第23話 新たな学園生活



ティアだって 」

 皇太子殿下専用馬車に乗せようとするレイモンドと、乗せられるアリスティアの二人を見ながらオスカーがケラケラと腹を抱えて笑った。


「 今まで殿下は迎えに来た事はあるのか? 」

 カルロスは3年前に結婚して領地に行ったので、アリスティアの学園生活は知らないのである。


 今朝、制服姿のアリスティアを見て、可愛い可愛いと目尻を下げていた所である。

 7歳も年下の妹は何時まで経っても可愛いのである。



「 そんな事一度もないな。それよりもティアの顔~。でかい目が更にでかくなって前に飛び出てたぞ 」

 どんだけビックリしてるのかとオスカーは面白がっている。


 アリスティアが成人してからは、二人が会うのは一週間に一度のお茶会と、アリスティアが執務室に遊びに来る時だけだった。

 レイモンドがアリスティアに会いに来る事はまずなかった。


 レイモンドの公務が忙しくなった事もあり。


 三日にあげず、アリスティアが会いに行っていた事もあるからなのだが。



「 殿下としては納得出来ないよな 」

「 だろうな。レイは本当の理由を知らないんだからな 」

「 きっとあのイケメン三人衆に刺激されたのかも 」

 オスカーがあのイケメン三人衆は婆さん達なのにと、またもなゲラゲラと笑って。


「 殿下は知らないんだから仕方無いだろ?」

「 レイの心に火を付けちゃったかな? 」

 レイモンドがこっそり魔女の森に行っている事は、勿論オスカーは知っていた。


 知っていて行かせてあげていたのだ。


 知らない訳はない。

 レイモンドを守る事も側近の務めなのだから。

 なのでオスカーは主に武芸を叩き込まれた。

 一番側にいる彼が強くなければならないとして。



 皇太子として立太子されてからは、レイモンドは更に自由に動けなくなった。


 隠密がオスカーの部下に就けられていて。

 騎士団が動けない時は、オスカーの命によって隠密達がレイモンドの護衛を務めている。



「 このレイが、ティアよりも好きな女が出来るなんてな 」

「 仕方無い。愛し合って結婚した夫婦だって別れる事もある 」

 ハロルドとオスカーの共通した見解では、レイモンドはアリスティアを一人の女性として愛していると言う事だ。


 だから他の女を好きになるなんてあり得ないと思っていて。

 どんなに皆からアプローチをされても、そんな素振りさえ見た事がないのだから。


 それは常にレイモンドの側にいるオスカーでさえ。



「 聖女はそれだけ魅力があるんだろう 」

「 レイがブス専なら……好きになるのも仕方無いのかもな 」

 兄弟がそんな事を話す後ろではグレーゼ夫婦が話していた。



「 あなた、二人は婚約を解消したのですよね? 」

「 ああ。殿下は何をお考えになられておるのか 」

「 でも……ずっと一緒にいた二人ですもの。殿下は別れたくないのでは? 」

「 そうだな。半ば事から殿下は納得なされてないのだろう 」


 それはアリスティアが魔女だから。



 レイモンドの狙いは正にこれだった。


『 愛し合っている二人が無理矢理引き裂かれた 』


 民衆はが大好物だ。

 をアピールする事に決めたのだ。



 そうすれば……

 アリスティアが魔女だと知れ渡っても。


 魔女は能力がある人間だ。

 魔女にもがいる。

 魔女でも愛している。

 ……と公言すれば、国民の賛同を得られるのではないかと。


 アピールではなく、本当に僕とティアは愛し合っているのだからと。

 なので、今まで抑え込んでいたアリスティアへの感情を素直に出そうと思って。


 アリスティアが今日から学園に通う事をオスカーから聞いたレイモンドは、毎朝学園まで送る事を決めたのだった。


 流石に公務に忙しい自分は迎えには行けないだろうと、皆へのアピールは朝しかないと思って。



「 ティアの制服姿を見るのは久し振りだ 」

「 これは、どう言う事ですの? 」

「 君に会いたいから来ただけだよ 」

 自分の目の前にいるこの甘い顔をした男は誰?


