第24話 第一皇子と第二皇子と公爵令嬢



 アリスティアの学園生活は順調だった。

 半年振りに復学した普通クラスの授業は、2度目である事から楽勝で。


 クラスメートは今までと変わらずに好意的で。

 それはレイモンドが毎朝アリスティアを送っているからだろうと、アリスティアは思っている。


 もしかしたら、アリスティアが皇太子妃になる可能性があるからだ。


 貴族なんてそんなものなのである。

 陰であれだけ悪く言われたアリスティアは達観していた。



 以前はおべんちゃらばかりの取り巻き達といたのだが。

 今は、今までに話した事もない令嬢達とも気軽に話している。

 勿論、令息達とも。


 そんな新しい出会いが楽しかった。


 そして、特進クラスの薬学の授業は新鮮だった。

 独学では学べない新しい事に、アリスティアは夢中になっていた。



 そんなある日。

 特進クラスの顧問の先生が来ると言う連絡を受けた。


「 驚かないで下さいね 」と言う、リモーネ先生だったが。

 トムソンやヨハン、マルローに聞いても、顧問には会った事はないと言うし、そもそも顧問などが存在する事すら知らなかったようだ。



 その日やって来たのはジョセフ・ロイ・ラ・ハルコート。

 エルドア帝国の第一皇子であり、レイモンド皇太子の3歳年上の兄である。



「 久方ぶりだねアリスティア嬢。君がこのクラスにいると聞いて驚いたよ 」

「 ジョセフ皇子殿下……お久しぶりでございます 」

 アリスティアは、制服の上に着ている白衣の裾を持ってカーテシーをした。


 そんな二人をボーッと見ていたトムソン達は、大慌てで頭を下げた。


 皇太子殿下に第一皇子殿下。

 公爵令嬢といると、皇子達がもれなく付いて来るのだなと思いながら。



 ジョセフ第一皇子の事は、勿論アリスティアは知っている。

 皇宮で何度か話をした程度ではあるが。


 ジョセフ・ロイ・ラ・ハルコートは、皇帝陛下の側室であるミランダ・ラ・ハルコート妃が生んだ第一皇子。


 彼は幼い頃は神童と呼ばれていた程の天才肌の皇子であった。

 それ故に第二皇子であるが、正妃クリスタが産んだレイモンドは苦労をしたのである。


 3歳年上でしかも天才肌の兄に勝てる筈もなく、厳しく詰め込まれる教育を施されたのであり。


 母親であるクリスタの命により。



 自分は勉強漬けなのに対して、然程勉強しないでも良い成績を収める彼を、レイモンドはどれだけ羨ましく思った事か。


 常に比べられる第一皇子と第二皇子。


 そこには正妃クリスタと側妃ミランダの確執があったからで。

 兄弟でありながらも、幼い頃から一緒に遊んだ事さえない二人だった。



 レイモンドには5歳にして、アリスティアと言う婚約者がいたが。

 ジョセフには婚約者はいなかった。


 その事にもクリスタの憤りは隠せなかった。


 ジョセフには後ろ楯がいなくても、皇太子になれる確信がミランダにはあるのだと。


 そこには皇帝ギガントの寵愛が彼女にあるからで。

 幼馴染みであるミランダと結婚した事は、クリスタの苦しみの何者でもなかった。


 自分との結婚は議会で決められた政略結婚だったが。

 ミランダを側妃にと願ったのはギガント自身なのだから。



 そんなクリスタの苦しみを知ってか知らずか、ギガントは正妃であるクリスタを常に優先した。

 公式の行事には必ずやクリスタと出席をし、地方への視察もクリスタと出向いた。


 公の晩餐会や舞踏会にはミランダは参加する事はなかった。



 しかし。

 どんなに自分を優先されようとも、ミランダがギガントのであると言う事がクリスタを苦しめた。


 そんなクリスタが自尊心を保てていたのは、レイモンドがギガントに似ていると言う事だった。


 自分と同じ黄金の髪に瑠璃色の瞳の皇子が誕生した時には、彼は大層喜んだと言う。

 ジョセフは母親のミランダ似で、髪の色はブロンドだったが瞳の色は紫の皇子だった。



 そんな事からクリスタのレイモンドへの執着は凄まじいものであった。

 

