第27話 良き魔女として
良き魔女になる。
それがレイモンドとアリスティアの共通の認識である。
アリスティアは魔女だ。
どんな理由であれ、今、彼女は魔女なのである。
天のお告げである魔物が、もしかしたら自分かも知れないと言う可能性は否めない。
皇太子と聖女から殺されないようにする為には、良き魔女となり、ひっそりと薬屋を営んで生きて行きたいとアリスティアは思っている。
それなのに……
こうも毎日レイモンドが会いに来るとは思ってもみなかった。
アリスティアの考えでは、週に一度のお茶会を止めれば会う事は無いと思っていた。
そう。
転生前のレイモンドは、お茶会の他にはアリスティアが皇宮に訪ねて行かなければ会う事はなかったのだから。
デートだって観劇に行った位で。
それも18歳になってから数回。
皆みたいに街中を手を繋いでデートするのは夢の夢で。
それも護衛が必要だから仕方がないと諦めていた。
魔女の森でのデートは本当に楽しくて。
次は二人でボートに乗りに行こうと誘われている。
皇族のプライベートの別荘があるのだとか。
結婚してから行くつもりだったんだと言われても、そんな場所に婚約を解消した二人が行ってどうするのだと。
反対に、今までだって行けた筈なのにと思わずにはいられない。
レイモンドは、良き魔女となったアリスティアを国民から認めて貰う事で、絶対に自分の妃にしたいと思って奮闘中である。
アリスティアを再び婚約者にする為に。
本当は、皆に認めて貰う為に二人で頑張ろうと言いたい所なのだが。
再婚約を拒むグレーゼ家の立場も理解出来た。
だから敢えてアリスティアにはそうしようとは言わなかった。
世間から、アリスティアの執着だとか非難の声が上がっては元も子もない。
アリスティアが悪役令嬢だと言われていた事も知っているから。
自分が行動に示す事が重要だとレイモンドは思っていた。
婚約の解消がアリスティアが魔女になったからと言う理由だけなので、二人は別れた訳では無いと言うのがレイモンドの認識だ。
未来を知らないレイモンドがそうなるのは仕方がない事なのだが。
それだからこそ、アリスティアは苦悩してた。
本来ならばあの時、弓兵達に殺されていた。
今にも矢が飛んで来る所だったのだ。
それは死を覚悟した瞬間。
その時。
レイモンドが時戻りの剣を持って現れなければ、何本もの矢が自分の身体に突き刺さり死んでいた筈だ。
歴代の魔女達のように。
魔力が暴走し人々を殺戮すれば処刑されるのは当然で。
それだからこそ魔女は忌み嫌われ、ずっと人々から恐れられて来た存在だったのである。
聖女が無事に魔物を退治すれば世界中から称賛され、きっと皇太子と結婚をするとアリスティアは思っている。
最早、自分が婚約者でないのだからそれは確実に。
よりスムーズに。
側妃や正妃だと拘る必要なんかないのだから。
裏を返せば……
そうなって欲しいから婚約の解消をしたのだ。
あんな未来には決してしないと。
だけど。
魔女だって生きて行かなければならない。
皇太子妃になるために生きて来たが、それが消えてしまったのだから。
良き魔女になって皆の役に立ちたい。
それが薬師になる事だった。
学園に復学する事に決めた事は正解だった。
特進クラスの授業はアリスティアの求める世界だった。
それに……
薬剤作りに没頭していると何も考えなくても済む。
資料を読み、実験をしてる時だけが全てを忘れられたのである。
***
そんな毎日を送っていた頃。
アリスティアに朗報が入って来た。
ハロルド・グレーゼ公爵が、宰相に就任したと言う待ち望んでいたニュースだ。
それは、宰相ニコラス・ネイサン公爵の一押しの政策が、失敗に終わった事が原因だった。
そこに莫大な損失が発生したのである。
今までならば。
ハロルドがニコラスの出した案を、修正したり助言をしたりと、陰日向で常に彼をカバーをして来たのだったが。
今回は、宰相になって欲しいと言うカルロスとオスカーの願いもあり、ハロルドは敢えて何も助言をしなかった。
案の定、無能なニコラスはやらかしたのである。
ニコラスは責任を取って辞任し、議会では議員達全員がハロルド・グレーゼを推薦した。
愛娘のアリスティアが、皇太子レイモンドの婚約者でなくなっていた事で、彼には断る理由が無かった事もあって。
宰相になりたかったハロルドとしては、それが大義名分になった。
ハロルドは宰相になる事を受け入れた。
それにより、グレーゼ兄妹の進撃は一歩前に進んだ。
その夜。
カルロスとオスカーはアリスティアの部屋で祝杯を上げていた。
グレーゼ三兄妹は、何か事が進むとこうして集まって作戦会議を行っていた。
魔女になり、レイモンドから時を戻されたアリスティアにとっては、兄達に全てを話した事は正解だった。
最初に魔女の森でリタに出会った事も。
アリスティアの話を聞き、助言を与えて、混乱した頭を冷静にさせてくれた事も。
独りでは死を選んでいたかも知れないのだから。