 アリスティアはレイモンドの所為に困惑しまくりだ。



「 婚約を解消したわたくし達が、一緒に登校する所を生徒達が見たら変に思うのではありませんか? 」

「 大丈夫だよ。僕達の愛を皆に見せよう 」

 レイモンドはそう言って馬車の窓から、沿道で手を振る人々に手を振った。



 そう。

 この馬車は皇太子殿下専用馬車。

 当然ながらこの馬車には騎士達が護衛に就いている。

 窓から外を見やれば、騎士達が騎乗して馬車に並走している。


 たかが学園に行くだけなのにこの武装。



「 レイ……お兄様……殿下。今朝だけにして下さいね 」

「 どうして? 毎日ティアに会いたいとなれば、朝しかないだろ?」

「 でも……レイ、お兄様、殿下…… 」

 レイモンドは、こもごもと名前を言い間違えるアリスティアに声をあげて笑った。


 今までどおりにレイと呼んで欲しいなと言って。



 アリスティアもレイモンドから愛されているのは分かっていた。

 今となっては、それが妹に対する想いだったのかもとは思うが。


 婚約を解消した時に、ハロルドから言われた事がある。


「 婚約の解消はあくまでもティアが魔女だからで、殿下は当然受け入れられないし、ティアが離れないように頑張るだろう。殿下は未来を知らないんだから 」


 それが私に毎日会いに来る事だったのね。

 アリスティアは胸がキュンとした。


 そして……

 どうしても変わらない未来に胸が苦しくなるのだった。




 ***




 馬車はあっと言う間に学園の正面玄関に到着した。


 皇太子殿下専用馬車が到着したのだ。

「 聞いてないよ~ 」とばかりに門番は慌てて先生達を収集し、登校する生徒達は駆け足で集まって来て、学園は上を下への大騒ぎになった。



 騎士達は馬車の周りに跪き隊長が扉を開けた。


 すると……

 皇太子殿下が降りて来た。

 その凛々しい姿に、生徒達からワァっとどよめきと歓声が上がる。


「 皇太子殿下が学園に何のご用かしら? 」と皆が、キャアキャアと騒いでいると。


 彼が馬車の中に手を差しのべた。

 その手の先には元婚約者の公爵令嬢が、皇太子殿下のエスコートで降りて来たのだ。


 学園は騒然となった。



「 何故お二人で登校されたの? 」

「 婚約は解消されたのではないのかしら? 」

「 公爵令嬢は病に伏していたのではなかったのか? 」


 それは誰が見てもお似合いの二人。


 学園は貴族の令息令嬢のみが通うので、社交界にデビューしている生徒達は何度もこの二人の姿を見ていて。



 そして、皆が驚いたのは他にもある。

 アリスティアの短くなっていた髪だ。


 貴族令嬢らしからぬ短い髪に皆の憶測が加速した。



 やはり公爵令嬢の病は重かったのである。

 治療の為には髪を短くする事もあると聞く。


 だから一旦婚約を解消した。


 皇太子殿下が一度も領地に御見舞いに行かなかったのは、やはり重病だったらで。


 だから……

 皇太子殿下は公爵令嬢の回復を待っていたのだと。



 

 きっと近い内に新たに婚約の発表がなされるだろうと。


 貴族令息や令嬢達も純愛が大好物なので。


 そして……

 皇太子殿下が公爵令嬢の頭に唇を落とした。


「 ティア。行っておいで 」


 キャーッ!!!


「 殿下がお名前で呼ばれたわ! 」

「 こんな甘いお二人は見た事がない 」

「 きっと生死の境を彷徨った彼女を喪ってしまうかと思ったのですわ 」


 元気になられた公爵令嬢が愛しくて堪らないのだと。


 皆は純愛が大好物である。



 数日後にはこの事が新聞に載り、国中を賑わした。




 ***

 



