとは誠に珍しい事ですなぁ 」
レイモンドを見ながらジョセフはそう言って両手を広げた。
無機質な顔とは裏腹な言葉だ。
「 兄上にハッキリと言っておきます。アリスティアは僕との婚約を解消しましたが、それには訳が…… 」
「 魔女だからでしょ? 」
「 えっ!? 」
勿論、レイモンドは皆に公表している通りに、アリスティアが病気だったからだと言おうとした。
それはもう回復しているのだと。
しかしだ。
ジョセフが、アリスティアを魔女だと知っている事にレイモンドは驚いた。
直接アリスティアに聞いたのか、それとも既に父上から聞いたのか。
父上から聞いたのなら……
もしかしたら妃にせよと言う話をされた?
レイモンドの頭の中では様々な考えが湧き上がる。
「 兄上は知っていたのですか?ティアが魔女だと言う事は、誰に…… 」
「 ふーん。やっぱりそうなんだ 」
「 えっ!? 」
「 先日の舞踏会で、彼女の目が赤く光ったからそうなのかなと思ってね 」
「 兄上も舞踏会に来てらしたのですか? 」
先日の舞踏会は母上の誕生日のお祝いの舞踏会だ。
そこに兄上が?
今まで一度も母上の誕生日のお祝いには来た事はない。
いや、最近は社交界にも来てはいないのに、何故わざわざ?
それはやはりアリスティアに会う為?
「 また、アリスティア嬢と踊りたくて舞踏会に来たら、面白い茶番劇が見れたから驚いたよ 」
ジョセフの無機質な顔が少し綻んだ。
「 アリスティア嬢が悪役令嬢になっている所を初めて見たけど、いや~実に興味深かった 」
彼女を観察していたら目が赤く光ったのだと、ジョセフはテーブルの上にあるコーヒーを一口飲んだ。
「 魔女の瞳の色は赤だからね 」
「 兄上も見ていたのですね 」
ジョセフは、あの時アリスティアの髪からほどけたリボンを上着のポケットから取り出した。
「 彼女の逆立った髪からほどけたリボンだ 」
そして……
ジョセフはそのリボンにキスをした。
「 !? 」
「 私もティアと呼ばせて貰おうかな 」
「 兄上!」
レイモンドが声を荒らげ、テーブルの上にバンと音を立てて両手を乗せた。
何時も優しく穏やかなレイモンドとしては、こんな風に怒りを露にするのは珍しい事である。
「 何度も言いますが、僕とアリスティアは結婚をします!アリスティアが皇太子妃になる事は変わらない! 」
「 魔女は皇太子妃にはなれないでしょ? だから私の妃にしろと皇帝陛下から言われたよ 」
「 なっ!? 」
やっぱり……
父上はティアを兄上の妃にするつもりなのだ。
「 私は彼女に興味があるしね。もっと親しくなりたいとも思っている 」
だからこれから彼女と程に会うつもりだと言って、ジョセフはレイモンドを見てニヤリと笑った。
「 アリスティアは絶対に兄上には渡さない! 」
「 だから断ったよ 」
「 ………えっ? 」
まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたレイモンドを見て、ジョセフはクックッと肩を揺らした。
アハハハハハ。
「 見目麗しいそなたでも、そんな顔をするんだね~ 」
こんなに声を上げて笑うジョセフの姿は勿論見たことはない。
壁際で立っている侍従や侍女達も驚いた顔をしている。
勿論、二人が何の話をしてるのかは分からないが、二人が話をする事が珍しい事で。
揉めているとハラハラしていたのである。
「 あ……兄上……? 」
「 悪役令嬢になる程に、そなたを好きな女を妃にはしたくないよ。それに……彼女を好き過ぎる弟から殺されたらたまらないよ 」
「 でも……興味があると…… 」
「 ああ。以前は別の意味で興味深かったけど、今は魔女としてかな 」
「 魔女として…… 」
レイモンドはヘナヘナと床に膝を突いた。
兄上が父上を断った。
ホッとしたら力が抜けたのである。
「 兄上は意地悪ですね 」
