第26話 魔女の森でのデート



 学園が休日になるとアリスティアは魔女の森に行っていた。

 定期的に魔力を放出しないと不安で仕方がなくて。


 あんなに莫大な魔力が、何時放出されるかも知れないと思うと自分が恐ろしくてたまらない。

 小出しにすれば何とかなるのではないのかと。


 を前にしたら無駄かも知れないが。



「 では、行って参ります 」

「 お休みなのに。たまには一緒に観劇にでも行きたいわ 」

「 魔女は修行をしなければなりません 」

 アリスティアは、残念そうな顔をするキャサリンに行って来ますのハグをした。


 以前はよく二人で観劇に出かけていた。

 勿論、レイモンドとのお茶会が無い時だが。



 正面玄関に停まっている馬車で、御者がドアを開けてアリスティアが乗るのを待っていた。

 流石にもう堂々と公爵家の馬車を使っている。


 馬車には乗ったのは良いが、中々出発しないのでアリスティアは窓から顔を出した。

 するとアリスティアの目の前を、白馬に乗った皇子様が駆け抜けて行った。


 白馬に乗った皇子様は、そのまま真っ直ぐに厩舎まで行った。



「 えっ!?……レイ!? 」

 最近のレイモンドには驚かされる事ばかりだ。

 至る所に現れるのだから。


「 良かった。間に合った 」

 馬車に乗り込んで来たレイモンドは、アリスティアの前にドカッと座った。


 フワッと香るのは嗅ぎ慣れたレイモンドの香り。

 アリスティアの好きなとても爽やかな香りだ。



 レイモンドは肘を自分の膝の上に置き、手を前で組んでアリスティアの瞳に嬉しそうに視線を合わせて来た。


 今日、魔女の森に行く事は、昨日の学園に行く時の馬車の中で言ってある。



「 今日は魔女の森で僕とデートをしよう 」

「 ……わたくし達は婚約を解消したのよ? デートなんてするべきではないわ 」

 大体、毎朝迎えに来る事が駄目なのだ。


 二人だけで馬車に乗る事も。


 家族や婚約者、夫婦以外は男女が同じ馬車に乗るなんて事はタブーなのだから。



「 ん? 僕達は兄妹みたいな関係だから、何ら問題はないよ 」

 前に君が言ったじゃないかと、レイモンドはアリスティアの顔を覗き込んで来た。


「 だったらお兄様と呼ばせて貰いますわ 」

「 それは駄目だよ。だって僕達は兄妹じゃないだろ? 」

「 だったら…… 」

 その時、レイモンドの愉快そうな顔に気が付いた。


「 また、わたくしをからかってますね 」

「 怒った顔も可愛いよ 」

 アリスティアがムッとした顔をすると、レイモンドはクスクスと笑った。


 以前ならば、可愛いと言って貰いたくて必死だったのだったが。


 今では無駄にドキドキするだけで。



 婚約を解消しただけだから、二人の関係は変わらないとレイモンドは言う。

 普通は婚約を解消したら、普通は会う事をしないのでは?とアリスティアは困惑している。


 それも解消してからは以前より熱心に会いに来るのだ。

 流石に週に一度のお茶会はなくなったが。

 何時も不意に現れるから心臓に悪い。


 それが自分への執着だと分かってはいるが。

 とても熱のある瞳で見つめられるから、アリスティアは心中穏やかではなかった。



 魔女の森にはあっと言う間に到着した。

 お喋りに夢中になっている間に。


 レイモンドは話し上手で聞き上手。

 皇子と言う立場を抜きにしたら、彼は女性を楽しませる事が出来る優男だ。

 その上に美しい様相。


 女性を引き寄せる甘い蜜を持った大輪の花だと、アリスティアは思っている。

 そんな彼に女性達が寄って来るのは当たり前で。


 木まで寄って来るのだから。


 だからこそアリスティアは悪役令嬢になってしまったのである。



 エスコートされて馬車から降りても、レイモンドはアリスティアの手を離さずに手を繋いで来た。


「 ……… 」

 レイモンドの大きな手は剣術の訓練をしているから、固くてゴツゴツしている。


 それは柔らかな手のジョセフ第一皇子とは違っていた。



 魔女の森を二人で手を繋いでゆっくりと歩いて行く。

 こんな事は初めてだ。


 楽しい。


 ドキドキと心臓は鳴りっぱなし。

 ふと気配を感じて周りを見渡せば、木々が付いて来ている。

 サササササと。



 奴は?