何千年も人には興味を持たなかった妖精の彼女が、アリスティアに興味を持つ程の、前代未聞の出来事だったのである。
「 殿下とティアは婚約を解消した。父上は宰相になった。よし! これで我がグレーゼ家があんな侮辱的な事をされなくて済む 」
「 そもそも、今回はレイとティアの結婚が無いのだから、花嫁のすげ替えなんて行われないんだけどな 」
「 おい!オスカー!! 」
「 ……あっ! 」
カルロスが咎めると、オスカーが慌てて自分の口を塞いだ。
アリスティアが泣きそうな顔をしていたのだ。
結婚式の日にウェディングドレスを着るのを、何よりも楽しみにしていたのはアリスティアだ。
花嫁のすげ替え。
転生前のアリスティアは、そんな有り得ない事を皇室と政府にされたのである。
「 スマン……ティア。無神経だったな 」
「 クソッ! そんな事を決めた議会が信じられないよ! 」
アリスティアに謝るオスカーの横で、カルロスの拳が怒りで震えている。
カルロスはネイサンの顔を見る度に、ぶん殴りたくなるのだと言う。
冷静沈着な男でも怒りが燃えたぎる程に、アリスティアにとっては無茶苦茶な仕打ちだっただ。
「 カルロスお兄様。わたくしの為に怒って下さって嬉しいですわ 」
涙目になっていたアリスティアが、涙をごくりと飲み込んだ。
一見気丈そうにしているが。
アリスティアの心の傷は癒えていない事は、兄達には分かっていた。
ましてや、何も知らないレイモンドはアリスティアを手離さないのだから。
「 レイは再び婚約を結ぶ事を狙ってるぜ 」
「 ティアが魔女であろうとも、国民から認めて貰えれば良いと考えているみたいだな 」
「 陛下を納得させたいみたいだ 」
涙を隠しながら部屋から出て行くアリスティアを見ながら、二人はひそひそと話をした。
「 殿下がそんな風に行動をしてくれるのは有難いな 」
「 でも、ブス専だから聖女が現れたら、レイは彼女に一目惚れをするんだぜ 」
「 ティアの話では、殿下が騎士団と訓練中に空から突然現れたらしいからな 」
「 聖女がレイのいる場に現れる事こそが、運命なのかもな 」
「 確かにな…… 」
そう。
二人が出会うのが運命ならば、それに抗う事は無理。
「 運命には逆らえない 」
「 聖女がブスでも関係ないのかも知れない 」
「 いや、俺はレイはブス専だと思う 」
あれだけの美女に裸同然で迫られたんだぜと、カルロスとオスカーのブス談義に花が咲く。
勿論、アリスティアの話を聞いただけだから、レイモンドの真意は分からない。
聖女の事もちゃんと知りたいのが本音だ。
カルロスは宰相になった父の秘書官として、政治の真ん中に行く事を決め、オスカーはレイモンドがそうしなければならなかった理由を知りたい思っているのである。
「 父上が宰相に選ばれた時は、ネイサンは悔しそうな顔をしてたな 」
「 見たよ。レイが複雑な顔をしていた 」
議会には皇帝陛下も皇太子であるレイモンドも出席している。
秘書官達は皆、会議室の隅でメモを取っている事から、そこにはカルロスとオスカーもいたのである。
「 殿下としては、再婚約はさせないと示されたと事と同じだからな 」
「 親父の頑固さは崩せないよ 」
「 さて、殿下はどうでるかな? 」
「 ………… 」
その時、ガチャリとドアが開けられアリスティアがポットを持って戻って来た。
「 もうお酒は駄目よ。だから変わりに暖かいお湯でお茶をいれるわ 」
そう言って笑った顔は誰よりも美しかった。
それは兄の贔屓目ではなく。
目の周りが少し赤くなっているのは、きっと隠れて泣いていたのだろうと。
涙をゴシゴシと拭いたからだ。
こんなに美しくて可愛い公爵家の令嬢よりも、異世界から来た不細工な聖女を好きになるのだ。
それはもう本気の恋。
優しいレイモンドは嘸や悩んだ事だろう。
永く婚約関係にあったアリスティアを、彼は無下には出来ないのだから。
レイモンドがアリスティアを慈しみ、大切に思っていた事は事実。
それは子供の頃から。
だから婚約を破棄出来なくて。
アリスティアを正妃にする事になったのだろうと。
だけど。
聖女が魔物を退治すればその立場は逆転する。
間違いなく聖女が正妃になって、アリスティアを側妃にする事は、想像できる。
それはアリスティアが魔女にならなくて、聖女を殺ってしまわなかった場合の未來の話。
「 もうすぐだな 」
「 兎に角、間に合って良かった 」
リタが天のお告げを聞いたと陛下に報告する前には、どうしてもハロルドを宰相にする必要があった。
聖女が現れてからでは、後見人となったネイサンの力が絶大になるからで。
その時に彼が宰相と言う立場なら尚更で。
勿論、ハロルド自身がそれを知らなかった事から、二人はヤキモキしていたと言う訳だ。
コポコポとお茶を上手にいれる妹を、兄達は愛しげに見つめた
アリスティアの短かった髪は少し長くなっていた。
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