第38話 近付く第一皇子
「 レイ!陛下から緊急招集がかかった 」
レイモンドの執務室に飛び込んで来たオスカーは、長椅子に座ったレイモンドとアリスティアの姿を見て固まった。
二人は互いに手を握り合っているのだから。
「 オスカー! 無粋だぞ! 」
「 執務室でイチャつくのは止めてくれ! 」
「 ナイスタイミングですわ! 」
三人が三様の思いを口にする。
「 ? 」
「 ? 」
「 ? 」
暫く沈黙が流れた後にレイモンドが口を開いた。
「 オスカー? 今何と言った? 」
「 お兄様! もう一度 」
「 ここでイチャつくなと 」
「 違う! その前だ 」
「 そうよ!その前よ 」
「 あっ…そうだよ!陛下から緊急招集がかかった!直ぐに会議室に行かなければならない 」
オスカーはそう言いながらアリスティアに目配せをした。
どうやらリタはちゃんと皇帝陛下に伝えたようだと。
アリスティアはオスカーを見ながらふぅっと大きく息を吐き、そしてレイモンドを仰ぎ見た。
「 父上から緊急招集?珍しいな 」
転生前と同じ言葉を発したレイモンドは、握っていたアリスティアの指先にチュッとキスをして、ソファーから立ち上がった。
「 話の続きはまた今度 」と言って。
「 お茶会はまた今度 」と、アリスティアの耳元で囁いたのは転生前だ。
手にキスをするのは、転生前よりも二人の距離が親密になっているからなのである。
既にファーストキスもしている。
本当は2度目だが。
アリスティアはドキドキしながら、立ち上がるレイモンドを見ていた。
喜んではいけないと思いながら。
転生前にはなかったレイモンドの、大人の男の所為にドギマギさせられっぱなしだ。
『 陛下や皆の前で恋人宣言したんだから、レイは本気でお前を口説いて来るぞ 』 と、オスカーから言われてはいたが。
ドアから出て行くレイモンドに続いて、オスカーも執務室を出て行った。
振り返ったオスカーは、アリスティアに向かって親指を立てた。
ニヤニヤしながら。
「 後は任せろ 」と言う合図だ。
ニヤニヤしてるのは、嬉しいと思ってしまったアリスティアの心を見透かしたからで。
アリスティアはコクンと頷いた。
熱くなった頬を両手で隠しながら。
わたくしが出来る事はここまで。
当然ながら皇帝陛下の緊急招集には、宰相になったばかりのハロルドも呼ばれている筈。
ハロルドの側近であるカルロスもだ。
転生前のこの時期は、異世界から聖女が現れる次の新月の日まで、アリスティアはレイモンドと会う事はなかった。
その間はお妃教育の為に皇宮に通っていたのだが。
それでも一度も会う事はなく。
そもそもアリスティアがレイモンドの執務室に行かなければ、週に一度のガゼボでのお茶会でしか会わなかったのだから、互いに忙しくなれば会う事はなくなるのは必然的で。
レイモンドの外出公務や学園の行事などが重なれば、月に一度か二度しか会わない事もざらにあったのである。
「 結局は、レイにとってのわたくしって、その程度の存在だったのだわ 」
わたくしだけが毎日会いたかっただけで。
あるのは兄妹みたいな情。
だってわたくしはお兄様達に会えなくても平気だもの。
きっとそれはお兄様達も。
だからレイもわたくしと会えなくても平気だったのよ。
今はわたくしに執着してるだけ。
真に愛する事になるタナカハナコがまだ現れてはいないから。
そう。
それだけ。
火照った頬をペチペチと叩きながら、アリスティアはレイモンドの執務室を後にした。
それよりもリタ様はその後はどうなったのかしら?