 アリスティアはクネクネした木を探した。


 今日は居ないわね。


 レイモンドがいるとクネクネし出すから、奴が居れば直ぐに分かるのである。

 他の木々は普通の木なのだから。



「 ヒィィッ!? 」

 次の瞬間アリスティアは、公爵令嬢らしからぬ叫び声を上げて仰け反った。


 探していたクネクネした木は、アリスティアと反対側のレイモンドの横にいたのだ。


 枝をレイモンドの腕に絡ませてシズシズと歩いている。


 レイモンドの手には、シェフから持たされた昼食の入った籠があるから、手こそは繋いではいなかったが。


 最早恐怖。



「 木ーっ!! レイから離れなさい! 燃やすわよ!」

 アリスティアはレイモンドの手を引き、クネクネした木の枝を掴んだ。


 二人はそのまま睨み合いに入った。



 そんなアリスティアと木を見ながら、レイモンドは肩を揺らして笑っていて。


「 レイ! 黙って腕に絡まされていないで、振り払いなさいよ! 」

 全く。

 何時も何時も女に良いようにされてるんだから。


 ん?

 女?


「 うん。ごめんね 」

 クスクスと笑いながら、レイモンドはアリスティアの手の甲に唇を寄せた。


 それを見たクネクネした木は泣きながら駆けて行った。

 ヨヨヨヨヨと。


「 奴は一体何なの? 」

 アリスティアは、クネクネした木の後ろ姿を見ながらフンと鼻から息を吐いた。



 降り注ぐ太陽の陽の中を二人で歩いて行く。

 すると小屋の前に到着した。


「 えっ!? もう着いたの? 」

 荷馬車で通った時はもっと時間がかかったのに。


「 不思議だね?ライナに乗って来た時は、遠いと思ったのだが 」

 魔女の森は深い森。

 中には広い湖がある程に広大である。



 アリスティアは他の木の陰からこっちを見ている、クネクネした木がニヤリと笑ったのを見た。


 枝が勝ち誇ったようにゆさゆさと揺れている。



 成る程、分かったわ。

 奴がの距離を縮めたのね。

 わたくしとレイに嫉妬をして。


 このわたくしになんて一万年早くてよ。



「 あっ!? 」

 立ち止まったアリスティアはレイモンドの顔を仰ぎ見た。


「 ん? 」

 レイモンドがこれ以上ないと言う優しい笑顔を、アリスティアに向けた。


「レイ! わたくしの瞳の色は赤くなってなかった? 」

「 えっ? ……綺麗なヘーゼルナッツのままだったよ 」

 僕の好きなと言ったのだが、アリスティアは聞いてなかった。

 


 さっき、木に嫉妬をしたのに魔力が集まらなかった。

 何時もなら身体の中心に熱いエネルギーが溜まるのに。

 瞳の色も変わらなかった。


 これって進歩じゃないかしら?