「 全く! 皆の前でキスをするなんて! 」

 アリスティアはプンスカ怒っていた。


 ……が、それが良かったのかどうかは知らないが、クラスの皆からは温かく迎え入れられた。


 皆は純愛ものが大好きなので。



 その日の授業が終わるとアリスティアは、特進クラスへの申し込みに学生事務局まで行った。


 2ヶ月後には卒業だから駄目だと言われるだろうと覚悟は決めていたが。

 特進クラスには卒業後でも通う事が出来る事もあり、すんなり手続きをしてくれた。


 ただし。

 試験に合格すればの話だが。


 この試験はかなり難易度の高い試験で、半年間も病気で休学をしていたアリスティアが、合格出来るものではないと言われたが。


 病気をしていた訳ではないアリスティアは、この間はしっかりと勉強をしていた。


 魔女の森には貴重な薬草が豊富だった事もあり、アリスティアは図書館から借りて来た本を片手に、独学で薬剤を作っていた。


 その事もあり、この特進クラスで本格的に薬学をびたいと思っていたからで。



 特進クラスは未来の若者への投資のクラスでもある。

 医学、薬学、科学、の三クラスで、アリスティアは試験に合格したら薬学のクラスに行く事に決めた。


 元々学年の上位にいる程の頭であり、卒業試験も転生前に受けたアリスティアにとっては編入試験は難しいものではなかった。



 翌日に受けた試験で、アリスティアは見事特進クラスに行く事となった。


「 流石はアリスティア様ですわ 」

「 ご病気だったと言うのに素晴らしいですわ 」

「 ベッドの上で少し勉強をしていたのよ 」

 ホホホとアリスティアは笑った。



 特進クラスに編入になったとしても、今のクラスでの授業は普通にある。

 それプラス放課後に特進クラスの授業があるのだ。

 要は、授業を受ける時間が増えただけで。



 そんなクラスの皆は大病を患ったアリスティアを守ろうと懸命にサポートをしてくれている。


 何から守ろうとしているのかは知らないが。




 ***




 この日は特進クラスでの始めての授業だ。


 アリスティアが編入する薬学クラスを修了すると、薬屋を開ける免許を修得出来る仕組みになっていて。


 薬草を探すのに手間がかかる事もあって、それだけ成り手がいない分野でもある。

 なので一般人でも、薬師のいる薬屋に薬剤を持って行けば、その成分を調べてそれを売ってくれると言う。


 因みに、アリスティアが薬屋に持ち込んだ薬剤は良く効くと評判で。

 薬屋でもかなり高値で買い取ってくれていた。



 教師の案内で教室に入ると壁一面に書棚があり、薬を作る鍋や器具が置いてあった。

 薬の匂いが辺りに漂っている。


 生徒は僅か3人。


「 わたくしは大病を患いました。なので薬学に興味を持ちました 」

 自己紹介ではそう言って。


 最早嘘八百を、平気で吐けるようになったアリスティアだった。



 ヨハン・ドローイン子爵令息、マルロー・ネックハル男爵令息もアリスティアと同じく過去に大病を患った者達で。

 もう一人のトムソン・ガゼット男爵令息は、薬屋の息子である事が各々の自己紹介で分かった事だ。



「 まあ!? 貴方はガゼット店のご子息なのですね 」

「 父の店をご存知で? 」

 ガゼット店はアリスティアが薬剤を売りに行っていた薬屋だ。


「 ええ。わたくしが作った薬剤を売っていた店ですわ 」

 アリスティアは自分が作った薬の話をした。



 公爵令嬢と言う、高貴過ぎる身分の令嬢が編入して来ると聞いて、緊張していた三人とアリスティアは直ぐに打ち解けた。


 授業は教師から生徒各々に課題を与えて、それに関する指導をされると言う事だった。


 早速アリスティアも、先生に与えられた課題をやる事になった。

 書棚にある本を手にしながら。


 こうしてアリスティアの特進クラスでの生活が始まった。




 ***




 教室から出ると辺りはもう真っ暗だった。


 三人の男子生徒と共に、アリスティアが校舎から出て来ると、そこに皇太子殿下専用馬車が停まっていた。


「 !? 」

 アリスティア達が驚いていると直ぐに、キラキラの皇太子殿下が馬車から降りて来た。



 三人は慌てて頭を下げた。


 この時。

 今の今まで楽しく語らっていたのは、皇太子殿下の元婚約者である公爵令嬢だと思い知った。


 彼等下位貴族にとってはアリスティアは


 美しいアリスティアと話す事が楽しくて。

 ずっとドキドキとして。

 まるで夢のような時間だったのだ。



「 お帰り、ティア。特進クラスの授業はどうだった? 」

「 有意義で楽しかったわ 」

「 君達。これからも僕のティアと

「 はい…… 」

 頭さえ上げられない存在である皇太子殿下に声を掛けられて、三人の生徒達は震え上がるのだった。


 の言葉が妙に怖くて。



「 彼等が薬学クラスの生徒達か? 」

 レイモンドが馬車の中から見たアリスティアと三人の男子生徒達は、とても楽しげ気に話をしていた。


 この日のアリスティアは朝から緊張しており、レイモンドは心配して迎えに来たのである。


 勿論、毎朝アリスティアを迎えに行っている。



「 ええ。皆は凄いのよ 」

 部屋には沢山の薬学にかんする書物があって、トムソン様は薬屋さんのご子息。

 リモーネ先生は、ヨハン様は、マルロー様はと、アリスティアはとてもご機嫌に話をしてくれた。


 以前のアリスティアに戻ったかのように、沢山の話をレイモンドにした。

 思い出してはクスクスと笑って。



 可愛い。


 記者会見が中止になった日から、アリスティアはレイモンドの前では笑う事はなかった。


 ずっと距離を置かれていて。


 そう。

 あの日から全てが変わってしまったのである。



 窓を開けたレイモンドは、手を出して並走する騎士に遠回りをするように合図を送った。

 身振り手振りで熱心に話をするアリスティアと、もっと一緒にいたくて。


 アリスティアの可愛らしいお喋りと、それを楽し気に聞いているレイモンド。


 幼い頃から育んで来た二人だけの世界がそこにあった。



 外は雪が降っていた。


 二人を乗せた馬車は、寒さに凍える街の喧騒の中を、ガタゴトと静かに進んで行った。











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