「 そうだね。弟に意地悪を言うのも楽しいもんだね 」
二人は顔を見合わせて笑った。
「 だから、アリスティア嬢を研究させて貰えるかな? 身体の隅々まで調べたいんだ 」
瞳の色の変化も調べたいし、魔力も調べたいんだと言って。
ジョセフは研究熱心な科学者だ。
何でも突き詰めないと気が済まない程の。
「 それは絶対に駄目です!認めません! 」
身体の隅々まで調べるなんて以ての外。
真剣な顔をして拒否をするレイモンドを見て、ジョセフはまたケラケラと笑った。
「 冗談だよ 」と言って。
兄上が僕を弟と言ってくれた。
二人で冗談を言い、そして笑い合った。
どれもが初めての事だ。
それに……
兄上はティアを妃にする事を断ってくれた。
ジョセフに別れを告げダイニングを後にしたレイモンドは、そのくすぐったいような嬉しさを噛み締めるのだった。
***
離宮を出た回廊で、アリスティアがレイモンドを待っていた。
「 レイ……ご免なさい 」
レイモンドが側に来ると、アリスティアはペコリと頭を下げた。
ジョセフには近付かないように言われていたのだ。
レイモンドが怒る時は何時もジョセフ絡みだ。
それだけに嫌な相手なのである。
第一皇子と第二皇子の皇位継承の争いの辛さを、誰よりも側にいて見て来たのは自分なのにと。
ましてや絶対に行ってはいけないと言われていた離宮に行ったのだから。
今から思えば、リタのお迎えは別の者に行かせても良かったのだ。
いくら焦っていたとは言え。
「 あのね。リタ様を保護したから来て欲しいと、ジョセフ皇子殿下の侍女が呼びに来たの。だから…… 」
「 ティア。有り難う 」
「 えっ!? 」
レイモンドはアリスティアを抱き締めた。
ずっとカルロスとオスカーが羨ましかったのだ。
兄と言う存在がいると言うのに、彼等みたいな兄弟ではなかったのだから。
二人で冗談を言い笑い合う日が来るとは思わなかった。
アリスティアが特進クラスに編入したから。
アリスティが魔女になったから。
「 君は幸せを運んでくれる良き魔女だよ 」
レイモンドはアリスティアを抱き上げた。
「 キャア!!レ……イ!? 」
そして地面に下ろすと、アリスティアの頬に、額に。
チュッチュッとキスをした。
「 何? 」
驚きながらも、目尻にキスをされて片目を瞑るアリスティアの頬を両手で挟み込んで上向きにする。
「 でも、兄上と二人だけで会っては駄目だよ 」
身体の隅々まで調べられるかも知れないからねと言って、アリスティアの唇にそっと唇を重ねた。
「 ??? 」
二度目のキスは激しかった。
いや、三度目のキスなのだが。
そんな二人を遠巻きに見ていた人々は、キャアキャアと言って騒いでいた。
宮殿と離宮を繋ぐ広い回廊でイチャイチャしているのだから。
「 再び婚約をするのも時間の問題ね 」と言って。
***
帰宅したアリスティアは、脱力感でベッドに倒れ込んでいた。
昨日から色んな事が有り過ぎて。
あの後、再び会議室に行くレイモンドが、アリスティアに言った。
「 僕を信じて待っていて欲しい 」と。
そして。
転生前にも信じろと言われた事を思い出した。
『 これから先、何があろうとも僕を信じて欲しい』
これはタナカハナコとの結婚が決まった時に言われた言葉だ。
信じろと言われても。
何を信じたら良いのかが分からないでいたが。
この日。
少しだけレイモンドを信じてみようと、アリスティアは思った。
『 君は幸せを運んでくれる良き魔女だよ 』
何故そう言われたのかは分からないけれども。
レイに良き魔女だと言われた。
それが何だか嬉しくて。
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Merry Christmas!
素敵な夜をお過ごし下さい。
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