 レイモンド・ロイ・ラ・エルドア。


 エルドアの名を受けたレイモンドこそが、皇位を継げる者であらねばならぬのだと。


 レイモンドを皇太子に確立する事が、クリスタのプライドだった。



 しかし。

 子供の頃は、皇太子に相応しいと言われる位に秀でていたジョセフであったが。

 ある頃を境に彼は変わっていった。


 学園時代は特進クラスの科学のクラスに所属し、卒業をしてからは医学のクラスを学んだ彼は、人との関わりをあまり持たなくなった。


 学園を卒業してからは特に。

 自分の研究室に閉じ籠る日々を送っていた。


 優れた様相に人々が魅了され、快活で多くの友人がいるレイモンドとは裏腹に。

 勿論、ジョセフも美丈夫である事には違いないが。



 それを指摘したのがハロルド・グレーゼだった。

 人々の上に立つ者としてはレイモンド皇子が相応しいと。


 皇太子を確立する最終会議では、ハロルドのレイモンド推しの熱弁が皆を納得させたと言う。


 第一皇子の事大切に思っていたギガント皇帝も、第二皇子を皇太子とする事に首を縦に振った。




 ***




 ジョセフは懐かし気にアリスティアを眺めていた。

 上から下まで目を細めて。


「 体調は万全か? 」

「 はい。お陰様で元気になりました 」

 元から元気なのだが。


「 君が特進クラスに編入して来たと聞いて驚いたよ 」

「 はい。わたくし自身が病気になった事で、薬学に興味を持ちました 」

 病気にはなってはいないが、薬学に興味を持ったのは本当だ。


 何度も繰り返してこの返答をすれば、自分は本当に病気だったのかもとさえ思う程に、ペラペラと嘘を吐けていた。


 嘘も吐き続ければ、罪の意識さえなくなると言う事を実感している。



「 皇子殿下はまだ研究をお続けに? 」

「 ああ、後継者争いに負けたから、今は誰気兼ねなく研究に没頭してるよ 」

「 ……そんな…… 」

 ハハハハハ。


 何を言って良いのかと困り顔のアリスティアに、ジョセフは笑いながらアリスティアの顔を覗き見た。



「 へぇ。薬学も面白そうだな 」

「 えっ!?……あっ、はい 」

 ジョセフは、アリスティアが開いたままにしていた薬学の本に目をやった。


「 ねぇ。リモーネ。これから私も薬学を学んでも良いかな?」

「 勿論ですとも! 殿下が薬学を手掛ければ、直ぐに新薬が発見される事になるでしょう 」

 リモーネは手放しで喜んだ。



 ジョセフは科学の分野の第一人者であり、その上に医学を学んだ医学者でもある。

 薬学の教師であるリモーネにとっては、ジョセフが薬学に興味を持ってくれた事が嬉しかった。


 それにしても……

 ずっと研究室に籠りっきりだったのに、どう言う風の吹き回しかと頭を捻るのだった。



「 では、アリスティア嬢。これから我々は同級生と言う事になる 」

 ニッコリと笑ったジョセフはアリスティアに手を差し出した


 握手をしようとして。


 レイに似ている。

 瞳の色は違うけれども、笑うとやはり似ているわ。

 それに声も。



 そう。

 アリスティアがまだ幼い頃。

 皇宮に遊びに来ていた時に、レイモンドと間違えてジョセフに抱き付いた事がある程で。


 ドキリとした自分を隠すようにして、アリスティアはそっと手を伸ばし、ジョセフと握手をした。




 ***




 アリスティアはジョセフ皇子と特進クラスのクラスメートになった事を、レイモンドに話してはいなかった。


 レイモンドからこれだけの執着を持たれた今は、絶対に特進クラスを辞めさせられると思っているからで。


 ジョセフはレイモンドのライバル。

 それは産まれた時からの。


 そんな事も関係しているのかは分からないが。

 レイモンドは自分の婚約者であるアリスティアを、決してジョセフの側には行かせようとはしなかった。


 それは……

 アリスティアがレイモンドと間違えてジョセフに抱き付いた時の事にある。


 その話には続きがあった。



「 ごめんなさい 」

「 皇族に不敬な事をしたら、ごめんなさいでは済まないんだよ 」

 謝るアリスティアを見下ろしながら、ジョセフは小さなアリスティアの頭を撫でた。