魔女の森に帰ったのか、公爵邸にいるのかの検討が付かない。
取り敢えずは家に帰りましょう。
陛下から緊急招集が掛かったのだから、リタ様が天のお告げを陛下に伝えた事は確かな事。
もうここにいる必要はない。
「 アリスティア様!」
アリスティアが宮殿の廊下を歩いていると、誰かに呼ばれた。
声の主はジョセフ第一皇子の侍女だった。
皇宮で会うなんて珍しい事。
「 あら!スミス様。ごきげんよう 」
「 あの…… 」
アリスティアに頭を下げたスミスは、アリスティアに近寄って来てそっと耳打ちした。
「 皇子殿下がお呼びです 」
「 えっ!? 」
「 殿下が年配の女性を保護なさいまして…… 」
「 !? 」
その年配の女性はリタ様に間違いない。
「 案内して頂けますか? わたくしも丁度彼女を探していたのです 」
アリスティアは侍女の後を付いて行った。
転生前のこの時期のアリスティアは、皇宮でお妃教育を受けていた。
今生では、婚約を解消したのだからそれはない。
なので、学園の特進クラスに通う事は既に決めていた。
レイモンドからは駄目だと言われたが。
その理由が、ジョセフ第一皇子が特進クラスの顧問であり、アリスティアと同じ薬学クラスの生徒になったからだと言うのはアリスティアも分かっていた。
レイモンドは昔から、アリスティアがジョセフと接触する事を嫌っていたからで。
だけど薬学の研究を諦める訳にはいかない。
アリスティアは薬師の資格を貰い、薬屋の店主になる事に決めたのだ。
珍しい薬草が沢山採れる魔女の森の程近くで、小さな薬屋を営もうと考えている。
魔女である自分が出来るのはそれ位だと。
皆の為になる薬を作って、人々の役に立つ良き魔女になる事が、転生前は悪しき魔女として大罪を犯した自分の、人々への贖罪だと思っているのだった。
ジョセフは幼い頃から神童と呼ばれ、大人になった彼は天才科学者と言われている。
最近学び始めた薬学についても、薬学クラスの先生であるリモーネ先生よりも、最早先生であった。
質問には適格に答えてくれ、新しい調合の仕方まで教えてくれると言う。
最初は第一皇子の出現に、戸惑っていた三人の男子生徒達も、今ではすっかり彼を信頼している。
そんなジョセフは、研究に没頭したら何日も研究室に泊まり込む程で。
なので、侍従や侍女が着替えを持って研究室に来る事もある。
「 アリスティア様!殿下にお食事だけはちゃんと取るように言って頂けませんか? 」
今ではこんな事を言われる位には、ジョセフの侍従や侍女達と親しくなっていた。
***
皇宮には、皇帝と皇后の住む宮と皇太子の住む宮と、そして側妃の住む離宮の3つの宮がある。
アリスティアがジョセフの侍女に案内されたのは、側妃であるミランダの住む離宮だ。
永く皇宮に遊びに来ていたアリスティアだったが、離宮に入るのは初めてだ。
レイモンドに怒られるかなとは思いながらも、リタが保護されているなら、彼女の弟子としては行くしかない。
案内された部屋はダイニングだった。
そこにはジョセフがいて、彼はリタの前に座っていた。
リタはテーブルに並べられたスイーツを食べていた。
美味しそうに。
時間にすれば午後のティータイム時間だ。
「 やあ、待っていたよ 」
ジョセフがアリスティアに片手を上げて笑いかけると、アリスティアはカーテシーをして挨拶をした。
緊急招集がかかっている今、ここにジョセフがいると言う事は、彼は政治には全く関わりを持っていないと言う事が分かる。
「 リタ様……良かった 」
無事に役目を果たしたリタを見ると、何だかホッとする。
ロキとマヤはちゃんと自国の皇帝陛下に伝えたかしらと、心配になりながら。
リタの前にはケーキスタンドに乗せられたケーキやパイがあった。
デザートの果物も。
「 君もどう? 」
「 いえ……わたくしは結構ですわ 」
グウウゥ。
その時、アリスティアのお腹が鳴った。
公爵令嬢がなんたる無作法。
アリスティアは真っ赤になり自分のお腹を押さえた。
朝から何も食べてはいなかった。
いや、朝もリタ達に食べさせただけて、アリスティア自身は食べなかった事から、結局は昨夜から何も食べてない事になる。
「 お腹は正直だね 」
クスリと笑ったジョセフは、侍女に命じてアリスティアの分の取り皿とカトラリーを用意させた。
「 スミマセン……美味しそうなのでつい。御馳走になります 」
アリスティアはリタの隣に座り、侍女が並べてくれたアップパイやイチゴのミルフィーユを口に入れる。
結構ガッツリなスィーツでお腹が満たされて行く。
「 美味いのう 」
「 美味しいですわ 」
公爵家のシェフの料理も十分美味しいが。
皇宮のシェフの料理はまた一味違う。
美味しいスィーツをリタと堪能していると、アリスティアはある事に気が付いた。
顔が青ざめて行く。
リタの姿はどうみても魔女。
黒いローブ姿に大きな鼻は垂れ下がり、瞳の色は赤。
赤い瞳は魔女の特徴だ。
そもそも、変身が出来るリタを変身させてから皇宮に連れて来る算段だったのである。
リタがさっさと道を利用して行ってしまったから、それをすっかり忘れていた。
ジョセフ皇子殿下は、当然ながらリタ様が魔女だと言う事は知っている筈。
わたくしとリタ様の関係をどう説明したら良い?