 アリスティアはガッツポーズをした。

 魔力のコントロールが出来てる。

 嫉妬をしても魔力が溜まらない。



 アリスティアの魔力がだと言う事を知らないレイモンドは、そんなアリスティアを見て訝しげな顔をした。




 ***




 アリスティアには聞きたい事が山程あった。

 魔女のリタにも。


 知らなければならない事があるからだ。

 魔女の事も、魔女の森の事も、魔女リタの事も。


 レイモンドはデートと称してこの魔女の森にやって来たが。

 魔女は政府の監視下にある事から、色々と調べるつもりでいた。


 魔女の森には誰も入る事は出来なかったのだから、こんなチャンスは無いのだと。

 それはエルドア帝国の皇太子として、どうしても知りたかった事だった。



 ……が、アリスティアから聞き出した事は衝撃すぎた。


「 リタも、タルコット帝国のロキも、レストン帝国のマヤも妖精…… 」

 魔女では無かったのか。


 レイモンドは眉間にゴシゴシと指を押しやった。



 そして妖精の能力は変身であり、魔女の姿は変身した姿なのだと言う事も衝撃的だった。


 他国にいる筈のロキとマヤもこここに住んでいる事もまた驚きで。


 アリスティアはこの事は、言わなければならないとは思っていたのだ。

 他国の者が無断でここに住んでいるのはどうなのかと。



「 それでロキとマヤは、今何処にいる? 」

 リタには以前訪れた時に白湯を入れて貰っている。


「 自国に戻っているみたいね。リタが畑にいるだけだから 」

 妖精は人間には興味は無いが、お互いにも興味が無いのだ。


 何を聞いても「 さあな? 」としか答えてくれないとアリスティアは肩を竦めた。



 三大帝国の三人の魔女達が妖精。


 もうそれが大発見である。

 永く記述されていた魔女に関する文献を、書き換えなければならないのだから。


 世間には公表をしない事をリタと約束した。

 書き換えた記述は、皇族のみが閲覧出来る蔵書に保管すると。


 魔女だと恐れられている方が都合が良いのだと言う、リタの言い分も一理あると思って。

 勿論、皇帝陛下には報告をしなければならないが。



 さて。

 問題はタルコット帝国のロキとレストン帝国のマヤがこのエルドア帝国で住んでいると言う事だ。


 その方法であるにも驚かせられたが。



 長く考え込んだレイモンドは、魔女なら問題だが妖精ならば入国には問題無しと結論付けた。


 魔女は人間の突然変異であるからなのである。


 そう。

 アリスティアはだ。



「 あれ? ティア? 」

 気が付くと、部屋にはアリスティアは居なかった。


 アリスティアは畑でリタと農作物を収穫していた。

 帰りに野菜をシェフに売りに行くと言って。

 要は自分家であるグレーゼ家がお金を払うのだが。



 レイモンドも畑の中に入った。

 勿論、皇子様が畑になんぞ入った事はない。

 公爵令嬢のアリスティアがそうだったように。


「 僕にもやらせて 」

「 でも…… 」

 皇子様が泥だらけになる。

 綺麗な高そうな洋服を着てるのに。


 因みにアリスティアは、ここに来る時には平民の女スタイルだ。



 土臭い皇子様ってどうなの?


 遠くから見守っているクネクネした木が、イヤイヤと枝を横に振っている。

 これには意見が一致して二人で頷きあった。



「 手も服も汚れてしまうわ 」

「 構わない 」

 上着を脱いだレイモンドは、アリスティアの横でじゃが芋を引き抜いた。


 ボロボロと大きなじゃが芋が出て来た。


「 へぇ……収穫って楽しいな 」

 レイモンドは引き抜いたじゃが芋を、自分の顔の横に持ち上げ破顔した。


 皇子様は畑にいても美しい。


 レイモンドが脱いだ上着はクネクネした木が受け取っていた。


 いつの間に?

 奴の素早い動きには感心する。


 クネクネした木は上着を自分の枝に掛けて満足そうにしていた。



 それからは、取れ立てのトマトを二人で食べた。

 キュウリもかじって。


「 これなら調理しなくても美味しい筈だ」

「 でも、緑のじゃが芋は生で食べたら駄目よ 」

 アリスティアはじゃが芋で食中毒になった事をレイモンドに話をした。


 その話から、あの記者会見の日の事をレイモンドに話をする羽目になってしまった。


 レイモンドが詳しく聞かせてくれと言うから。



 二人は湖に移動した。

 丁度お昼になった事もあり。


 シェフが持たせてくれたサンドイッチの籠を持って、アリスティアのお気に入りの倒木された木に二人で腰掛けた。



「 本当に朝日を浴びて魔女になったの? 」

「 ええ。身体に魔力が溢れて来たの 」

 この話は死守した。


 魔女になった本当の理由は言えない。


 薬学に興味を持ったのもその時からで、この魔女の森には沢山の珍しい薬草があったからと言う事も付け加えて。



「 そうか……辛かったな 」

 レイモンドはアリスティアに手を伸ばして、そっと抱き締めた。


 ずっと魔女になったアリスティアを抱き締めたかったのだ。

 一番辛いのは魔女になったアリスティアなのだと。


 自分との結婚を諦める決断をしなければならなかったのだから。



 この日。

 アリスティアはレイモンドの腕の中で泣いた。


 奇しくもここは……

 未来のレイモンドに転生させられた場所。


 最早、涙を我慢する事は出来なかった。



 本当の理由があまりにも切なくて。




 ***




 この日の夕方。

 魔女の森の前で、レイモンドを待つ騎士達と共にカルロスとオスカーも二人が出て来るのを待っていた。


 朝早くレイモンドがやって来て、二人で魔女の森に行ったと聞いたからで。

 休日だからとカルロスとオスカーは寝ていたのだ。


 夕方に帰るからその時に迎えに来てと、アリスティアが御者に言っていたと聞いて、迎えに行く馬車に乗って来たのである。


 因みに騎士達はずっとここにいる。

 何時レイモンドが出て来ても良いように。

 それが騎士の勤めなのである。



 やがて……

 ガタゴトと言う音と共に荷馬車が橋の上に現れた。

 荷馬車を見てカルロスとオスカーは驚いた。


 小さな荷馬車をレイモンドが運転して、荷台にはアリスティアが乗っていたのだ。


 それはそれは楽しそうに。



 二人がいる事に気が付いたアリスティアは、二人に向かって手を振った。

 レイモンドは二人を見やってから、騎士達に軽く手を上げて。


 そして……

 そのまま荷馬車はガタゴトと二人の前を通り過ぎて行った。


 騎士達が騎乗して二人の後に続く。



 カルロスとオスカーは泣きたくなった。


 幸せそうだった。

 幸せになる筈だったのに。



 二人はお互いに顔を隠しながら、公爵家の馬車に乗り込んだ。











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