「 兄上! 」

 お茶会のガゼボで、アリスティアが来るのを待っていたレイモンドが慌てて駆け付けて来た。


 アリスティアの侍女が、急いでレイモンドを呼びに行ったのである。


 ジョセフは第一皇子。

 公爵家の侍女ではお嬢様を守れないのだから。



 レイモンドをチラリと見たジョセフはニヤリと笑った。


「 君はグレーゼの令嬢か……ふーん可愛いね。大人になったらもっと美人になるよ。僕の妃にならないか? 」

「 あら!?わたくしはレイのお嫁さんになるって

 ちょっとおませなアリスティアは、ジョセフを見上げ真っ直ぐに彼の瞳を見つめた。



 そんなアリスティアにジョセフはケラケラと笑った。

 とても優し気にアリスティアを見つめながら。


「 流石はグレーゼ公爵の娘だな 」

「 兄上! ティアは兄上を僕と間違えたのです。無礼をお許し下さい! 」

 レイモンドは、アリスティアを抱き上げてその場から離れた。



「 いいかティア。兄上を見付けたら隠れるんだよ 」

 レイモンドはそう言ってアリスティアを諭した。


 何時も優しいレイモンドが、今まで見た事もない怖い顔をしていた事を記憶している。


 アリスティアが5歳の時。

 レイモンドが10歳、ジョセフが13歳の時の事だった。



 それからは皇宮でジョセフを見掛けた時は隠れたり、逃げるようになった。

 大好きなレイモンドに怒られたくはなかったからで。


「 ティアはかくれんぼが上手なの 」

 レイモンドにはそう言って、ジョセフから上手く隠れた事を自慢をしていたのだった。



 勿論、アリスティアはその事はあまり覚えてはいない。


 ただ。

 ジョセフと会う事はいけない事だと思っていただけで。

 



 ***




「 ティアが可愛い 」

 レイモンドは窓から夜空を見上げて呟いた。


 学園までの道程で、アリスティアは嬉しそうに学園の話をしてくれるのだ。

 公爵邸から学園までのそれはとても短い時間だったが。



「 昨日は何をした? 」

 レイモンドがそう聞けば、アリスティアは待ってましたとばかりに身振り手振りで楽し気に。


 どうやら学園生活が楽しくて仕方無いらしい。

 以前よりも楽しく過ごしているように思うのは、半年間も休学していたからか。



 そんなアリスティアをレイモンドは観察するような目を向けていた。


 魔女だからって卑下する事は何もない。

 アリスティアは普通に学園生活をおくれているのだから。

 ましてや以前よりも友達が増えたみたいで。


 皇太子妃になる事には何ら問題はない筈だと。



 特進クラスの話は大変だと言うだけで、あまり詳しい話をする事はなかった。


 基本、普通クラスは女生徒だけだから安心しているが、特進クラスに男子生徒がいるのにはちょっと抵抗はあった。


 まあ、彼等は子爵と男爵令息だから、公爵令嬢を嫁がせる事は先ず無いだろうとレイモンドは安心していた。



 それに。

 アリスティアには好きだと言った。

 ちゃんと自分の気持ちを伝える事が出来た。

 毎朝、学園まで送って行っている。

 流石に帰りはあの日の一度だけだが。


『 殿下はもっと自分の欲望を前に出してもよろしいのではないですか? 』

 侍従のマルローから言われたように、アリスティアへの愛情を示せている事に、レイモンドは満足していた。



 周りの反応も上々で。


「 お二人の仲は以前よりも親密さが増している気がする 」

「 一旦は解消したけど、直に婚約発表があるかも知れない 」

「 その時は、今度こそ御成婚の日の発表がされるだろう 」

 などと噂になっている程だ。


 皆も国の慶事を首を長~くして待っているのだ。



 アリスティアを絶対に側妃にはしない。

 勿論、手離す事は有り得ない。

 他の女を正妃にするなんて事は到底無理だ。


 僕の妻はアリスティアただ一人。



 レイモンドは月明かりのない暗い空を見上げた。


「 今夜は新月か…… 」と呟いて。











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