アリスティアは、リタがジョセフに何処まで話したのかが気になった。
今現在、アリスティアが魔女だと言う事を知っているのは公爵家の人達と、レイモンドと皇帝陛下だけである。
別にジョセフ皇子殿下に知られるのは構わない。
何時かは国民に知られる事になるだろうから。
「 あの…… 」
ジョセフを見れば嬉しそうにアリスティアを見ていて。
目が合うと彼はニッコリと笑った。
それはとても優し気に。
こんな優しい顔はレイに似ているわ。
アリスティアは少しドキドキとした。
彼は普段は無機質な表情をしているのだから。
何を考えているのか分からない程の。
「 あの……リタ様の事はご存知ですよね? 」
「 勿論。魔女の森に住む魔女だよね? 」
「 はい 」
「 最近、私は魔女の事を調べているんだよ 」
「 ……… 」
「 調べれば調べる程に興味深い存在だね 」
ジョセフは嬉しそうな顔をして、アリスティアを覗き込んだ。
リタの正体は妖精だが、世間にはリタが魔女なのである。
ジョセフはアリスティアの顔を興味深く見ている。
特にアリスティアの大きな瞳を。
「 そなたの事をもっと知りたい 」
「 あの…… 」
魔女だと言って良いものだろうか?
彼は科学者だ。
もしかしたら魔女の事ももっと知っているのかも知れない。
今時点では知らない事が多過ぎるのだ。
自分は魔女なのに、魔女の事が分からないのだから。
「 わたくしは…… 」
バン!!
ダイニングのドアが大きく開けられた。
ビクっとしてドアの方を見れば、現れたのはレイモンドだった。
ハアハアと息を吐きながら。
レイモンドはカツカツと靴音を鳴らして、真っ直ぐにジョセフの前にやって来た。
まるで幼い頃のあの時のように。
「 オスカー! ティアとリタを頼む 」
「 御意 」
レイモンドの後ろからオスカーも来ていて。
オスカーはドアの前でジョセフに向かってペコリと頭を下げると、アリスティアとリタのいる所にやって来た。
アリスティアには顎をクイッと上げ、付いて来いと言う合図をして。
アリスティアはコクンと頷いた。
「 ジョセフ皇子殿下。ここで失礼します。リタ様を保護して頂いて有り難うございます 」
「 ああ。また明日ね 」
ジョセフに向かってカーテシーをしたアリスティアに、ジョセフは掌をヒラヒラとさせた。
とても楽し気に。
「 まだ食べておるのじゃ」と文句を言うリタを、今夜はローストビーフを作らせるとオスカーが言っているのが聞こえる。
食べ物で動かす作戦だ。
オスカーはリタの手を引いてダイニングを後にした。
レイモンドはアリスティアの頬に手をやり、愛しげに見つめるとジョセフに向き直った。
「 兄上!話があります 」
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